旅路にて
「――はぁ」
ため息を漏らす。
車内には車輪の震動が伝わり、ボクとラフィーナの身体は上下に揺れている。
酔いやすい体質なら間違いなく気持ち悪くなっていただろう。
現代の車は偉大だと感じつつ、この世界の正式な馬車に乗るのは初めてだと考えながらも、僕の中には感慨も不満もなかった。
「はぁ……」
再びのため息。
首飾りに視線を落としたまま、僕は鬱屈とした思いを抱いていた。
隣でラフィーナが僕に呆れたような視線を送ってくる。
「いい加減、元気を出したらどうだ、シオン。
もう二日もそうしているじゃないか」
すでに村を出発して二日経っている。
みんなと笑顔で別れて、意気揚々と出発した記憶も新しい。
だけどそれはそれ。これはこれ。
離れてようやく実感することもあるわけで。
「家族と離れて寂しいのはわかるが、そんな調子じゃ王都までもたないぞ。
これからしばらくは故郷へ帰ることはできないのだからな」
「わかってはいるんだけどね。覚悟もしてたんだけど。やっぱり、ね」
短期間ならば家族と別れることもあった。
けど完全な一人というのは初めてだ。
もちろんラフィ―ナがいるから寂しさはかなり薄れてはいるけど、ラフィーナは家族の代わりじゃない。
友人と家族とではやはり違う。
精神年齢としてはもう四十を越えているんだけど。
歳を取った方が寂しがり屋になるんだろうか。
寂しいという思いだけじゃない。多分、僕は心配なんだ。
僕がいない間、みんなに何かあったらどうしよう。
そう考えているんだと思う。
普段ならそれは杞憂だと一笑に付すことはできる。
でもこの世界、今の時代ではそれは不可能だ。
魔族の存在。強力な魔物の出現。
それらは現実に存在する脅威だ。
この世界では、魔法が使える僕が最も脅威に対抗できる存在。
だというのに僕は王都へ行かなければならない。
だから思うのだ。家族のみんなは大丈夫か、と。
ずっと悩んでいた上で王都へ行くと決めたのに、まだうじうじと考えている。
気落ちしている理由は他にもあるんだけど。
「……魔法の実験とやらも、あまりできんからな」
「そうなんだよ! できないんだよ!」
僕は思わず反射的に声を張り上げた。
僕の反応に、ラフィーナは困ったように笑う。
何か言おうとした時、馬車が止まった。
けたたましく鎧を鳴らしながら何かが近づいてきて、馬車の扉を開けた。
「シオン様! 魔物が出現しました! シオン様は馬車から出ないようにお願いします!」
「わ、わかりました」
暑苦しい強面の男性、護衛部隊長のゴート・ファルスが真剣なまなざしを僕に向ける。
僕は内心で辟易としながらもゴート隊長の指示に従う。
隣でラフィーナが嘆息していたが、彼女も何か言うつもりはないようだ。
「このゴート・ファルス、一命にかけてシオン様をお守りいたします!
行くぞ、勇敢な兵士達よ!」
「「「「「はっ!」」」」」」
ゴート隊長の声に、呼応する兵士達。
彼等は二百人ほどいる。
一人の人間を護衛するには多すぎる。
王族ではあるまいし、こんな護衛規模はあり得ない。
しかしこれは現実だ。
王族の護衛レベルの規模を用意されている。
まあ、それだけならばありがたいと思うだろう。
問題はそこじゃない。
僕は嘆息しつつ、隣のラフィーナに視線を流した。
彼女は扉を開けて、外の様子を眺めると、呆れたように嘆息して扉を閉めた。
「……今回は?」
「ゴブリン二体だな」
僕は乾いた笑いを浮かべることしかできない。
ゴブリンは危険な魔物だ。
普通の人間ならば命を取られる危険性もある。
実際、僕は過去にゴブリンに殺されかけた。
しかしそれは戦う手段のない人にとってはという前提がある。
ここにいるのは屈強な兵士達。
一人一人の強さは並の兵士ではなく、明らかに実戦経験が豊富な戦士だ。
それが全力でゴブリン二体を討伐する。
それだけならばいい。
慎重を期すことは必要だ。
どんな相手でも全力をもって戦いを挑むということは、大事なことだ。
十数秒すると、また金属音が近づいてきた。
扉が開く。
「シオン様! 魔物を討伐いたしました! もう大丈夫です、ご安心ください!」
「あ、ありがとうございます」
「いえ! これも我らの使命ですので!
それと丁度よろしいかと思いますので、ここらで昼食をとりましょう!」
「あ、じゃあ外に……」
僕は期待を胸に、さりげなく扉から出ようとした。
だがしかし、瞬時に回り込まれてしまい、出口はゴート隊長に塞がれてしまう。
「なりませんぞ! どこから刺客が狙ってくるかわかりません!
