それぞれの真価と進化
三人と顔を合わせてから、僕の生活は一変した。
まず午前中。
僕はラフィーナとブリジットと共にイストリア近辺の森林、荒原、山岳地帯などに向かう。
魔物討伐のためである。
念のため冒険者ギルドで依頼を受けて、近場の狩場へ向かうのだ。
理由は単純明快。
魔物に魔力を注ぐ、つまり『浄化』を行い、魔力供給の感覚を掴むこと。
怠惰病治療のため魔力を注ぐにしても、いきなり人間相手だと危険だ。
今まで魔物相手に魔力を反応させ、塵と化したことは二度。
姉さん相手に魔力反応があるのか試したことはあるが非常に小さい魔力だったし、ただ触れただけだ。
ということでまずは生体実験を行うことになった。
木漏れ日が薄く、視界が暗い森の中、僕達は三人で進んだ。
僕の武器は魔法、そして雷火。それなりに戦える自負がある。
ブリジットは自衛くらいはできるらしく、一般的な長剣を腰に携えている。
彼女が同行する理由は、魔物の反応を詳しく調査するため。
遭遇した魔物に対しての情報を貰うため。
そして、夜の魔物以外にも変化があるかもしれないので、その保険としてだ。
レイスだけが新たに出現したと判断するのは早計だと思ってのことだ。
他に新たな魔物が現れる可能性もあるのだから。
レイスのことを知ってからブリジット自身が参加したいと言ってきたのが大きいけど。
とにかく自衛できるのならばと了承し、今に至るのだ。
彼女は大丈夫そうだ。
魔物調査のために自分で魔物の生態を確かめることも少ないらしく、戦う術も心得ている。
問題は、
「はぁはぁっ! よ、鎧が重い!」
ラフィーナである。
彼女は荒い息を吐きながら僕達の後ろを歩いている。
構成的には彼女が先頭に行くべきなのだが。
実際、出発時は「私が先頭を行こう! ついてこい!」とか言っていた。
しかし歩き出して一時間。
彼女は今のような状態に陥ってしまった。
小柄な少女には鋼鉄の鎧は重かったのだろう。
僕やブリジッドもあんなものを着ていたらラフィーナと同じようになっていたと思う。
しかし矜持か誇りか、彼女は鎧を脱ぐことはない。
正装なのかな。他に同じような恰好をしている人は見たことがないけれど。
僕とブリジッドは時折止まってはラフィーナが追いつくのを待ち、そして進み、また待つ、ということを繰り返している。
「ま、まだまだぁ、まだ私はやれるぞっ!」
まだ何もしていないのだけど。
僕は人知れず嘆息し、木々を眺める。
魔力の気配はしないな。
近くにあれば、集中すればわからなくもない。
ただやはり視認しないと明確にはわからず、何となく感じるかも、程度の感覚しかない。
結局は五感に頼るしかなく、急襲を警戒することは常に必要だ。
ブリジッドはそこら辺を理解しているらしく、ラフィーナを待っている間もきょろきょろと見回している。
ラフィーナよりブリジッドの方が頼りになるんじゃないだろうか。
一時間経過してもまだ魔物と遭遇していない。
イストリア周辺にはコボルトが主に生息しており、少し離れた場所にゴブリンがいる。
他にも色々と魔物は存在しているんだけど、僕はほとんど見たことがない。
冒険者ギルドで依頼を受け、討伐した対象はコボルトかゴブリン、その亜種くらいだ。
つまり他の魔物はほとんどいないということでもある。
あまり気にしてはいなかったけど、専門家がいるし話を聞いてみよう。
ラフィーナの移動速度に合わせるとどうしても時間が余るし。
「ブリジット。魔物ってゴブリン、コボルト、オーク以外はあんまり多くはないんだよね?」
ほぼ無言だったブリジッドが、ぱあっと笑顔を咲かせた。
明らかに目が爛々と輝き始める。
「……うんっ。正確には、その三種類は亜人科亜人属だけど。
ゴブリンの正式名称はゴブゥリング。ゴブゥって種族の特別変異した種なんだ!
コボルトとオークはそのままだけどね。でもでも、その三種は特殊で、ずーっと昔から存在している魔物だって言われてるの。
一説には千年前の戦争、ルグレ戦争の後に生き残った数少ない魔物だって言われてるんだけど、ルグレ戦争自体が眉唾物だし、それ以前の資料がほとんどないからただの噂だけどね!
