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謁見の間、迷走と困惑


「私が姉様の代わりに苟絽鶲国へ嫁ぎますわ。」


沈黙が場を支配する。

誰かこんな事を予想しただろうか。


事の起こりは謁見の儀の最中、結納品を披露するところからだった。

苟絽鶲国らしく飛ぶ鳥の意匠が施された木箱に詰められた砂金。

これは貨幣の代わりとする定番の結納品。

それが箱に入れられた状態で山と積まれた脇には、繊細な意匠の施された装飾品の数々。

これは正妃や側室へ向けられた品と想定される。

そして皇帝陛下へは苟絽鶲国産の駿馬が十頭。

一国の姫を娶るのだ。

国の威信をかけるだけあり、腹立たしいが見事な結納品の数と質であった。

それはまた、苟絽鶲国は戦を経てもそれだけ国庫の豊かさを誇っているという証でもある。

最高権力者の座に座るラティフは見せ掛けの笑みを浮かべ頷きつつ、野心を燃やす。

代役を立てるという策は上手くいかなかったが、あの作戦自体は悪くない。

上手くいけばこの豊かさが手に入ると思うと心中では笑いが止まらなかった。


「アデラ姫、アリフィナ姫。これらとは別に帝から心ばかりの贈り物をお持ちいたしました。」

「あら、私にもですの?」

「ええ。ゆくゆくは義理の妹となられるアリフィナ姫のためにと帝自らお選びになったものです。」

苟絽鶲国使節団団長、今上帝の信頼厚いとされる紫鄭舜が笑みを浮かべ頭を垂れる。

見た目は優男ながら交渉の場では優しさの欠片も見せず容赦なく相手を追い詰めるらしい。

彼のせいでランダールの賠償金は破格のものとなってしまい、結納品まで金が回らぬとアリフィナを娶る交渉は中断したまま先へ進んではいない。

こちらもあちらも結納品を値切るなどという恥さらしな真似はできないから先送りとなっているわけだが、このままだとアリフィナとの婚約が成立するまで何年も先になるだろう。

こうなれば他国へ嫁にやることも視野に入れた方が良いかも知れない。

嫁ぎ先の当てはあるからな。

そう思ったところで、謁見の間に響くざわめきが一段と大きくなったことに気がついた。


合図により持ち込まれた衣装箱。

女性の好むような可愛らしい装飾の施された箱を開くと、そこには色合いの異なる服や装飾品の数々が収められていた。

「"青の箱"はアデラ姫に、"薄赤の箱"はアリフィナ姫へとの事でした。」

ざっと確認した限りでは中に詰められた衣装や装飾品は素材も一級品のようだ。

青の箱に納められた衣装には、落ち着いた色合いながら大胆な鳥の刺繍や意匠が品よく施されている。

薄赤の箱には愛らしい色合いに合わせた花の意匠に高価なレースがふんだんに使用されていた。

さらに隙間からは、それらを格調高く装うための髪飾りや首飾りにつけられた貴石の輝きが零れ落ちる。

それは、まるであらゆる美を詰め込んだ宝石箱。

居並ぶ人々から感嘆のため息が漏れる。

薄赤は若い女性にはとかく好まれ、その色合いだけでアリフィナは瞳を輝かせている。

だが青とは?

「苟絽鶲国では幸せを運ぶ象徴を"青い鳥"と称します。今回はバセニア皇国と苟絽鶲国、両国の民を繋ぎ幸せを運ぶ象徴となるだろうアデラ姫を青い鳥に例え、青い色を主体として贈り物を選んだとのことです。」

なるほど、象徴になぞらえてアデラを飾り立てようというのか。

そういえば、今日のアデラは青を着ていたな。

横に立つアデラを見ればアリフィナとは対象的に不機嫌そうな顔をしている。


「…面倒な事を。」

意識を向けなければ気づかないような小さな声。

視線をたどれば自分への贈り物の先にある薄赤の箱を見つめている。

質だけであれば両方とも間違いなく一級品だ。

だがよく見れば、わずかにアリフィナの方が豪奢に思える。

まさか贈り物の、あの程度の差に嫉妬しているのか?

