とんでもない賭けに勝ったのかもしれない
冒険者ギルドから出て、郵便局に向かう。
郵便局はギルドから近いところにあった。中を覗くと日本にいた時と同じように職員が仕事をしているのがわかる。
とりあえず郵便局の中に入り、職員に声をかける。
「あのー、すみません」
「はい、なんでしょう?」
「代筆士の試験を受けたいんですが・・・」
そう言うと、一瞬だけ職員はギョッとした顔になったが、すぐに「少々お待ちください」と言って奥に引っ込んでいった。
(・・・何か引っかかるところでもあったのか?)
そうは思いつつも仕方ないので待っている。すると奥から年配の職員がやってきたのが見えた。
「お待たせいたしました。局長のリチャードです。今回は私が試験監督を務めます」
「あ、よろしくお願いいたします」
「では、ご案内しますので、どうぞこちらへ」
そう言って局内に案内される。そして会議室のような場所に案内された後、「お好きな席にかけてお待ち下さい」と言って局長は部屋を出る。その言葉に従って中で待っていると、先ほどの局長がやってきて<解答用紙>と書かれた紙と<代筆士試験問題用紙>と書かれた冊子、それからペンをテーブルに置いた。
「時間は3時間です。試験終了後に解答用紙と問題用紙を回収します。試験途中に提出することも可能です。試験中に本を見る、魔法で他の人とコンタクトを取るなどの行為はカンニング行為とみなし、今後一切代筆士試験を受けることができません。カンニング防止魔法がかかっておりますので、そのような行為はすぐに判明します。ご注意ください」
コンタクトとかカンニング防止魔法とか聞きたいことはあったが、おそらく常識の範囲のようなのでここでは聞かない。<問題用紙>の表紙を見ると、カンニング行為がびっしりと列挙されているのがわかる。
(・・・コンタクト魔法で外部と連絡を取らない、他の試験生または試験監督の思考を魔法の力で読み取らない、試験監督を魔法で洗脳しない、いろいろあるな)
特に魔法によるカンニング方法が多い。魔法という代物の使い勝手の良さに思わず感心してしまう。問題用紙をじっと見ていると、局長が「では、今から私の合図で試験を開始いたします」と発言したので顔を上げる。
「時間はこの砂時計で計算いたします。この砂がすべて下に落ちた瞬間、試験を終了いたします」
そう言って砂時計をテーブルに置く。砂時計には<3時間>という文字が書かれている。
「それでは、試験はじめ!」
局長は試験の合図とともに砂時計をひっくり返した。
(・・・この試験思ったよりも簡単かもしれない)
代筆士試験は身分証明を早く獲得する手段の一つであった。読み書きができるレベルと聞いて、この国の識字率はそんなに高くないと思っていたし、自身の持つ翻訳魔法を使えば、ギリギリ合格できるかもしれないという浅い考えもあった。
しかし蓋を開けてみれば、問題のレベルは予想よりも低かったのである。例えば・・・
<以下の法律の条文を読み、妥当と思われる選択肢を1〜4の中から選べ。
皇国民法99条1項 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
1 Bの代理人AはCと売買契約を結んだ。これはBとCが売買契約を結んだことになる。
2 Bの代理人AはCと売買契約を結んだ。これはAとCが売買契約を結んだことになる。
3 Bの代理人AはCと売買契約を結んだ。これはAとBが売買契約を結んだことになる。
4 Bの代理人AはCと売買契約を結んだ。これはBとCが賃貸借契約を結んだことになる。>
こんな感じだったので拍子抜けしてしまったのである。おそらくこれだよな、と思いながら解答欄を埋めていく。
また計算問題もあったのだが・・・
<次の問題の答えを解答欄に書け。
資産200、負債70の場合、純資産は130である。
資産1,000、純資産800の場合、負債は200である。
負債800、純資産900の場合、資産はいくらになるか。>
こんな感じの問題がいくつも続いていたのである。
(・・・問題を見れば、答えをすぐに導き出せるようになっている。読み書きができれば合格できるとはよく言ったもんだ)
ただ知識を問うような問題も幾つか紛れており、そのような問題はさすがに解けなかった。
(・・・戦争帝と慈愛帝との戦争の名前?おそらく常識の範囲なのかもしれないが仕方ない・・・空欄にしておこう)
黙々と進めていき、解答を終える。机の砂時計を見ると、大体3分の1の砂が下に溜まっているのが見えた。
思ったよりも早く終わったので再度見直しを行い、解答欄のズレもなかったので局長に声をかける。
「ん?もう終わりましたか?」
「はい、これでお願いします」
「かしこまりました。では採点を行いますね」
局長はどこかホッとした顔をしていたが、解答用紙を見て、少し眉を顰めたものの、すぐに顔を戻し、懐から真っ赤なペンを取り出した。そのペンを解答用紙の上に置くと、ひとりでにペンは動き出し、解答用紙に◯やら×をつけだした。
(・・・あれも魔法の一種か)
ぼーっとそんなことを思っていると、解答用紙を同じく見ている局長は何やら感心したような顔になる。そしてペンが最後の解答欄に◯をつけ終わると、解答用紙に<280点>と記載し、元の位置にペンが戻る。ペンを懐にしまった局長はその場で小さく拍手し、微笑みながら賛辞を送る。
「おめでとうございます!180点以上でしたので合格とさせていただきます!」
「・・・ありがとうございます」
「また270点以上でしたので優待措置が加わります!」
「・・・なんですかそれ?」
局長の賛辞に萎縮しつつも、優待措置という言葉に疑問を持ち、思わず質問する。
「はい、滅多にないのですが、優秀な代筆士に来てもらう制度でして、結論から言えば、皇国から無利子・無担保で融資がもらえる制度となっております」
もしかしたら自分はとんでもない賭けに勝ったのかもしれない。