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筋書きと守りたいものは


人気のない部屋の入り口に呆然と立ち尽くす。


「すまない、気がついた時にはいなくなっていた。」


留守の間、護衛を任せた者達からの報告を受ける。

皆、静かなのは部屋にこもって書簡を読んでいると思っていたようだ。

今までも対応のために鈴麗が不在になる事はあった。

その間、彼女は大抵部屋から出ることもなく書簡を読んで過ごしていたらしい。


彼女がいないとわかり、最初に考えられたのは拐われたという可能性。

だが部屋に荒らされた形跡や人が争った跡はない。

窓もあるが特殊な作りで内側からしか開かないようになっている。

それも壊された形跡もなく、内側から開かれたままだということは。


「残された痕跡から推察するに、屋根伝いに逃走を図ったようだ。」


…やんちゃが過ぎませんか、アデラ姫。

昼時の喧騒を下に屋根の上を歩くなど、目立つことこの上ないはずだが上手く誤魔化したものだ。

建物が密集した場所であれば案外目立たぬものなのかもしれない。


「いえ、貴方達のせいではありません。私の失態です。」


彼女は意図的(・・・)に私へ旅の手配を頼んだのだろう。

自身への監視の目を逸らすために。

私こそ旅の手配を誰かに頼むべきだったのだ。


恐らく今まで大人しく守られていたのは全て今日という日のための伏線。

さすが逃走慣れ…もとい、放浪姫様だ。


「さて、どうすべきでしょうか。」


残された荷物から行き先がわかる物がないかと探る。

手持ちの物は多くないようだが、それでもいくつかがそのまま残されていた。

彼女が全財産と言っていた袋は当然のように、ない。

それから身体に括る造りの小さな荷物入れもないようだ。

恐らく最小限の荷物だけでここを出て、外に出た後で旅の荷物を買い足すつもりなのかもしれない。

手慣れた様子から何度も同じ事を繰り返してきたのだろう。

なぜとは思うも、それより先に彼女の行方を探る方が大事とさらに荷を探る。


「これは…地図?」


成安国からバセニア皇国へと至る道の記された詳細な地図。

これほど精密なものならば大金を支払って商人からしか手に入らないだろう。

そんな大切な物をなぜ残した?

今の彼女に一番必要なものではないか。


「黄蟻、報告があります。どうやらこの宿に泊まる客について聞いてきた余所者がいたようです。」


周辺の場所を捜索していた者が慌てた様子で告げる。

どうやら、その人物はこの辺りでは見ない顔の男であったという。

探す時に行方不明であることは明言していないが、彼女の不在を察した近所の住人が心配して教えに来てくれたらしい。


「ちなみに彼女はその事を?」

「たまたま会った時に教えたから知っているはずだ、とのことです。」


回りくどい手を使われるものだ。

思わずため息をついた。

全てが今回の件に繋がっているとすれば、対応はひとつ。


「杏を呼んできてください。」


程なくして、杏が部屋の入り口に姿を現す。

彼女の容姿をざっと確認する。

黒い髪に黒い瞳。

程よく焼けた肌に高くもなく低くもない背。


これならアデラ姫の代わり(・・・)は務まりそうだ。

 

