僕が治す
「――グラスト、本当にいいのか?」
「ああ、気にすんな。最近いい店が見つかったから、そっちに引っ越ししてるんだ」
「そうか、そういえばそう言っていたな……早いな」
「思い立ったらすぐに行動しないと、なんでも遅れちまうからな。
……こっちの店はしばらく倉庫として使うつもりだったから、好きにしてくれていいぜ」
僕達はグラストさんの店に来ていた。
いつもは姉さんと来ていたあの店。
離れた鍛冶場の炭との独特な香りが、鼻をつく。
昨日も作業をしていたんだろう。
嗅ぎなれたニオイが鼻腔をくすぐり、僕はほんの少しの感慨を抱いた。
身体の感覚は薄い。
あるのはただ姉さんへの思いだけだった。
一日明け、僕達はイストリアへしばらく滞留することに決めた。
といっても、僕と母さんだけだ。
父さんは村のことがあるので長く離れるわけにはいかない。
そのため今日の内に、一度村へ戻ることなっている。
自宅に戻るかどうか迷ったんだけど、怠惰病への対策や、何かあった時に医者が近い方がいいだろうということもあって、結局、イストリアへ残るという選択をした。
その際にグラストさんが「俺の店に来りゃあいい」と言ってくれたのだ。
グラストさんの案内で、僕達は二階へ上がる。
一階は店のスペース。その奥には小さな居間と台所があり、更に奥は鍛冶場だ。
裏庭と廊下奥には倉庫がある。
階段を上ると三つ部屋があり、一つはグラストさんの部屋だったらしいけど、今は空き部屋になっている。
他の二部屋は客室らしい。
思ったよりも綺麗にしている。
二階に上がったのは初めてだったので、新鮮な空気を感じた。
「掃除はしてる。いつまでも使ってくれていいからよ」
「グラスト、すまないな」
「ありがとね、グラストくん」
父さんと母さん、僕も頭を下げた。
するとグラストさんは慌てて、首を横に振る。
「おいおい、勘弁してくれ。俺はおまえ達に色々と世話になってんだ。
これくらい大したことじゃねぇ。それがなくとも大事なダチとその家族のためだ。
俺にできることならなんだってするぜ……なんだってな」
グラストさんは姉さんを一瞥すると、グッと唇を引き絞る。
「あんないい子は他にいねぇ……なのによ。どうして……」
どうして。
なんで。
なぜマリーなのか。
何度も同じことを考えてしまう。
そんなことを考えても意味はない。
たまたまだった。
運が悪かった。
そういう巡りあわせだった。
無関係な人間はそう、簡単に言うだろう。
でもそんなことで納得できるものではない。
自分の大切な人が不幸な目に合わされ、仕方がない、運命なのだと簡単に受け入れられるものか。
この理不尽に、怒りを覚え、嘆き、苦しむ。
僕はその痛みを知ってしまった。
この胸を突き刺す、現実という名の凶器から逃れられない。
僕達は何も言えず視線を落とすことしかできない。
「悪ぃ。おまえ達の方が辛いのによ……」
「いや……」
父さんは否定しようとして、できなかったようだった。
こんな父さんの顔を僕は初めて見る。
自分を責めていることは明白で、その顔は痛々しいほどに強張っている。
母さんは今にも泣きそうなほどに顔をしかめ、いつもの柔らかい表情は消えてしまっている。
僕は、どうなのか。
自分のことさえわからなかった。
「とにかく好きに使ってくれ。俺ぁ、引っ越しの作業があるからよ。
また昼に戻ってくる」
「ああ。すまない」
「謝るのは今ので最後にしてくれよ」
「すま……ありがとう」
「おう」
グラストさんは無理やりに笑うと、部屋を後にした。
父さんは黙したまま姉さんをベッドに横たわらせ、母さんは持ってきた鞄の中身を、クローゼットに入れ始める。
後から村の人達も荷物を運んでくれた。
母さんはイストリアへ移動する際に、マリーや僕達の荷物も持ってきてくれていた。
こうなることを予想していたのだろう。
一週間分の衣服と生活用品を持参してくれていた。
みんながテキパキと動く中、僕だけが呆然と立ち尽くしていた。
すごいな。
僕以外の人達はもう現実を受け入れて、何をすべきがわかっている。
僕の足は地に張り付いたように動かないのに。
置いてけぼりにされてしまったかのように感じて、僕は傍観者に徹した。
「シオン……」
いつの間にか隣にはローズが立っていた。
ああ、昨日は久しぶりに顔を見た気がして、嬉しく感じたことを思い出す。
あの時は姉さんも元気だった。
元気だったのに。
僕は何も言葉に出す気力がなく、漫然と姉さんの姿を眺めた。