皇室の一員でありながら、なんとあさましいことを。

窘めようと口を開いた瞬間、耳に聞こえたのが冒頭のアリフィナの台詞だった。

沈黙から一転、場が一気に騒がしくなる。


「お兄様、お姉様よりも(・・・・・・)私のために心を砕いてくださった苟絽鶲国の今上帝の優しさに覚悟を決めましたわ。私が苟絽鶲国へ嫁ぎます。」

アリフィナは何を言っているのか?

想定外の成り行きに苟絽鶲国の使節団は皆一様に困惑した表情を浮かべている。

そんな中、団長である紫鄭舜だけは顔色を変えることなく、静かに見守っていた。

何か言わねばと口を開く前に、その覚悟が不要のものと答えたのは意外にもアデラだった。

「アリフィナ、国を跨ぐ婚姻は国と国の約束事。すでに水面下では交渉がなされ、こうして結納品まで納められている。それを反故にする権限は私達にはないわ。そんなこと皇帝に連なる身分である貴女もわかっている事でしょう?決定のとおり嫁ぐことに私は異論もないし、それで何も問題はない。

それから他国の方がいらっしゃる公式な場では、兄であろうとも皇帝陛下とお呼びしなさい。この場での貴女の立場は臣下なのよ。」

全くの正論がアデラの口から伝えられた事に思わず目を見張る。

そしてわがままなだけだと思っていた妹が礼節を重んじたことに驚く。

まさか今までそういうものを理解していながら、あえて守らずにいたとでもいうのか。

「姉様でなくとも皇国の姫が嫁げば良いこと。その輝かしい役目は私にこそ相応しいのではなくて?」

空気を読まず、負けじと言い返すアリフィナに天を仰ぐ。

あれほど考えなしに発言するなと言い聞かせておいたのに。

アデラがちらりと視線を投げて寄越す。

言外に『兄上が甘やかすからですわ』と言われているようだ。

仕方なしに口を開く。

「アリフィナ、全ては両国の話し合いにおいて決められたことだ。今更変更はできない。」

その瞬間、アリフィナがほろほろと涙を流した。


「私は心から尽くそうと決めた殿方に嫁ぐこともできないのでしょうか。」


可憐なアリフィナの様子は謁見の間にいた者の哀れを誘う。

ああ愚かだが、美しく儚い花の如きアリフィナよ。

仕方なし。

目論見は大幅に狂うがアリフィナならアデラよりも操縦しやすいことは確か。

アデラの代わりにアリフィナを嫁にやり、当初の予定どおりに国を手に入れる。

その後、再び手元に取り返し、本人が望めば違う国へ嫁にやればいい。

美しく従順なアリフィナなら一度婚姻をしたとしても嫁にしたい国は山ほどあろう。

「これだけアリフィナが望むのだ。アリフィナではだめか?」

礼儀に乗っ取り、頭を垂れていた紫鄭舜は視線を合わせることなく答えた。

「ご質問と解しましたので、恐れながら直答いたしますことをお許しください。私は帝より『アデラ姫を望む』と遣わされ、この場におります。故にアデラ姫をお連れする以外の選択肢を持ちません。」

「だがアリフィナはこのとおり月夜に咲く花の如く美しい。失礼ながら帝はアデラやアリフィナの容姿についてはご存知ないはず。この場に居ればアリフィナを選ぶやもしれぬし、実はアリフィナの方を望んでいたかもしれんぞ?なにせ、アデラは五年もの間病床にあり、公の場へは一切顔を出してはおらぬ故な。」

「重ねて申し上げてもよろしいでしょうか?」

「許そう。」

「皇帝陛下、帝は以前よりアデラ姫をご存知でいらした。太陽のように輝く美しい方である、と。」

「以前とはいつのことだ?」

「五年前から、です。」

すいと、面を上げた使節団団長…紫鄭舜は真っ直ぐに視線を合わせた。

全ては承知の上。

言外にそう言われたような気がした。

まさか五年前、アデラが出奔してからずっと見ていたということか?

