一難去って、また
僕にとって窮屈という言葉は、大概は精神的な、という意味合いを持っていた。
なぜなら現代において、実際に窮屈な状況で過ごすことはあまりないからだ。
満員電車のような特殊な状況においてはその限りではないけれど、それは避けられなくはない状況だった。
しかし僕は今、逃れらない窮屈な状態だった。
「く、苦しい」
絞り出すように言うと、ウィノナが慌てて首を垂れる。
「も、申し訳ございませんっ!
で、ですがこれくらい絞りませんと、着崩れてしまいますので」
「う、うんわかってるよ。ごめん、続けて」
ウィノナは恐る恐るといった感じで、作業を続けた。
僕は自室で、ウィノナに着替えさせてもらっている最中だった。
自分で着替えたいところだけどそうはいかなかった。
正装に着替える必要があったからだ。
普段着ならば適当に着るだけでいいんだけど。
ネクタイの締め方、着物の着方のように、定められた作法というものは存在する。
僕は着方を知らないし、今まで知る必要もなかった。
貴族にとって正装は当たり前の事らしく、女王に謁見する場合には基本的に正装で訪れることが常識らしい。
普段はゆったりとした、簡素な造りの服。
正装は身体を締め付けるほどの細身で、お腹や股間に圧が加わる感じだ。
肌触りはいいのに、それを楽しむこともできないほどにピチピチだ。
どうやらウィノナは、僕が王都に到着してから二週間の間に裁縫職人に服の注文をしていたらしい。
まあ、女王の命令だったらしいけど。
「い、いかがでしょうか?」
着替えが終わったらしく、ウィノナは僕の前に鏡を持ってきてくれた。
うん。
似合わないね。
まったくもって似合わない。
中世を思わせるクラシックなズボンとシャツ。
少し変わったデザインのベストの上からは細身のジャケット。
最後に片翼のマントを羽織って終わり。
このマントは少し特殊な形をしており、右側だけに下がっている。
背中側にはリスティアの国章である枝葉を思わせるデザインのシンボルが描かれている。
これは国章の描かれたマントで利き手側を覆うことで、己の意志を国に捧げるという意味合いを示しているらしい。
僕は右利きなので右、左利きの場合は左側のマントになるらしい。
あくまで覆うだけで、完全に腕が隠れているわけではないので、武器の類を隠せたりはしない。
歴史ある風習というやつだろう。
この正式な恰好は貴族だけ、特に上流貴族だけのものらしい。
僕は二侯爵になってしまったため、こういう服装を強いられている。
正直、未だに実感はないんだけど。
家族にもまだ伝えられていないし。
今日の夜にでも姉さん達に手紙を書こうと思う。
二週間、暇がなくて連絡できなかったし。
脱線してしまった。
そも、下流貴族はよほどのことがない限り、王族や上流階級の人間に直接お目見えすることはないので、ここまでの正装は必要ないとか。
普段の茶会や交流会では一般的な正装で済ますらしい。
いわゆるドレスコードだ。
しかも一般人には許されない服装だから、日本で該当する服装は想像つかないな。
礼服や喪服と背広くらいしか着たことないから、違和感がすごい。
女王の下へ行かないといけないから文句は言えないけど。
「馬子にも衣装にさえなってない……」
「お、お、お似合い、だと思いますよ」
僕は引きつった顔のままにウィノナに振り返った。
彼女は僕の顔を見ると、反射的に顔を逸らした。
お世辞にもなってないよ、ウィノナさん。
僕は自虐的な思考に陥りそうになりつつも、頭を振る。
今日だけ、しかも一時間もかからないくらい。
その間を我慢すればいいんだ。
そうさ。すぐに終わるんだ。
だから気にせず、さっさと城に行って、報告を済ませよう。
「じゃあ、行こうか」
「は、はは、はい」
城に赴く時、侍女も伴うのは常識だ。
