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予想外の再会と部屋の秘密


「普通に城に行っても嫌がらせで門前払いされるからね、普通じゃないやり方をしようかなと思って。」

「…どれだけ嫌われているんですか、アデラ姫。」

「あはは〜、いろいろ面倒で後回しにしてたらこうなった!」

「誇らしげに言わないでください。自分の地位を確固たるものにするのも上に立つ者の務めですよ。」

「うっ、肝に命じます。」

騎乗し、アデラ姫の隣へ並ぶ。

女性に淑やかさを求めるこの国は意外にも高貴な女性が乗馬を教養として嗜む事には寛容だ。

おそらく長い期間、国が戦争下にあったことから女性であろうともいざという時のために技術の習得が求められたからかもしれない。

それは貴族が領地で優秀な馬を産出する血統を代々引き継いで育ててきた事からも想像がつく。

「まあ、それも今後は廃れゆく伝統というものだけど。ちなみに兄上は馬好きなのよね。だけど気性の荒い馬ほど乗りこなすのが楽しいとか口では言いながら、お気に入りは従順で大人しい質の馬っていう面倒な人なの。」

「だから今回は馬に乗って、ということですか?」

「違うわ。目的はあの方々と合流することよ。」

彼女が指差す先には見慣れた正服を身に着けた一団がいた。

それは苟絽鶲国からの使節団だった。


「他国の一団に紛れ込もうというのですか?」

「いいえ、皇族としての務めを果たそうというのよ。」

艶やかに笑い、馬の首を行き先へと向ける。

そして慣れた仕草で手綱を握り城へと続く道の側へ馬を寄せ降りると、柔らかい笑みを浮かべて一団の到着を待つ。

同じようにして馬を寄せ降りたところで向かってくる一団から先触れと思われる若い官吏が走り寄る。

そして私達に恭しく頭を下げ、礼の姿勢をとった。

同じく礼の姿勢をとったところでアデラ姫の視線に促され代わりに口を開く。

おそらく、まずは身分が下である者同士、声を掛け合うという決まりなのかもしれない。

「皆様遠路遥々ようこそおいでくださいました。」

「こちらこそ歓迎の意を表していただき感謝いたします。それであちらがバセニア皇室の方でしょうか?」

「はい、アデラ姫でございます。」

「なんと!!自らお出迎えくださるとは!!」

驚きの表情を浮かべ、官吏は場を辞すと使節団で最も位の高い者の元へと走り寄る。

ちょうど馬車から降り立った人物が最も位の高い方のようだ。

振り向いた男性の容姿を見て、どきりと心臓が跳ねる。

表情が読める距離まで近付いたとき自身を視界に捉えた時の視線の強さではっきりとわかった


全てを見通すかのような、薄紫の瞳。

笑みを浮かべ、軽やかな足取りで私達に近付くと彼は恭しくアデラ姫へ首を垂れる。

「恐れながら申し上げたきことがございます故に、発言をお許しいただけますか。」

頭を垂れたまま発言の許可を求めた彼にアデラ姫は頷き応える。


「謁見の間にて改めてご挨拶させていただきますが、使節団団長を務める紫鄭舜と申します。」

「まあ、帝の懐刀と呼ばれる方がお見えになられるとは!!お会いできて光栄ですわ。」

「このように自らお越しくださいました事を、使節団一同、心より感謝し、御礼申し上げます。」

「私はしきたりに従ったまで。それにお礼を言わせていただくのは私の方です。国を出てより今までの数々の心遣い、大変感謝しております。」

「それは一体何のことでしょうか?」

「とぼけなくても大丈夫ですわ。帝にも感謝の意をお伝えくださいませ。」

「それならばご自身でお伝えされてはいかがでしょう?」

「あら、どういう意味ですの?」

「後ほど詳しくお話しいたしますが、私共は貴女を"迎えに来た"のです。貴国との交渉はすでに済ませておりますので、速やかに国をお立ちいただき、共に我が国へ参られるとご承知おきください。」

