グラストの頼み 2
「うわぁ……」
僕は思わず声を漏らしてしまった。
それも仕方ないと自分で思う。
かなり広い倉庫は、雷鉱石で占められており、ビカビカと断続的に眩く光っていたからだ。
数十センチの間隔を空けて並べられている雷鉱石は圧巻だった。
積み重ねることも、何かに接触させることもできないためか、床に理路整然と並んでいる。
見た目は綺麗と言えなくもないが、電流が何かに触れて、火が着けば家事になることは間違いない。
危険と隣り合わせの状況だった。
僕は頬を引きつらせて、後ろを振り返った。
父さんは頭を抱えて、姉さんは僕の腕にくっついたまま、ぼーっと雷鉱石を見ている。
母さんは困ったようにしていて、グラストさんは引きつった笑みを見せた。
どうすんのこれ。
話には聞いていたけど、実際に見るとこれは、何というかヤバい。
もうヤバい。語彙力がなくなるくらいにヤバい状況だ。
「一晩中光るだけならまだいいんだけどよ、バチバチっていう音がうるさいって、苦情があってよ。
騒音をどうにかしないと倉庫を貸さないって言われてんだ。
三日後の夜までにどうにかしねぇと、この倉庫も借りれなくなっちまう。
他にいい感じの倉庫はねぇし」
「期限は三日ってことですか」
「ああ、まあ、できなきゃできねぇで、鉱石を鉱山に返せばいいだけだ。
まあ、鉱山に鉱石を入れるにもまた金がかかるけどよ。
それに全部無駄になって、相当な赤字になっちまう。
雷鉱石にかかりきりで、最近はあんまり店も開けてねぇし」
別に期限はいい。
期限内にできなければ不利益を被るということはないし。
ただ思っていた以上に、状況はまずいということは理解した。
百個って聞くとそれほどでもないけど、見るとかなり多い。
ただ一番大きい雷鉱石でも僕でも持てるサイズだったのは不幸中の幸いだ。
もっと巨大なものもあるのかと思っていたから。
僕は倉庫内の状況を観察する。
どんなことが解決の糸口になるかわからない。
できるだけ状況を正確に記憶すべきだろう。
そんな中、僕は少しだけ疑問を持った。
「どうして、雷鉱石同士の間隔を空けてるんですか?」
「それなんだが、実は近づけると特殊な状況になっちまってな」
「特殊な状況?」
グラストさんは壁にぶら下げてあった布らしきものを手にする。
見た感じ、マイカを縫い合わせたような見た目をしている。
あれからグラストさんなりに改良したのだろう。
それを手にして近場の雷鉱石を押して、別の雷鉱石に近づけた。
すると双方の雷鉱石が、突如として著しく電流を発生させた。
互いに反応し、互いに電気を流し始めている。
電気を流している伝導体を近づけたような感じだ。
「こうなっちまうと、かなり激しく電気が流れ始めて、危険だろ?
だからそれぞれ離して配置してるってわけだ」
電気反応か。個々での現象ではなく、きちんと相互に反応しているようだ。
個別で発生している電気は断続的だけど、相互に反応している状況では比較的安定している。
「雷鉱石の精錬はしてますか?」
「あ、ああ。まあ、一応は抽出して、鍛造までした。
融点も低いし、ウチにある精錬窯で十分だったから、大して難しくはなかったんだけどよ。
問題があってな……一度、俺の店に戻るか」
何やらまだあるらしい。
僕達はグラストに続いて、グラストさんの店に向かった。
しばらくは店休日にしているらしい。
薄暗い店内に入り、そのまま奥の扉を通って、奥の部屋に入った。
そこはどうやら鍛冶場らしく、大きな窯と鍛冶道具、壁にはハンマーややすりなどが立てかけており、部屋の隅には煉瓦が積まれていた。
道具はかなり使い込まれていることがわかる。
部屋の端にあるテーブルの上に会った金属を手に取ると、グラストさんは僕に渡してきた。
受け取ると、見た目よりも軽い印象を受けた。
鉄ではないみたいだ。見た目は少し青いように見える。
「これは?」
「雷鉱石を製錬して、鍛造した金属だ」
その割には、普通の金属に見える。
ちょっと青い鉄、みたいな感じだ。
純度はそれなりらしく、表面は滑らかで、比較的うまく製錬しているといえるだろう。