しかしそれは城前まで。
侍女であるウィノナは城に入ることはできない。
あくまで僕の場合は。
城内に付き人や護衛を伴えるかどうかは、その人間の格によって決まるらしい。
他国の要人であれば侍女も護衛も必然的にある程度は城内に招かなければならない。
もちろん少数規模だが、自国内の貴族ではそれさえあまり認められない。
上流貴族であれば大概は侍女くらいは入城を認められるが、僕は新参者だ。
二侯爵であっても名ばかりであり、実績もないし、女王の独断先行的な意味合いが強いと思う。
実際、叙位の時にはかなり動揺が広がっていたし。
自宅を出て、ウィノナと共に城へ向かう。
ウィノナは、案内をするような時以外は必ず僕の二歩ほど後ろを歩く。
僕が話しかけることがなければ会話はなく、ただ歩くだけだ。
目が合うと視線を逸らすし、笑顔を見せたこともない。
ぎこちなく困ったようにもじもじとするか、おどおどしながら「何かご用でしょうか」と言うだけ。
だというのに、夜にはお供は必要ないかと聞いてくる。
正直、彼女が何を考えているのかわからない。
普段は臆病で弱気なのに、なぜ夜に関しては大胆なのか。
言っておくが、僕は一度たりとも彼女にお世話を頼んだことはない。
……微塵も、まったく、これっぽっちも迷ってなんかない。
本当だ。
そもそも、あれだ。
姉さんとの約束もあるし、僕は誰かと交際するようなことは考えてない。
交際に至らなく、身体だけの関係なんてものを構築する気もない。
それにだ。
アレをしてしまったらもしかしたら魔法が使えなくなるかもしれないじゃないか。
僕は童貞である。
そのおかげでこっちの世界で魔法を使えている可能性もあるのだ。
一度の快楽のために、これからの人生で魔法を使えないかもしれないというリスクを負おうとは思わない。
少なくとも今のところは。
というわけで、僕は未だ純真無垢な、綺麗な身体のままだ。
いや致したからといって汚れるというわけでもないと思うけど。
気分的なものだ。
とにかく、ウィノナとの関係は依然として良くなっていない。
多分、悪い方だ。
出会った時からほとんど変わってない。
彼女は僕を恐れて、おどおどしたままで、僕も彼女に気を遣ってこの関係をもう少しくらいは良好にしたいと考えているだけ。
もしかしたらこの先も同じ関係性のまま時間が過ぎるのかもしれない。
人には相性があるし、どうしようもない時もあることを僕は知っている。
だから無理に仲良くなる必要もないか。
時間が経てば少しくらいは慣れると思う。
僕もウィノナも。
そんなことを考えていると城に到着した。
城前にいる門衛に事情を説明すると城門を開けてくれた。
「じゃあ、家に帰っていいよ。終わったら自分で自宅に帰るから。
待ってなくていいからね」
最初にすべての可能性を潰しておいた。
彼女のことだ。
僕が出てくるまで待っていそうだし。
怠惰病治療の時も、ほとんど僕と一緒の時間を過ごしていた。
休憩できるのに、僕が起きているのだからと起きたまま付き合ってくれていた。
たまに限界が来て、寝てしまったことはあったけど、ほぼ僕と一緒にいた。
真面目なのか頑固なのか、それとも何かの使命感なのか。
とにかくそういうことがあったため僕は事前に、していいこと、しなくていいこと、して欲しいをことを言うようにしている。
ウィノナのことをわかったから、というよりは対処方法を自然と見つけただけだ。
彼女の性格がわかったわけではない。
僕が先んじて言うと、ウィノナは渋々了承の意を示し、僕が門をくぐって見えなくなるまで見送ってくれた。
横方向6メートル、縦方向8メートルほどの城門が重低音を響かせながら閉じる。
「ではこちらへ」
門衛をしていた兵士と共に城の玄関へと向かった。






