ソーシャル×アカデミア
『SNS』ソーシャル・ネットワーキング・サービス。インターネット上からの交流を通して社会的ネットワークを構築するサービスである。(wikipediaより一部引用)
僕らの住む国ニッポンでは2000年代初頭に登場し、2010年代にスマートフォンの普及によって凄まじい発展を遂げたSNS。面白いことに発展を遂げた2010年代から四半世紀以上経った今でもそれは社会人、企業から主婦までの生活に欠かさない存在のままだった。流行った2010年代では学生の利用などで社会問題になったらしいが、きちんとした規制法が出来上がった今ではそんなことで騒がれることも無くなった。SNSは僕らのいる“現実の社会”とは違う“もう一つの社会”となるほどに僕らの生活に密着してきていると言っても過言では無かった。
さて、話は変わるが僕の高校にいた昔のお偉いさんが「学校とは社会の縮図である。」だとか言い出したらしい。社会に通用する人材の育成をモットーに掲げている僕の高校、清河学園は「学校が社会の縮図であるならばその裏の縮図も必要だ」なんてよくわからないことを言い出した。そのよくわからないことを言う偉い人は日本初の特別教育としてどんな学校にもない斬新すぎるにも程があるような、馬鹿馬鹿しいような、ありだと思えるようなものを提言した。それが十年前に清河学園大学と清河の高校生によって作り出された、学生だけで保守、管理、運営、利用をする清河学園中等部高等部専用SNS、僕らのもう一つの学校、『HoKa』なのだ。
―***―
エアコンなんてものは下手をすれば一世紀近く前に生み出されたものであるはずなのだが、おかしいことにこの部屋にはそんな文明の利器が存在していない。季節はまだ春なのだが、締め切った部屋ではまだ五月であるというのに、既に夏が訪れてしまっている。初夏ではない。真夏である。その為、エアコンが必要なのだ。そんなものがなかった時代もあるのだから我慢しろと言われても木造の風通しの良い建物に人がいた時代とコンクリートの塊の中にいる時代で同じ理屈を通すというのはおかしい話だ。窓を開ければいいだろうと言われれば、確かにその通りであるとしか言いようがないが、音を立てるような風が吹く中、窓を開けばそこらにある書類は四散するだろう。よって僕ともう一名はこの生徒会室と書かれたサウナで我慢比べもとい作業をすることになっているのである。
「会長、どうしてここはサウナ室なのだと思いますか?」
「サウナの前には水風呂があるだろう?ここのすぐ外にもプールがある。つまりそういうこと。」
「会長の言い方だと水風呂があるからサウナがあるみたいな理論ですよそれ。普通はサウナがあるから水風呂が一緒に存在してるんじゃないんですか。だいたいサウナ出た直後に水風呂入るの体に悪いらしいですよ。」
「それじゃあここがサウナだから外にプールがあるんだ。そういうことにしておこう。」
「それ、ここがサウナである理由が完全に抜け落ちてますよ。」
「じゃあピーター君はなぜここがサウナなんだと思うんだい?」
「予算をケチった。ってのが妥当でしょうけど中高合わせて二千人以上いる生徒のデータとその投稿を全部保管できるサーバがある学校でそんな理由は理由にならないですよね。」
「馬鹿だな~あ君は。」
「会長って唐突に不意を突くようにサラッと人のこと貶しますよね。」
「その手の物に投資してるからここに文明の利器を設置することをケチっているんだよ。つまりアレだ。私たちはパソコンを維持するための生贄だ。」
「機械の為に人が生贄になるだなんて皮肉な話だと思いませんか?」
「そうでもない。機械というのは人が造り、人が管理し、人の努力や労働によって成り立つものだ。別におかしくも何ともないさ。それにもしもこの部屋にエアコンが付いていたのならば、私の透けブラを見ることは出来なかったと思うぞ?何かを得るためには対価が必要だということを学ぶんだ。」
「会長こそ女性から男性に対してもセクハラが適用されることを学ぶべきですよ。」
不毛極まりない会話を続けながら淡々と予算の書かれた紙をさばいていく。この学校の生徒会本部に与えられている権限は他の高校よりも遥かに多い。社会の縮図である学校で社会での個人の役割を知るべきであるとされる清河学園では、金勘定に関しては大人を通さねばならないが、ほとんどの行事や決め事は生徒で決めている。校則も三十年前、生徒だけで話し合って決めたことが今でも更新されながら守り続けられている。余程のことでもない限り大人の干渉しない、まさにここは社会の縮図なのだ。
さて、僕の隣で明らかに僕よりものんびりとした作業ペースであくびを欠きながら書類をさばく地毛茶三つ編み巨乳は我らが生徒会長“プリンセス”こと『姫路愛』である。残念ながら彼女はこの物語のヒロインではない。ましてや僕に好意を抱いている訳ではない。これがライトノベルならば僕は汗だくの中、二人っきりで巨乳と密室にいて何かが起きないわけがないのだがそんなこともない。彼女はただの生徒会長である。
しかしその仕事は一般的な生徒会長と同じものかといわれるとその答えはNOである。彼女は学内SNS『HoKa』唯一の学校から指名されたフルアクセス権限の持ち主、管理者であり、学生を利用停止に出来る、たった一人の人物なのである。また、大人たちが関わらないこの世界で唯一大人に行動を監視される存在でもある。そうは言っても『HoKa』は独裁国家ではない。アカウントの処分には生徒会本部の会議で決定し、監視体制も複数人による客観的な視点で行っている、れっきとした民主主義である。僕もその一人だ。とはいえ、王といっても過言では無いほどの権限を持っている彼女は中等部高等部ともに恐れられている。HNであり、渾名でもある『プリンセス』はそんな印象から呼ばれているのだろう。
もう既に二千文字以上の言葉を連ねているのに自己紹介もしないお前は一体誰なんだと思う頃合いだろう。僕の名は『宇佐義弘』HNは“ピーター”。どこにでもいそうな量産型近眼男子高校二年生だ。変な自己紹介だと思うかもしれないがこの学校じゃ普通だ。十年も前から特別教育として『HoKa』が存在し、現実世界さながらインターネットで知り合ってから現実世界で会うということが多くなった結果、お互いを本名で呼ばず、HNで呼び合うという特異的な文化が生まれてしまった。もっとも、『HoKa』が生まれる前からSNSを通した交流は多かったらしく、こういった文化は今に始まったことではないらしい。違和感を覚えるかと言われても、ここにいる人間の半分以上は小学校や幼稚園からのエスカレーター組である。そんなものは常識として頭に刷り込まれるのだ。
自己紹介を終えたところで僕は会長よりも先に書類をさばくのが終わった。一般的な生徒会の後輩役員としてはまだ作業の残っている会長の書類を手伝うのが普通なのかもしれないのだが、こんなサウナの中でピンクのやたら扇情的な透けブラを堂々と見せつけられ続けるのは眼福であったとしても目のやり場に困る上に自分が恥ずかしいので早々と帰る準備を始めた。その時会長がちょっと待てと言わんばかりにワイシャツを掴み、引き留めた。なるほど、手伝えということか。そう思った僕に浴びせられた言葉は想像とは異なっていた。
「あー、帰るのはいいけど一つだけ頼みがあるんだわ。」
「そこにある会長がサボってた分の書類を片して欲しいと言うのでしたら僕は何も聞かなかったことにして帰りますよ?」
「いやあそうじゃなくてね。最近『HoKa』で流行っている占い?というかまじない?みたいなのがあってね。知ってるかい?」
「いえ、僕はあまり『HoKa』見てないんで。それがどうかしたんですか?今その占いとやらをやれっていうなら、それこそ本当に帰りますよ。」