でも、雷鉱石の特徴がなくなってしまっている。
電気の発生は微塵もない。
「電気反応というか、さっきみたいな、接触させたら電気が発生したりはしませんか?」
グラストさんがもう一つを渡してきた。
「試してみな」
この反応をするということは、すでにグラストさんも試してみたのだろう。
僕は二つの金属を触れさせてみた。
反応は、やはりなかった。
「うーん、あの、雷鉱石の冶金って、どんな工程でやるんです?」
「あ、ああ。まず雷鉱石をハンマーで砕いて、粗目状態にしてから、精錬窯に入れて、特殊な素材を幾つか入れて、木炭で燃焼してから、不純物を取り出して、その後、凝固する前に鋳型に入れる。
その時点だとかなり粗悪品だったからな、一応鍛造として、ハンマーで叩いておいた。
強度は上がったけど、普通の金属には劣るな」
「電気発生がなくなった段階はどの時ですか?」
「砕いた時点では、ほんの少しは電気反応があったぜ。
その後、燃焼して、融点に達した後、かもしれねぇな。
そこからはある程度、工程がひとつなぎだからよ。詳細はわかんねぇ。
燃焼させたからか、単純に抽出したからか……それとも単純に投入した素材が悪いのか」
聞くに、銑鉄の作り方に近いような気がする。
もっと突き詰めれば鍛造方法も変わるだろうし、抽出工程も違う。
煉瓦があるということは製鉄の際には塊鉄炉を使うのかもしれない。
高炉のような水車を使う、大規模なものは一個人の鍛冶屋が持つことは難しいだろうし。
砕いた時点ではまだ電気反応はあった。
となると、その後のどこかで特性を失ってしまったと考えられる。
普通に考えると燃焼、過熱により個体から液体になったことから、特性を失ったんじゃないだろうか。
しかし金属を加工するには一度溶かすなり、熱すなりするのが一般的だと思う。
詳しくはないのでわからないが、この世界ではそれ以外の金属加工技術はあまりないように思える。
となれば、燃やすということを前提で何か考えるべきだろうか。
燃やす。燃やす、か。
僕にとって燃やすといえば、フレアだ。
フレアは火打石の小さな火花放電で、着火した火魔法。
この時代、この世界では、着火させるのは結構大変らしい。
そのため、家では僕の魔法を使って火を着けることが多い。
青い火だけど、普通の火と変わらないし。
……普通の火?
普通の火、なんだろうか。
火は火でも、魔法の火。
見た目は青いし、魔力で燃えている。
もちろん、着火時には魔力を使っているが、可燃物質に火が着いてからは魔力は投入していない。
それでも燃え続けるわけだけど。
物は試し。
やってみてもいいかもしれない。
ただの閃きだけど。
「父さん、いいかな?」
僕は懐から携帯火打石を取り出すと、父さんに見せた。
これだけで僕の意図が伝わったのか、少しの間を空けて父さんは頷いた。
「ああ、いいだろう」
特に迷いはない、か。
まあいいか。別に。
考えてもわかることじゃなさそうだし、あまり興味もないし。
僕はグラストさんに振り返ると、口を開く。
「ちょっと試したいことがあるんです。精錬準備をしてくれますか?」
「まあそれは構わねぇけどよ。何をするんだ?」
「見てのお楽しみということで」
怪訝な顔をしたが、グラストさんは特に質問をせずに、せっせと精錬準備を始めた。
窯には砕いた木炭が入っている。
「できたぜ。で、どうすんだ?」
「これから、僕が火を着けます。後は今まで通り、精錬をしてください」
「それだけか?」
「ええ。あまり意味がないかもしれませんが、あるかもしれません」
これは問題解決のための試行錯誤であり、僕の魔法実験でもある。
僕は魔力を右手に集めて、火打石を叩く。
放たれた魔力が着火し、青い火が生まれた。
「うお!? な、ななな、なんだこりゃ!!?」
驚くグラストさんを放っておいて、僕は窯に火を着ける。
木炭は勢いよく燃え上がり、青い炎をその身に宿した。
「では、このまま作業を」
「いやいやいや! ま、ま、待て! 何もなかったかのように振る舞うな!