背中に嫌な汗をかく。

どこから漏れたのだ。

どこまでこちらの事を知っているというのか?

紫鄭舜は優しげな顔立ちに甘い笑みを浮かべつつ恭しく頭を下げた。

「失礼ながら今のアリフィナ姫のお申し出は聞かなかった事とさせていただきましょう。そうでなくては、私はこのまま戻り帝へ『約定が反故にされた』とお伝えせねばなりません。」

「そ、それは。」

それではせっかく結んだ和平条約すら反故にされてしまう。

わざわざこのような周りくどい手を使った意味がないではないか。

「使節団団長、アリフィナは姉の吉事が嬉しいようで少々はしゃぎすぎたようだ。よく言って聞かせるが故になかったこととされたい。」

「もちろん異存はございません。アリフィナ様の祝福をいただいたことのみをお伝えいたしましょう。」

「そんなっ、それでは私はっ!!」

更に言い募ろうとしたアリフィナを一瞥し黙らせる。

なぜ私の妹達は皆こうも手が掛かるのか。


「ご苦労であった。大層な結納の品、確かに受けたと帝にお伝え願いたい。」

「ありがたきお言葉にございます。それでは予定どおり、準備が整い次第、アデラ姫を帝の元へとお連れするため、出立いたします。」

作法のとおりに低頭し、礼の姿勢をとりつつ退席していく使節団の一行を見送る。

参列した貴族を残し、ラティフはアデラとアリフィナを伴い退席し控えの間に戻る。

三人揃うのは恐らくこれが最後と卓を囲み、椅子に腰を下ろした。


「姉様っ!!姉様はなぜ私の邪魔ばかりなさるの?」


自分達の他に誰もいない事を確認し、アリフィナがアデラを詰る。

アデラはちらりと私に視線を投げた後、口を開いた。

「勘違いしないで、アリフィナ。」

「何をですか?」

「貴女はあの場で、兄上の決定に難癖を付け、国同士の約定に意義を申し立てた。この国以外でそれをした人間の末路って想像がつく?」

「難癖などつけておりませんっ!!それなのに末路って、そんな。」

「貴女の考えなど、どうでもいいのよ。相手国のいるような公的な場であのような発言をしたことが問題なの。そうね、他国なら不敬として打ち首ね。地位のある者なら幽閉くらいで済むかしら?」

「そんなっ、姉様は悪い方に解釈しすぎなのよ!!」

「ついでにいうと、あの場には使節団の者以外に国内の有力貴族がいた。彼らは公式な場で貴女が兄上を皇帝陛下と呼ばなかったことをどう感じたと思う?」

「それは、その、ついうっかりしてしまっただけですわ!!」

「貴女が皇帝陛下を軽んじていると思ったでしょうね。」

「そんなつもりはありません!!」

「貴女がどう思ったかは今更どうでもいいのよ。重要なのは彼らの目にどう映ったかということ。だから私はあの場で貴女を窘めた。それは皇室の常識を疑わせるものでもあるから。」

