フレアストーム
レイスに最も有効な魔法はボルト。
しかしボルトを使っても倒せるのは至近距離にいるレイスのみ。
対してフレアは当たれば一時的に炎が魔物の身体を纏うので、周囲の敵を巻き込める時もある。
それに視界が広がる。
それぞれを適したタイミングで使う方がよさそうだ。
「松明を投げろ! シオンを支援するんだ! シオンに当てるなよ!」
レイスには剣や弓は効かないことを知っているラフィーナは、即座に声を張り上げる。
僕が走る中、左右には松明が落ちる。
後方からみんなが松明を投げてくれている。
草木は少なく燃え移ることはないし、松明は油が染み込んでいるためしばらくは燃え続ける。
雨も降っておらず、風も弱いためこの戦術は有効だ。
ありがたい。
フレアの炎を着けた松明であればレイスは近づけないし、奴らの姿はみんなにも見える。
もしも回り込むレイスがいても、みんなも気づけるだろう。
僕は疾走しつつ、両手足に魔力を集める。
スムーズな魔力放出。
それに身体中から魔力が溢れている気がする。
なんだ?
なんなんだこれは。
理由はわからない。
戸惑いもある。
しかし今は理由なんて気にする必要はない。
ありがたく使わせてもらおう。
僕はある程度移動すると、足を止める。
あれだけの敵の数だ。
飛び込めば、いかに魔法を使おうと一瞬で殺される。
周りの松明を利用し、僕はその場に留まり、フレアとボルトを放つ。
「キャアアアアッ!」
先頭のレイスに命中。
魔物数が多すぎるためか適当に撃っても当たる。
これならばボルトよりもフレアがいいだろう。
僕はフレアを連続して発動する。
左右の手で交互にフレアを放つと、光の集団に吸い込まれる。
レイス達はフレアを避けられず、次々と燃えた。
「うわああっ! ま、魔物が!」
後方の悲鳴を受けて、僕は即座に振り向いた。
レイス達が防壁に沿って正門へ向かっていた。
ラフィーナ達は青い炎に守られている。
そのためレイス達は近づけない。
やはり魔法は有効。
レイス達はゆらゆらと光の範囲外から、恐ろしい形相でラフィーナ達を睨んでいる。
左右から上から近づこうとしているが、青い炎の松明から離れない四人には近づけない。
「燭台から離れるな! 松明を持ち続けろ!」
「ひぃっ! な、なんだこいつら! 来るな来るな!」
「こいつめ、こいつめ! どくんだな! 来るんじゃないんだな!」
みんなまだ健在のようだ。
悠長にしている時間はない。
できるだけ数を減らさなければ。
次々にフレアを放つと空が青く光る。
空を舞うレイス達は松明の光を嫌い、僕へ近づけない。
このまま続ければ徐々に数を減らせるはず。
魔力が持つか、それともレイス達が耐え切るかの勝負になる。
――それは数分後の出来事だった。
僕はフレアを放ち続けていたけど、レイスの数は一向に減らない。
相手の数が多すぎる。
最初は百くらいしかいなかった。
しかし徐々に増えて、今は二百近くはいる。
かなりの数を倒したのに。
ジリ貧だ。
しかし魔力はまだ残っている。
百回は魔法を放っているのに、余力があった。
体内魔力量が増えていることは間違いない。
昨日までは魔力は通常通り、つまり百回使えば終わる程度の量しかなかったはずだ。
でも今日は百回分の魔力を使ってもまだ余裕がある。
赫夜の影響か?
あの空を彩る赤い光が僕にも影響を与えるのか。
だとしたらあの光が魔力を与えているというなのか。
過剰な魔力の消費。
体内魔力の枯渇。
前兆として異常な快調。
その反動として怠惰になった。
それはつまりこの過剰な魔力供給によるものなのか。
過剰な魔力供給と消費により身体は快調になるが、その反動で体内魔力の調整が狂った。
それが怠惰病だとしたら?