「いやだから待ってって。ここからが本題なんだけど、どうもその内容が怪しくてね。なんとも自分のPWの頭文字を外部のサイトに打ち込むと願いが叶うだのなんとも胡散臭いヤツなんだ。広めた人とそのサイトを作った人間を探しているんだけどもなぜか見つからない。私の情報網じゃ限界だし、自分から動く時間もないから、彼女もいないであろう暇な君が素晴らしい協力者と一緒に調べて欲しいんだ。」
「僕が暇かはさておき・・・、いや、暇ですね。それはなんとも胡散臭いですし、PWってことは何かしらの被害があってもおかしくはないですね。分かりました。それで協力者っていうのは誰なんです?」
「君も知っているんじゃないかな?」
そう言って会長はブレスレット型の携帯電話の立体映像を映し、協力者である人物のアカウント画面を僕に見せつけた。この人は話を聞いているのだろうか。それとも単純にアホなのだろうか。いや頭はいいはずだから前者だ。僕は『HoKa』をあまり見ていないと言ったのにも関わらず、こんな画面を見せつけて「わかるだろう?」と言わんばかりにドヤ顔を発揮するのはどうかと思う。いまいち理解できていないであろう僕の表情を察したのか、会長はそのまま説明を始めた。
「君さぁ・・・ちょっと常識なさすぎるんじゃない?彼女だよ、か・の・じ・ょ。清河の情報屋、助っ人、裏会長、なんでも屋。完全無欠のアリスさんだよ。知らないのかい?普通の国のアリスさんだ。」
「最後の二つ名があまり凄そうに聞こえないのはいいとして、表の会長自身が裏を認めてしまうのはいかがでしょう?」
「ああ、いいのいいの。公認だから。」
裏に公認なんてしてしまったらそれは裏ではないのではないだろうか。裏と付くくらいならば影で暗躍しているだとか、会長の知らない世界で動いている人間のようなものを思わせるのだがなんともスケールが微妙だ。変なところで痛い称号を付けようとするこの学校の風潮だけは正直理解し難い。
「で、それはいつなんですか?明日です?明後日です?正直僕はもう帰りたいです。流石に今日なんて言われてもあんなたくさんの書類さばいてクタクタな上に時間がかかって日が暮れかかっているこの状態から協力者と探偵する気力があるかと言われればNOですよ。ライフ・ワーク・バランスを重んじる理想の上司ならば僕にする指示は何か分かりますね?」
「勿論。私は理想の上司だからこう言うぞ。」
「どうぞ。」
「今日だ。理想の上司というのは君が勝手に思い描いているものであって、万人に共通するものではないということを学ぶんだ。じゃ、暑いから私は帰る。二年K組のHRに行けばアリスに会えると思うよ。おっと、二年とは言ったが彼女は一年留学していたから君の年上だ。くれぐれも私に対する態度のように無礼な振る舞いをするなよ。じゃあ。」
「会長こそあなたみたいな人間がいるから社畜という単語がなくならないということを学ぶべきですよ・・・。」
本当にこの人は論理崩壊した揚げ足取りが得意でなおかつそのゴリ押しを通してしまう困った人間だ。そもそも「帰ってもいいが」と言っていたのに今日やれというのは矛盾しているのではないだろうか。ここは民主主義と言ったが前言撤回しよう。帝国主義の独裁国家、またはブラック企業である。しかし僕も悲しいことに社畜気質なのでこの理不尽な残業を放り投げることなく素直に従い、K組のHRへと足を運んで行った。魂のレベルで真面目さを発揮してしまうのが自分なのだ。仕方がない。
生徒会室は五階にあり、二年HRは二階なので体力に自信がない僕は体に優しいエレベーターを使いたかったのだが働けとばかりに点検中で使用できなかったので渋々階段を使うことにした。ただでさえ仕事を追加されて疲れてきているのにさらに労力を使わせないで欲しい。今日は運が悪い。全ての元凶はある人物なので運と言い切っていいのかどうかは定かではないが、これは運だ。決して僕はあの巨乳の言いなりになっているわけではない。
階段を二階で降り、長い渡り廊下を渡ると教室棟に入る。廊下では吹奏楽部の部員がよくわからない恐らくラッパではないであろうラッパに似た金色のなにかを吹いていること以外、人はいなかった。一学年十一クラスもあるのでK組は果て無く遠い。体力を消費しながら、K組まで向かい、バリアフリー化された軽いドアを開くとそこには艶めくボブカットの黒髪で中くらいの背の少女が本を読みながら窓際の席に座っていた。その容姿はとにかく髪が美しく、ロングにすればさぞかし綺麗だろうと思わせる。顔立ちは整っていて、クールな印象を与えた。胸はたぶん会長より小さい。僕の貧相な語彙力では彼女の美しさを全て伝えきることが出来ないため、挿絵という力を借りたい所存だが、残念ながらこの小説に挿絵なんてものは存在しない。悲しき限りである。想像に任せるがとにかく綺麗である。だが、世間一般のアリスのイメージである『不思議の国のアリス』の『アリス』とは正反対を行くその容姿に僕は本当にこの人で会っているのだろうかという迷いが生まれた。金髪ではなく、純日本人な外見をしていて、小柄でもなく、どちらかというならば『乙姫』や『かぐや姫』といった方がまだ納得できる雰囲気を持っていたので僕は「アリスさんですか?」という単純な文字列を口に出すことを躊躇っていた。しかしここはK組で会長は確かにこの場所で待っていると言っていた。ここにいるのは本人のはずだ。そもそも第一印象で考えるのはいけない。別にブロンドでロリじゃないのに『アリス』という名前を持つ人間だっているだろう。なにも金髪ブロンドで小柄じゃなければアリスと名乗ってはいけないというルールなんてものは存在しない。亀井静香が男性であるようにアリスが純日本人でも、なにもいけないことはないのである。
「いい加減、そこで立ったままじろじろ見るのはやめてくれないか?本を読んでいるのに気が散るぞ。」
「え?あ、すみません。」
怒られてしまった。これは早々に本人か聞いて本題に入らなければならない。迷っている暇などはない。聞こう。
「あの、アリスさん・・・でしゅよね?」
ああ、やってしまった。大事な時に噛んでしまった。これはよろしくない。ヒロインと初めての会話で噛む主人公がどこにいるのだろう。ここにいる。これは僕の対女性経験が揚げ足巨乳程度しかいなかったために起きてしまったとんでもないアクシデントである。本人か分からないという緊張に綺麗な女性に話しかけるという緊張の掛け算によって最初の一言でやらかしてしまった。穴があったら入りたいどころかそのままそこを僕の墓にしてほしい勢いである。泣きそうだ。
「フフッ・・・ああ、そう。私がアリス。ピーターというのは君ね。プリンセスから聞いてる。なんだか冴えないのが来たなあ。」
笑われた気がするがもう忘れたいので聞かなかったことにした。最後の一文が冴えなくて悪かったと言いたいところだが会長に礼儀を弁えろと釘を刺されているので言わないでおいた。初対面の人間に対して会長に対する勢いのようにツッコミを入れるというのは無礼というものだろう。礼儀作法に強い訳ではないがそれくらいは僕でもわかる。僕は下手に口を挟まないように続けて説明を始めた。
「会長から聞いているなら話は早いですね。例の占いの件の元凶を調べてこいって言われたんですが、とりあえずよろしくお願いします。」
「ああ、よろしく。」
さて、スタートダッシュこそ盛大に転んでしまったものの、そこからの滑り出しは順調だった。アリスさんは僕よりも会長から丁寧に説明を受けていたらしく、僕に流暢に事の細かい説明をしてくれた。彼女も喋りが上手く、とても社交的で、女性経験皆無な僕でもあれからキョドることなく会話を続けることが出来た。
「それで私も粗方調べていてね、なんともそれは『鍵渡し』とか言われている行為を『KAGIANA』というサイトにすることで願いが叶うという何とも陳腐で胡散臭いオカルトなものだ。で、その『鍵渡し』というのはそのサイトに『HoKa』のユーザー名とPWの頭文字を入れることで成立するというものらしい。入力フォームの前にはバーナム効果を利用した性格診断もどきもあってね。それがあるせいで信じ込んでいる人が多いらしい。」
