出会い、後に冒険。
まだ俺が小さい頃親父にこんな言葉を言われた。「夢を見ろ。叶えたい願いを探せ。その先にお前の答え(みらい)はある」
当時まだ6歳でよく意味が理解出来なかった。ただその時は俺の頭にのった親父の手がとても大きいんだと感じた。俺の頭が手に収まる程だったから。
俺の親父は冒険者をやっていた。俺と親父が住んでいるこの村、ウォルナでは唯一のAAランク。色んな人が親父を頼り親父は嫌な顔ひとつせずに無償で助けていた。
ーそして死んだ。
俺たちの村に魔物が押し寄せてきた。小さい村に魔物が押し寄せてくるのは別に珍しくも無い。ただそれが自分の身に起こるとは思ってもいなかった。親父は最後まで勇ましく戦った。
親父の死の間際を俺は間近で見ていた。辺りは血池ができとても近寄りたいとは思えない程酷い臭いが漂っていてそれでも親父は笑っていた。周りには親父が倒したであろう魔物の死骸がゴロゴロとして小さかった俺には少し不気味だった。
「レイシャ…この街を出て世界を旅してこい」
俺の頬に血のついた手をそっと添えてそう言った。俺は何を言ってるんだと涙を流した。
「すまんなこんな親父で…すまんな全然構ってやれなくて………すまんな、お前にこんな思いをさせて…」
その時初めて親父の涙を見た。呼吸が短くなり息も絶え絶えになりながらも言葉を紡いだ。
「お前は強い」
「親父の方が強いよ…」
だって…俺の憧れだから。
「ははっ…そりゃ当たり前の話だ……なぁレイシャ、お前はいつか俺を超えるすげぇ冒険者になる。」
「な、んでわかるの…?」
最後に親父笑ってこう言った。
「俺の自慢の息子だからなっ!」
その言葉の後笑ったまま親父は逝った。村を襲った全ての魔物を道連れにこの世を去った。去っていった。
親父が死んだ2日後。この村には人がいなくなった。親父の弔いすら誰も出席しなかった。薄情だとは思わない。親父は義理を押し付けるなと俺に教えた。分かってる。最初からあいつらは親父が居たからこの村に住んでいた。
賑やかだった村唯一の食堂は何も無くガランとしてた。歩けばいつも遊んでる子供がいた。ジジイやババアの暇潰しによく付き合わされた。親父の息子だからと手伝いもさせられた。
ーけど、もうそんな出来事は起こらない。
夢から覚めた様に静かな、何もない村に10年間1人で住んだ。でも、何故だか1人でいるとは感じなかった。側に親父が居るような、そんな感じがいつもしていた。だから寂しくは無かった。……寂しく無かったんだ。
この村から人が消えて10年、俺は16になった。親父に言われていたトレーニングを毎日続けていた成果もあり、俺の体は屈強になった。よくいるゴブリンやらのモンスターになら殺気だけで追い返せるようになっていた。
ある日の朝。いつもの様に村の畑を耕しているとボロボロの服を着た少女二人が訪れてきた。
「(人と会うのは何年ぶりだ?もう覚えてねぇや)」
「あ、あの…し、食料を…恵んでくれませんか……」
その少女二人の頬は痩せこけ、髪はボサボサで足は傷が数ヶ所付いていた。目の下にはクマがあり、目に見える程衰弱していた。そして後には魔族特有の尻尾があった。
「魔族…」
昔親父から聞いたことがあった。もう何百年も昔、人間と魔族との間で戦争が起きた。形勢は完全に魔族優勢だったが魔族の王が死んだことから一気に逆転し負けたと。
それからは人と様々な種族の交流が始まった。しかし魔族は穢らわしい、悪しき者とされ差別の対象とされた。そしてそれは子供も例外ではなかった。親父は言った
「俺は昔からの付き合いで良くしてもらってる魔族がいてな。そいつは気さくで良い奴だった。…俺は魔族が一概に悪いものとは思わん。だからレイシャもし助けを求めて来た魔族がいたら、お前の判断でいい、助けてやれ。それが女なら尚更だ。」
「お前ら魔族なのか?」
「な、何でもします!私の体でよかったら差し出します!!いくらでも好きなようにしてくれて構いません!!だから…!妹に!!妹に食べ物を分けてください!!」
一人の少女は泣きながら、俺の服を掴み必死に懇願してきた。多分こうやって色々な所でお願いをしてきたんだろう。けど、魔族だから、と一蹴された。それでも必死に生にしがみついたんだろう。
俺は反射的にその少女の唇を奪っていた。
「…代金は貰った、好きなだけ食っていい。用意するから俺についてこい。」
少女はポカンと口を開け立ち尽くした。もう1人の妹とされる少女にはさっき収穫したとろけるような甘味が特徴のウォレンの実をあげた
「あ、…と…」
唇は干からび喉は枯れ上手く声が出せていなかった、しかし言いたいこと、伝えたいことは分かった。
ありがとう。
「こ、れ…全部食べていいんですか?」
「お前らの為に作った」