「姐さん、申し訳ございません。私が目を離したばかりに…。」

「杏、急ですが明日この宿から出発し、私と共に皇国へ向かって下さい。」


泣きそうな顔で飛び込んできた杏が目を丸くする。

それから大きく頷いた。

彼女自身、ずいぶんと責任を感じているようだが、責任は全て私が取るつもりだ。


その方が私にも都合がいい。


これから書面を作成し、帝へ事の顛末を報告する。

それと共に彼女を見失った責任をとり職を辞す旨を書き添えるつもりだ。

これでこの宿の者は罰せられることなく留まる事ができ、私は自由を手に入れる。

大いに私情を挟んではいるが、誰も不幸にならないならいいだろう。


「わ、わかりました!!それが姐さんの助けとなるなら。」

「では準備をしてください。ああ、身の回りのものだけで大丈夫ですよ?消耗品などの旅の荷物についてはすでに用意ができていますから。」


アデラ姫から渡された路銀でね。

買い物をしてもそれなりの金額が残った。

彼女が追加した宿代を含めると、安い宿に泊まるのであれば十分に足りる金額だ。


しかも、()()で。


この状況を想定して宿代を渡したのだろうか。 

どこまでが筋書きのうちなのかしら。


彼女から伝えられていた日付や行き先などの情報。

渡された路銀と宿代。

部屋に残された地図。

そしていなくなったアデラ姫と、宿を探る男の存在。

杏が首を傾げる。また


「何をするつもりですか?」

「よくよく考えてみれば、私は彼女の目指す場所も到着する日も知っているのです。」


彼女が黄蟻に伝えたとおりなら、期限の日にバセニア皇国の首都、マライへ辿り着ければアデラ姫に会えるというわけだ。

しかも事前に宿代と路銀を預かっていた。


「私には、あの方が"ここへ来い"と言っているようにしか思えないのよね。」 


杏を連れて行くのは彼女の身代わりとして"下宿から旅に出た"体裁を装うため。

目的は"宿を探る男"にこれを見せる事。

一通り説明したところで、仲間の一人が難しい顔をしながら話し始める。


「彼女はただ逃げただけということはないのか?」

「それだと私に情報を与え、路銀や宿代を渡した意味がないでしょう?」


逃げる機会が欲しいだけなら、どこに向かうのかを教えるはずはないだろう。

簡単に追ってこられないよう情報も手段も封じるはずだ。

そして彼女の向かう先の情報自体が偽りであると判ずるには情報も時間も足りない。


「これは私の独断です。皆には害が及ばぬよう鄭舜様へ申し添えます。ただ杏には迷惑を掛けてしまいますが…。」

「迷惑だなんて!!これも任務ですから、私はついていきます。」


「ありがとう。その代わり貴女の事は命をかけて守ります」


その瞬間に、ぽわんと杏の顔が赤らむ。

…え、何これ?


「その言い方、口説いてるみたいだぞ。」

「相手は女性よ?口説くわけがないじゃない。」


何変なことを言ってるのかしら。

眉根を寄せた私に対して、なぜか皆が一斉にため息をついた。


「無駄に男前なんだよな。」

「男の立場がない。」

「…よくわからないけど、精進なさいな。」


彼らの戯言はさっくりと受け流す。

今は時間が惜しい。


「とにかく、私は杏と共に準備が出来次第出立します。」

「別に連絡要員が必要では?」

「不要です。貴方達は現状維持と、待機を。」


私の権限では杏を守ることで精一杯だ。

勝手な行動に彼らを巻き込んで救える自信などない。


紫家は大所帯だ。

目が行き届かない分、規律を破ると処分が厳しい。

皆が沈黙したところで、杏に視線で合図する。

彼女はアデラ姫が残した荷物の中から数枚の着物を引き抜く。

やがて小さな荷を背負い、アデラ姫の着物に着替えた彼女が手に笠を携え姿を現した。

まだ日射しが強いこの時間帯に旅に出る女性は笠を着用する事が多い。

アデラ姫も大抵の場合、笠を被っていた。

部屋を見渡せば、アデラ姫の被っていた笠も残されたままだ。


「貴女はこちらを被って。外に出たら手順どおりに。」

「かしこまりました。」


部屋の出口に立ち、皆の顔を見渡す。

揃って心配そうな表情を浮かべているのが、申し訳ないけれど嬉しかった。

配置は違えど同じ目的のために手を携えた仲間だ。

寄る辺のない苦難を味あわせるくらいなら私は彼らを捨てていく。



「あとはよろしくお願いします。」



そしていつもどおりの笑みを浮かべ、振り返ることなく店を出た。



−−−−−−−−−



こうして旅は始まった。

指定された日付に間に合うよう先へ、先へと進む。


「あの方の狙いが読めましたね。」

「そうね、こう度々襲われれば嫌でもわかるというもの。」


今回は街道から少し入った辺りで襲われ、たった今戦闘が終わったところだ。

手を変え、品を変え、これだけの頻度で襲われたら、経験の乏しい者であればうっかり命を落としてしまうかもしれない。

たぶんアデラ姫の所在は狙う相手に知られた直後だったのだろう。

そして、そのタイミングで出国せねばならなかった。

どう考えてもその旅中を狙い撃ちされるとしか思えない。


だからわざと狙わせるために、それらしい偽者を連れた鈴麗の存在が必要だったのだ。


一言そう伝えてくれたなら、人員も割けたものを。

そう思ってしまうほどに、旅の始まりから定期的に襲われている。

しかもなるべく情報を漏らさぬよう目に付く限り全員の息の根を止めていた。

今のところ相手の人数が少ないから何とか対処はできてはいるが、国境を越えればそこは皇国(敵陣)


