会社の喫煙所にいたら異世界でした
気がついたら草原の上に立っていた。
「いや、なんで?」
思わず口に出してしまった。さっきまで会社の喫煙所にいたのに。
右手にスマホ、左手に缶コーヒーを持ちながら煙草をくわえていたのだが、あまりの衝撃に煙草が口から離れ、地面に落ちてしまった。
下が草原だったことを思い出し、慌てて靴で火を消したが、靴についた土くずを見て、ここが会社ではないことを実感する。
(・・・まずはスマホで現在位置を確認しよう)
妙に冷静になってしまい、スマホを開いて地図検索を試みる。だがスマホの左上が圏外なのを確認し、ため息が無意識に出てしまう。
(・・・どうする、どうする?)
とりあえず周りを見渡してみる。自分の後ろに大きな壁が見える。自分の身長を裕に超える石でできた壁が左右にどこまでも続いている。
反対に自分の正面を見ると、遠くに街が見える。
(・・・街に行けば何かわかるかもしれない)
そう思い、街に向けて歩き出した。
街の第一印象は、チグハグと言うほかなかった。
白い石でできた洋風の家がいくつもあり、アスファルトで舗装された道を多様な馬車が走り、中には機械でできた馬が馬車を引いている。そして箒に乗った人が空を飛んでいる。
街を歩く人、箒に乗った人、どの人も昔の中世のような服を着ている。
(・・・異世界?)
馬鹿らしいとは思ったが、そのように推測してしまう。
もう少し観察しようと思い、街を歩いてみる。白い家をよく見ると、大半がアパートやマンションのようになっていることがわかった。
(・・・文明レベルがチグハグだ。現代のようにアスファルトの道があるかと思えば、馬車が走っているし)
違和感しかないが、考えても仕方ないのでそういうものと受け止める。
そんな風に街を歩いて行くと、ようやく賑やかな場所に出た。おそらく店だろう。看板には<雑貨店>と書いてある。
(・・・個人経営みたいな雑貨店なんて久しぶりに見たわ・・・ちょっと待て、なんで字が読めた?)
何もなく通り過ぎようとしたが、改めて考えるとおかしいことに気づく。看板は日本語で書かれているわけではなく、アルファベットでもない。看板の文字は直線的な図形のような字で書かれており、なぜ自分が読めたのか理解できない。
もう少し確かめようと考え、あたりを見渡すと、リンゴのような果物の絵が描かれた看板を見つける。絵の横には<シェリーズ果物店>と書かれており、リンゴやバナナやミカンのような果物が店頭に並んでいる。
(・・・わからないけど僕はこの国の言葉がわかるのか?)
馬鹿げたことを言っているが、そう予測を立てる。そう考えると果物店の店主が客と話し合っているのを耳にする。
「スミスさん、お世話になっております!アプル1箱ですが、後で自宅の方にお届けしますね!確か、中央郵便局の隣でしたよね?」
「そうそう、そこです。じゃあお手数おかけしますが、よろしくお願いします」
こんな会話が聞こえてきた。日本語で話しているわけでもないのに、会話が理解できてしまった。
(・・・文字や会話が理解できるようになっている。じゃあ自分が話す言葉や書く文章を相手は理解できるのか?)
試さないといけないと思い、懐からメモ帳とペンを取り出し、<中央郵便局>と書いてみる。すると日本語ではなく、勝手に看板で書かれてあったような文字で<中央郵便局>と書いてあった。
(・・・果たして文字が合っているのか。あの人にうまく聞いてみよう)
どうやら果物店の店主と客の話が終わったようで、客が店から離れていく。そのタイミングで僕は店主に話しかけた。
「すみません・・・」
「はい、なんでしょう?」
「こちらに行きたいんですが、どう行けばよろしいでしょうか」
そう言って、<中央郵便局>と書かれたメモ帳を見せる。
「中央郵便局ですか?なら、この通りをまっすぐ行って二番目の交差点を左に曲がったところにございますよ」
「左様ですか。どうも、ご丁寧にありがとうございます」
そう言って、店を離れる。心の中で、ガッツポーズを掲げるほどの収穫だ。どうやら自分の言葉や文字も相手に理解されるらしい。
(・・・自分の口から出た言葉は日本語ではなかった。日本語で話そうとしたら自動的にこの国の言葉で話すように口が動いてくれる。そして文字も同様に日本語で書こうとしたらこの国の文字になるよう手が動いてくれている)
(・・・翻訳魔法?)
ここが異世界であるとすれば、そのような能力(チート?)が自分に身についたのかもしれない。