こういう時なんて言えばいいのか分からなかったから本心からそう口にした。姉とされる少女はまた涙を流した。
「ありがとう、ございます……」
「いいから早く食え、料理が冷める」
俺の声を合図にして一斉に、行儀などは捨ててひたすらに口に放り込んだ。その食べっぷりには流石に驚いた。5人前は作った筈の料理は一瞬で無くなった。
「あ、あの…」
「まだ食べ足りないんだろ、少し待ってろ」
冷たかっただろうか。二言2人の少女にぶっきらぼうに言って台所へ向かった。
それから少女二人は合計で20人前をたいらげた。そして食後の睡魔に襲われそのまま倒れるようにして寝てしまった。暫く地べたに寝ている二人の少女を見つめる。
「レイシャ、もし助けを求めて来た魔族がいたら、お前の判断でいい、助けてやれ」
親父の言葉が脳に木霊する。
「女なら尚更だ」
ーーーーー
夜、薄暗い街を妹のアルネと一緒に歩く。裸足の石床は冷たかった。冷たい風が肌に触り身震いする。もう何軒目だろう断られたのは。ただ魔族というだけで侮蔑の目で見られる。何日も食べ物を食べてない。
「お姉ちゃん…お腹空いた……」
既に妹は限界に近かった。まだ10歳のアルネだったが今の今まで泣き言なんか言わずに一緒に着いてきてくれた。
「ごめんね、もう少しだけ我慢してね…?」
「うんっ…!」
ガラガラの声で、笑いながら頷くアルネを見て胸が締め付けられる。街を出て数時間歩いた。もう朝日が昇りギラギラの太陽に照らされながら必死に歩いた。
そして小さな村を見つけた。しかし、人の気配が無くとても静かだった。恐る恐る入ると何かの作業をしている男の人を見つけた。
「あ、あの…し、食料を…恵んでくれませんか…」
声があまり出ない。水を飲んだのはいつだったろう、喉がカラカラで上手く発せられないや。
少し考えるように男の人は佇んでいる。いつもは取り繕う間もなく蹴られるか殴られるかで追い返された。痛みはあるけどもう慣れた。私達は魔族だから。
「お前ら魔族なのか?」
その言葉を口にされた途端私は必死に訴えた。妹アルネの為に必死に願った。
そしたらその男の人は私の干からびた唇に自分の唇を重ねてきた。そして
「…代金は貰った、好きなだけ食っていい。用意するから俺について来い。」
代金は貰った、そう聞こえた。私は呆然とした。すると男の人はアルネに小さい赤色の実を渡した。それは昔食べたことのあるウォレンの実という物に似ていた。
「あ、…と…」
もう声を出すのもやっとなアルネは言葉を上手く出せなかった。けど男の人はアルネが言わんとしている事がわかったように少しだけ笑っていた。
それから男の人は沢山の食べ物を私たちの前に出した。
「こ、れ…全部食べていいんですか?」
「お前らの為に作った」
その言葉に胸が震えた。生まれてこの方そんな言葉を言われたことはなかった。
物心つく頃には既に両親はいなかった。私達を育てたお婆さんに聞くと道路に私達がいたらしい。要するに棄てられた、そう言うことだろう。でも、自然と悲しくはなかった。お婆さんが亡くなった日、私達は住んでいた家から追い出された。
「魔族なんか要らねぇんだよ。さっさ消えろ」
住んでいた村の人達の私達を見る目、今でも脳裏に焼き付いている。
テーブルに乗せられていた料理をすべて食べたアルネと私だったけど、まだ足りなかった。
「あ、あの…」
ーまだ食べたいです。
だけど言えなかった。こんなにも優しくしてくれた人にそんな言葉言えるはず無かった。けれど男の人はぶっきらぼうに
「まだ食べ足りないんだろ、少し待ってろ」
そう言ってくれた。
それからいっぱい、お腹が膨れるまでいっぱいいっぱい食べた。そしたら視界が霞んできて眠気が襲ってきた。私は必死に抗おうとしたけど駄目だった。
「(起きたら、ちゃんと…御礼を言わないと…)」
ーーーー
「今日は何作るか…」
いつもの様に朝飯の料理を考える。この時間は割と好きだ。瑞々しい野菜があるからそれを使おうか、それとも森で狩ったイノシシの肉を使おうか。思考するのは好きだった。
「きゃああぁぁぁ!!!」
すると2階からもの凄い叫び声が聞こえた。俺は考えるのをやめ一目散に声のする方、俺の部屋へ向かった。
「どうした!」
「いました!!優しい人!!」
すると俺に飛びつき離すまいとガシッと両手で締めてくる。
「………何だ?」
「どこかへ行ってしまわれたのかと思って」
話を聞くと目を覚ました場所が知らない場所で、俺がいなかったらしくもしかしたら追い出されたのかと思ったらしい。…俺そんな奴に見えるのか。
「まぁいい、今から朝飯を作るが何か要望はあるか?」
「い、いえ!食べさせて頂けるだけで感謝でいっぱいなのに要望なんて…!」
「俺が聞きたいんだ。あるなら言ってくれ」