「今までは上手く逃げられたけれど、国境を超えたら厳しいでしょうね。」


たぶん彼女を狙うのは皇国の上層部に連なる人物なのだろう。

しかも国境さえ越えたらあとはどうとでも誤魔化せる立場にいる者。


いくらでも無茶ができるから虎視眈々とその機会を待っているだけだ。

本来は相手を調べ対処するしかないのだが、それをしたくとも時間も余裕もない。


だからアデラ姫の示したとおり、敵を蹴散らしながら皇国を目指す。


「杏、先に言っておくけど国境を越える前に貴女だけは引き返しなさい。」

「…姐さんはどうするの?」

「言ったでしょ、貴女は守るって。」

「なら、姐さんは誰が守るの?!」

「私は守る側の人間だから。守られるという選択肢は想像がつかないわね。」


だから力を尽くし、力及ばないときは潔く死ぬまで。

そこまでは言わないけれど杏は察したのだろう。

彼女は唇をきつく噛んだ。


「…姐さんがそこまでして守りたいものはなんなの?」


私の、守りたいものは…。

一瞬、何か違うものが浮かび上がった感覚があったが、それは不確かなままに霧散する。

わずかに首を傾げた。

不確かなものより、私には守りたい確かなモノがあったはずなのに。


「それは武を誇った一族の誇り。」


一寸考えたのちに、今度は過たず正しい答えが黄蟻の口から溢れた。

それを守るために一族は滅び、私もまた同じ道を歩んでいる。

生き残る術を模索し苟絽鶲国へ逃げたのだが、今思えば、跡取りたる弟が病弱に産まれた時点で一族の未来は決まっていたのかも知れない。

とある事情から黄家は強さを保てていたが、それも時代の変遷と共に難しくなっていたのも事実。

黄家もまた、紅家と同じ"強さ"を求めたが故に人の世から淘汰されたのだった。


…これでやっと呪いのような血から開放される。


それもまた、私が死に執着する理由。

黄家を再興したとされる緋葉に黄の血は一筋も流れていない。

黄蟻が彼に伝えたのは黄家に伝わる技のみ。


だが、それでいいのだ。


彼ならば華凉様と共に新たな黄家を築いてくれるに違いない。

そして黄家の歴史は新たな輝きを得て再び成安国内へと轟くのだ。

そのために黄蟻は弟の名を緋葉に譲る事で、一族の生き残りである自身の存在も葬った。

時は流れ、今更安否など誰からも聞かれることはないだろうけど、もし尋ねる者があれば緋葉には『姉は死んだ』と答えるようにと伝えてある。

これで誰も私をあの(・・)黄家と結びつける者はいない。


火種となりそうな欲深い身内は先に狩っておいたけど残りは貴方が始末をつけなさいな。


それが血を受け継ぐものの義務である。

黄蟻は笑みを浮かべ、弟のように思う、でも弟ではない者へと心中で語りかけた。


家を継ぐということがこれほど罪深い事であるとは皆思いもしないだろう。


とある経緯から藍家の部下達の対応を見た時、感じた違和感。

主を後継に据えるためなのだろうが、どこか一般的な感覚からずれたところに彼らの正義はあった。

それは自身の行いが絶対正しいと信じて疑わない歪な正義感からくるもの。

正義のためであろうと他者の命を奪う事が正しいわけはないというに。


罪と知りながら罪を重ねる者と、知らぬままに罪を重ねる者。

死して後、罪深いとされるのは、贖罪の永き旅へと続く扉が開くのはどちらなのだろうか。


薄紫の瞳がひたと自分を見据えた気がした。


とにかく打てる手は尽くした。

これで心残りはないわ。


「もうすぐ国境の手前の町につく。宿に一泊して、準備しましょうか。」


暗い表情を浮かべたままの杏に声をかける。

明日には国境を越える。

どんな結末迎えるのか、あの人でさえも予想していないだろう。

その事がなんだか可笑しくもあり、どこか哀しかった。



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