「バーナム効果・・・、確か誰にでも当てはまることをあたかも自分だけに当てはまっているように見せかけるやつでしたっけ。なんかどこかで聞いたことありますね。」
「一昔前のチェーンメールによく使われていた手法だよ。時代錯誤も甚だしいけど事実うちの生徒が引っかかってるからあんまり馬鹿に出来ない気もするけどね。」
「それで出所はなんとなく検討が付いてるんですか?」
「全く。というかそれをこれから調べるというわけさ。」
「と、言いますと?」
「『KAGIANA』を利用した人間に誰からこのサイトの存在を教えられたか聞いていくのさ。噂を広めた人物を特定できれば、サイトを公開した本人に近づけるだろうし、その本人かもしれない。」
流石だ、僕がここについた頃には既にどうやって犯人を絞るかその方法を考えていた。かなり地味でよくあるベタなやり方ではあるがその方法を実行に移すとなるとなかなか労力が要る。なるほど、だから自分が呼ばれたのか。自分で言うのもなんだが雑務にはもってこいの人材である。巨乳は人材派遣のプロか。
「ところで、僕ら肝心なその『KAGIANA』そのものをあまり知っていない気がするのですが・・・」
「知っていない?プリンセスから聞かされた情報で十分じゃないかな?」
「ああいや、そういうことではなくって。要は実物を見ていないということです。何事も自分自身の目でまず見てみてどんなものか確認する必要があるんじゃないかと。」
確かに、とアリスさんは頷き、アリスさんは時代錯誤な大きく重たいノート型パソコンを取り出し、すぐさま『KAGIANA』のURLにアクセスした。その時、アリスさんの「こちらからわざと引っかかれば何か手掛かりになるのではないか」という意見でこのサイトに僕のユーザー名とニセのPWの頭文字を打ち込み、願いを書いてみることにした。所謂、おとり捜査だ。わざわざ僕の方のユーザー名が使われるあたり既に上下関係が明らかになっている。いや、彼女の方が年上ではあるのだが。
しかし、それにしても大きなPCである。僕らの時代では会長のブレスレット型携帯電話や、ロールのように丸められるタブレットのようにコンピューターの小型化が急速に進んでいる。今時サラリーマンですらノートパソコンを持ち歩くということはない。そうそう見ない機器に僕のユーザー名と偽PWを打ち込みながら僕はアリスさんに質問をした。
「アリスさんよく学校にこんな重いパソコン持ってこられますよね。最近じゃほとんど携帯電話でできるようになってきたのにどうして持ち歩くんです?」
アリスさんはあまり聞かれたくないことを聞かれたかのように見線を逸らし、周りに聞こえにくい少し小さな声で僕に答えた。
「そうだね、今じゃあまり必要ではなくなってきたけれども私はこれが要るちょっとした理由があってね。詳しいことは言えないけれどプリンセスと同じような意味だよ。」
「はぁ。」
会長と同じような意味、と言われるとかなり用途は限定されてくる。会長も普段からパソコンを持ち歩いているが、これは『HoKa』の管理のためで、『HoKa』のあるセキュリティレベルから携帯電話などでは入れなくなる。その為に会長は専用機を用いてアクセスしているので、あんな重いものを普段から持ち歩いているのだ。それと似たような用途と言われるとやはり『HoKa』絡みなのだろうかと思うが、あまり多くを語らなかったことから本人にとってもあまり突っ込まれたくはない要件だろう。少なくとも分かったのはこの人物が会長に比類する存在であるということだ。
「ん?なんだこれは?」
「はい?」
目を離していたフォームを打ち込み、送信済みのパソコンを覗き込むとそこには当然のように書かれた、ありえない文字列が並んでいた。
『パスワードが間違っています。』
「えっ・・・!?」
『パスワードが間違っています。』当然だ。僕が入力したのはニセのPWであって、本当のものではない。その表示に間違いは無かったのだが、問題はそこではない。どうしてこのサイトが僕の本当のPWを知っているのだということだ。『HoKa』において生徒のPWはかなりの重要情報だ。僕程度の管理者権限では触れることもできず、会長でも閲覧しただけで学校の上部から連絡が来てしまうようなものだ。それをこのサイトが知っているということは、このサイトの製作者はそのセキュリティを突破したということになる。そうとなれば大問題だ。なぜなら『HoKa』のデータというのは生徒そのものの個人情報とリンクされている。どういうことかというと、深層のセキュリティが突破されれば、生徒の評定は書き換え放題になり、生徒の年齢、住所、電話番号から身体測定のデータに至るまでが筒抜けになってしまう。悪用されてしまえば、最悪『HoKa』は閉鎖するということにもなりかねない。事態は予想よりも遥かに深刻だった。
「どうやら思ったよりも由々しき事態だね。」
「悪用される前にことを片付ける必要がありますね。」
会長にさらっと流されるように任された仕事だがこれは想像よりも重労働になりそうである。こんなことをしたって金は一銭も出ないのだから社畜ここに極まれりと言えるだろう。そうは言っても、放っておけるような事案などではない。僕は早々に会長に連絡を入れ、事の重大さを報告し、最近、『HoKa』に対するハッキング行為などはなかったかどうかを調べて欲しいと頼んだ。最初は面倒そうな反応をしていたが、事の深刻さを伝えるとすぐに「わかった。明日までに調べておくよ。」と快く承諾してくれた。こんなところは有能会長である。
あくる日。
アリスさんから『KAGIANA』を利用していた生徒を探し、コンタクトを取ることに成功したと連絡が入った。なぜ『HoKa』上で聞かなかったのかと尋ねると、「犯人は高い確率でこのネットワークを把握してる。もしもここで犯人探しをしているかのような素振りをみせれば、なにか問題を起こされるかもしれないでしょ?」ということからであった。なるほど、頭の回る人だ。
一方、会長からの連絡はというと、「ここ半年で外部からの『HoKa』へのアクセスは一切ない。ここのセキュリティはそう簡単に破れるものじゃないから、ひょっとしたら内部の人間かこれの設計に関わった人間かもしれないから、引き続き調べる。」と返ってきた。
とにかく、僕らが今出来ることで犯人探しへの近道は利用者が誰から噂を聞いたかを聞いていき、その元凶にたどり着くことで犯人を見つけるというやり方である。僕は放課後、コンタクトが取れたという人物の話を聞きに行くから四階ラウンジに来てくれとアリスさんから連絡が入り、そこへ向かった。
そこにはアリスさんと派手に制服を着崩した女子がラウンジの席に座っており、僕もアリスさんの隣に座って話を聞き始めた。
「鍵渡しを誰から聞いたって?そりゃあれっしょ、ライズから聞いた。マジアイツ超アガりながら鍵渡しの話してきてさぁ、最初はイっちゃってるんじゃないかって思ったんだけどマジっぽくってさぁ、超上手くいくんだよねアレ、マジアレ。ホントヤバイ。マジでウケるぅ。アタシは当たらなかったけど、噂で当たって恋が成就したヤツがいるって聞いてさぁ、それはマジでパないなっ思ってノリでやったのよ。でも知り合いで当たったって人は聞いてないなぁ。だけど当たった人がいるのはマジっぽいよ。」
なるほど。それはマジでヤバくてテンアゲの極みである。・・・喋り方はいいとして重要な情報源は獲得できた。というよりどうやってこんな住む場所の違う人種のような人とコンタクトを取ったんだろうか。やはり情報屋という評判は伊達じゃないのかもしれない。それに、あのパリピの帰り際、「アリスさん今度マジパないくらいヤバくて美味しいパンケーキの紹介頼むっすよ!」と言われていたことから本当に人望が厚いのだろう。すごい人だ。