他の魔物、特に夜の魔物は数が少なくてブラッディウルフ、ウィングバッド、ダークラフレシアくらいしかいなくて、もちろん希少種は存在していて、まだまだ未知の魔物はいるんだ。
でもそういう種はとても弱くて生きられない。だから昼の魔物だとその三種が主立って存在していて、人間にとって害になっているわけ!
だからね、新たな魔物、特に人を襲うような危険な魔物が出現することは、ここ数百年では初めてのことなんだよ!
レイスは魔物生態学の歴史に大きな変革を与えるかもしれない、そんな存在なの!
すごいでしょ!?」
早口である。というか何を言ってるかよくわからなかった。
あまりにまくしたてるものだから、僕は途中で意識を絶った。
これはまともに聞いていては疲れ果ててしまう。
しかし僕のことなんてお構いなしに、ブリジットは話を続ける。
「千年前には魔物だけじゃなく魔族なんて種族もいたとかいなかったとか。
噂だとしても魔物に精通する人なら誰でも知っていて、未だに論争になるくらいなんだ。
ボクはね、魔族は存在していたんじゃないかって思うの。
その方がロマンがあるからね! なんでも魔族は人に近い容姿をしていて知能も高かったとか。
まっ、千年前に潰えた種族なら、もう存在しないんだろうけど。
ルグレ戦争では大量に生まれた魔物を各国が協力して討伐したらしいんだ。
あまりに大規模だったから、魔物相手でも戦争なんて言葉がついたくらいにね。
ああ、その時の魔物は今よりも豊富だっただろうに、見たかったなぁ」
「そ、そう」
ようやく絞り出した言葉は、自分の言葉とは思えない程に掠れていた。
僕は理解した。
ブリジッドに魔物のことを聞く時は覚悟をすべきだ、と。
「はあはあ、くっ! おのれ魔物めっ! わ、私を恐れるあまりに、このような罠を!
この傾斜! 明らかに不自然ではないか!」
自然である。むしろ僕達は普通に上ってきたわけで。
コールは午前中は診察などのため診療所にいる。
午後の数時間を怠惰病の研究のために付き合ってくれることになっている。
かなり不服そうではあったが、一応は了承してくれた。
ちなみに彼は戦えないし、魔物討伐に来る必要もないので、ここにはいない。
二人には悪いけど、一人で来た方が良かったような気がしないでもない。
僕一人でもゴブリン数体程度ならば倒せるし。
しかしそうなると倒すことに集中して、魔力を注ぐことができないかもしれない。
どんな時でも人では必要だ。
きっと二人がいた方がいい。
そう信じよう。
ラフィーナが息を整えている間、ブリジッドはまだ魔物うんちくをペラペラと喋っている。
そんな中、僕は違和感を抱き、瞬時に口走る。
「しっ!」
僕が言うと、ブリジッドは両手で口を押さえる。
ラフィーナも何事かと視線を動かしていた。
幾つかの足音。
一つ、二つ…………六つ。
多い。
イストリアから多少は離れているため、おかしくはないが。
しかし頻繁に遭遇する数ではない。
僕達の目的はゴブリン。
コボルトならば集団行動をすることが習性となっているが、ゴブリンは数体で行動することはあまり多くはない。
六体となると、かなり珍しい部類に入る。
強い違和感を覚えつつも、僕は雷火を装着して身構える。
近づいてきた。
姿が見えた。
「なんだ……あれ……」
そこに現れたのはホブゴブリンだった。
しかしその肌色は土気色でも緑色でもなく赤色だった。
そしてその手には大剣が握られている。
コボルトと違い通常、ゴブリンは武器を扱わない。
だが極一部、道具を扱うゴブリンもいる。
それがこのゴブリン。
ホブゴブリンの上位種であるゴブリンウォーリアーだ。
相当な強さを誇り、一体はホブゴブリン十体ほどの強さ。
ゴブリンウォーリアーを先頭に後ろにはゴブリンが五体続いている。
「そんな!? こんなところにゴブリンウォーリアーがいるなんて!?
本来は大規模な巣にしか生息していないはずなのに!