「そんな、私はただ…。」

アリフィナが、ひゅっと息を飲み、震える。

正論なのだが、さすがに言い過ぎだ。

怖がっているではないか。


「アデラ、よしなさい。アリフィナが怯える。」

「他人事ではなくてよ?兄上。」

「なんだと?」

「自国の貴族の前でアリフィナのために自身の決定を覆すような事を申されたでしょう?」

「ああ、それが何か?」

「あの姿を見て、彼らはどう思ったか想像はついて?」

「どう思うかだと?」

「アリフィナ経由でお願いすれば無理難題でも願いが叶うのではないか、と。」

「そんなことあるわけないだろう?!」

「先程からアリフィナにも申しておりますが、兄上の意向は関係ないのです。その態度がどう彼らに見えるかということですわ。

それから今回の件を受けて、アリフィナの縁談相手は選び直す必要があるかも知れませんわよ?」

「どういうことだ?」

「人の口に戸は立てられません。今日列席した貴族からあの場でのやり取りが他国へと伝わる。それを他国の上層部が耳に入れたらどう判断されるか。私ならこう思いますわね。『アリフィナを盾に迫れば兄上やバセニア皇国の決定を覆せるかもしれない』と。望む望まざるに関わらず、アリフィナには人質としての価値まで付与されてしまったのですよ。二人が対応を誤ったばかりにね。」

荒唐無稽と頭ごなしに否定できないのはなぜだろうか。

そして物心ついてから五年前までのアデラの姿を思い出す。

闊達であったのに彼女は公の場で一切発言をしてこなかった。

だから城内だけで強気な彼女を、生意気な娘と、ただ意気地のない悪役と思っていたのだ。

それがどうだ。

こうしてもたらされた結果から伺えるのは真逆の評価。

今日まさに彼女の評価は定まったのだ。

立場わきまえた聡明な姫である、と。


「二人共、他人がどう思うかということに疎すぎるのですよ。国は民が寄り集まってできたもの。権力とは生まれ持つものではなく、国の意思で貸し与えられたものなのです。正しく治めなければバセニア皇室は国の意思、民から反感をもたれます。そうなってから再び理解を得るまでの道のりは厳しいものとなるでしょう。」

「政など知りもしないくせに偉そうな事を!!」

「ええ、知りませんでしたわ。だから旅に出たのです。」

「綺麗事を!!それはお前の意味不明な思いつきの結果だろう?!」

「この城にいても私の予算はアリフィナの衣装代に消えるばかりでろくに本すら買えない。専門の教師すらつけていただけないその状況でどこから何を学べと?だから私は自ら城の外に学びの場を求めたのですわ。知識を吸収しながら国の良し悪しが判断できる、庶民の暮らしに混じってね。ちなみに他国からはよくバセニア皇国の現状が伺えましてよ?ですから他国にありながらも、どのように兄上が政治的手腕を振るわれているか手に取るようにわかりましたわ。」

「ずいぶんと大きな事を言うな?何も知らぬ小娘が。」

「兄上が苟絽鶲国を我が物にしようと色々画策している事は他国では常識でしたわね。例えば数年前、ランダールや広寧国をけしかけたのはバセニア皇国であるという噂があるのはご存知?知らぬは本人ばかり、ですわ。だから他人がどう思うのかに疎いと申し上げたの。」


一瞬思考が停止する。

では苟絽鶲国は私の思惑を知りながら我が国と和平条約を結んだというのか?

そう考えれば、別の側面が見えてくる。

そして同時にアデラの隠されていた一面も見えてきた。

なぜ今まで黙っていた?

一切政治には口を出さず関わりを持たなかったというのに。

なぜ能力を隠してきたのだろうか。

有能ならば国に留め、表には出せないが自身の補佐をさせることもできたのに。

それが今更なぜ?


「五年前まで他人の気持ちを配慮しない兄上とアリフィナの尻拭いは大変でしたのよ?大事になる前に鎮火させ、情報を操作し、金品や人脈を駆使して丸く収める。ですが旅に出て学んだのです。それらの行為は皇族の務めではない、ただ二人を甘やかしているだけだと。二人が、なぜ相手が悲しみ憤るのかを学ぶ機会を奪っているに過ぎないと。」

「アデラ…。」

「姉様いつの間に、そんなことを…。」

「兄上に偉そうな事は言えませんわね。私も"甘やかす側"の人間であったのですから。」


アデラは寂しそうに笑うと再び口を開いた。




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