彼女の証言曰くHN『ライズ』という人物から聞いたらしい。なぜか彼ともアリスさんは繋がりがあったらしい。凄い情報網だ。今日中に話を聞きに行くのは厳しいかと思ったが、今日は部活があるため、すぐに話が聞けることが判明した。彼はEDM研究同好会の会長であるため、彼らがいる第一情報処理実習室へと二人で足を運んだ。四階ラウンジからその教室までは割と距離があり、そこに向かうまでに僕は不思議に思ったアリスさんの情報網について尋ねることにした。
「あの、アリスさんってすごく人脈が広いですよね?」
「ん?そうだけど?」
「どうやったらいろんな人と繋がりを持つことが出来たんですか?」
アリスさんはその質問に対して少し考える素振りを見せてから、僕の質問に対して答えた。
「特別凄いことでもなんでもないよ。四半世紀前にSNSが出来た頃から、人は繋がろうと思えば世界中に繋がることが出来たんだ。その規模が学校という単位に小さくなったならば、より繋がりを全体まで広げるのは容易だよ。いろんな人と自然にコミュニケーションを取っていたら自然にこうなった。それだけの話だよ。」
「はぁ。」
彼女が得ている人望や、その二つ名からそれ以外の要因も間違いなく存在していると思うのだが、本人に自覚症状があるのか怪しい。生まれながらのカリスマ性とはまさにこのことを言うのだろうか。彼女には人を惹きつけるなにか特別な雰囲気を感じる。
「もしかしたら、不思議なオーラとか出てるんじゃないですかね。アリスさんって何だか誰とも異なるカリスマ性みたいなものを感じますし。」
そう、発言をすると彼女は突然口調を強め、立ち止まって僕にその言葉を強く言い放った。
「いいかいピーター君、この世に“不思議”なものなんてのは何一つ存在しないんだ。機械は人の努力と電気だとかの動力で動くし、私の情報網もただの努力の賜物。この世界は“普通”で動いているんだ。私はこの事件に関わっているのはそんな“不思議”を盲信する大馬鹿者たちにこの世のルールと常識を叩きつけてやりたいからなんだよ。」
「えっ、はぁ。」
なんだかよくわからないところで地雷を踏んでしまったような気がするのだが、正直言わせてもらうとその姿勢こそが一番人を寄せ付ける理由なのではないだろうか。徹底的な現実主義というのは嫌われ者になりやすいと思うが、彼女ほど人望があり有言実行を可能として現実主義でありながらも卑屈ではない、完全無欠な人間ならばそれすらも強い魅力と変わるのだろう。そういえば、会長も「機械は人の努力や労力を以て動いている。」のような発言をしていたから、彼女もアリスさんの影響を受けた一人なのかもしれない。
そうこうしているうちにEDM研のいる第一情報処理実習室にたどり着いた。やたらと長い部屋の名前を文字列に起こすのも読むのも苦痛だと思うが、いまいち良い略称が思いつかなかったのでもういっそEDM室と呼ぶことにした。なんだかクラブの一室のような名前になってしまったのだが、部屋の中は無骨な業務用PCの並ぶ地味な部屋でEDM感というか、エレクトリックでもダンスでもミュージックでもない雰囲気が流れていた。それもそうだ。防音設備もない部屋で踊られたら、呼び出しになるのは必至だ。それにEDM研究というのは何もクラブのダンスを研究するわけではない。打ち込み作曲だとかをやっているのだろう。なるほど、よく考えたら至極当然のことであった。
話を聞く相手の『ライズ』という人物は、先ほどのパリピの友人と言っていたのでもっと凄まじいものが来ると思っていたのだが、思ったよりも普通の男子生徒が現れた。とてつもない外見の人間が来てもいいように構えていたので少し拍子抜けした。
「やあ、ライズ。今日も“お仕事”かい?」
アリスさんは当然のようにライズさんにそう語り掛けたが、僕にはライズさんのPCの画面が途切れ途切れの線がピアノの鍵盤であろう図?の横にずらりと並んだゲームのようなもので、世間一般の仕事をしている人の画面には見えなかった。
「ああ、今日もね。あのゲーム会社から新曲を早くだせ早くだせとせがまれてるんだ。俺が高校生だってわかってるのかなあの会社。だいたい自分ですらクリアできるか分からない音ゲーの曲作らされてる人の気持ちにもなって欲しいところだけども。」
音ゲー?新曲?なんだか自分とはずいぶんと離れた次元に生きている人のように思えてきたがそろそろ何の話をしているのか分からなくなってきたのでアリスさんに聞いたみた。
「あの、この人の仕事ってなんなんです?」
「あー、ピーター君。ゲームセンターにボタンが複数あってディスクが付いているリズムに合わせてそれを操作するゲームがあるだろう?」
ゲームセンターには滅多に行かないが流石にそれくらいは知っている。なんとかマニアとかだった気がする。たまにうちの生徒が物凄く人間離れした動き・・・悪く言うと気持ち悪い動きで遊んでいるのを見る。
「えっ、もしかしてアレの曲作ってるんです?」
「うん?そうさ。インターネットにたまたま自主制作した曲上げたらスカウトされて。それからは色んな所に頼まれるかな。」
清河は生徒数が多い。芸能活動をしている人が居たり、少しスポーツでニュースなどに取り上げられた人物も居るらしい。が、これほど凄い人がここまで身近にいると驚きを通り越してなんだか変な笑いがこみ上げてくる。
「それで、本題だけども『KAGIANA』の件だ。まず、君はどうしてこの情報を流したんだ?」
「あー、言い逃れするつもりじゃないんだけど俺はあのサイトが身内で作られたジョークサイトだと思っていたんだ。自主製作にはよく出来ていたし。それで面白いと思って友人に広めてしまったんだ。後から見たら外部のサイトで驚いたよ。俺の不注意だ。申し訳なかった。」
「ああ、別に謝ってほしいとかそういうのではないんです。悪意がないと分かればそれで十分なので・・・」
なんだが圧力捜査地味てきてしまったので僕はすかさずフォローを入れた。悪意無く広めてしまった人だって勿論いるだろう。誰それ構わず人を疑い始めるのは良くない。
「なるほど、ではこのサイトの情報は誰から教わったんだ?」
「それはうちの部員でエレクトロニクス部で模型部の部長の『チョコミント』だよ。っていうかアイツが作ったと思ってたんだ。」
チョコミント、なんとも三大オタクっぽい部活に入り、堂々とオタクを従え『姫』として君臨したとんでもない存在。うちの会長にかなり噛みついていて、会長自身からよく話を聞いていた。
「話は終わりか?ならちょっと文句が言いたいんだが。」
一通り話し終えたライズは僕に対して目を細めながら、さっきまでの明るい口調を一転させ怒ったように僕に文句を言い始めた。
「生徒会の書記だろ?二年の・・・名前は忘れたが。」
「え?あ、はい。僕だけ信任投票だったんで覚えてる人少ないと思いますけど・・・」
「EDM研の予算の件だよ!こんなんじゃ足りないに決まってるだろ!俺は毎回企業にあーだこーだ言われるけどこの設備と予算じゃ無理があるんだよ!家でやるにも十分に制作できる環境が無いし、金も無ければ自分の部屋もないから夜な夜な作業なんてしてたら妹だとかがうるさいんだ!毎回言ってるのに全く聞き入れられねえ!実績?いくらでもある!とにかく書き起してあるから会長に投げつけてくれ!」
「えっ?あ、すみません・・・」
僕はその凄まじい剣幕に圧倒され、とてもじゃないが「予算関係に関しては他の部の兼ね合いと職員会議だとかも絡むので」とは言えなかった。とはいえEDM研は今まで実績皆無の部だと思っていたので次からの評価は改めるように今度会長に進言しておこう。
「まあまあライズ君、こいつは“ヒラ”なんだ。これくらいにしてやってくれ。」
少し馬鹿にされた気がするがフォローされたのだろう。そうだと思っておこう。その方が精神衛生上良い。