こ、ここ、これは前代未聞の非常事態だよっ!?」
ブリジッドが喜びとも恐れとも取れる表情で叫んだ。
やはりこの場にいる魔物としては、違和感があった。
厄介だ。ゴブリン程度ならばどうにでもなるけど、ゴブリンウォーリアーとなるとかなり危険。
父さんならば一人でも余裕で倒せるんだろう。
でも僕達に倒せるだろうか。
これは生体実験なんて言っている場合じゃないかもしれない。
「あ、あれはなんだ!? あれがいわゆるゴブリンという奴か!?」
この反応。
マジですか。
ラフィーナさん。あなた本当に騎士なんですか。
コールが言っていた通り、もしかしたら第七十五親衛騎士隊とやらは雑務しかしていないのだろうか。
参ったな。ブリジッドは戦えはするだろうけど、自衛が限界だと言っていた。
となるとやっぱり僕がどうにかするしかないようだ。
「ギィギャッ!」
ゴブリン達はとっくに僕達に気づいている。
あれだけ騒げば当然だろう。
奴らは本能のままに突如として疾走する。
統率されていないのが唯一の救いだ。
ゴブリンウォーリアーは余裕のある様子で、ゴブリン達の背後で佇んでいた。
これは助かる。あいつらは油断している。
一手でゴブリンを倒せば、こちらに勝機は十分にある。
「二人はその場で待機!」
「う、うんっ!」
「りょ、了解!?」
戸惑いながらも両名からの声が聞こえる。
僕は返答を得る前に魔力を練りながら走り始めた。
奴らは僕を標的にしたようで、五体ともが僕へと迫ってきていた。
短絡的だ。作戦を考える頭もないのは助かる。
やはり魔物は単純。いくら危険でも道具と知恵を持つ人間には敵わない。
僕は足元にブロウを纏わせ、両手に集魔する。
その状態でゴブリン達の近くまで移動し、すぐ傍にフレアを設置した。
奴らは突然生まれた青い炎に慄いた。
僕はその隙を見逃さずジャンプで横へ跳躍。
瞬時に三メートルほど移動した僕は、着地と同時に残っていた魔力をフレアへ向かい放る。
接触、爆発。
ボムフレア。
火魔法の中の爆発系魔法。
絶大な威力を誇るが、瞬間的に発動できない。
そのため対策を練られれば簡単に避けられるけど、ゴブリン達はその魔法の存在を知らない。
結果。
直撃を受けたゴブリンは爆散する。
しかし僕が着地すると同時に、硝煙のせいで魔物の姿は隠されてしまう。
大気を焦がす爆破は煙を発生させ視界を覆ってしまう。
しかしあれだけの威力。
ゴブリンだけは倒せたはず。
後方にいたゴブリンウォーリアーは微動だにしていない。
魔法を見ても動じていない?
知っているわけじゃないと思う。
ただ強い自信があるのだろう。
あいつは厄介だな。
煙が晴れる前に、影が動いた。
「ギャアアッ!」
けたたましく叫びながらゴブリンが地を蹴る。
五体満足ではなく、片手を失い、血をまき散らしている。
だが奴はまだ動いていた。
他の四体は倒せたようだが、一体倒し損ねていたらしい。
まずった。
後、五秒は魔法を発動できない。
五秒経過する前に、ゴブリンは二人のところまで到達するだろう。
走っても間に合わない。
相手はゴブリン一体。
さすがに二人でもどうにかできると思うが。
まだ呼吸が整っていないラフィーナはわたわたとしながら剣を抜いていた。
しかしその細い剣は明らかに頼りなく、一度も使われていないほどに綺麗だった。
ラフィーナが鎧の重さのせいでたたらを踏んでいる中、ブリジッドは剣を抜き、受けて立つ態勢。
思っていたよりも堂に入っている。
「ギャッ!」
ゴブリンが残った片手を振るう。
だがその凶爪はブリジッドには届かない。
彼女は剣の腹で爪を受けると、そのまま滑るように前進した。
バランスを失ったゴブリンは一歩、前に踏み出してしまう。
ブリジッドは流れるように半身になり、剣を持ち上げる。
ゴブリンの腕が寸断――されなかった。
力が足りなかったようで骨に阻まれてしまったようだ。
ゴブリンは痛みに呻くが、激高しながらブリジッドに噛みつこうとする。
ラフィーナは転ぶ。
ゴブリンの攻撃を予測していたらしく、ブリジッドは剣から手を放して回転しつつ右方へ移動。
彼女のいた場所を魔物の牙が突き刺す。
大きな隙を見逃さず、ブリジッドはゴブリンの腕に埋まったままの剣を再び握る。
回転しつつ、力を込めるとゴブリンの腕が吹き飛んだ。
勢いを殺さずに攻撃するなんて、大した腕だ。
しかしそれでも彼女の腕前は恐らくブロンズランク程度。
剣士としては平均的だ。彼女は学者なのでそれでもすごいが。
両手を失ったゴブリンは膝を折り、地面に倒れ込んだ。
失血死、するようだ。
僕は思い出したかのようにゴブリンの身体を見た。
死ぬ『数秒前』に魔力の光はなくなった。
ブリジッドのおかげで何とか倒せたようだ。
ラフィーナはようやく立ち上がる。
「お、おお? ブリジッドが倒したのか。や、やるではないか!」
君は何もやってないけどね。
とにかく敵は後、一体。
五秒は経過しており、魔法を再発動できる。
ブリジッドがかなり戦えることはわかった。
ならばゴブリンウォーリアーを倒すこともできるだろう。
奴はようやく動き出した。
泰然自若と一歩一歩と進む。
その姿は異様。強者の威風。
どうする。
ボムフレアはもう効かないだろう。
あの巨躯に通用する魔法。それでいて発動が早いもの。
警戒はされているだろうから発動が遅い魔法は通用しない可能性が高い。
ジャンプのために足に魔力を宿すことを考えると、両手の魔力は五十程度。
それでは威力が弱まるが相手の反応を見ることが目的だ。
とにかくやるしかない。
「ぐぬっ! このっ! おのれ! わ、私も戦うぞ!