やはり赫夜の影響だったのか。
僕が無事な理由はわからないけど、体内に巡る異常なほどの魔力の奔流を感じると、何となく理解できた。
この魔力をうまく扱えずにただ消費したら、凄まじい影響が身体に出そうだ。
あるいは過剰供給により身体が耐え切れなかったとしたら……。
恐らくはこの魔力を使っても怠惰病にはならないけど、魔力がなくなって、身体が悲鳴を上げても使い続ければどうなるかはわからない。
とにかく、この夜を越えなければ僕もみんなも死ぬのだ。
根拠のないことに気を割いて慎重に事を運べば、目的を失する。
持てる力をすべて使うしかない。
「キャアアア、アアアッ!」
レイスの悲鳴が夜の空にこだまする。
おぞましい光景の中で、僕は無心になり魔法を放ち続けた。
身体は快調。体力も十分。
むしろその事実が僕に恐怖を与えてくる。
しかし僕は手を止めず、魔法を放ち続けた。
百、二百とレイスを倒す。
やがて体力が徐々に失われ、魔力の胎動も薄くなる。
快調だといっても限界がある。
すでに僕は魔法を百近く撃っていた。
「はぁはぁはぁっ! くっ、さすがに……きつい……!」
身体が重い。
魔力が枯渇した時の、あの感覚が込み上がってくる。
この感覚に身を委ねれば、終わりだ。
最後まで抗わなければ。
レイスは続々と増える。
倒しても倒しても意味がないのではないかと思うほどだった。
「シオン! 無理をするな! 下がれ! 松明も消えるぞ!」
地面に放った松明は火力を弱めている。
微風の上、雨は降っていないが、それでも長く燃焼し続けることはない。
この場での戦いはそろそろ限界か。
燭台付近にいれば、一先ずはレイス達が近寄ってこないだろう。
だったら下がって、体力を回復しつつ戦うしかない。
僕は踵を返し、正門前へ戻った。
だがその瞬間、事態は急変する。
「ギイイィイィアアアアアアアッ!」
レイス達が一斉に松明の光に突っ込んだのだ。
今まで光を嫌い離れていたレイス達が示し合わせたように、一気に燭台と松明の光に突っ込む。
「む、迎え撃て!」
ラフィーナの叫びと共に、他の面々は松明を突き出す。
その炎に触れたレイスは燃えながら消失した。
しかし数が尋常ではない。
レイス達は自爆覚悟でラフィーナ達を殺すつもりだ。
雷光灯やフレアの松明の光をレイスたちは嫌っているが、それだけで倒せるわけではない。
強引に突っ込めば、やられるのは僕達だ。
僕はジャンプで正門前に戻る。
戻りながらフレアを放ち、レイスの群れを一気に消滅させる。
「す、すまないシオン。助かる!」
「気にしないで! 今はレイスを!」
僕も松明を手にした。
勢いがあるレイス達に対して魔法を使うよりも、松明で対応した方がいい場合もある。
僕はレイス達の動きを注視する。
遠い場合はフレアを、近い場合は松明を突き出した。
最初、レイス達は五体程度で突っ込んできた。
しかし徐々に数が増え、今度は周囲のレイス達が一斉に飛び込んでくる。
無茶苦茶だ。
こいつら命が惜しくないのか。
「もうダメだ! おしまいだ!」
「死んでしまうんだな!」
ヒューイとデーブの悲鳴が響く。
ラフィーナや門衛の顔にも諦観の色が浮かんでいた。
瞬時に思考が巡る。
このままフレアを使っても一部しか倒せない。
しかし僕はその未来を予想していた。
僕は現在の最大放出量の魔力を両手に集めた。
煌々と光る魔力。
集めた魔力量は以前とは比べ物にならない。
既に循環させたブロウが唸っていた。
「伏せて!」
僕の叫びに、全員が反射的に姿勢を低くした。
僕は燭台の後ろに立つとブロウを放つ。
魔力の表面にはブロウを流さず、純粋な魔力の膜を張っている。
そこにフレアが走る。
魔力の表層を青い炎が走り、内部の風が炎を纏いつつ空へと登った。
『フレアストーム』
発動まで時間がかかるけど、威力は絶大。
現在使える、僕の最強魔法。
炎を纏った風が周囲を焦がす。
空を舞っていたレイス達は一斉に燃え上がり吹き飛んだ。
辺り一面が一斉に青く染まる。
燃えたレイスが他の魔物をも巻き込む。
山火事のように、火が次々と周囲の魔物を襲った。
「キャアアアアアアアアアッ!」
無数のレイス達の悲鳴。
金切声を聞き、僕は顔をしかめる。
魔力の残滓。焦げるようなニオイ。
それを残し、レイス達は全滅した。
「くっ……はっはっ……倒した、かな?」
僕は膝を折った。
一気に身体の力が奪われた気がした。
おかしい。
さっきの魔力はどれほどの量が込められていたのか。
『明らかに威力が高すぎた』。
そして異常に疲弊している。
なんだったんだ。
あれは。
これも赫夜の影響なのか。
「シオン、大丈夫か!?」
「う、うん。何とか」
ラフィーナが手を貸してくれると、何とか立ち上がれた。
ふらふらだ。
全力で数時間走り続けた時と同じ感覚。
かなり辛い。
「す、すごかったな! さっきの!」
「レイス達が全滅したんだな! シオンはすごいんだな!」
ヒューイとデーブの賞賛にも、僕は苦笑を返すことしかできない。
正直、かなり限界が近い。
赫夜の魔力増幅がなければ死んでいたと思う。
とにかく何とか危機は去った――とその場の全員が思った。
だけど現実は甘くない。
「嘘……でしょ」
僕は遠くを眺める。
そこにはまたしても光が。
ぽつぽつと浮かび、こちらへ迫っている。
「ど、どうした?」
「……レイス達が、まだ迫ってきている。
さっきと同じくらいの数が」
「なんだと!?」
まだこちらへ到着するには時間がかかると思う。
しかし数分程度でたどり着くだろう。
僕達だけでは耐え切れない。
「さ、さっきのと同じ数が……? もう、終わりだ……な、中に逃げるしか」
「逃げても意味がないんだな……。僕達はここで死ぬんだな!」
諦観。
それは当然のことだった。
こんな状況でまだ希望を抱くことは難しい。
けれど僕は諦めるつもりはない。
「僕が、時間を稼ぐ。みんなは松明を周囲に投げておいて。
自分の身を守ってくれればいい」
「む、無理をするな、シオン。もう限界だろう!」
「そうだね。きついし、辛い。限界かもしれない。
でもね、こんな時に無理だ何だと言っている余裕はないよ。
僕は最後まであきらめない。みんなを守る。ここで死ぬつもりもない!」
僕は歩を進める。
足元が覚束ない。
それでも退却の二文字は僕の中にはない。
戦うしかないのなら、逃げても意味はないのだから。
「あっ」
足に力が入らず転倒しそうになった。
しかし寸前で僕の身体は支えられた。
誰かの手によって。
「よく頑張ったな、シオン」
それは聞き慣れた声。
僕の腕を掴んで支えてくれたその人を見上げる。
それはグラストさんだった。