「それは全て承知の上でのことと?」

「帝からは『直接お会いできるのを心よりお待ち申し上げる』との事でした。」

「お心遣い、感謝いたします。」

「私もこのように美しく聡明な方を自らお迎えする栄誉を賜り、光栄の極みです。」

そして見つめ合い、笑みを交わす二人。

私の聞かされていない話だ。

つまりそれ以上は関わり合いになるな、ということ。

立場上、全てを知らされていないが故に判断するのは会話から拾った情報になる。

"美しく聡明な方を自らお迎えする栄誉"。

やはり鄭舜様はアデラ姫を紫家に迎え入れるつもりということか。

彼女なら紫家として全く申し分ない。

それどころか家名を誉れとする者達からは、他国の姫が降嫁すると大歓迎されるだろう。


輝くような二人の未来を思い、そっと視線を外した。


ーーーーーーー


「それにしてもまさか他国の使節をダシに入城するとは思いませんでした。」

「本当にねー、私もそう思うわ。」

「いや、貴女のせいでそうなったのでしょうに。」

口調をいつものゆるい話し方に戻したアデラ姫が急ぎ足で廊下を歩く。

どこに行くのかと思えばやがてひとつの部屋の前で足を止めた。


「この部屋は?」

「五年前と変わりがなければアリフィナの衣装部屋。」

「…なんでここに?」

「服をね、ちょっと借りに来たの。」

「は?」

私の疑問にそれ以上答える事なく、アデラ姫は勝手知ったるとばかりに扉を開け、中に入る。

仕方なしに部屋へ入るとそこには部屋の隅から隅までを埋め尽くす衣装掛けがあった。

そしてそこに掛けられた一体何着あるのかもわからない色とりどりの衣装。

正服だけでも百着以上はあるのではないだろうか。

「これは、また…。」

「アリフィナは服を買うのが大好きなの。この部屋には彼女が買ったけど着ない服が仕舞われている。」

「ということは、まさか。」

「そう、普段好んで着ている服は別の衣装部屋にあるというわけ。」

大丈夫なんだろうか、この国の財政状況は。

苟絽鶲国を別にすれば比較的裕福な国のひとつではある。

だが高価な服をこれだけ買えば年にどれほどの国家予算がそのために削られているのか、想像もつかない。

「五年前まではね、兄上に買うお金が足りないと泣きつけば私の予算が回されていたのよ。」

「それでは姫様の放蕩とされていたのは…。」

「ほとんどが彼女の衣装代ね。まあ私も本やら筆記具やら日常的に使う必要最低限の物は買ったけど、服に限ればアリフィナのお下がりしか着ていないわ。だってこれだけあるのに買う必要がないもの。」

