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【アニメ放送中】マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-  作者: 鏑木カヅキ
少年期 妖精編

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英雄の結末

 マリアンヌ・オーンスタインことマリーは憤っていた。

 己の不甲斐なさに怒りを感じていた。

 崩壊しつつあるアビスの中で、騎士や妖精は脱出するために移動を続けていた。

 徐々に崩落は激しくなり、天井から無数の落石があった。


「走れ! 走れ!」


 ドミニクが必死に叫ぶ。

 そんな中、マリーは朦朧としながらも、何とか意識を繋ぎ止めていた。

 マリーはドミニクの背中に背負われている。

 歯を食いしばり、意識を保つとマリーは口腔を開いた。


「お、下ろして……シオンが……シオンが……ッ!」


 崩落の轟音の中で、マリーのか細い声はまったく通らなかった。

 しかし、なんとかドミニクには届いたようだった。


「なりません、マリー先生! 戻ったら危険です!」

「下ろしてよ……! シオンを、一人にしたく、ない!!」


 呼吸さえままならない状態でもマリーは叫んだ。

 もはや意志の力だけで動いている。

 だが必死に力を込めても、ドミニクにがっちり掴まれているため、逃れることはできなかった。

 マリーの頭の中にはシオンのことだけしかなかった。

 シオンを助けないといけない、シオンを一人にしてはいけない。

 もう置き去りにされるのも、置き去りにするのもイヤだ。

 隣に立って戦うと、一緒に歩むと、そう誓った。

 そのために強くなったのだ。

 強くあろうとしたのだ。

 それなのに、なぜ自分はまたシオンに助けられているのか。

 姉なのに、弟にいつも助けてもらっている。

 幼い頃から姉として弟を助けたいと考えていた。

 だから頑張った。

 けれど、その頑張りはいつも無駄になってしまう。

 助けたと思ったのに、気づけば助けられてしまっている。

 いつもそうだ。

 だから今度は決してそうはならないようにと努力し続けた。

 努力して、すべてを変えたのに。

 なのにどうして、何もかもが上手くいかない。

 マリーは自責の念に駆られた。

 何もできない自分の無力さに苛立ち、そしてその感情はすぐに露と消える。

 自分の感情など今はどうでもいい。

 シオンを助けないと。

 マリーはドミニクから離れようとした。

 今のマリーには体力も魔力も残っておらず、赤子ほどの力しか残っていなかった。


「は、離して……お願い、だから、シオンのところへ」


 何度も何度も頼んだ。

 しかしドミニクは耳を貸そうとしなかった。

 マリーにとってシオンは一番大事な存在。

 シオンのもとへ行こうとするのを邪魔するドミニクが憎く感じた。


「いいえ、離しません。

 私はシオン様に頼まれたのです。マリー先生をお願いと。

 だから何があってもマリー先生を放ってはおきません。絶対に!」

「ふざけ――」


 怒りのままにドミニクの髪でも引っ張ってやろうかと思った時だった。

 ドミニクの横顔を見てしまった。

 彼は泣いていた。

 騎士である男が悲しさと悔しさに耐え切れずに泣いていたのだ。

 あまりに不格好で真っすぐな姿に、マリーは憤ることができなかった。

 ドミニクも同じなのだ。

 シオンを置き去りにして逃げる自分が不甲斐ないと感じているのだ。

 けれどそのシオンの頼みだから、必死にまっとうしようとしている。

 マリーは力なく項垂れた。

 強い意志の糸はぷっつりと切れてしまい、身体は動かなくなってしまう。

 通路には妖精石で書いた印がいくつもあった。

 シオンが書いてくれた目印だ。

 もしかしたらシオンはこうなることを、予測していたのかもしれないとマリーは思った。

 自分やドミニクが魔覚を使えるようになったことも想定していたのだろうか。

 だとしたら我が弟ながら優秀過ぎる。

 そしてどうしようもなく愛おしく感じた。


「出口だ!」


 誰かが叫んだ。

 眩いほどの日光が一同を照らした。

 一条の光は安堵をもたらす。

 全員が外に出ると、変化が起きた。

 地鳴りが一際大きくなり、アビスが揺れたのだ。


「離れろ!」


 ドミニクの命令に従い、全員がアビスから急いで離れる。

 地響きの中でも必死にアビスから離れる面々。

 しばらく離れると、体力の限界だったのか全員が足を止めた。

 ドミニクも同じだったらしく、マリーをそっと下ろすとその場に倒れてしまった。