姉さんは夜が明けると、うっすらと目を開けた。
何か話すのか、何か反応があるのかと期待したが、そんなことはなかった。
今も薄く目を開け天井を見上げているだけで、話さないし、動きもしない。
ローズが僕に何か言おうとした。
けれど言葉は続かなかったようだった。
彼女の心情がわかる。
慰めようとしてくれたことも、その言葉が浮かばず、閉口してしまったことも。
その優しさに僕は応えられない。
そんな余裕もなかった。
僕は無意識の内に歩を進めていた。
気づけば姉さんの隣に座り、そっと彼女の手を握っていた。
冷たいその手を、少しでも温めようと。
それだけを考えていた。
●○●○
――どれくらい時間が経ったのか。
数日。恐らくはそれくらいの時間が経過した。
毎日を姉さんと共に過ごした。
寝る時も姉さんと同じ部屋で寝て、起きたらずっと姉さんの世話をした。
父さんがいる時は父さんが、母さんがいる時は母さんが主な世話係だったけど、僕は子供の身体ながらできることをした。
いや、それしかしなかった。
今まで続けていた魔法の鍛錬も家の手伝いも他の何もかもを僕は放棄し、ただただマリーの世話を続ける。
一週間は経っていないだろう。
時間の感覚がなく、五感も鈍麻し、現実感が乏しい日々が続く。
父さんも母さんも僕を心配した。
休みなさい。
少しは気晴らしに外へ行きなさい。
村へ戻ってはどうか。
魔法の鍛錬はしないのか。
そんな言葉を投げかけられても、僕は頭を振るだけだった。
僕は姉さんの傍に居続けた。
「シオン」
声が聞こえた。
時間と場所の感覚が鈍くなっている。
横を見ると、扉の前に父さんが立っていた。
他には誰もいない。
ああ、そういえば母さんは一階に行っているんだった。
僕は父さんを一瞥して、すぐに姉さんに視線を戻した。
「なに……?」
「おまえに会わせたい人がいる。今から会いに行くから準備しなさい」
「会わせたい人……? 医者? 姉さんを治せる人?」
「……違う」
「だったら行かない。僕は姉さんといる」
他のことはどうでもいい。
姉さんを治せないなら、それ以外のことに価値はない。
僕はじっと姉の顔を眺める。
無機質な人形のような顔を見ると、どうしてもやりきれない思いが浮かぶ。
それでも僕は姉さんの手を握り、その顔を見つめることしかできない。
「四日前の夜、姿の見えない魔物と遭遇したことを覚えているか?」
「四日前? ああ、そうか。もう四日前だったんだね」
「……あの日、姿の見えない何者かに攻撃された事案が十数件も発生した。
死んだ人も少なくない。イストリアでも王都サノストリアでも、だ。
恐らく私達が出会った魔物の仕業だろうと、私は睨んでいる」
僕が反応を示さずとも、父さんは話を続けた。
「この三日で、同じような報告は上がっていないようだが、また同じことが起きないとも限らん。
私達はあの時、何とかあの魔物を撃退した。
つまり、私達……いやシオンならばあの魔物に対抗する手段を持っているということだ」
「それが、どうしたの?」
「……いいか? あの魔物を放置しておけば、また犠牲者が出るということだ。
そして現状ではあの魔物に有効な魔法を使えるのはシオンだけだ。
剣は効果がなかった。だがおまえの魔法なら」
父さんの武器はレイスにあたらなかった。
つまり物理攻撃はあいつには効かないということ。
有効な手段は魔法しかない。
魔法を使えるのは僕だけ。
僕しかあの魔物を倒せないかもしれない。
でも。
それがなんだというのか。
「僕は……ここにいる。姉さんのそばにいる。ずっとここにいる。姉さんを一人にしない」
だってずっとそうやって生きてきたんだ。
二度目の人生で姉さんがいない日々なんて考えられない。
姉さんがいなくなってしまったら、僕の人生は色を失う。
僕の日々には姉さんが不可欠で、いて当たり前の存在だったのだ。
彼女がいないなら、意味はない。
「他の誰が死んでも、構わないと、そう言ってるのか?」
父さんの声に感情がこもり始める。
怒りだろうか。
今の僕には感情の機微をくみ取れない。
父さんは僕の隣に立った。
いつも感じる威厳さはなく、どこか焦りを滲ませていた。
「おまえしかできないことかもしれないんだ。
シオンが協力すれば犠牲を減らせるかもしれない」
「……関係ない」
「夜の魔物が街を、私達の村を襲い、領民を殺しても、関係ないと思えるのか?」
「僕が助ける必要なんてない! 僕が何かする必要なんてない!
