からっぽの希望
作業開始から二か月が経過した。
すでに妖精の村があったホールに到達していた。
しかしそこにシオンの姿はなく、さらに瓦礫は下へと続いていた。
地面が割れ、下に落下したのではないかという結論に至ったマリーたちは、さらに下へ下へと瓦礫の撤去を続けていた。
すでにかなりの瓦礫を撤去したため、縦長のクレーターができている状態だった。
撤去作業は危険を伴い、ロープをつけながらの作業となっている。
地下と地上で作業を分担し、地下の人間は瓦礫を運搬用のゴンドラに入れて、地上の人間はそれを持ち上げるという作業を内容になっていた。
かなり非効率だがこれ以外に方法はない。
作業をしていたガウェインがマリーを見つけると近づいてきた。
「地下に崩落したとしたら、かなりの深度になる可能性があるな。
そろそろシオンを見つけなければ食料も尽きるだろう。
魔覚とやらは反応しないか?」
「ええ……今のところはまったく。
けれど妖精たちがいい情報を教えてくれたわ。
この辺りの瓦礫にはアビスの魔力を感じないらしいの。
多分、アビスを構築していた岩壁はもう取り除いたんでしょうね。
だから妖精たちも少しだけ、地下に通り抜けられるかもしれないって。
このあとやってもらうことになってるわ」
「妖精は通常の生物と違い、物質を通り抜けることができるという話だったか。
不思議なことだが、シオン捜索にはありがたいな」
以前、ゴルトバ伯爵とシオンが話していたことをマリーは思い出した。
妖精を閉じ込めるためには、妖精石という特殊な鉱石を使う必要がある。
普通の檻だと妖精はすり抜けて行ってしまうという話だ。
これはつまり妖精は物質を透過できるということだ。
ならば妖精たちが瓦礫を透過して、シオンを見つけてくれるはずだ。
そう希望を持ち続けた。
マリーもガウェインもまだ諦めてはいなかった。
●〇●〇
作業開始から五か月が経過した。
撤去作業は進んでいるが、いまだにシオンは見つからなかった。
妖精たちが色々と調べてくれているが、シオンの魔力の痕跡も見つからない。
すでに地上の瓦礫はほとんどが除去され、妖精の森は以前と同じ姿を取り戻している。
ただしアビスのあった中央部分には、ぽっかりと大きな穴が開いている状態だ。
それはシオン救出のために作られた穴だ。
アビスのホールは地面が崩れてしまっている。
おそらくアビス下には、元々空洞があったのだろう。
その穴を周囲の岩壁やアビスの瓦礫が埋めてしまったらしい。
そのため、シオンが落ちたと想定できる場所への道は無数の岩が邪魔していた。
作業員は半分以下になってしまった。
王からの補助金はすでになく、ドミニクや騎士たちは任務があるため普段は仕事をしている。
ドミニクは先の功績を認められ、王位継承権を与えられたとか。
詳しい話を、マリーは聞いていなかった。
休日には手伝ってくれるが、彼らにも生活がある。
救助作業ばかりしてはいられないだろう。
ドミニクたちの悔しそうな顔が忘れられない。
他の人たちもそうだった。
コール、ブリジット、グラスト。
イザーク、エリス、ソフィア、マイス。
フレイヤ、フレイヤの部下たち、エゴン。
彼らも少し前に自分の国へと帰っていった。
むしろ良く残ってくれたと言っていいだろう。
数か月、住まいから離れてほとんど無償で働いてくれていたのだから。
今残っているのはマリー、ガウェイン、エマ、ウィノナ、ゴルトバ、カルラ、そして数週間分の報酬を払っている十数人の作業員だけだ。
仕方のないことだ。
救助作業は非常にお金がかかる。
当然、ガウェインやエマも可能な限り救助資金を捻出している。
しかし、オーンスタイン家は領主だ。
村のことを考えれば使える金は限られていた。
慎ましい生活を送ってはいたが貯蓄はあまりなく、すぐに底をついた。
そこで苦肉の策として、シオンの貯金を救助作業のために勝手に使わせてもらった。
心苦しかったが、他に手段がなかったのだ。
シオンはいざという時のためにか、家族ならば銀行からお金をおろせるように手続きをしていたらしい。
そのおかげで作業はまだ継続できている。
マリーは諦めない。
シオンを助けるまで絶対に。
『マリー! マリー! 大変!』
メルフィが慌てた様子で飛んできた。
この半年でマリーは妖精語を少し学んでいた。
体も成長し、すでに大人とそん色ない風貌となっている。
母であるエマと似た体型になっていた。
つまり胸はかなり豊満だ。
本人曰く、身体を動かすのに邪魔、とのこと。
自分の身体の成長に関しては大きな関心があるわけではなさそうだ。
『どうしたの、メルフィ』
『もう少し下に空洞がある!』
『本当!? シオンは!?』
『わ、わからない。入れない。魔族の魔力があるから』
魔族の魔力?
