グラストの頼み 3
最後の数十行、グラストとの別れ部分を追加する前に投稿してしまいました。修正して、再投稿しましたので改めてご覧いただければと思います。ご迷惑をおかけしまして、申し訳ございません。
父さんと母さんが帰ってきてさらに数十分後。
「できたぜ!」
雷鉱石の精錬が終わった。
グラストさんは額から流れる汗を拭う。
テーブルの上には二つのインゴットがある。
砂と粘土でできた鋳型に入れて冷やしたものを、先ほど取り出したばかりだ。
見た目は……少し違っている。
ただの火で精錬した場合、青かったが、今度は赤い。
明らかに何らかの変化は生じている。
期待と不安を胸に、僕はグラストさんを見た。
グラストさんは頷くと、マイカの布を手にして、二つの金属を近づける。
と。
バチッ、という鋭い音が生まれ、部屋が一瞬だけ照らされた。
「うおっ!?」
グラストさんは驚き、のけ反ったが、金属は落とさない。
茨の道が一瞬だけ見えた。
しかしその威力自体は、大したものではなかった。
鉱物同士の反応に比べれば。
ただし、鉱物は相当な重量と質量であり、今グラストさんが持っている金属小判程度の大きさ。
これだけ小型の状態で、電気発生があるのならば十分だ。
「で、電気反応が起きたぞ!?」
「おお!」
姉さんと父さんと母さんが一斉に拍手をしてくれた。
何かよくわからないけど、僕とグラストさんは照れながら、後頭部を掻いた。
「で? これが何になるんだ?」
グラストさんの疑問は最もだけど、喜んだ本人がその疑問を口にするのかとも思った。
僕は苦笑して、テーブルに近づく。
「ちょっとその布貸してもらえます?」
「ああ、いいぜ」
マイカの布を借りて、金属に触れる。
近くで観察すると、どうやら個体の電気反応はないらしい。
つまり相互反応はあるが、個体で断続的に電気を発することはないということ。
僕はマイカを置いて、金属に直接触れてみた。
一瞬、家族達が何か言おうとしたのがわかったけど、僕は構わず金属を握る。
やはり反応はない。
一個体では何も発生しないようになったらしい。
いや、微妙に髪がもわもわする。
ああ、静電気が通っている時みたいな感じが。
ということはまったく電気反応がないわけではない、ということだろう。
静電気のように電荷の移動が行われているということか。
つまり常に帯電している状態、ということかな。
マイカで金属を持ち、鉄に近づけてみた。
何も発生しない。
これはつまり、同金属以外には反応しないということらしい。
しかし人体には影響がある、と。
かなり特殊な結果になったな。
でも、これはこれで思った以上の成果が出たと言えるだろう。
「お、おい。何してんだ?」
「色々と試してみました。うん、なるほど、わかりました」
今まで静観していた父さんが口を開く。
「一体、何がわかったんだ、シオン」
「とりあえず、この金属で多少は商売になりそうってこと。
他にもいるものがあるけど、多分、結構売れるんじゃないかな」
父さんとグラストさんが首を傾げて、顔を見合わせる。
この二人仲がいいな、ほんと。
「ただ、時間がないので、かなり根を詰めて作業をしないと厳しいかもですけど」
「あ、ああ、三日くらいなら寝ずに作業しても問題ねぇ。何をすりゃいい?」
「……あの、今さらですけど、いいんですか? 僕みたいな子供の話を信じて」
「正直、半信半疑な部分もあったけどよ、ここまでいろんなものを見せられちゃな。
それに、俺なりに試行錯誤して行き詰ってたからよ、今さら子供も大人もねぇさ」
グラストさんはニカッと笑い、僕の頭をガシガシと撫でた。
言葉遣いは荒いけど、寛大な人だ。
こういう人が、あらゆる分野で成功するのかもしれない。
僕は大きく頷き、説明を始めた。
「とりあえず、この金属……えーととりあえず、鉄雷という名前にしましょう。
この鉄雷を作ってもらいます。
雷鉱石すべて精錬することになるので、これでかなり時間がかかります。
二種類の鉄雷を作って欲しいんです。一つは小粒の鉄雷。形状は真円がいいでしょう。
もう一つは長方形の鉄雷。先ほど作った程度のものでいいかと思います。それを――」
僕が説明をしている間、全員が真剣な表情を聞いてくれた。
「――以上です。できそうですか?」
「多分な。まあ、三日で全部加工するのはできるか微妙だけどよ。
試作品くらいならすぐにできると思うぜ」
「じゃあ、それで。頑張りましょう」
僕がグッと拳を握ると、グラストさんも拳を見せてくれた。
互いに拳をぶつけ合うと、頷き合う。
「それでは僕は鉱石を砕いて持ってきますので」
「は? いや、て、手伝うつもりか?」
「え? はい。そのつもりですが」
ぽかんと口を開いて、グラストさんは呆れた様子だった。
「俺はおまえにアイディアを出すことだけを頼んだ。これ以上は、さすがにわりぃ」
「ですが、一人でするのは難しいと思います。
それにですね、途中で問題が生じた場合、どうするんです?