そんなこと、僕には関係ないじゃないか! どうして僕がそんなことをしないといけないんだ!
僕は、僕は姉さんの傍にいたいだけ! なんでそんなことも許されないんだ!
父さんは姉さんが心配じゃないの!?」
「心配に決まっているッッ!!!」
父さんの声は、切迫していた。
これほどに感情的になっている父さんを見たことはない。
僕は思わず父さんの顔を見た。
酷く悲しく、酷くやりきれない。そんな顔だった。
「心配に、決まっている……ッ! 私の娘だ。大事な、愛している娘だ。
代わってやれるなら代わってやりたい……!
ずっと傍にいて、ずっと世話をし、すべてを投げ打ってでも助けてやりたい……ッ!
仮にすべてを捨てて家族を救えるならば、私は悪魔にでも命を売ろう。
……しかし現実は、そんな選択肢さえ与えられない……だから、できることをするしかない。
私達に与えられた、許されたことの中で、必死に抗うしかない。
おまえが協力すれば多くの人を救えるかもしれない。
おまえだけがそれをできるかもしれないんだ」
父さんは僕の肩を掴み、顔を向き合わせる。
必死な形相に、僕は言葉を失った。
父さんの目には複雑な感情が浮かんでいた。
最も強い感情は恐らく葛藤。
肩に触れる父さんの手は、震えていた。
いつも強く頼りになる存在の父さんが、今は弱く儚げに見える。
「頼む……シオン……助けてくれ」
僕の脳裏に過去の情景が浮かび上がる。
それは姉さんと共に過ごした時間。
ある日の光景。
『――ねえシオン』
『なあに、姉さん』
『シオンは魔法を色々と使えるようになってきてるじゃない?
もっと色々使えたらどうするの?』
『どうって……もっともっと使えるようになりたい、かな?』
『じゃあ、もっともっともーっと使えるようになったら?
ずーっと使えるようになるだけでいいの?』
『……それは』
『この雷鉱石もシオンがいないと鉄雷にできなかったじゃない?
それに魔法がなければ、あたし達はゴブリンに殺されていた。
魔法があたし達を助けてくれた。それはシオンでなければできなかったことだと思うの。
別にいいの。シオンがしたいようにしていいと思う。
でも、なんだろう。魔法ってすごい力をシオンが見つけて、もっと別の何かのために使ってもいいのかも、って思っただけ』
『もっと別の何か……?』
『例えば、ほら、人助けとか? ……何よ、笑わなくてもいいじゃない』
『ごめんごめん。確かに、そういう使い方もあるね。
今も人助けをしているという点では間違ってないわけだし』
『ええ。魔法はとても便利。でもとても危険でもある。
使い方を考えるべきだとは思うけれど、でもだからこそ助けることもできるんじゃないかしら』
『まるで父さんみたいな口ぶりだね』
『ふふ、そうかもね。シオンの好きにしたらいいというのは当然だけど。
でもシオンの家族としてはもったいないな、とは思うのよね』
『あまり広めるのもよくないかもしれないよ?』
『そうね。とても扱いは難しい。
お父様も言っていたけれど、特別な力は良くも悪くも周りに影響を与えるから。
簡単なことじゃないことはわかっているけれど、それでも何かないかなって思うのよ』
姉さんは悲しげに、嬉しげに笑って、
『――――それにシオンにしかできないことがあるから。
シオンならきっと沢山の人が救えると思うわよ。
だから、そういう時が来たら助けてあげて欲しいわ』
そう言った。
「――姉さんは」
不意に口をついた言葉。
父さんは反射的に顔を上げる。
僕は姉さんの顔を見つめ、続けて言葉を紡いだ。
「姉さんは、魔法で人助けをしたらどうかって言ってた」
「…………そうか。マリーが」
「うん。姉さんはいつも、自分のことじゃなくて他人のことばかり考えてた。
文句も言わず、僕のことを考えて、行動して、努力して。
そんな人だから、真っ先に人助け、なんて言葉が出たのかな」
「そうかも、しれないな……マリーは優しい子だからな」
「そうだね。僕もそう思う。姉さんだったらこういう時、きっとこう言うんだろうね。
『シオン! なんでそんな顔してぐずぐずしてるの!
