シオン救出作戦
作業開始から三週間。
妖精の森アルスフィア、元アビス前。
作業場は充実しており、作業員の休憩所兼仮設住宅がいくつかあるほどだ。
瓦礫を撤去するついでに、森の復興作業もしている。
さすがに瓦礫を放置しては、アルスフィアの景観を損なうからだ。
妖精たちは妖精の村を失い、湖などに住むようになっている。
どうやら妖精の村を、再び妖精たちが創ることはできないようだった。
そしてマリーはというと。
必死な形相で作業を進めていた。
目を覚ました当日に比べると切迫感は薄らいでいるが、やはり必死な形相はそのままだった。
それもそのはず、すでに作業を始めて三週間も経過しているのだ。
シオンが無事だったとしても、三週間も瓦礫の下で生活しているとしたら、生存確率が著しく下がる。
救助するまでの時間が短ければ短いほど、生存確率は上がるのだから。
ウィノナは作業員の世話をしていた。
飲み物を出したり、手拭いを渡したり、食事を作ったり。
本当は作業を手伝いたいらしいが、あまり役立てないとわかると補佐に回ることになった。
ゴルトバ伯爵は張り切って作業をしようとしたが、腰をやってしまったため退場。
作業員動員の調整や救助資金を集めたり、有力な支援家を探したりしている。
ドミニクや騎士たちは妖精の救助とアビス攻略の褒章に、シオンの救助作業をするための休日とその資金を要求したようだ。
彼らは作業員と共に撤去作業を行っている。
瓦礫はかなり撤去できているが、それでもまだシオンがいたはずのホールまでは到達していない。
妖精たちはどうやら物質を透過できるらしいが、アビスの中に入ることは難しいと聞いた。 魔族の魔力が関係しているらしい。
「お疲れ様です、マリー様。飲み物をどうぞ」
「ええ、ありがとう、ウィノナ」
マリーはウィノナから水筒を受け取る。
水で喉を潤すと生き返った。
「あ、あの……作業の進捗はいかがですか?」
「良くないわね。まだホールまで到達できていないし、食料のこともあるから」
ホールにはいくつかの雷光灯と、ほぼ全員の鞄が放置されていた。
だから灯りは最低限あるし、食料は節約すれば約一か月分はあるはずだ。
しかしその食料や雷光灯がすべて無事な保証はないし、崩落によって潰されている可能性の方が高い。
つまり時間はないということだ。
シオンならば崩落に魔法で対処するとマリーは考えていた。
しかし食料問題は魔法でどうにかできるものでもない。
さすがのシオンでも食料を魔法で作り出すなんてことは無理だろう。
「マリーちゃん!」
「マリー!」
聞き慣れた声がした。
マリーは勢いよく振り返ると、そこにはガウェインとエマがいた。
マリーの両親だ。
馬に乗っていた二人は急いで降りると、すぐにマリーに駆け寄り抱きしめた。
「お父様! お母様! シオンが、シオンが……!」
「ああ、手紙ですべて知っている。よく頑張ったな」
「マリーちゃんが無事でよかった……シオンちゃんもきっと無事よ」
二人の温かさが嬉しかった。
久しぶりに感じた家族の優しさが、マリーの不安を和らげた。
三人共が不安を抱えていただろう。
シオンは無事ではないかもしれないと思っていたはずだ。
しかし気丈に振舞い、前向きな言葉だけを並べた。
それは確信ではない。
そう考えないと前に進めないからだった。
マリーは二人から身体を離す。
「ええ、シオンはきっと無事だってあたしも思ってるから!
みんなが手伝ってくれてるから、きっとシオンを探せる!」
「私たちも信じている。あの子ならばきっと大丈夫だろう」
「そうねぇ。シオンちゃん、いつもすっごいこと成し遂げちゃうから。
今回もきっと大丈夫よ!」
両親は大きく頷いた。
不安はあった、心配もした、けれどこうも思っていた。
シオンならきっと大丈夫だと。
そんな中、ガウェインたちの後ろから何人かが近づいてきていることに気付いた。
「ま、あいつなら無事だろうな」
「シオンがこんなところで終わるはずがない。
あいつは魔法バカだからな。瓦礫の下で魔法の研究でもしてそうだ」
「……あは……ありそう……シオン……きっと無事」
「グラストさん! それにコール、ブリジット!」
ガウェインの友人であり、シオンやマリーの叔父のような存在である、鍛冶屋グラスト。
そしてイストリアの怠惰病治療に協力してくれた、コールとブリジットがいた。
「ラフィーナは家の事情で来られないらしい。
あいつ、こんな時に来ないなんて、友達甲斐のない奴だ」
コールは吐き捨てるように言ったが、マリーにとっては二人が来てくれただけでありがたかった。
そして彼らの後ろから更に別のグループがやってきた。
「シオン先生がやべぇって聞いて、いてもたってもいられなくなっちまって来たんだけど……。
こりゃすげぇな」
「こ、ここが妖精の森……シオン先生はこの下にいるのね。
さっさと助けないといけないわね!」
「シオン先生はご無事でしょうかぁ? 新作のお菓子を食べていただきたかったのですがぁ」
「じ、自分も出来る限りのことをします!」
「彼らはシオンの怠惰病治療研修を受けたイザーク・メッサーシュミット殿、エリス・エシャロス殿、ソフィア・スフレ殿、マイス殿ですぞ!
救助作業の手伝いをしたいとお申し出をいただき、お連れしました!」
ゴルトバ伯爵の紹介でそれぞれが一礼した。
マリーは会うのは初めてだが、話はシオンから聞いている。
「ったく、シオンのやつ! 恩返しする前にくたばるとか許さないよ!
なあ、おまえたち!」
「「「はい、姉御!」」」
「お久しぶりですオロフ嬢。陛下からシオン様の救出に尽力せよと命じられ、馳せ参じました。救助の支援金も可能な限り捻出するとのことです」
「フレイヤ様に職人のみなさん!! それにエゴン様!」
ウィノナが嬉しそうに紹介した。
フレイヤやその部下たちは、サノストリアで魔道具の開発を手伝ってくれた鍛冶職人。
そしてエゴンはミルヒア女王お墨付きの執事である。
「レッドやマロン、ローズや他の村人たちも心配していたが、さすがに連れては来れなくてな。
村はバルフ公爵に任せているから、問題ない。
さあ、私たちも作業に参加しよう!」
ガウェインの言葉は心強かった。
シオンは愛されている。
それが誇らしく、心の底から嬉しかった。
マリーは泣きそうな自分を奮起させ、そして手を上げた。
「みんなでシオンを助けましょう!」
「「おおーーーッ!!」」
全員が一丸となった瞬間だった。