くっ! せっかく卸したのに、重すぎて使えないではないか! ぐぬぬっ!」
背後ではガチャガチャと擦過音が聞こえる。
ラフィーナはまだ鎧と格闘しているらしい。
「ああああああああ、もおおお! 鬱陶しいっっ!」
肩口に振り向くと、ラフィーナは鎧を脱いでいた。
思ったよりもスタイルはよく、鎧に隠れていた乳房が揺れた。
服の上からでもそのサイズは容易に測れる。
騎士隊のショートコートを纏っているが、防御力はないだろう。
身軽になったラフィーナは肩をぐるぐると回しながら身体の調子を確かめている様子だった。
「待った待った! あれに突っ込む気!? 死ぬよ!?」
「ふふん、私がただの美しく清く正しく誇り高い可憐な女騎士だと思ったら大間違いだ!」
「い、いやそんなことは言って」
「私の本気を見せてやろう! 見るがいい!
私はラフィーナ・シュペール!
リスティア国ゼッペンラスト領を統治する我が父アルフレッド・シュペール侯爵が嫡子!
イストリア第七十五親衛騎士隊……のラフィーナ・シュペールだ」
あ、それ毎回言うんだ。
とにかくゴブリンウォーリアーがこっちに迫っているので、けん制をしておくべきだろう。
僕は両手に集めた魔力に電流を走らせ、ラインボルトを放つ。
赤い茨が虚空を走り、ゴブリンウォーリアーを襲う。
電流は生物が避けられるものではない。
一瞬で対象へ到達するため視認した時点でもう遅いのだ。
そのはずだった。
ゴブリンウォーリアーはボルトを完全に避けたのだ。
やはり見られていた。
僕がフレアを放つ時、魔力を放る時、手を伸ばしていたことを。
魔法を手から放つ場合、手のひらを正面に向け、伸ばさなければ威力が激減してしまうのだ。
それはフレアとボルトのことで、ジャンプの場合は足の周囲にブロウを纏わせているためか、伸ばすような予備動作は必要ない。
しかし手から放つ魔法は前動作がなければ威力が激減してしまう。
それを一度、たった一度で読まれてしまった。
詳細はわかっていないだろうが、手を伸ばす瞬間、ということはわかっただろう。
僕に動揺はあった。しかし予測もできていたためすぐに次の行動に移れた。
「魔法は効かんようだ! 私に任せろっ!」
「ラフィーナ、危険だ!」
僕の忠告を無視してラフィーナは魔物に向かっていく。
なんという猪突猛進。
彼女は今までの戦いを見てなかったのか。
ゴブリンを見るのも初めてのような反応をしていた。
しかもここまでの様子を見ると頼りになるとは思えないし、強いとは思えない。
殺されるぞ。
僕は焦りを抱きつつも、魔法の再発動までの時間が足りないことも忘れてはいない。
再発動まで時間がかかりすぎだ。
もっと早く。
速く発動できれば。
光。
熱。
それが手元に宿っていた。
「は?」
発動して『まだ一秒』だ。
おかしい。
どうして四秒も短縮されているのか。
今は理由なんてどうでもいい。
ラフィーナを援護しないと。
走る。
ジャンプの準備をするため、足にブロウを保つ。
周囲の水分を集めて、ゴブリンウォーリアーの前方数メートルの上空にアクアを作る。
ラフィーナとゴブリンウォーリアーは互いに迫る。
上空、タイミングを合わせてアクアを落下させる。
魔物からは死角になっており、ギリギリ見えないはず。
アクアがゴブリンウォーリアーに着弾する瞬間、僕はボルトを放つ。
アクアボルト。
水弾に電気を流す。
通常のボルトよりも滞留時間が長く、威力も上昇する。
ほとばしる電流。
明滅する中、ゴブリンウォーリアーは足を止める。
声を漏らしもしない。
すぐに動き始める。
効かなかった?