誰かを助けられるのはシオンだけなんだから、しゃきっとしなさい!』って」
「それでシオンの手を引きずって強引に連れて行くんだろう」
「うん、うん、そうだね。そういう人だ。姉さんは」
姉の顔をそっとなでる。
今は何も言わない。
けれどきっと、今の僕を見たら怒るに決まっている。
姉さんはそういう人だから。
今まで空虚だった心が、少しだけ落ち着いた。
なぜだろう。
気怠さもなくなり、活力が生まれてきた。
「僕ができることがあるのなら、手伝うよ。父さん」
「……そうか。ありがとう、シオン」
父さんは、ほっと胸をなでおろした後、顔をしかめる。
「すまない。おまえの気持ちはわかっているつもりだが……」
「いいんだ。父さんは僕の気持ちの整理ができるまで待ってくれたんだから」
三日間。
短期間だけど、状況を考えれば、すぐに対策を練るべきだ。
いつレイスが現れるかわからない状況で与えてくれた日数としては十分多いだろう。
まだ具体的な話は聞いていないから現状を把握しているわけじゃないけど。
僕は立ち上がろうとした。
姉さんの顔を見つめる。
と。
視線が一瞬だけ合った気がした。
目を擦り、再び凝視する。
けれど姉さんの視線は天井に向けられたままだった。
「どうしたシオン?」
「う、ううん、何でも」
ない、と言いかけて僕は違和感に気づく。
あれ?
おかしいぞ。
冷静になった頭が、異常を僕に訴えてくる。
それに何の意味があるのかはわからないが、間違いなく変化はあった。
なぜこんなことに気づかなかったのか。
さっきまでの自分を殴りたい衝動に駆られる。
間違いなく、それは大きな違和感。
それは。
「……魔力がない?」
「どうしたシオン?」
僕は次々に浮かぶ疑問符を解消できないままに、口を開いた。
「姉さんの魔力がないんだ。いつもは薄く光っていたのに、それがまったくない」
「……寝ているから、というわけではないのか?」
「寝ていても魔力は発せられているよ。僕は姉さんとずっと一緒だった。だからわかる。
どんな時でも、魔力は帯びていたんだ」
「ここ数日に消えた、のか?」
「いや。多分、四日前。思い起こすと、その日から魔力がなかったと思う」
我ながらどうかしていた。
あまりの出来事の連続に、僕はまともな思考ができなかったらしい。
冷静さを取り戻した今では、記憶を掘り起こすことは可能だった。
間違いない。四日前、嵐の日、怠惰病が発症した時には魔力が見えなくなっていた。
「それはつまり……怠惰病に関係がある、と?」
「わからない。そうかもしれないし、そうじゃないかも。
もしかしたらあの赤い光のカーテンや、幽霊のような魔物……レイスが関係してるのかも」
「あるいはすべてが――」
「関係してるかもしれない」
父さんと目が合う。
互いに何を考えているのかわからない。
僕自身、自分の考えが掴めていない。
けれど、小さな疑念は大きな波紋を産む。
全部は偶然?
