イストリア
自室でいつも通り、魔力の鍛錬中。
帯魔状態から、集魔で右手に魔力を固定する。
白色灯を思わせるような色と光。
しかし光の量はそれほどではない。
見つめるとまばゆいけど、光量で言えば豆電球ほどだろう。
それでも人体が発光していると考えればすごいことではある。
帯魔状態から集魔状態への移行はスムーズになってきている。
問題は、身体中に帯びている魔力の残滓があり、魔力が完全には一点に集まらないということ。
必ずある程度の魔力は残ってしまう。
右手に集魔しても、他の部位は淡く光ったままだ。
これを完全に一部に集めるのは無理なのだろうか。
「うーん、やり方が違うのかな……一度立ち止まって、考え直した方がいいかも」
何かを新しく生み出すことは簡単ではない。
教科書もないし、他に見識のある人間はいない。
すべて自分で考え、仮定して、結論を出していく。
アルゴリズムとしては単純だが、仮定と結論の間には大きな隔たりがある。
まず、魔力に関して。
暫定的に魔力と称しているが、魔力自体がどういうものなのかまではまったくわかっていない。
確実なのは、魔力は身体から生み出されているということと、魔力を持っている他人と接触すると何かしらの影響を及ぼすということ。
細かいところを言えば他にもあるけど、概要はこれくらいだろう。
さて、ここで一度考えてみよう。
そもそも、魔力とはなんだ?
生命エネルギーのようなものだと考えても、それを視覚的に具現化することは不可能。
それがなぜできるのかは、この際、置いておこう。
突き詰めても僕にはわかりそうにない分野だからだ。
科学もそうだが、結果から過程を分析し、能動的に活用するものだと僕は思っている。
世界は物理法則に縛られており、すでに存在しているものを掛け合わせることしかできない。
その上で、何かしらの反応、現象が起こることで、人は活用することを覚えた。
発見者は、火を生み出そうと思って生み出したのではない。
火が何かしらの切っ掛けで生まれ、どうすれば火を起こせるのかと考えたはずだ。
魔力も同じ。
結果として魔力は存在し、視覚化されている。
だが、魔力自体はおぼろげに存在するだけ。
今のところは、だけど。
……魔力自体の説明はまったくできる自信がない。
まだ発見したばかりで、これが何なのかという部分は不明だ。
これから少しずつ実験し、知っていくしかないだろう。
ただし、現段階でわかっていることもある。
トラウトの件を考えると、魔力はコミュニケーション能力として使われていることは明らかだ。
しかしあれは魔力の塊、つまり光の玉を生み出すことで求愛しているということを伝えているにすぎない。
愛してると言葉にすることと何ら変わりはないだろう。
魔力そのものをうまく利用しているかどうかは疑問だ。
トラウトの習性を鑑みても、魔力を魔法へと変換させる方法はわかりそうにない。
ただトラウトが魔力の玉を造り出していることには興味がある。
集魔状態では、身体の一部分に魔力を集めているだけだ。
つまり魔力と身体が接触している状態でないと維持できない。
集魔状態から、魔力を体外へ放出しないといけない。
帯魔状態は感情を強く意識することで生まれるもの。
そして集魔は意識を伴って、魔力を移動させるもの。
どちらの状態も保ったままでいるには、一部分に魔力が集まれば喜びを感じるという意識が必要になる。
喜び、の部分は怒りでも悲しみでもいいだろう。
ただ僕には喜びが最も適していたというだけだ。
まず体外へ放出するにはそれ相当の魔力が必要だ。
帯魔状態からだと難しいことは実証済みだ。
恐らく魔力量が少なすぎて、放出する前に霧散するんだろう。
つまり一部分へ集魔してからの放出が必要だ。
だがこうなると、少しだけ複雑になる。
『右手に集まった魔力を体外へ放出できれば嬉しい』という思考が必要になる。
もちろん試してみた。結果は、放出されずに消えてしまった。
まったくできないわけではなく、魔力が僅かに身体から離れようとしている瞬間は見える。
トラウトのように完全に身体から離れた状態で、数メートル上空へ浮かべるなんてことはできない。
かなりの高等技術が必要なのか、あるいは僕のやり方が間違っているのか。