 数分後、アビスは瓦解した。

 轟音と共に小山は崩れていく。

 けたたましい重低音はしばらく続いた。

 砂埃が飛び上がる中、姿勢を低くして耐えていた。

 しばらく異常は続いた。

 全員がその様子を呆然と見守る。

 あまりの出来事に言葉を失っていた。

 さらに数分後、ようやく音はしなくなり、砂埃も徐々に晴れた。

 あれだけの轟音と衝撃だ。

 入り口どころかアビス全体が崩壊し、もはや内部は無事ではないだろうと誰もが思った。

 もちろんマリーも。


「い、イヤ! シオン……!!」

「マリー先生! 危ないです!」


 マリーはふらふらとした足取りでアビスへ向かっていく。

 ドミニクが静止するも、マリーは言うことを聞かなかった。

 もたつきながらアビスへと戻るマリー。

 すでに崩落は止まり、ただの瓦礫の山がそこにはあった。

 入り口もなくなっている。

 アビス全体が崩壊している。

 空洞は存在せず、内部にも隙間はないだろう。


 マリーはぺたんと座り込んだ。

 愕然としながら、ただ崩れてしまったアビスを眺めていた。

 ドミニクはマリーの背中を見ながら、拳を強く握る。

 手からは血が溢れた。

 他の騎士たちもようやく事態を受け入れ始めたようで、ただただ肩を落として瓦礫の山を見つめていた。


 アビスは崩落した。

 ならばシオンはもう……。

 全員が絶望する中、一人だけ動く影があった。

 マリーだ。

 震える手で瓦礫をどかし始めたのだ。


「だ、大丈夫……お、お姉ちゃんが、た、助けるから……。

 大丈夫、だからね、シオン」


 憐憫を誘う姿だった。

 健気で一途な姉の姿だった。

 あまりに憐れで、そして悲しい姿だった。

 弟を愛するあまり現状を受け入れていない。

 誰もがかける言葉を見つけられない。

 マリーは小さな石さえ掴めず、何度も何度も落としては拾い、どかした。

 そんなことをしても意味はないと誰もがわかっている中、マリーだけは諦めていなかった。

 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるように呟きながら、マリーは石をどかし続けた。

 誰も声をかけず、自分を責め続けた。


「シオン様! マリー様!!」


 沈黙を切り裂いたのはウィノナの声だった。

 ゴルトバ伯爵と数人の騎士と共に姿を現したのだ。


「こ、これは……な、何が起こったのですかな!?」

「マリー様……? シ、シオン様はどこに!?」


 狼狽しながら辺りを見回し、マリーを見つけたウィノナは、すぐにシオンを探した。

 しかしどこにもシオンの姿はない。

 ウィノナは疑問を投げかけるように、ドミニクに視線を移した。

 ドミニクは苦虫を潰したような顔をして、緩慢に首を横に振る。


「ど、どういうことですか?

 シオン様は、無事なんですよね……? ぶ、無事なはずですよね?」


 ウィノナはドミニク以外の騎士にも聞いて回った。

 しかし誰もが目を逸らし、そして何も言わなかった。

 いや言えなかったのだ。

 シオンは死んだと。

 口にすることすら憚られたのだ。


「シオン先生が……? う、嘘だ。

 わ、儂と共に研究をすると約束してくださったのだ。

 そ、そんなことあるわけが……」


 ゴルトバは絶望していた。

 いつもの好々爺はそこにはおらず、ただ大切な人間を失ってしまった老人が佇んでいた。

 普段の若々しさはなく、老骨の侘しさがそこにはあった。

 ウィノナは愕然としていた。

 あまりの出来事に力を失い、膝を折った。


「う、そ……シ、シオン様が……そ、そんな」


 ウィノナの瞳は徐々に濡れ、そして大粒の涙が溢れ出した。

 彼女の心情は誰もがくみ取れた。

 己の主人であるシオンが死んでしまったのだから。

 誰もが悲嘆に暮れる中、マリーだけは手を動かし続けた。

 盲目的で非効率的な行動だった。

 だがその気持ちは誰もがわかっていた。

 しばらくして、マリーは倒れた。

 意思の力で繋ぎとめていた意識が途絶えたのだ。

 ドミニクはマリーの傍に行き、そして抱きかかえた。

 恐らくはシオンの頼みを、最後までまっとうするために。


「……帰りましょう」


 力なくこぼしたドミニクの最後の命令。

 異論はなく、誰もが項垂れつつ、歩を進めた。

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― 新着の感想 ―
解かってる! 失血死寸前だろうと瓦礫の山に埋もれようと主人公は生きてる! 【根拠】殺さなかったラプンツェルのそばにいたこと
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