おかしい。
ホールがあった場所はとっくの昔に通り過ぎている。
魔族の魔力がこんな地下にあるはずがない。
考えられるとしたら。
「……魔族は生きていた?」
だとしたらシオンが危ない。
ホールが崩落した時、魔族も生きていたのかもしれない。
もしも、崩落した先でも戦闘になっていたとしたら。
魔覚はまだ感じない。
マリーはガウェインに視線を向ける。
ガウェインは厳めしい顔つきのまま鷹揚に頷いた。
「この下に空洞があるわ! シオンがそこにいる可能性がある!
もう少しだからお願い!」
疲弊しきっていた作業員たちだったが、目に光が宿った。
彼らもそれなりに長い付き合いだ。
シオンのことは知らないだろうが、助けたいと思うことはあるだろう。
給金は貰っているが、仕事だからとすべてを割り切っている人間は少ない。
目的が人助けならばなおのことだ。
作業員たちの動きが早くなる。
マリーとガウェインも作業を再開した。
●〇●〇
作業開始から半年が経過した。
すでにマリーの魔覚でも魔族の魔力を感じ取れている。
確かにメルフィが言っていた通り、魔族の魔力が広い場所に充満しているようだった。
空洞があると言ったのはそのためだろう。
もう少し。もう少しだ。
きっとそこにシオンはいる。
なぜ魔族の魔力があるのかはわからない。
確かシオンは赫魔力と言っていたが、その赤い魔力の気配が近くに存在している。
アビスと同じような気配。
一つの瓦礫を撤去すると、空間が広がった。
見つけた。
瓦礫はどうやら空洞内部の一部を満たしているようだった。
細長い穴が遥か地下へと伸びていて、そこに瓦礫が詰まったのだろう。
しかし細長かったため、地上部分まで瓦礫が埋め尽くしたらしい。
アビスの瓦礫が穴部分に滑り落ちて、綺麗に詰まったということだ。
そのため地上の穴部分には、へこみがなかったのだ。
もしも瓦礫が空洞を埋め尽くしてしまっていたら、シオンは生きてはいないだろう。
だが幸いにも近く深くに空洞は存在していた。
つまりシオンが生きている可能性が高くなったということだ。
「空洞よ! ここを重点的に掘りましょう!」
マリーの指示を受け、数人の作業員がそそくさと動き始める。
瓦礫を撤去するのはお手の物だ。
全員が急ぎ瓦礫を動かすと、徐々に空洞が視界に入る。
瓦礫の山の上にマリーたちはいた。
少し動かすと落石があり危険な状態だ。
安全ロープは必須だった。
マリーはガウェインと共に慎重に空洞へと降り立った。
濃密な赫魔力が溢れている。
一部の岩壁は綺麗な球体で削られたような様相で、自然物とは思えなかった。
触れると僅かにざらざらしたが、やすりで削ったように綺麗な表面だった。
空洞全体ではなく半分くらいが綺麗な岩壁だった。
残りの半分は普通の洞窟の岩壁で、でこぼこしている。
まるで空洞半分を球体の何かが削り取ったような。
マリーやガウェイン、作業員たちは雷光灯で辺りを照らし、探し回った。
シオンは必ず生きていると信じながら。
「マリー!」
ガウェインが何かを見つけたらしい。
マリーはガウェインに駆け寄る。
ガウェインが手にしていたのはシオンの服の一部だった。
マリーは確信した。
やぱりシオンはここにいたのだ。
辺りには壊れた雷光灯や鉄雷剣、鞄などが一か所にまとめて置かれていた。
ここで生活していたのは間違いない。
仮に魔族が生き残っていたとしても、こんな風に荷物をまとめるだろうか。
あの魔族の性格や思考からしてそんなことをするとは思えない。
だったらこれは間違いなくシオンの仕業だ。
「シオンはここにいたんだわ! 生きていたのよ!」
「ああ、そうだろう。きっとそうだ」
マリーとガウェインは顔を見合わせ頷きあった。
シオンが生存していたと確信した二人は、作業員と共に辺りを探した。
生きてはいた。
だが現在、生きているかどうかはわからない。
そもそもこれだけ大声で話しているのに、反応がないのはおかしい。
もしかしたらという不安を抱えつつ、二人は捜索を続けた。
しかしどこにもシオンはいなかった。
それどころか遺体もなかったのだ。
それはラプンツェンも同じことだった。
移動できる場所はどこにもない。
穴もない。
遺体もない。
誰もいない。
「い、一体どういうことなの?
シオン! いるんでしょ!? シオン!」
しかし返事はなかった。
マリーとガウェインは混乱していた。
ここにいたのは間違いないのに、シオンはいなかった。
ただそこには魔族の魔力と荷物。
そして綺麗に削られた岩壁だけが残されていた。