一人で解決できない場合、もしかしたら僕のアイディアが必要になるかもしれない。
だったら、一緒に最後まで作業するのが当然ではないですか?」
隣で姉さんが何度も頷いてくれていた。
なぜかちょっと興奮した様子で、鼻息が荒かったけど。
後ろからは二つのため息が聞こえ、正面からは動揺の色が見えた。
「シオンは言い始めたら聞かない。それにシオンの考えは正しい。
……私達も三日間、付き合うとしよう。村人には留守をするかもしれないと事前に話をしてある。
嫌な予感は的中したというわけだ」
「あらあら、イストリアに宿泊するのなんて久しぶりだわぁ。
なんだかわくわくするわねぇ。うふふ」
「あたし、一杯お手伝いするから! グラストおじさん、何でも言ってね!」
家族全員が協力的だ。
「……すまねぇ、じゃあ頼む。ああ、あんまり無理はしないでいい。
少し手伝ってくれるだけでありがたいからよ」
「ええ、大丈夫。無理をするつもりはないですから」
グラストさんは呆れたように、嬉しそうに笑う。
そしてその日から、僕達の戦いは始まった。
●○●○
担当区分は明確だった。
父さんは雷鉱石を砕く役。
かなりの力仕事なので、子供の僕や姉さんでは時間がかかりすぎるからだ。
そして砕いた雷鉱石は僕と姉さんでグラストさんの店まで運んだ。
これが中々距離があり大変だった。
砕くよりも運搬の方が時間がかかるため、鉱石を砕き終えた父さんも、運搬の手伝いをしてくれた。
グラストさんは集めた雷鉱石の精製をひたすらに続けた。
これが一番時間がかかり、根気も技術も必要だ。
精錬窯はあまり大きくないため、一回の精錬では雷鉱石数個分しかできない。
しかも相当な火力のある窯の近くにいないといけないため、かなり体力を奪われる。
木炭や素材を十数回に分けて投入する必要があるためだ。
それをひたすらグラストさんは続けた。
辛いだろうに、何も言わず、何というか男の背中を見せてくれた。
ちなみに母さんはというと。
それは三日目にわかるだろう。
作業を始めて三日。
僕達はすべての雷鉱石の加工を終えた。
そして。
「お、終わったぜ……」
地面に倒れるグラストさんと僕、姉さん。
父さんと母さんもかなり疲労しているらしく、顔に生気がない。
それもそのはずだ。
グラストさんは三日三晩寝ていないから一番疲れていることは間違いない。
しかし雷鉱石の運搬やらが思った以上に時間がかかり、結局、僕達もかなり作業時間を費やした。
きちんと睡眠はとっているけど、やはり子供の身体では体力がない。
家族の中では父さんが一番働いたと思う。
僕達の分までやってくれた。それでもかなりギリギリだったので、後半は相当急いだ。
「さすがに眠りてぇ……けど、まずは完成品の状態を確かめるか」
グラストさんは強引に身体を起こして、背中を伸ばした。
「そうですね。動作は問題ないでしょうけど、一応確認しましょう」
試作品を何回か造り、動作確認はしている。
ただ、念には念を入れよう。
僕達は鍛冶場を出て店の裏庭にある倉庫へ向かった。
雷鉱石を保管していた大規模な倉庫と違ってこじんまりしているが、それでも倉庫は倉庫。
それにここには僕達の苦労の結晶達が眠っている。
八畳くらいの倉庫の扉を開けると、木箱が無数に積まれている。
僕達は一つ一つを外に出して、中身を取り出す。
完成品は二種類。
一つは『雷光灯』だ。
これはやや薄く伸ばした長方形の鉄雷を二枚、一定距離に配置しており、マイカを何枚も張り合わせた絶縁体が二枚の鉄雷の壁になっている。