アリスさんがなんとかライズさんを抑え、あの場から離脱することが出来た。次にコンタクトを取るのは悪名名高い『チョコミント』である。僕が彼女ともコンタクトを取りましょうかとアリスさんに聞こうとしたとき、アリスさんは苦虫を噛み潰したような顔で僕に言った。
「ピーター君、次は君一人で頼む。」
「はい?」
「聞こえなかったか?君一人で頼む。」
「いや、あの」
「一人で頼む。」
「それはちょっと・・・」
「頼むから。」
「・・・なんでそんなに嫌がるんです?」
「・・・嫌いなんだ、というか苦手なんだ。アイツ。」
アリスさんは誰とでも仲良くなるようなタイプだと僕は勝手に思い込んでいたので、その発言には驚きを隠せなかった。が、よく考えてみれば当たり前かもしれない。アレと積極的に話したいと思うヤツが逆にいるかと言われると、信者くらいしかいない。というか僕もぶっちゃけ嫌である。誰に頼んでも嫌がると思う。
チョコミント、高圧的な態度、喋り方、オタクを信者のように従えて『チョコミン党』党首を名乗るとにかくヤバイ奴である。形容の仕方がとんでもなく雑だと思われるかもしれないが奴はヤバイ奴である。
「もしもし?プリンセス?ちょっとだけ頼みたいことがあるんだけど・・・」
この人が他人を頼り始めるって相当じゃないだろうか。だが気持ちは分からなくもない。
「自分も嫌だって?わかってるって!・・・駅前の和カフェの宇治金時奢るから!うん!Lサイズ!お願い!じゃあね!」
「さて、“アレ”は多分模型部部室にいるだろうからプリンセスと行ってね!頼むよ!」
とうとうアレ呼びか・・・。というか、僕だって嫌なのだからちょっとくらい奢ってくれてもいいのではないだろうか。
次の日は運悪くというのか運良くというのかチョコミントは模型部室に不在で、さらに次の日に会長とチョコミントを訪ねることとなった。
「全く、アリスはアレが本当に嫌いなんだな。噛みつかれているのは私だというのに。彼女には私が受けてる嫌がらせがどんなものか学んでほしいね。」
「一番学んでないのはチョコミントの方だと思いますけどね。」
お互い愚痴を言いあいながら模型部室へと赴き、会長はかなり雑にドアをノックする。めんどくさそうである。
「水戸千代子いるかーーー???」
その言葉が発されると猛烈な足音と共にバリアフリーのドアが荒々しく開けられヤツは咆哮を上げた。
「チ ョ コ ミ ン ト よ ! ! !その名で呼ぶのはやめなさい巨乳姫!!!」
チョコミント、本名水戸千代子。本名で呼ばれるのを死ぬほど嫌う習性がある。どう見ても校則でアウトなレベルで髪を金髪に染めているが信者に守られているので風紀委員からのお咎めはなし。今時アニメのキャラもやらないツインテールをする小柄な少女。痛い。可愛いのは認めるがそれを打ち消すレベルの自己愛精神。まず模型部の部室の壁を見て欲しい。元の壁が見えないほどに埋め尽くされたチョコミントの写真、天井にも貼ってある。自分のビジュアルに寄せるように改造されたフィギュアたち、ピンクに張り替えられた床、部屋に大音量で流れるチョコミントが歌うイマイチ上手くない歌。極めつけはピンクのチョコミン党親衛隊と書かれた法被を纏う模型部員たち。自分の写真に囲まれるのが快感とはどうかしているのではないだろうか。
「私の王国になんの用?言っておくけど、ここは生徒会の力の及ぶべき場所ではないわ!いいえ、私が清河の真の姫になる時まであなたは敵よ!不正で選挙に勝った敵!」
「選挙は大差で私の勝ちだったし、組織票の水戸子にだけは言われたくないなあ。というか一応後輩なんだから敬語使ったらどう?」
「私は歳は貴方とタメですぅ~!同い年だから敬語使う必要ないです~!っていうか水戸子って何よ!チョコミントよチ ョ コ ミ ン ト」
「アリスはまだしもアンタは留年でしょうに・・・。というか留年してたからどっちにしろ生徒会長なれないしね。これ以上叫ぶとその貧相な胸が余計に縮むぞ?」
「ア―――――ッッッッ!!!!腹立つわねこの牛胸女ア――――ッッッッ!!!」
チョコミントの声はとにかく耳に来る。甲高いアニメ声でギャーギャー叫ばれるので鼓膜を破壊しに来る。おまけに後ろで信者もとい親衛隊が謎の応援を始めたので早々に本題に入るべきだと思った。というか僕の精神が持たない。
「ああもう、僕から言いますよ。チョコミント、めんどくさいから本題に入るぞ。」
「あんたこそ敬語使いなさいよ!年上でしょ!」
「いや、敬意表してないから。」
「どういう意味よ!」
会長は僕がチョコミントとそんな論争をしている間にブレスレット型携帯電話で『KAGIANA』のサイトを開き、チョコミントに見せつけた。こんな時だけは要領がいいのである。
「竹千代、これ知ってるか?」
「何よその将軍の幼名みたいな名前!私の名前はチョ!コ!ミ!ン、ってああ、これ?『HoKa』のダイレクトメッセージで突然送られてきたわよ。」
耳を劈くような声で叫び散らすチョコミントが、その画面を見た瞬間に目を凝らしてそう答えた。思いの外、犯人から近いのかもしれない。
「誰から来たの?」
「は?言いたくないわよ。」
「あー来年どっかの実績皆無なよくわかんない部活の予算未提出扱いにして0円にしちゃおっかな~?ねえ?千代の富士?」
模型部と書かれた予算希望書を引き裂くような手つきでチョコミントに見せつけ、会長はニマニマと笑う。職権乱用?模型部はそもそも予算希望書に書いてあるものと購入しているものが全く異なるのを僕たちは知っているので何の問題もないだろう。
「分かった分かったわよ言うわよ!それでいいんでしょ!職権乱用!権力の暴力!独裁国家!あと私の名前はチョコミント!ウルフじゃない!」
「早く言え、破るぞ。」
「言うわよ言うわよ言いますよ!私に送ったのは・・・」
―***―
それから一週間かけ、他の人物伝いからも誰から『KAGIANA』の存在を聞いたか僕とアリスさんで調べた。そしてどのルートからでも一人の人物にたどり着いたのだ。その人物というのは『オロチ』である。チョコミントの一件の後、アリスさんに『オロチ』というユーザー名であることを伝え、彼にもコンタクトを取ろうと試みたのだが、なぜか彼だけは連絡を取ることが出来ず、後回しにしていたのだが、どの人物伝いで行っても彼にたどり着き、ここにきて詰まってしまった。その為、僕は会長に権限を用いて、『オロチ』の本名を調べてくれと頼んだ。会長は「深層の情報を見ると後で教師たちに説明するのが面倒なんだよな。」と言いながらも、快く承諾し、調べてくれることとなった。しかし、僕らに返ってきた結果は予想とは異なる、事態をより迷宮入りにする答えだった。
「『オロチ』こと三年F組になるはずだった八雲龍一は二年生と三年生の間の春休みに起きた交通事故で他界している。要するにもうこの世にはいない人間だ。彼からサイトの情報を聞いたのは四月より後だって言ってたよな?そうだとしたら死んだ人間がSNSを使ってあれを広めていたことになる。何とも不思議な話だ。アリスが聞けば激怒するだろうよ。」
僕らはこの言葉に唖然とした。アリスさんは信じられない、そんなわけがない、なにか理由があるはずだとブツブツ言い、僕が「ひょっとして幽霊だとか・・・、」といえば『あ』という文字に濁点をつけた新しい日本語を喋って威圧される。しかしこうなってしまったら本当にどうすることもできない。八方塞がりだ。
「現実的に考えるならば、『オロチ』のアカウントを何者かが使っているということですよね。」
「そうだね。」
オロチはダイレクトメッセージ機能を利用して不特定多数に『KAGIANA』のURLを送っていた。内部の人間か外部の人間であるか絞れさえすれば、かなり答えには近づけると思った。いや、待て。絞りきることは難しいものの、ある程度推測する方法がある。会長にはもう少し仕事をしてもらおう。もう一度僕は会長に電話をかけ、会長にしか調べられないことを調べてもらうことにした。
