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時間との戦い

 ホール玄関前。

 赤橙の光が射す空間。

 僕とウィノナは玄関を背にしていた。

 対面には医師と看護師達。

 僕達が施設に足を踏み入れた時と同じ情景だった。

 しかし相違点がある。

 医師達の表情。

 そして施設内に漂う空気だ。

 重苦しく、負の感情さえ抱かせた空気はもう存在しない。

 ここに患者の家族達はいない。

 彼等は皆、治療を終えた患者の傍にいる。

 すでに度重なる感謝は貰っている。

 だから僕は家族達に患者の傍にいてくださいと告げたのだ。

 もう十分、ありがとうという言葉は貰った。

 彼等はもう解放されていい。

 魔族の呪縛に十分苦しんだのだから。


「それでは僕達はここで失礼します」

「シオン先生。本当にありがとうございました。

 これでこの施設の患者達も……前に進めます」


 彼等の表情は晴れている。

 しかし完全にとは言えなかった。

 まだ何かあるのか、彼等の中には顔を曇らせている人もいた。

 ロウ医師は顔をしかめながら何か言いたげだった。。

 そして戸惑いつつも口火を切る。


「この施設にいる医師や看護師のすべてではありませんが、怠惰病患者の家族や友人、恋人がいる者も少なくありません。

 この施設内にはおりませんが別の施設に。

 医療に携わる人間は家族を優先しないように、直接関わることを禁じられておりますので。

 私も……その一人です」

「……そうだったんですか」


 だからあんなに親身になっていたのだろうか。

 医師だとしてもあれほど患者達に感情移入する人間は多くはないだろう。

 死の病にかかる人もいるし、もっと別の病気を患い、苦しんでいる人もいる。

 その中で奇病である怠惰病に執心する理由。

 それは自身の家族や親しい人間が怠惰病に罹っていたからだったのだ。

 それでも彼等が真摯な意志を持っていることは変わらない。

 ここにいる患者は家族でも親しい人達でもないのだから。


「少しでも怠惰病治療の手掛かりを掴めれば、治療に携わることができれば。

 そう思ってこの施設で就労しています。

 もちろん純粋に、関わりがなくとも怠惰病患者の治療に携わる者もいますが。

 我々も……希望を失っていた。しかしあなたが救ってくれた。

 失礼な態度を取り、訝しがり、本当に申し訳なかった」


 ロウ医師が頭を垂れると、他の医師や看護師達も同様に頭を下げる。

 僕は慌てて、両手を振る。


「あ、頭を上げてください。そんな風にされても困ってしまいます」

「いいえ、させてください。そうでなければ我々の気持ちが済まない!

 シオン先生! ありがとうございました。本当に……ありがとう!」

「「「「「ありがとうございました!」」」」」


 みんながあまりに真っ直ぐに感謝を述べるものだから、僕は当惑する。

 今までも感謝を告げられることはたくさんあった。

 その度に僕は逃げるように一言だけ残したり、戸惑うだけだった。

 慣れない。

 誰かに感謝されることに。

 どうしても困ってしまう。

 僕はおろおろするだけで、解決策を知らない。

 だからいつも通りにするしかなかった。


「で、では! 僕達はここで失礼します! つ、次の患者さんが待っていますし!