いや多少はダメージがあったはずだ。
ラフィーナの援護としてはやや弱かった。
すぐに魔力を練る。
やはりすぐに魔法が使えるようになっている。
どうして? いつから?
もしかして――赤い光のカーテンを見たあの日から?
「やああああっ!」
ラフィーナが細剣を振るい、ゴブリンウォーリアーは大剣を振り下ろす。
明らかに膂力の差がありすぎる。
真っ向勝負をすれば勝てるはずがない。
交錯。
ラフィーナの負けを確信していた僕は呆気にとられていた。
結論から言えば、ラフィーナは生きていた。
それだけならば安堵しただけだっただろう。
しかし彼女は、彼女の剣はゴブリンウォーリアーの喉を突き刺していた。
一撃必殺。
あまりに一瞬の出来事に、僕は状況がわからなかった。
しかし見えていた。
ラフィーナは真っ直ぐ魔物に迫ると見せかけ、大剣の攻撃を寸前で避けた。
ほんの僅かに身体を動かしただけで魔物の攻撃を避けたのだ。
避ける動作が小さければ小さいほど二の太刀を繰り出す速度は圧倒的に速くなる。
返す刀でラフィーナは一切の無駄なく剣を突き出した。
その一撃でゴブリンウォーリアーの喉を貫いたのだ。
驚愕だった。
回避の身のこなし、無駄のない一撃。
その動きは姉さんを思わせた。
姉さんの方が上だけど。
細剣を抜き、即座に一歩飛び退いたラフィーナ。
それから数秒間、相手が動かないことを確認すると、血糊を振り払い、納刀した。
彼女の細剣は速さを優先しているからこそのものだったのか。
使い込みがないように見えたのは、無駄に剣を振るわず、一撃で終わらせるスタンスだからなのかもしれない。
「ふふん、どうだ! 私の強さを見たか! 剣だけじゃないぞ!
私は弓の腕も一流なのだ! がははっ!」
「ラ、ラフィーナって強かったんだ。魔物を見るのは初めてなんじゃなかったの?」
「ゴブリンはそうだな。しかしゼッペンラストにはオークが多く住みついているのだ。
だから相手はもっぱらオークばかりだったな」
三種の中で最も強いのがオークだ。
集団行動をせず、知能はないが、肉体的な強靭度は尋常ではない。
巨躯のため、倒すことも難しく、小隊が必要なくらいらしい。
そんな魔物を相手にしていたのであれば、これくらいはできるのかもしれない。
巨体の魔物相手だからこそ、一撃で倒すように狙い定める術を知っているのかも。
「鎧さえなければこんな魔物、お茶の子さいさいだ!
ブリジッドも中々だったし、シオンの魔法は予想以上だったが、戦いは私の方が上だろう。
次からは私に任せるといい! うははっ!」
確かに彼女は強いし、頼りになることがわかった。
それは非常にありがたいことなのだが。
僕達の目的を忘れているようだ。
「……魔力供給って、結構難しいかもしれない」
相手が強すぎると倒すことを優先しないといけないし、相手の数が多いと手を抜けない。
一体で行動している魔物は少ないし、殺さずに捕まえることもまた難しい。
それがわかっただけでも収穫はあったのかも。
次からは慎重にやるとしよう。
「さあ、行くぞ! そんな鎧はここで捨て置いてやる!
後で防具屋に文句を言いに行ってやる!」
鼻息を荒くしてラフィーナはさっさと先に進んだ。
「あの人……本来の目的……忘れてる?」
「多分ね」
ブリジッドと共に、僕は嘆息を漏らす。
まあ、彼女が魔物との戦いに大いに役立つことがわかったのは嬉しい誤算だった。
とりあえずあと一時間ほど森を散策し、午後に備えて街に戻るとしよう。