「会長、もう一つだけやって欲しいことがあるんです。『オロチ』がダイレクトメッセージを送った時間のデータを全て調べて送って欲しいんです。」
「何のために?」
「いいから下さい。ちょっと思いついたことがあるんです。」
僕の思いついた調べ方は数を絞るということはあまり出来ないが、“絶対にそうでない人たち”を明かすことは出来る。突拍子もないやり方なので御託を並べるよりも真っ先にデータを貰って調べたものを見せた方が良いと思ったのだ。
「全くしょうがないなあ。君は上司にあれこれ頼みすぎるのはよくないと学ぶんだ。」
「会長こそ、動いてくれる有能な部下のためにはより動いてくれるように上にしか出来ないことをした方が良いと学ぶべきですよ。」
会長からデータが送られてきた。愚痴は言うがきちんと頼んだことはやってくれるのだ。どこかの似非姫とは違う。僕はこのデータを時系列順に並べなおす。
「そうかそうか!やるねぇピーター君。生徒会の冴えない駒だと思って戦力としては全くカウントしていなかったけども、なかなか頭が回るじゃないか。なるほどね、『オロチ』がメッセージを送った時間を調べて、その人物の生活時間を大まかに推測することで、うちの生徒かそうでないかの判別をするということか。」
「その通りです。そして結果がこれです。」
アリスさんは気付くのが早い。飲み込みが早いのは本当に助かる。僕は文鎮型の携帯電話の液晶にまとめたデータを並べ、分析結果を伝える。アリスさんのようにパソコンを持ち歩いていないので些か見辛いが、この際仕方がないだろう。
「彼は清河の授業時間“に”送信していることが多いので恐らくうちの生徒ではないでしょう。授業中に送るというのは教室の無線カンニング防止システムをすり抜けてなくてはならないので、なかなか難しいと思いますし、有線でダイレクトメッセージを送ったにしても学校を通したネットワークの接続は全てログが残っているので会長か先生が気付いていない訳がないでしょう。これらから外部の人間と断定しても良いかなと。他に言えるのが平日の昼間に堂々と送っていることから、働いている人間ではないかなとも取れますね。それくらいが限界です。とりあえず内部の人間では無さそうです。ただ、内部の人間ではないのに『HoKa』のセキュリティを突破できたと考えると、より事態は複雑になってしまったな、と思いますね。」
「いや、そうとも言い切れない。」
僕はアリスさんの切り返しに耳を疑った。先ほどまでだいぶ悩み続けていたが、僕の調査報告を聞いて、彼女は確信を得たと言わんばかりに堂々とその言葉を放った。
「確かに外部の人間がPWを抜き取っているのは不思議な話さ。あれのセキュリティは五層構造でピーター君の権限では三層までが限界、一般生徒は五層まで、一層はフルアクセス権限を持つユーザーでもアクセスするごとにランダム生成される七十五桁のPWを要求される独自のセキュリティ形式だ。二層まで破られたことは過去にあっても、一層だけは破られたことは一度もない。そんな強固な壁を真っ正面から破るというのはもし、自分が『KAGIANA』を作るのならばあまり現実的ではない。じゃあどうするかと言われたら、そのセキュリティをそのまま利用するんだ。」
「そのまま利用?どういうことです?あのサイトは確かにユーザー名とPWを照合していた。そこから僕らのPWが抜き取られていることは明確といってもいいじゃないですか。」
「その前提条件が間違っているのさ。」
「え?」
前提条件が間違っている?あのサイトの状況を見てもそう言い切れるのは正直よく分からない。
「現実的に考えてみなよ。中高合わせて二千人以上のユーザー情報、メッセージ内容、PW、個人情報を抜き出して保存できるサーバは個人では到底買って維持できるものじゃない。ましてやあのデータは独自形式の暗号化がされているから本来のデータよりもかなり重いんだよ。そんなデータを抱えてサイトを作るのならばレンタルサーバでも使うか企業単位じゃないと不可能だ。しかし、そんなことをすればバレるのは必至だろう?」
「ということは、アリスさんが言いたいのは、あのサイトは生徒たちのデータを抜き取って照合しているのではなく、清河にある本物のサーバにユーザー名とPWの頭文字を送って照合していた。つまりあのサイトはただのクライアントということですね?」
「大正解。なんだ、意外とわかってんじゃん。」
確かにこの方法ならば清河のサーバにアクセスする方法さえ知っていれば、『HoKa』のセキュリティを一切突破することなく、あのサイトでPWを照合することができる。しかし、この前提条件にあたる、“清河のサーバにアクセスする方法を知っている”というのがまず難しすぎる。清河のサーバどころか、ネットワークには基本的には一般的なインターネットから入ることは出来ない。それを知るためには清河のネットワークの構造を知っている、または設計した人間である必要があるだろう。そうであったとしても完全な外部から清河のネットワークに入るという技はかなり難しいだろう。しかもこの方法では『KAGIANA』の製作者から照合しているPWとユーザー名を視認することは出来ないため、このサイトを作った理由そのものが謎になる。
「で、ここからが本題。もし、内部の人間だったらまた別にさがす必要があったから頭を抱えていたけれども、外部の人間をほぼ確定できるなら、私には思い当たる人物がいる。十年前『HoKa』の開発に協力していた人物で、清河学園のネットワークに接続のできる人。大学院に行ったある人物が条件すべてに当てはまるの。」
「で、その人物というのは・・・。」
―***―
僕とアリスさんはわざわざ犯人がいる大学に入り込むために学校を休んできた。これほどのことをしない限りあの人を探すのは困難だろうというアリスさんの考えによるものだ。清河学園大学は高等部、中等部を超える学生の数なので私服ならば入り込むことは容易だ。アリスさんに「私服も冴えないなぁ。」と余計な言葉を飛ばされながら、僕はアリスさんの私服を見て、「なんだ、アリスのようなロリータ服は着ないのか。」と一瞬思ったが、冷静に考えると普段着のようにそのようなチョコミントが着そうな服を着る高校生は流石に痛い上に潜入にしては目立ちすぎる。それになにより似合わない。何せ彼女は身長が百六十五センチもあって、僕と三センチしか変わらない。その誤差がプラスであるかマイナスであるかは僕の失われているにも等しいであろう尊厳を守りたいという意思のために公表はしないでおこう。
さて、アリスさんの私服というのはどのようなものであるのか、気になると思うので僕が淡々と述べていきたいと思う。いつものボブカットに白の襟付きの服、キュロット、ペタンコなパンプスを履いている。地味にお洒落だ。普段の雰囲気からあまりお洒落に気を使うような人間に見えなかったというと酷く失礼だが、このように私服をいざ目の前でまざまざと見せ付けられると、改めて彼女がとても可愛い、というより美しい女性であることが際立つ。また、隣にいるのが冴えない家から出てなさそうな男なので、なんだか並んでいるのが申し訳なくなってくる。特にこのキュロットというやつがいけない。僕は最近このキュロットという存在を知り、その正体と形状を知ったのだが、なんとも男性の心をくすぐるいやらしいアイテムだ。アレはスカートではないとわかっていてもアレを履いてアクティブに動かれると非常に来るものがある。見えないとわかっていても希望を見出そうとしてしまうあたり、男という生き物は果てなく愚かなのであろう。こんな時こそ天より与えられたこの世界の表現を最大級に引き上げるもの“挿絵”の力を借りたくて仕方がないのだが、勿論、ここにも彼女の可愛くて美しくてお洒落な私服を、絵という媒体で見せることは出来ない。どうか想像で補完して欲しい。そんな言葉でたくさんの文字を消費しているのはどうかと思うかもしれないがこれは男性の性なのだ。仕方がない。