ちなみに合わない部分の寸法はサルマさんが直してくれたのだという。

確かにこれだけあれば何枚か持ち出しても気付かれないだろう。


「そうね、これがいいわ。」

彼女が選んだのは青を基調とした正服。

柄や装飾が少ない分、大人びた印象のアデラ姫にもよく似合う。

それから同じく仕舞われていた服や小物類から必要と思われるものを拝借する。

裁縫道具もあったことから、それも借り、客間へと戻る。

客間には、現在の部屋の主が待機していた。

皇帝陛下にアデラ姫の身代わりとして連れてこられた女性だった。

「ごめんなさいね、部屋をお借りしちゃって。」

「い、い、いえっ!!アデラ姫こそ城に住んでおられるのだから堂々とお使いください。」

「あらそう?助かるわ〜。」

家の主と客の立場が逆転したような会話だ。

部屋の持ち主の許可を得たのでアデラ姫と共に持参した服や小物類を机の上に乗せる。

だがそれも致し方ないかと思えた。

衣装部屋でのやり取りを思い出す。

『そういえば、ご自身の部屋には行かれないのですか?』

『ないのよ。』

『それはどういう訳です?』

『二、三年前かしら?兄上の指示でアリフィナの侍女達が丸ごと撤去したみたいね。』

慎重派である皇帝陛下は普段そこまで理性を失うことはないそうだが、この時ばかりは、よほど虫の居所が悪かったらしい。

小物類や換金できる物はアデラ姫自身が持ち出していたから無事だが、衣装や家具類など残っていたものは倉庫にしまわれたり侍女達に下げ渡すなどして処分されたそうだ。

『それは、また…。』

『アリフィナの侍女が辞めた後、ばあやにこっそり教えてくれたらしいの。』

『それでは今、慌てているでしょうね。』

『残った家具で仮の部屋でも作っているのではないかしら?使うわけないのにね、そんな部屋。』

いい笑顔を浮かべた後、彼女は興味を失ったように口を閉じた。


「さて、これからどうしようかしら。鈴麗さん、裁縫できる?」

「できません。そういった教育を受けた事がないのです。」

「そうか〜、私もなのよ、困ったわね〜。」

黄家にいるときは剣や武具、武芸に関わる教育しか施されなかった。

陶家にいるときも一般的な教養や華凉様の護衛のためとして礼儀作法を習った以外はほぼ同じ。

紫家で習った侍女としての教育にもこういった裁縫のたぐいは含まれていなかった。

アデラ姫と二人、顔を見合わせ揃ってため息をつく。

「なら寸法が小さいところは切って飾りで誤魔化すしかないかな…。」

「時間もありませんしね。」

「…あの、もしよろしければ私がお手伝いいたしましょうか?」

その声に振り向くとアデラ姫の身代わりとされた女性が裁縫道具を手にしていた。

急に生き生きとしだしたから、一瞬誰だかわからなかったわ。

「そういえばまだお名前も伺っていなかったわ。ごめんなさい、バタバタして。」

「ナディアと申します。何か色々と察するものがありましたから大丈夫ですよ。」

アデラ姫が申し訳なさそうに問うと彼女は笑みを浮かべて頷いた。

それから道具箱から針山と糸切り鋏などの小物を取り出し並べる。


「私の名は鈴麗です。それでナディアさんはこういう作業が得意なんですか?」

「私の方が年下ですし、呼び捨てでかまいませんよ鈴麗さん。私は貴族とはいえ末端に連なる程度の身分なので与えられた領地も狭いし特産品もないので家は貧しい方なのです。だから基本こういう衣装はおさがりや安く譲ってもらったものを手直しして着るんです。」

「じゃあ時間もないところだし、その技術で簡単に直してもらえるかしら?」

「はいっ、アデラ様。お任せください!!」

そうしてようやく始まったアデラ様の正服の着付けと寸法の手直し。

ざっと直してそれなりの形が整えばと思っていたのだけれど…。


「…見事な出来栄えですね。」

「素晴らしいわ、まるで別の服みたい。」

「ありがとうございます!!裁縫は得意なんです。」

ものの十分程度の手直しで無難なものが上品で華やかなデザインに変わった。

彼女はこの腕を買われて侍女としてお城に働きに来たそうなのだが、いきなり初日に背格好が似てるからとアデラの代役とされたそうで、これが終わったら違約金と言う名の口止め料を貰ってさっさと領地に帰ろうと思っていたそうだ。

その瞬間、アデラ姫の表情が真剣なものに変わる。

少し考える素振りを見せた後、彼女は口を開く。

「突然で申し訳ないけど、貴女、私の侍女として苟絽鶲国で働きなさい。」

「は、え、でも…。」

「確かにその方がいいですよ、ナディア。」

「それはどういう…。」

「あまり時間がないから手短に説明しますね。」 

鈴麗は代わりに口を開く。

姫の代役とされた彼女は、本物が現れた時点で用済み。

それならば何もなかった事にするのが一番安全だ。

ではどうするか。

一番手っ取り早いのは"ナディアの命を奪うこと"。

そう告げた瞬間、彼女の表情が変わる。

それもそうだろう。

彼女にしてみれば口止め料を貰って終わると思っていたから引き受けた。

それが実は命懸けであったなど言われもしなかったし、想像もしていなかったに違いない。

今回のような場合は口止め料を現金で渡し、彼女が領地に帰る途中で始末するつもりなのだろう。

それなら現金を狙った物取りの仕業として処理できる上に、金も取り戻せる。

アデラ姫はナディアの目を真っ直ぐに見て言った。

「責任の一端は私にある。それについては本当に申し訳ないと思っているの。だからナディア、私と一緒に苟絽鶲国へ行ってくださらない?あの国なら貴女を守れるから。」

そういう言ってアデラ姫はナディアに頭を垂れた。

彼女にも責任の一旦はあるにせよ、そこまで浅はかな対応を身内がするなど想定外であったに違いない。

もしくは彼らには知らせずに周囲が気を回しただけなのかもしれないが、皇帝陛下は身代わりを立てる事を承知した、その時点で本当に彼女の身が危険に晒されるリスクを想定できなかったのか。