鉄雷を両端に配置し、その二つを繋ぐように湾曲したガラスを張っている。
当然、接地面には間材を入れて、念のため電気が接しないようにしている。
その上から垂れ幕のようにしたマイカを乗せているのだ。
丸い蓋の中央部分に垂れ下げているため、蓋をすると、必然的に電気の流れを止めることができる。
下部には据え置けるように持ち手がある。
見た目はグラスに近いけど、それよりも少し大きいだろう。
マイカの蓋をしている状態では何も起きない。
しかし蓋を外すと、鉄雷同士が反応し、電流を走らせる。
通常、電気を流すと不安定で、灯りとしては些か扱いにくい。
だが鉄雷同士での共鳴放電は比較的安定しているため、太い円柱状の電気が流れるようになる。
そのため、光源としては十分な効果があると言えるだろう。
ただどれくらい持つのかはわからないけど。
もう一つは『発雷石』だ。
見た目はほぼ携帯型の火打石と一緒。
短いピンセットのような形をした金属の先端に、鉄雷がはめられている。
鉄雷は他金属に放電しないという特性があるため、それを利用したもの。
火花放電では着火させるのは簡単ではない。
そのため、僕は鉄雷同士を近づけ、発生した電気で着火する装置を発案した。
これがあれば、魔法が使えなくとも、簡単に火を着けることが可能だ。
火打石は壊れやすいけど、発雷石は衝撃を与えないため、しばらくは持つだろう。
細工、裁縫関連は母さんがやってくれた。
母さんはかなり器用で、職人レベルの技術力を持っていた。
この二つが、僕が提案した商品だった。
灯りと着火。この二つは生活する上で必須なのに、かなり不便に感じていた。
もしこの商品があれば、かなり便利になる、と思ってのものだった。
使ってみたけど、結構いい感じだと思う。
みんなの反応も上々だったし。
全員で商品を確認する。
問題はなかったようだ。
「今度こそ、本当に終わりだ! みんなありがとよ、お疲れさん!」
グラストさんが声を張り上げると、全員が安堵の表情を浮かべた。
普段はしないが、家族全員で庭に座り込んだ。
父さんも母さんも疲労から、立ち上がる気力もないらしい。
「しかし、ほんとすげぇよ、シオンは……こんなものを思いつくなんてな」
「ああ、大したものだ。私も鼻が高いぞ」
「シオンちゃんは本当に賢いわねぇ。お母さん、自慢しちゃいたいくらいよぉ」
大人三人から率直に褒められて、悪い気はしないが、居心地が悪い。
ふと、マリーの反応が気になった。
また嫉妬してしまうのではと思ったのだ。
しかしマリーはなぜか自慢げに鼻を鳴らしていた。
なんでこんな反応になるのだろうか。
女の子って本当にわからない。
「でも、売れるかどうかはわかりませんよ」
「売れるに決まってる。こんだけ便利なもんなんだからな。
それに、もしも売れなくてもいいさ。俺はこれがすげぇ発明だと思ってるからな。
……みんな、本当にありがとう。本当に助かった。特にシオン。
おまえのおかげで、ここまでできた。ありがとよ」
グラストさんは真っ直ぐな感謝を述べ、僕達に頭を下げた。
本当に器が大きく、素直な人だ。
まあ、自業自得の部分もあるけど、それはそれ。
他人に対してこれほど率直に感謝ができる人は多くないと思う。
「いいんです。僕も楽しかったし、色々とためにもなりましたし」
「うんうん。そうよね! あたしも楽しかった」
「うふふ、お母さん若いころを思い出しちゃったわぁ。
みんなで何かを成し遂げるって、楽しいことだったのよねぇ」