やっぱり長い時間人と接していなかったからかキツい言い方になっているような気がする。
「では、肉を…食べたいです」
「了解した」
俺は自然と笑みが溢れた。暫くして妹を起こして降りてくるよう頼んだ。まだ眠いのか目を擦りながら降りてくる少女を見て苦笑する。
「イノシシの肉を使った、肉団子だ、いっぱいあるから好きなだけ食っていい。そうだ、二人とも手を合わせろ」
俺はいつも親父とやっていた事を思い出す。
「こうですか?」
二人は俺の真似をして手を合わせた。不思議というふうに首を傾げる二人は何とも可愛かった。
「いただきます。こう言ってから食べるんだ。いくぞ、せーの」
「「「いただきます」」」
きれいさっぱりに食べた二人の食器も俺の食器を片付ける。姉の方の少女は手伝おうとしてたがあまり無理させたくなかったので座るように言った。
全ての片付けが終わった後二人は俺に御礼を言った。
「この度は助けて頂き本当にありがとうございます。それでお名前をお聞きしたいのですが…」
上目遣いに見てくる姉の少女、無意識にやっているのか、それとも意図してやっているのかどちらにせよ破壊力が抜群だった。
「レイシャエルムだ。お前らの名は何だ」
「私は、フィーネティナンシです。こっちは妹のアルネティナンシです。」
恭しく自己紹介する少女、フィーネは金髪の髪に青い目をしている。アルネと呼ばれる少女は金髪ロングで翠の目をしていた。
何故こんな辺境の村に来たのか事情を聞いた。そして親父の言葉脳裏に響く。
「助けを求めて来た魔族がいたら助けてやれ」
「…どういう事です?」
言葉に出てたか。頭をポリポリと掻き決して大きくはない声で話す。
「俺の親父の言葉。俺はそれに従ってお前ら二人を助けた。ただそれだけだ。……腹は膨れたな。」
俺はドサッと二人の前に麻袋を置く。中身を除くフィーネの顔は驚愕し、一瞬で強ばる。
「これほどのき、金貨貰えません!!」
「それは餞別だ。それ持って早く行け」
俺は突き放すように言い放つ。俺といても何も楽しくない。楽しい事を教えてやれない。しかしフィーネは退かなかった。
「嫌です。私はまだレイシャに恩を返していません。その恩を返さない限り私は貴方の側に居続けます。」
「あ、アルネも一緒にいるよ!!レイシャ兄と一緒にいるからね!!」
いつの間に兄になったのか、アルネは俺の事をレイシャ兄と呼んだ。けど悪い気はまるでしなかった。逆に何故だか嬉しさすらあった。
「私が貴方に恩を返すことを許していただけませんか?」
その時昔、笑いながら話してくれた親父の声が浮かんだ。
「助けるっていうのは必然的に誰かと関わるってことなんだよ。だけどそれはデメリットじゃない関わりの中には出会いがある。俺と母さんはそうやって出会って冒険の旅をした!楽しいぞー!冒険ってのは自分が知らないものがいっぱい詰まってんだ!!求めるものが多いほど冒険には可能性が眠ってる!だから皆求め続けるのさ!!」
少しの思考、迷いはした。けど言わずにはいられなかった。
「なら、俺と一緒に冒険の旅に出掛けてくれないか」
目を丸くし驚いているフィーネ。だけど瞬間、パァっと顔を明るくして俺の手を握る。
「私達で良ければ喜んで」
握った手は小さかった。けれど親父と同じ感じがした。
1年後。
「おいっ!早くしろって!」
「待ってくださいよレイシャ!乙女の準備を急かさないでください!!」
小さな村、誰もいなかった村に響く声。
「乙女だぁ!?アルネはもう俺の隣にいるんだがなぁ!?」
「嘘ー!?くっ!アルネ図りましたね!!」
「お姉ちゃんが寝てたのが悪いんでしょ…」
はぁとため息をつき姉の不始末を謝る妹のアルネ。
大きめのリュックを背負い腰には剣が納められている。一年前とは違い、可愛らしかった顔にプラス綺麗さを纏わせ面倒見の良い妹に成長した。そして1番変わったのが
「レー兄ごめんね?お詫びは僕のキスで…」
目を閉じ唇を突き出すアルネ。そう、アルネはここ1年でレイシャ大好き魔族へと成り果ててしまったのだ。
「なーにをやってるんですかアルネ!!…はぁはぁ急いで来て正解でした…」
直後フィーネのクロスチョップがアルネの背中を攻撃する。そんな二人を軽く無視し俺は何もない、静かな村を見渡す。親父と住んでいた、楽しかった出来事が頭の中を駆け巡る。
「……行きますか」
「うん!!」
「はーい!」
親父、今日俺、旅に行ってくる。いつか帰ってくる時、その時は親父を超えた冒険者になってる時だ。それじゃあ
ー行ってくる。
「レイシャ!夢を見てこい!!叶えたい願いを探してこい!!その先にお前の道はある!!」
そう言って笑っている気がした。この日俺、レイシャエルムは、フィーネティナンシと、アルネティナンシ、二人の魔族と冒険の旅に出た。