長すぎた無駄話はいいとして、僕らは院の情報工学科研究室として使っている部屋をなんとか人づてに聞いてみたりして探し、ようやく見つけることが出来た。幸い、情報工学の院生で『HoKa』の開発時期と一致する学年の人間はたった一人しかいなかったために、見つけるのは思ったよりも容易だった。僕とアリスさんは深く深呼吸をして彼がいるであろう部屋のドアの前に立ち、ノックをした。すると、若い穏やかそうな男の声が「どうぞ。」と聞こえ、僕たちは部屋へと入っていった。
「やあ、君たち。高校の授業をサボってここへくるとは随分と悪い子達だ。しかし僕は賢くて悪い子は大好きだ。君たちを歓迎するよ。」
そこにいたのは真っ白な髪に、真っ赤な目、人ではなく人形のような非生物感すら感じさせる白い肌をした爽やかな青年が無数にPCのある、やたらと広く様々な機材が置かれたいかにも『研究室』といった部屋にある椅子に座っていた。その浮世離れした外見はまさにファンタジー世界の王子様を思わせる風貌で、この世あらざるものであるかのような雰囲気があった。アリスさんが誰よりも現実を強める雰囲気を持っているのだとすれば、彼は誰よりも虚構の雰囲気を持つ人間である。僕らはまず、その外見に圧倒された。
「僕と最初に会う人は必ずこう思うんだ。どうしてそんな浮世離れした見た目をしているんだってね。別に僕も好きでこんな見た目している訳じゃないんだ。生まれつき色素が薄くてね。みんなはいろいろ言うけれど僕にとってみれば変に視線を集めるし、極端に日光に弱いせいであまり外には出られないから正直この外見は嫌いなんだ。まあ、そんなことはいいだろう。君たちは僕がことの犯人かと聞きたいんだろう?」
僕よりも先にアリスさんが、彼に言葉を放った。
「緋色英雄、当時は『ヒーロー』だなんて呼ばれていたらしいですね。あなたが『KAGIANA』を造り、『オロチ』のアカウントを奪って、この情報を広めた。間違いないですね?」
緋色は彼女の問いかけに深く頷き、その言葉に答えた。
「ああ、そうだ。そして僕は『HoKa』の開発協力者の一人だ。完全なる外部からここのセキュリティに侵入するのはとても難しかったから、不本意だけれど大学の力を借りさせて貰ったよ。実験は大成功、だけれど僕はこの勝負には負けてしまったようだ。全く、自分からふっかけた喧嘩に自分が負けてしまうとは情けない。しかし、君たちはいい意味で僕の期待を裏切ってくれた。」
「どうしてあなたはあんな意味のないモノを造ったのですか?貴方ほどの技術がある人ならば他にもっと被害を生みことも出来たはず。それなのに、あれだけ害の少ないモノをわざわざ造って、貴方の目的は一体何だったんですか。」
緋色はその言葉を聞き、少し笑みを浮かべてから背にある無数の液晶画面を付けて、僕らに語り始めた。彼の言葉にはなんだか感情がこもっているのだか、そうでないのか分からない気持ちの悪いモヤモヤとする独特の雰囲気があり、気味が悪かった。
「僕は清河の生徒データベースともなっている『HoKa』を開発した人間の一人だ。君たち、というより、清河の人間は全てアレが“学校の意思によって生み出されたもの”だと思っているかもしれないが、正反対だ。アレは“生徒たちの意思によって”生まれたものなんだ。
元々清河には『HoKa』が生まれる前から、非公式の清河生専用のSNS、というか電子掲示板かな。『KIYOnet』というものが存在していてね。一部の人間にはそれで交流を深めて現実で会うような独自の文化があった。勿論、HNのような渾名で呼ぶ文化もだ。そんな文化が少なくとも2010年代よりも前からずっと続いていたのだが、清河学園全体の教育改革と共に既に把握されていた『KIYOnet』を極めて有害と認定して強制的に閉鎖させたんだ。これにはこのころに出来た『電子掲示板及び第三者の閲覧可能なインターネットへの投稿に関する法律』、通称『SNS規制法』で未成年のSNS利用が実質制限されたことも関係しているね。当時としては珍しくないどころか、そんな学校裏サイトのようなものがつい十年前まで存在していたこと自体が珍しくてね、そんなネット世界の負の遺産とも言える存在を未だに使っていたのは気に食わなかったのだろう。だけれど生徒たちはこれに強く反発した。それで学校に生徒が立てこもる事件まで起きてしまってね。学園上層部が警察とマスコミに大金払ってもみ消したらしいけど。そんなこともあって公式的に清河は学生に管理、保守、利用させる学内で自己完結するSNSを作ることになったんだよ。この方法なら規制法から抜けられるからね。」
彼のモニタに映った立てこもりの光景は当時にしたって時代錯誤であったであろう1960年代の学生運動を思わせた。これほどまでに過激な運動がこの学校にあったことを知らなかった上に、知る由もなかった。彼はモニタを消して再び、僕らの方へと向き、語り始める。
「僕はその時の学生の中でも、この手の知識と技術には誰にも負けない自信があってね。開発に協力するどころか、職員会議でフルアクセス権限を貰うことにもなった。最初はあの世界はとても素晴らしく感じたよ。マンモス校でなかなか末端から末端までの人間関係が発生しないこの清河にそんな人脈の広がりや、社会の縮図としての完成系を見せてくれたからね。僕は感動したよ。だけれど社会というのは時代とともに変わり、流れていくものだ。今ではどうだ?インターネットに対する正しい知識を身につけるはずの『HoKa』ではインターネットで会ってから現実で会うような行為が以前よりも増している。インターネットリテラシーに関する知識はみんなボロボロ。まあこれは学内で完結しているものだからいいさ。でもね、僕は思ったんだ。ネットを通したコミュニケーションで果たして本当のコミュニケーションとなり得るのかということをね。そしてなによりもまず学生の技術力だけであんな個人情報の滝を守るだなんて不可能な事だ。だから僕は試したかったんだ。君たちをね。」
「試したかった?僕たちを?」
「そう。まずは清河の生徒にインターネットリテラシーがあるか抜き打ちテストをするために使われていないアカウントを借りさせて貰った。これに関しては謝るよ。なに、直接ハックしたわけじゃない。彼のPW管理が不用心だったからたまたま使えただけさ。不特定多数の人間に常識的なインターネットにおける個人情報の取り扱いがなっているか調べたけれど、結果は散々だったね。本当のPWを入れる人間があれだけいるとは思わなかったよ。正直絶望したね。これに関しては0点、全くダメだったよ。そしてもう一つはこの問題を解決し、犯人が僕であるということを突き止めるということ。これに関しては合格、八十点といったところかな。一週間ならそれくらいだろう。」
「もしも、僕達が突き止められなかったら、緋色さんはどうしたんですか?」
「それはもちろん。さらに深層のセキュリティを攻撃する予定だったさ。問題を解決できる能力の無い集団が管理していたのならばあの世界は必要ない。君たちは知っているかわからないけれど、最後のセキュリティ層が突破されればその瞬間、『HoKa』の内部にあるデータは漏洩防止の為に全てデリートされるように出来ている。つまり君たちの世界の終焉だ。僕はここまで行くと思っていたけれども意外と君たちはまだまだやれるみたいだ。」
彼は『HoKa』を創った者として、この世界を担うに相応しい人間がいるのかどうかを試したかったらしいが、僕らはそれを乗り越えた。しかし、彼がしたことはれっきとした罪に問われるべきだろう。法律で裁けるかは分からないが少なくとも学園側は彼を裁く権利がある。