しかしあまりに時期が被りすぎている。
それに確実に、姉さんの魔力は見えなくなっている。
それが何を意味するのか。
まだわからないし、もしかしたら関係ないかもしれない。
でも、その疑問はしこりとなって僕の心に残った。
動揺し、冷静さを欠いていたけれど、少しだけ視野が広がった気がする。
その時、ガチャと扉が開いた。
母さんが家事を終えて戻ってきたようだった。
「母さん、姉さんをお願い!」
「え? わ、わかったわ」
「父さん! 僕達は外に!」
「ま、待て、シオン!」
父さんと共に僕は店を飛び出た。
走りながら周囲を見回す。
そこかしこにいる人達の魔力を確かめる。
老若男女。
手当たり次第に観察した。
「やっぱり、そうだったんだ」
僕は確信と共にアルフォンス先生の診療所へ向かった。
玄関をくぐると辺りを見回す。
「本日はどのようなご用件で、あっ! ちょっと!」
看護師の女性を振り切って、奥へ。
ベッドが足りないらしく、椅子やベンチ、床にまで患者と家族が座っていた。
怠惰病患者の数は多い。
僕は一人一人見つめた。
「あ、あのちょっと、患者さん達の迷惑になりますので!」
「も、申し訳ない。シオン、出るぞ!」
父さんに引っ張られて、僕は診療所の外に出た。
その間も思考は巡っている。
やはりそうなのだ。
「どうしたんだ、シオン。何かわかったのか?」
「うん。幾つかわかったよ。まず『怠惰病の患者は全員魔力を帯びていなかった』。
少なくともアルフォンス医師の診療所の怠惰病患者は全員ね」
「何だと……?」
浮浪者の大半、診療所の怠惰病患者は全員、魔力を帯びていなかった。
浮浪者の中には、健常者もいたんだろうけど、怠惰病患者を調べれば判断はつく。
もちろん、もっと検証をすべきだろうが、まず間違いなく、怠惰病患者は魔力がない。
それも恐らくは『魔力を帯びていた人達の魔力がなくなっている』と考えられる。
全員なのか一部なのかは判断がつかないが、姉さんのように魔力を持っている人は魔力を失っているのはほぼ確実だ。
ここ数年で僕の魔力測量は上達しており、待ちゆく人の魔力所持の有無も判断がつくようになっている。
そして気づいたんだけど、魔力は子供だけでなく大人が持っていることもある。
それなりに若くないとダメなようだけど、二十代までならば魔力の素質がある人もいた。
怠惰病らしき患者はみんな若かった。
熟年の人はおらず、二十代以下に見えた。
「恐らく、だけど魔力を持っている人、魔法の素養がある人が怠惰病を発症しているのかも。
魔力の素養がある人の年代と怠惰病を発症した人の年代は同じみたいだし。
それに姉さんの魔力は消えているか、見えなくなっていた。
とすると魔力が関連する可能性はあるんじゃないかな?」
「……では、もしかすると」
「うん……」
すべては偶然なのだろうか。
もしも必然であるとするならば僕にできることもあるのではないか。
怠惰病の治療方法もその糸口も、原因さえも見つかっていない。
だったら『僕が見つければいい』。
魔法と一緒だ。
ないならば自分で見つけ、生み出すしかない。
すでに一度、僕はそれを成功させている。
だったら同じこと。
姉さんを救う。
僕自身の力で姉さんを治す。
道筋は見えない。
けれどほんの少しの光明は見えた気がした。
「怠惰病の集団発症、新たな夜の魔物の出現、すべては魔法に関わり、そして『そのすべての始まりに我々が関わっている』。やはりこれは……」
父さんは眉間に皺を寄せ、何か考え込んでいる様子だった。
「父さん?」
「シオン。会わせたい人がいると話したな。今からその人の下へ向かいたいのだが、いいか?」
「う、うん。いいけど」
父さんは重苦しい空気を纏わせたまま歩を進めた。
僕は不穏な空気を感じつつも、父さんの後に続く。
足取りは軽くはなかった。
けれど、そっと背中を押されたような感覚がして、僕は思わず振り返った。
誰もいない。
錯覚だったのだろう。
けれど僕はその錯覚を肯定し、進む力に変えた。
一歩前へ。
ほんの少しだけ身体に力が満ちた気がした。