「気にするなグラスト。その感謝の思いだけで十分だ」
僕達の言葉を受けても尚、グラストさんは顔を上げなかったけど、数秒後、ゆっくりと顔を見せた。
その瞬間、僕達は四人同時にびくっと肩を震わせた。
「お、おまえらぁ、ほんどにいいやづらだなぁぁぁ、うっううっ、おれぁ、しあわぜもんだぁ。
ありがどよぉ、ありがどよぉぉっ! うおおおっ!」
号泣だった。
もうそれは本当に見事に泣いていた。
男泣きという奴だろうか。
しかしすごい泣いている。
それほど感動してくれたのは、こちらとしても嬉しいけど。
引くくらい泣いているため、僕達はどうしたものかと顔を見合わせた。
しかし、なぜか笑いがこぼれてしまう。
これは嘲笑じゃない。
ただ、心が温かくなり、笑いが生まれた。
僕達は笑い合い、グラストさんは泣き続けた。
カオスな空間だったけど、なぜか幸せな空間でもあった。
●○●○
翌日の朝。
一日を休息に使い、僕達は身支度を整えて、馬車に乗っていた。
「もう行っちまうのか。なんか寂しくなっちまうな」
「おまえにしては珍しく弱気だな。売れるか不安なのか?
悪いがそこまでは面倒はみれんぞ。私達も帰らねば、村民を放ってはおけんからな」
「わ、わかってるっての! 不安はあるさ。
みんなが手伝ってくれたのに、売れなかったらどうしようって思うしよ」
この人、本当にいい人なんだな。
なんかグラストさんの株が僕の中で急上昇してる。
大人でも全員がしっかりしてるわけでもないし、完璧なわけでもない。
僕はそれを知っているし、僕もそういう大人だった。
だから、わかる。
そしてグラストさんはそういう大人な部分と弱い部分を隠すような弱さがない、強い人だ。
それが好ましく、親しみを覚えた。
父さんは嘆息しつつ言った。
「物は腐るわけでもあるまい。売れなければ、また手伝いに来よう」
「おいぃ、やめろよ、そういうこと言うと、また泣いちまうだろ」
本当に泣きそうな感じになってきたので、父さんはこれくらいで許してやるかと小さく漏らした。
「では、私達は行くぞ。またなグラスト」
「元気でね、グラストおじさん!」
「グラストくん、身体に気を付けるのよぉ! ご飯食べて、ちゃんと寝なさいねぇ!」
三人が別れを告げる中、グラストさんはぐっと唇を引き絞って、手を振った。
「ありがとよ! 本当にありがとう! 助かったぜ!」
馬車は進み始める。
手を振るグラストさんとの距離が開いていく。
「シオン! おまえ本当に大した奴だ! 何かあったらすぐに言えよ!
絶対に助けるからよ! 礼もきちんするから! 待ってろよ! じゃあな! またな!」
ぶんぶんと腕が千切れそうな勢いで、グラストさんは両手を振った。
僕達の姿が小さくなってもずっと、ずっと振り続けていた。
やがて見なくなり、街道の通行人や馬車達が僕達の姿を隠した。
「なんか寂しくなるね」
「ああ。だが、すぐに会える。また来よう」
「……うん」
僕は感傷に浸っていた。
普段はこんなことはないのに、自分でも思ったより、グラストさんのことが好きになったらしい。
まっ、そういう感情的な部分もあるけど、別の部分が気になってもいる。
さて、グラストさんは僕の要望を叶えてくれるだろうか。
完成してから、僕の要求はすでに伝えてある。
グラストさんがもしもその願いを叶えてくれたとしたら。
間違いない。
僕の『魔法』は劇的に変わるだろう。
今はその期待と一つの大仕事を終えたという達成感を胸に、休息としよう。