「貴方はやりたいだけやったみたいですけれど、清河からしたられっきとした不祥事ですよ。貴方ほど賢い人間がそんなことをしたら退学は免れませんよ!」
アリスさんが珍しく口調を強めた。あの世界を中心に動き、人脈の広がりとその必要性、そしてネットワークを通したものであっても、強い信頼と人望を得ている彼女が自分の世界を薄っぺらなものだと言われたのだから頭には来るだろう。自分が大事にしていたものを馬鹿にされれば誰だって怒る。僕だって怒る。しかし、白き姿の反英雄にその思いは恐らく、伝わっていなかった。
「さあ?そんなことはどうでもいいんだ。言っておくが僕は自分の意思でここにいるんじゃない。本当は国立の大学に行くはずだったのを学園側から無制限の研究資金とこの研究室を渡すから残ってほしいと言われた。引き留められているんだ。わざわざ僕だと分かったことろで追放するかは分からないよ?それに僕はもういろんな企業からスカウトを受けている。ここにいるのは『HoKa』が相応しいものであるか監視できるから。それだけだよ。」
「そんな・・・」
ありえない程の天才は世界そのものから守護される。彼はそう言い張った。それはどんなに彼が悪しき行為を行なったとしても、自身の頭脳だけで正当化出来るだけの力があるということを意味する。下手に手を出せば世間的な『悪』とされるのは彼ではなく僕らの方であるということだ。理不尽かもしれないが、僕らの力ではどうすることも出来なかった。彼は最後に「君たちにはまだ試練を与えさせてもらう。実験は試行回数が重要だからね。」と言い、ロックのかかった場所へと去って行った。事件は解決できたのだが、なんともモヤの残る、気味の悪い結末となった。
―***―
後日談。
彼が言った通り、緋色英雄が退学になることはなかった。それどころか、今回の事件は学校によってなかったことして処理されてしまった。大人たちの黒い事情が渦巻いていて、なんとも納得のいかない行かない結果だったが、僕ら高校生はまだ大人たちに刃を向けることは出来ない。理不尽だが、これが現実であり、社会なのだ。
この事件から本格的に僕とアリスさんはコンビを組んで『HoKa』における問題解決や、学校のトラブルに対処するようになった。どうしてなのかは分からないがお互い頭の回る部分というか、物事を見る観点が丁度いいように違っているらしく、会長曰く、お互いがお互いを補完できているとのこと。自分たちにその自覚症状はないのだが、あの事件の後もいい調子でやっている。が、僕とアリスさんがラブコメ展開になることだけは起こらなかった。来世はラノベ主人公に転生したいと思っている。さて、僕はこれからも冴えないまま、巨乳に対して学習しろと罵りあい、理不尽に仕事を任され、完全無欠天下無双のアリスさんと協力しながらやっていくわけだが、最後に僕がアリスさんの意外な一面が見られたと思った時を書き残して、この物語を終わらせるとしよう。
「ところでアリスさん、僕らこれだけいっしょに行動してきたのにお互いの本名って言っていないですよね?この際お互い改めて自己紹介しませんか?」
大学の一件から高校に戻った時である。僕はふと、お互いの本名を知っていないことに気づき、思い立ったが吉日として今ここで聞いてしまおうと行動を起こしたのだ。
「えっ?あ・・・いや・・・それは・・・、ピーター君が先にやったらどうかな!?」
「えっ?あ、はい。」
珍しく取り乱すアリスさんを見て、僕は少し驚いた。また地雷を踏んでしまったかとも思ったのだが、今回はあの時とは反応が微妙に違う。戸惑いながらも、僕は言われた通りに先に自己紹介を始めた。特筆することなどはない。いたって普通。オーソドックスでスタンダードな自己紹介だ。
「へぇ、宇佐義でピーターラビットということか。なるほど、いいセンスだな。これは自分で考えたのか?」
「いえ、会長がなんか勝手に・・・。あの?アリスさんの番ですよ?」
「えっ!?あ・・・、私は・・・有栖川・・・だ。」
「はい?」
「だから、有栖川・・・だ。」
どうもおかしい。アリスさんは吃るような声でもないし、普段から割とハキハキ喋るタイプの声音の持ち主だ。にも関わらず、あれから何度も繰り返して言っているのに、どう頑張っても下の名前がよく聞こえない。苗字が有栖川だということは嫌というほど分かったのだが、名前が分からない。そんなに嫌なのだろうか。僕はもう諦めたほうがいい要件だと思い、大丈夫ですよ、嫌ならあまり追求しないのでと言おうとしたその時だった。
「アリスの本名か?有栖川花子だよ、は・な・こ。なんだ、君たち仲良くやってるなぁと思ったのにリアルネームの交換もしてなかったのか?」
「なっ、プリンセス・・・。」
「えっ?」
花子。なるほど、本人も嫌がる訳だ。どこまでも不思議の国のアリスとは真逆の性質を持つ人物だなとは思っていたのだが、本名を聞いて、僕はより一層そう思った。なんというか、彼女は世間一般的な『アリス』というイメージを真っ向から破壊しにいくような存在である。突如として背後から現れた会長に、電撃的な名バレをかまされたアリスさんは今まで見せたことのないような真っ赤な顔をして会長をポコポコと可愛らしく殴り始めた。
「プリンセス!いい加減私の本名があまり言われたくないようなものだって気づいてくれよ!花子なんて名前私は格好が悪いから嫌なの!私はアリス!そう!アリス!」
全国の花子という名前の人間に彼女の代わりにあの発言を謝罪したい。それにしたって、ここまで取り乱して恥ずかしがるアリスさんは本当に初めて見た。今まで彼女の完璧さと圧倒的な人望から、なんだか人でない何か、本人が聞けば神秘やオカルトを嫌うので怒ると思うが、神様だとか、完成されきったアンドロイドのような存在に思えていたのだ。そんな彼女にも人間的な一面があって、僕らと同じ普通の人間のように笑い、泣き、怒り、恥ずかしがり、欠点がある存在だということを知った僕は自然と笑みがこぼれた。完全無欠とは彼女を形容するために何度も使った言葉なのだが、彼女は完全な存在でも完璧な存在でもない。等身大の女子高校生なのだ。
「なあピーター君、彼女はそんなにも本名がバラされるのが嫌ならば途中から私が背後をつけていたことに気付くようにすることを学ぶべきではないと思わないか?」
「会長こそ、人の気持ちを考えるだとか、空気を読むといったことを学ぶべきですよ。」
「空気に文字が書いてあったのを私は十八年間生きてきて一度も見たことはないぞ?」
「ついでに『揚げ足をとる』という諺についても学ぶべきですよ。」
「プリンセス、ピーター君、絶対に私の本名を言っちゃダメだぞ。いくら身内だからといえ、容赦などはしないぞ・・・。」
「分かってますよ。どこかのKY巨乳と同じにしないでください。」
「KY巨乳とは新しい称号だな!今度使わせてもらおう。」
「一回黙ってもらえませんか?」
この世には不思議なほど人の注目を集め、厚い信頼と人望を得て、圧倒的な知識力、洞察力、探究心を持つ、まさに完全無欠といえる人間がいることがある。確かに彼ら彼女らは不思議な何かを持っているように見えるのかもしれないが、そんなものはこの世には存在しないのだ。どんな人間にも何かの努力や理由や根拠があって、どんな人間にも欠点がある。特別などはこの世には存在しない。魔法もない。奇跡もない。この世というのは普通でありふれている。世界は思ったよりも普通なのだ。さて、この普通ではない学校で普通の学生生活を送りながら、普通でなはない事件や問題を前述の通り、アリスさんとコンビを組んで解決していくのだが、それはまた別の物語である。これにてこの物語は終わり、僕の日常を見せることはここで終わってしまうのだが、続きはいつか見せられる時が来たら書き残すとしよう。
「ところでピーター君、最近こんな事件があってだね。」
終