シオン様は車中にてお過ごしください! 食事などはすべてご用意しますので!」
これである。
二日間、これなのである。
外に出られないのだ。
食事、睡眠、移動時、すべてにおいて、僕は車中で過ごすことになっている。
ゴート隊長は決して僕を外に出さず、トイレの時だけ外に出ることを許されている。
その時も護衛がほぼ全員僕について来る。
すぐ近くで護衛された状態で用を足すのだ。
拷問である。
しかし何を言ってもゴート隊長は聞き入れてくれない。
彼は真面目ではあるが頑固な性格のようだった。
自分の身くらいは自分で守れるし、魔法もあるし、自然にシールドが張ってあるから、大抵の攻撃は僕には効かない。
問題ないと話しても、ゴート隊長は「油断すれば命を落とします! 私はそういう人間をごまんと見てきました」と言うだけである。
それは確かに真理ではあるが、だからと言ってこれはやりすぎだと思う。
息が詰まる。
魔法の実験もできない。
車内でできるのは精々が魔力放出の鍛錬くらいだ。
魔法を使うことがかなりのストレス解消になるのに、それさえできないのだ。
ああ、ストレスが溜まる。
これがどれくらい続くのか、考えると鬱々としてくる。
僕の反応を見て、ラフィーナが憐れみの視線を向けてきた。
「ゴート隊長、シオンも外の空気くらいは吸いたいのではないでしょうか。
これでは王都へ到着する前に、気が滅入ってしまいます」
「精神は気合いでどうにかなる! だが肉体はどうにもならん!
精々が十日ほど我慢していただければ安全に王都へお連れできます。それまで我慢してくだされ!」
精神論を持ち出されては、もうどうにもならない。
こういう人間には話が通じないのだ。
何か問題があっても気合いでどうにかしろ、気持ちが足りない、と言うだけ。
こういう教師や上司がいたことを痛いほど知っている僕は、諦めることを覚えた。
尚も何か言おうとしてくれたラフィーナの肩を僕は軽く叩いた。
振り向いたラフィーナに力なく頷くと、ラフィーナは迷いながらも閉口した。
「では、話は終わりですな! 少々お待ちください! 食事を持ってまいりますので!」
勢いよく扉を閉めると、また擦過音が遠ざかっていく。
「はぁ」
そしてまた、ため息を漏らすのだ。
何とも、窮屈な旅だ。
もっと自由に動けるかと思っていたんだけど。
「……仕方がない。シオンは怠惰病治療と魔族への対抗ができる唯一の人間だからな。
これくらい丁重に扱われるのも、おかしなことじゃないだろう。
むしろ今までが自由すぎたのかもしれん」
「そう、かもね」
言われてみればそうかもしれない。
世界中に蔓延する怠惰病。
いずれ訪れるであろう魔族の脅威。
それを解決、対抗する手段は魔法しかない。
魔法を使えるのは僕だけで、僕に何かあれば終わりだ。
姉さんに渡した魔法書に書かれていることが、他の人に実践できるかは疑問だし。
やはり僕がいなければ直ちに解決することは難しいだろう。
重要人物になってしまった、ということか。
それにしたってこの扱いは。
王族達もこんな風に扱われているのだろうか。
そう考えると、王様とかやんごとなき人達も大変なんだと思う。
僕は思わず再びため息を漏らした。
「シオン。気持ちはわかるが、表でそんな態度をとらないようにな。
これから接する人間はほとんどが、シオンを知らない。
第一印象は大事だし、患者や治療法を教える人間への圧力にもなるからな」
「うん、わかってる。ラフィーナの前だから、気を抜いてるだけだよ。
他の人の前じゃ、こんな風にするつもりはないから」
「え? あ、そ、そうか。そ、そうだな。わ、私の前だからか! うはは、そうかそうか!」
ラフィーナは嬉しそうに困ったように笑う。
動揺しているように見えたけど、どうしたのだろうか。
僕が首を傾げてラフィーナを見ていると、彼女は狼狽えはじめた。
「あ、あー! そ、そうだ! 私はな、親しい人間にはラフィと呼ばれている。
シオンもこれからそう呼んでくれ!」
「わかった。じゃあ、これからはラフィって呼ぶね」
「っ! あ、ああ! そ、それでいいぞ!」
ラフィはなぜかニヤニヤとし始めた。
表情が変わりやすい人だ。
姉さんもそうだけど、ラフィも嘘を吐けない性格だもんな。
そう考えると姉さんと結構似ている部分があるのかもしれない。
二人とも単純だし。
ただ姉さんの方がしっかりしているけど。
とにかく、ラフィがいてくれて助かった。
こんな状態で十日近くも過ごせば、本当に精神的に参ってしまうだろう。
そうして、僕はラフィと会話をしながら車中を過ごした。
それだけが唯一の楽しみだった。