 あなた方のご家族や大切な人達も治療しますので! で、では!」

「あ、ま、待ってください! シオン先生! 何かお礼を!」

「い、いりませんから! お大事に!」


 僕は逃げるように玄関から外に出た。

 さすがに外までは追ってこないようで安心した。

 彼等の気持ちはわからないでもないけれど、これ以上、感謝を言われたらどうしたらいいかわからずに、パニックになりそうだ。

 僕は早くなった鼓動をどうにか抑えつつ、深呼吸をした。

 ふぅ、何とか落ち着いてきた。

 赤く染まった空を見上げる。

 とにかくこれで一部だけ、患者達の治療ができた。

 後は時間の限り、患者を治すだけだ。

 急ぎ通りを移動する。

 視線を感じ、思わず振り返るとウィノナが僕を観察するように見ていた。


「ど、どうかした?」

「え? い、いえ! な、なな、なんでもないですっ!」


 お互いになぜか狼狽えてしまう。

 理由はよくわからないけど、気まずくなり、僕は思わず会話を続けた。


「つ、次はどこへ行けばいいんだっけ?」

「さ、先ほどの施設……『第一怠惰病患者収容施設』から順々に回る予定になっています。

 すでに連絡はされていると思いますので、次の施設に行ってもすぐに治療に移れるかと。

 だ、第二収容施設は最も大きな施設ですから、300人ほど収容しているかと」


 収容施設は四十五まであるらしい。

 それぞれ200から300人程度収容しており、イストリアと同様に治療の順番は決まっている。

 イストリアの場合は地位は関係なくバルフ公爵が定めた条件順に治療をすることになっていた。

 怠惰病に罹った期間、症状の重さ、家族の金銭的な余裕があるかどうか、他にも色々な条件があり、その上で順位を定めだそうだ。

 僕はそれを聞いて、疑問なく運び込まれた順で、治療をしていた。

 そう。この王都サノストリアでもそれは同じ。

 バルフ公爵の定めた条件とは違うだろうが、すでに治療順は決まっているのだ。

 その順番を簡単に変えることはできない。

 順番を守り並んでいる人達の間に、突然割り込めば必ず軋轢を生む。

 仮に治療しても、他の患者達から恨みを買うかもしれない。

 僕だけじゃない。むしろその憎しみは患者や家族に向けられる。

 これはルールだ。みんなを守るための規範だ。

 僕が勝手にその規範を壊せば、被害を受ける人が出てしまう。

 ある意味では、すでに治療する順番が決まっている分、やりやすい部分もある。

 完全に割り切ることで、無駄な時間を省くことができるため、治療に集中できるからだ。

 だが問題はその治療にある。


 患者の数は一万程度。

 少なくとも二十日後くらいには治療できる人数だ。

 しかし、僕達に残された時間は二週間ほど。

 そして残っている患者は9800程いるのだ。

 一日に700人以上は治療しなければならない。

 魔力は足りる。

 しかし、一人を治療するのに数分はかかる。

 700人治すとして急いで二分だとしたら、1400分かかる。

 一日、1440分。

 40分の余裕しかない。

 しかも今日はもう夕方なのに、200人しか治せていない。

 後、500人も治すことを考えると、間違いなく今日中には無理。

 つまり。

 時間が圧倒的に足りない。

 第四十五の施設の患者達まで治すのは不可能だ。

 時間の許す限り治療をするつもりではあるが、時間だけはどうしようもない。

 期間中に治せなかった場合、怠惰病患者の治療は後回しにされる。

 治療しなければ命を落とす病ではないことが、その要因だ。

 もしも死に至る病であればもう少し、違ったかもしれない。

 だが現時点では治療後の『他国の選ばれし人達への対応』のための準備期間の方が優先されているのだ。

 各国の選ばれし人達が集結するのは女王からの書状が来てから一ヶ月後。

 今日から約二十日後だ。

 つまり、治療期間として定められた二週間が過ぎても、およそ一週間ほど期間はある。

 準備期間としては長いと思うけど、内情を知らないからこそ言えることだ。

 つまり僕は、与えられている二週間という期間でやり遂げるしかないのだ。

 怠惰病治療研修の正確な期間もわからないし、その後すぐに怠惰病患者の治療に取り掛かれるかもわからない。


「……女王様に治療期間を伸ばして貰うように頼みたいんだけど、難しいかな?」

「む、難しいと思います。

 じ、事前に『予定はよほどのことがない限り変えない』とお達しを受けてますので」

「そっか……厳しいか」


 やはり期間は二週間。

 それ以上は望めないらしい。

 だったら僕がやることは決まっている。

 止まるくらいなら動きつつ、考えるしかない。


「よし! じゃあ、行こう。次の施設に」

「え? ご、ご自宅に帰られないのですか?

 きゅ、休憩も満足にしていらっしゃらないのにっ」

「いいよ、慣れてるし。こうしている時間がもったいないし。

 急ごう。できるだけ患者を治療するんだ。そうすることしか今はできない」


 僕は小走りで次の施設へと向かった。

 時間が決まっているなら考えるしかない。

 『もっと効率的な治療方法』を。

 それも決して失敗せず確実に、という条件で。

 今まで何千も治療を行ってきたという経験はある。

 あとは己の閃きと感覚を信じるだけだ。

 急ぎすぎて失敗してしまっては状況は悪化するし、何より患者さんを傷つける。

 確実に、堅実に、そして大胆に効率的な方法を考える。

 それしか期間内に患者達全員を治す方法はない。


「お、お待ちください、シオン様! い、いきなり走らないでくださいぃっ!」


 後方でウィノナの悲鳴が聞こえた。

 申し訳ないけど速度は緩められない。

 ここからは時間との、自分との、怠惰病との勝負なのだ。

 だから全力で前に進む。

 必ず全員治してみせる。

 そう誓って。

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