アデラ姫は深くため息をついた。

彼女はナディアの身を危険に晒した皇帝陛下やアリフィナ姫を許さないだろう。

彼女だって家族である以上、彼らに対する情はある。

だがその情も、裏切られ続ければいつかは尽きるもの。

決して無限ではないのだ。


「アデラ様、そのような事をなさらずとも…!!ええ、このまま侍女として働かせていただきます。元々、住み込みで働くことになっていましたし、今更家に帰って違う働き口を探してもすぐに見つかるとも思えません。」

「でも滅多に家族へ会えなくなるわ。」

「仕方ありません。成人したら家を出て働くことになっていましたから働き口が変わっただけと思えば家族も納得するでしょう。」

「そう?それなら今から謁見の儀へ一緒に付き添ってくださる?苟絽鶲国の使節の皆様へご紹介するから。」

「はい、かしこまりました!」

そう言って元々着ていた服からいくつか装飾品と飾りを外した。

そうするだけで付き添いの者に相応しい装いとなるから不思議だ。

恐るべし、女子力。

「アデラ様、髪型はいかがなさいますか?」

「そうねぇ…流石にあの部屋に髪飾りの類は置いていなかったし、私も今は手持ちがないからこのままじゃだめかしら?」

「私のつけていた髪飾りは髪の長い人でなければつけられないデザインですからね。」

「それなら、これを。」

鈴麗はふと目に付いた客間の花を切り根本を湿らせた布で包むとアデラ姫の髪に指す。

それをナディアがピンで留めれば大輪の白い花はそれだけで彼女の髪を華やかに飾る。

「苟絽鶲国では今、自然の中で行われる婚姻の宴や、生花を装飾に添えた花嫁の装いが流行りなのです。ですからそれにあやかったということにすれば良いでしょう。」

アデラ姫の生き生きとした美貌には、きらびやかな装飾品よりもこの方が似合う。

そして彼女の髪からからこぼれ落ちた後れ毛を掬い上げた。


「本当に、美しい方には美しいものが似合いますね。」


支度の整ったアデラ姫が自信に満ち更に輝けるように。

そう願い、彼女を見つめ口元に笑みを浮かべた。


「…麗しい。」

「はっ?」

「鈴麗さんが男性だったら、私、惚れてしまいそうです。」

振り向けばうっとりとした表情でナディアが見つめていた。

アデラ姫はと見れば、むしろ不機嫌そうだ。

「私だけが愛でて楽しもうと思ってたのに。」

「愛でて?」

私の何を愛でる。

無粋で女性らしくもない私を愛でるような何かあったか?

「とにかく時間がありません。謁見の間へお急ぎください。」

「そうね。では行きましょう、ナディア。ああ、鈴麗さんは絶対にこの部屋から出ないでくださいね。」

「もちろんそのつもりですが…何故念押しされるのです?」

「原因は兄上よ。」

「皇帝陛下ですか?」

「あの人は女好きなの。正妃がいて後宮には側室もいるのに、気に入った女性へ見境なく手を出す位。鈴麗さん、確実にあの人の興味を引いてた。視線でわかるの。」

後継となる子を成す事も務めとはいえ限度がある、限度を越えればそれは不幸を呼ぶ種となるだけ。

アデラ姫はそう言って深々とため息をついた。

皇帝陛下の評価がアデラ姫の中で低いのはこれも理由なのかもしれない。

「誰かが訪ねて来ても部屋の扉は開けないでよいわ。体調が悪いということにしておくから。」

「かしこまりました。二人共、お気を付けて。」

謁見の間へと向かう二人を送り出す。

しばらく様子を伺ってから、ついでにちょっとした片付けを済ませた。

持ち物を探り、口元を歪める。

これは良い物をお持ちだ。


それからアデラ姫に言われたとおり、扉に鍵をかけた。




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