魔法研究 分析 2
自室。最近はもっぱらひきこもりだ。
桶に入れていたトラウトは湖に戻して、今は自室に一人。
僕は目を閉じたまま静止している。
しばらくして、カッと目を見開き、叫んだ。
「ファイアーボール! サンダーボルト! ウインドブラスト! アイスストーム!」
ダメだった。
やっぱり何も起きなかった。
「深淵より来たり闇と光の混淆せし異形なるもの。顕現せよ!」
召喚なんてできるはずもなかった。
それどころか魔力が放出された形跡もない。
身体も熱くないし、発光もしてない。
「うん、わかってた。やっぱりそうだよね」
魔法が発動するなんてことはなかった。
予想はしていた。当然の結果だった。
でも試してみるっていうのは大事なことだと思うんだ。うん。
とりあえず、魔法が発動しないということは確実だ。
きちんと足元を見よう。
魔法なんてあるかどうかもまだわからない。
でも、近しい何かは発見したのだ。
焦らず、少しずつ進もう。
僕は心を落ち着かせて、瞑想状態に入ろうとする。
魔力を放出するにはどうすればいいのか。
まだよくわかってない。
とりあえず、漫画とか小説の基本である瞑想から始めてみることにした。
実際、魔力はあったし、身体は光ったのだ。
だったら後は発動条件を明確にしていけばいいだけ。
ということで、まずは瞑想から始めた。
一時間近く、心を静めて、腕や身体に意識を集中してみた。
はい、何も起きませんでした。
これも想定通り。
そも、僕が魔力を放出できた状況を考えると、瞑想はまったくもって関係ない。
やはりやるしかないようだ。
と、バタンと扉が開かれた。
「シオン! いる? いた!」
「姉さん、ノックしようよ」
「何よ! 恥じるようなことがあるの?」
まだないけど、それなりの年齢になったら、あるんだよ。
無神経な母親みたいなことしないでほしいんだけど。
言っても聞かないんだよな、この姉は。
「丁度よかった。姉さん、そこに座って」
「お菓子の時間って言いに来たんだけど……まあ、いいわ」
僕の言うとおりに、僕の隣に座るマリー。
僕はベッドに腰掛けている状態だ。
僕は姉さんを真剣に見つめる。
「な、何、じっと見て」
「姉さん、僕は、姉さんが好きだよ」
真摯な姿勢を崩さず、僕は言った。
思いをそのままに口にした。
本音だ。
異性としてではなく、家族としてだけど。
するとマリーは一瞬で白い肌を朱色に染める。
「な、ななな、なっ、何、何を、いい、い、いきなり……っ!」
すると、僕の身体は光を放ち始める。
ぼんやりと淡い光が生まれ、数秒して、消失した。
「ああ、やっぱり告白すると魔力が放出されるんだ。
どういうことなんだろ……まさか、毎回告白しないと反応しないとか?
いやいや、それはさすがに荒唐無稽だよね。ってことは」
「……ねえ、シオン?」
思考を巡らせていると、マリーが僕を睨んでいることに気づいた。
あ、まずい。
これ、かなり怒っている時の顔だ。
僕は頬を引きつらせて、答える。
「な、なんでしょう、お姉様」
「あんた、あたしをオモチャにしたわよね?」
「し、してません!」
「馬鹿にしたわよね?」
「し、しし、し、してません!」
額に青筋を立てて鬼の形相をする姉。
やってしまった。
しかし、自分の行動を考えると、怒って当然だと、今さらながらに気づいた。
僕は魔法のことになると視野狭窄になるらしい。
「ほ、ほら、前に求愛行動したら魔力が発動したから……」
「それで嘘を吐いたの? ねえ?」
「い、いや嘘じゃないよ。本当だから。本音だから!」
「ほ、本当、なの?」
さっきまで憤怒の表情だったのだが、すぐに柔らかくなった。
あ、この姉、チョロイ。
「うん、本当だよ」
「そ、そそ、そっかぁ、じゃあ許してあげよっかなぁ。えへへ」
はい、可愛い。
思わず頭を撫でたくなるけど、耐えた。
姉の威厳もあるしな。子ども扱いすると怒るんだ。
まあ、一応、僕は弟なわけだし。
本当は年上だけど。
「それで、何かわかったの?」
マリーは僕のことを馬鹿にせず、真剣に話を聞いてくれる。
魔法についても、本当にあるんじゃないか、と思ってくれている。
マリーは僕の味方だ。どんな時でも。
だから僕も彼女の味方でいるつもりだ。
「うーん、告白すると魔力が放出されてるみたいなんだけど。
多分、告白に限定して放出されるわけじゃないと思うんだよね」
「どういうこと?」
「ちょっとやってみる」