い、今のなんだ!? 手から火が生まれたぞ!?」
「魔法です」
「……ま、魔法?」
僕はちらっと父さんを見た。
父さんは小さく頷く。
「ええ。魔法とは――」
僕は簡単に説明した。
父さんはあまり魔法のことを広めるのはよくないと話していたけど、グラストさんは長年の友人。
だから問題ないと判断したのだろう。
一通り説明すると、グラストさんはまだ動揺したままだった。
「こ、こんなもんがあるなんて、信じられねぇ……ガウェイン達は知ってたんだな」
「ああ。まあな」
グラストさんと父さんが視線を交わす。
二人の間に、どんなやりとりがあったのかはそれだけではわからなかった。
ただ、グラストさんはなぜか諦めたように嘆息して、苦笑を浮かべた。
「そうか。まあ、実際に見ちまったんだから、信じるしかねぇ。
とにかく、魔法っての? それの火で精錬すれば、結果が違うってことか?」
「どうでしょう。わからないです」
「わ、わかんねぇのかよ!?」
「ええ。僕もまだ研究中で、まったくもって魔法のことはわかりません。
ですので、これはあくまで試しということで。
ダメなら加工せずに鉱石を活用する方法をとるしかないですね。
現状だと、かなり難しい気がしますけど」
例えば、小粒の雷鉱石を使って、何かしらの便利な道具を作ることは困難だろう。
なぜなら小さくなればなるほど放電量は減っているため、活用するのが難しくなる。
電力をある程度確保するには、手のひら大くらいの質量は必要だ。
少しは案があるけど、できれば比較的純度の高い状態で、小型軽量化して欲しいところだ。
小さく利便性が高いものがどの時代でも有用だし。
「そ、そうか。まあいい。とりあえずやってみることにする。
小一時間はかかるから、外をぶらついて来ていいぜ」
「いえ、僕はどうなるか興味があるので、見学してます」
「シオンがいるならあたしも残るわ」
僕が言うと、姉さんは即答した。
僕の腕にしがみついたまま離れない。
なんというか、嫌じゃないけど、ちょっと動きにくい。
というかグラストさんの視線が何とも複雑そうで、こっちも複雑な気分だ。
「私とエマは少し用事があるから、すまんが二人のことを頼むぞ」
「ああ、任せとけ」
「シオンちゃん、マリーちゃん、また後でねぇ」
ひらひらと手を振る母さんに向かって、僕達も手を振りかえす。
父さんと母さんは鍛冶場から出ていった。
精錬窯の前に佇んでいるグラストさんの背中を眺める。
子供から見る大人は色々な意味で大きい。
僕も大人だったはずなのに、大人だったということを忘れてしまう時がある。
二度目の人生を歩むというのはなんというか、変な感覚だ。
火が煌々とゆらめく。
室温が上昇し、肌が汗ばんだ。
しかし姉さんは離れない。
「言い忘れてたんだけどよ。終わった後、何かしらの礼はするつもりだ。
何か考えておいてくれ。ああ、成功してもしなくてもするつもりだからな」
僕達に背を向けた状態で、グラストさんは話した。
「それなら幾つか考えていることがあります」
「い、幾つか、か。あんまり高い物とかは勘弁してくれよな」
「どっちもお金は必要ないので、大丈夫ですよ」
「そうかい。それなら安心だ。で、なんだ?」
「その前に一つ質問があるんですが。グラストさんは昔父さんと旅をしていたんですよね?
父さんは剣術が扱えますし、グラストさんも戦えるんですか?」
「ああ、まあな。武器を扱う鍛冶屋だからか、大半は武器を扱える。
俺もご多分に漏れず、それなりに強いぜ。ガウェインには負けるけどよ」
「そうですか。だったら大丈夫です。それとお願いは成功した時だけでいいです。
ですから、今は話さないでおきます」
「遠慮するこたぁねぇぞ。子供が気を遣う必要もねぇ。
って、頼んでいる立場の俺が、子ども扱いするのはちょっと情けねぇな」
「いえ、遠慮というより、僕の感情的なものといいますか。
先に言うと、失敗してもグラストさんは引き受けようとする気がするので」
グラストさんは手を止めて、肩口に振り返る。
「……ガキの頃から思慮深いと疲れるぜ」
「これが地なので。思慮深いとも思いませんし」
「なるほど。こりゃ、ガウェインもあんな風に言うわけだ」
僕と姉さんは顔を見合わせる。
「父さんが何か言ったんですか?」
「ああ、シオンがしっかりしすぎて、手間がかからない。もっとわがままを言ってほしい。
もっと構いたいと言っていたぜ。最近はあんまり聞かなくなってきたけどよ」
「あ、ああ、そうですか……」
思い当たる節があり、僕は頬を引くつかせた。
「最近は魔法の実験に付き合わせてるものね。
でも、お父様も嬉しそうだし、いいんじゃない?」
「そ、そうなのかな」
僕としてはあまり人に迷惑をかけたくないんだけど。
でも親の立場からしたら、子供に頼られた方が嬉しいのだろうか。
思えば、父さんは僕と実験をしている時は生き生きしてるような気が。
そんなことを考えながら、僕はグラストさんの作業風景を眺めた。
姉さんはさすがに熱くなったらしく、僕から少しだけ離れて、椅子に座りながら頬杖をつく。
それから一時間、僕達はじっと待ち続けた。