「ま、また告白するの!? ま、待って、そ、その、心の準備が」
「あ、いや、それはしないよ」
「……しないのね」
顔を赤くした後に、すぐにしゅんとしてしまった。
ころころと表情が変わるところは可愛いけど、今はやるべきことがある。
告白は相手に思いを伝える際、自分もまたその思いを自覚する。
つまり、強い感情を抱いているということ。
これは愛情だけではなく他の感情でもいいのではないかと思った。
そこで、僕は怒りを想像してみる。
人間、生きていれば怒ることなんてごまんとあるし。
怒り。憤り。
…………あれ、ないな。
そういえば僕、あんまり怒った記憶がないなぁ。
そうだ。別に負の感情でなくてもいいじゃないか。
前向きな。そう。丁度いいのがある。
楽しい、期待、ワクワク、嬉しい。そんな感情を込めてみよう。
魔法を発動できる。その思いを強く意識してみよう。
僕は明確に魔力を身体に帯びるような想像と共に、喜びの感情を伴わせた。
熱と光。
それが僕の身体から生まれるイメージ。
それを数分続けた。
姉さんは無言で動向を見守ってくれている。
そして。
心臓付近から熱が広がる感覚がした。
徐々に身体の末端まで温度が伝播する。
高熱の時のような気怠さはなく、また夏場のように不快な暑さもない。
ただ柔らかな心地いい感触が身体を満たした。
僕の身体は光っていた。
「で、できた!」
「ひ、光ってる!?」
姉さんと視線を合わせて数秒すると、光は消えた。
やっぱり意識を逸らすと、魔力放出は終わるようだ。
「い、意識してできたのよね?」
「う、うん! できた! ただ光っただけだけどね!」
「そ、それでもすごいじゃない! 光っただけだけれど!」
身体が光っただけ。何の利便性もない。役にも立たない。
だけど、それは常識的には考えられない現象だった。
魔力の存在はここに確立されたのだ。
心臓の近く、身体の深いところからそれは生まれた。
ふとデンキウナギを思い出した。
彼等は電気受容感覚というものを持っており、電場を感じ取ることができるという。
そして体内に特殊な発電器官があり、その器官を利用して電気を発生しているとか。
この世界の人間の身体にはそれに類する『魔力受容感覚』や『発魔器官』のようなものがあるのかもしれない。
とりあえず、僕は現時点での魔力放出の状況を『帯魔状態』と名付けることにした。
実際、身体に魔力を帯びているだけで、何も効果はない。
発光はしているけど、それに意味はない。
なぜならば、発光自体は世界に影響を及ぼさないからだ。
見えない人もいる。
それはつまり、発光する魔力の塊を知覚できる生物は限定されているということ。
そして、光を放っているのに、物質に光を反射させることはない。
知覚できないわけだから当然だ。
特殊な現象のため、魔力の塊があっても周辺を照らす光源にはなりえない、ということだ。
つまり帯魔状態になれても、暗闇を照らしたりできないので、何の意味もないということ。
遠くから自分の存在を誰かに知らせることはできるかもだけど。
まあ、トラウトの求愛行動に伴って生まれる魔力の塊も、大した影響を与えることはない。
あれはただのコミュニケーションなのだろう。
クジャクの羽を見せて、踊るようなものと同じなんだと思う。
ただ素質のある人間には、僅かな温度と感触を得ることはできるけれど。
とにかく。
僕は自分の意志で、自分の思う通りの結果を得たのだ。
ただ光を放つだけ。それだけのことだったが、僕は嬉しくてしょうがなかった。
「う、うへへへ、魔法が使えたぁ」
「……すごい顔になってるわね」
僕はだらしなく頬を緩めて、気持ち悪い笑い声を発し続けた。
だって嬉しかったのだ。
ずっと憧れていた魔法が使えた。
正確には魔法にもなっていない。ただの魔力放出だ。
でも、いずれは魔法を使えるんじゃないか、という期待を持つには十分だった。
それに非科学的な、非現実的な現象を僕が起こしたのだ。
大したことではないとしても、高揚を抑えきれない。
嬉しくて、嬉しくてしょうがない。
ずっと夢見てきたのだから。
「うへへへぇ、へへ」
「ふふ、変な笑い方。でも、そんなに嬉しそうにしてるシオン、初めて見たわ。よかったわね」
「うん! へへ、嬉しいよ、うへへ」
よしよしと頭を撫でられた。
優しい笑みを浮かべているマリーと、気味の悪い笑みを浮かべている僕。
よくわからない空間がそこにはあった。
けれど僕もマリーも確かに、幸せを感じていた。