体外放出ができても、役に立つわけではないけれど、できないとむずむずして落ち着かない。
他人が知れば、そんなことにむきになるな、なんて思うかもしれない。
でも、僕が実現したいって思うんだ。
誰が何を言おうと関係ない。
僕が、そうしたいんだ。
魔力を発見して半年以上が経過している。
しかしただ身体から光を放ち、自分の意志である程度動かせる、くらいの進展しかない。
これだけでもかなりの発見だ。でもだからなんだと言うのだ、と言わればそれまで。
僕は研究者ではない。新たな発見に心を躍らせることもあるが、それはあくまで魔法を使うという目的に向かっている、という前提があるからだ。
現状、研究は頓挫している。
何かきっかけが欲しい。
それが何なのか、まったくわからず、結局、集魔の練習を続けるしかない。
最初は数回で限界だった帯魔状態の維持も、二十回程度まで可能になっている。
ただ、最初に比べると回数の上昇は少ない。
帯魔状態を維持するには、体内からの魔力放出が必要だ。
これは体内魔力、つまり僕が持つ『総魔力量』によって、帯魔状態がどれだけできるのかわかるということ。
いわゆるMPだが、この上昇値が少しずつ減っている。
一度に放出できる限界値もほんの少しずつ増えている気がするけど。
総魔力量の上昇も限界がありそうだ。
とにかく、そろそろ進展が欲しい。さすがに気が萎える。
どうしたものかと考えていると扉が叩かれた。
これは姉さんではないなと思いつつ、僕は返事をする。
すると入ってきたのは、珍しい人だった。
父さんだ。
「勉強中だったか?」
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
「うむ。実はこれからイストリアへ行こうかと思っていてな。シオンも行くか?」
イストリア。
それはエッテン地方にある都市のこと。
家から最も近い中規模の都市だ。
と言っても、僕達が住むリスティア国はかなりの小国らしいので、期待はできないけれど。
正確な人口はわからないけど、国の総人口は十万程度しかいないとか。
土地も広くはなく、村々は分散しており、大都市と言える場所はイストリアとリスティアの王都であるサノストリアの二か所だけ。
「でも、いいの? 都市に行くのは父さんだけって言ってたよね?」
僕も街には行きたかった。
魔法に関しての調査がしたかったからだ。
ただ街へ行くのは危険だからと、父さんに止められていた。
何度か、ねだったけどダメだったのだ。
ちなみにマリーも行ったことはないらしい。
「今日は特別だ。私だけでなく、何人か馬車持ちがいてね、彼等も街へ買い出しに行くというから、丁度いい機会だと思ったわけだ。
他にも用事があるからな。で、どうだ、行くか?」
馬車は高級だ。牛車は畜産を営んでいる人達であればなくはないが、移動には向かないし、遅い。 そのため買い出しは馬車が基本だ。
ただし馬車は高く、維持費も馬鹿にならないため、所持している人は少ない。
貸馬車業などを営んでいる人もいるらしいけど、村にはいない。
とにかく、ある程度距離がある町まで移動して、一日の内に戻ってくるには馬車が必須だ。
そして街での買い出しはどこの村でも必ず必要になる。
村だけで自給自足することは困難だからだ。
そこで大体の村では共同で馬車を購入したり、比較的裕福な人間が購入し、管理、買い出しをする代わりに手間賃を要求することが多いらしい。
僕達の村では父さんが前貸しして、購入して、ちょっとずつ返してもらっているとか。
父さんが購入し、貸し出すという方法をとらなかったのは、領主に依存しすぎることを嫌ったからみたいだ。
完全に返済すれば馬車は村の財産になるので、領主に何かあっても所持し続けられる。
父さんは領民の自立をある程度、促しつつ、互いに支え合う生活を模索しているようだった。
それはそれとして。
父さんの提案は僕としてはありがたかった。
まあ、図書館なんて便利なものはこの国にはないから、魔法関連の書籍があるとは思えないけど。
街を見ておきたいという思いもあった。
「うん、じゃあ行くよ」
「そうか。では準備しなさい。日が暮れるまでに帰らないといけないからな。
それとマリーとエマも一緒だからな」
「わかった。すぐ準備するよ」
父さんはリビングの方へ戻っていった。
イストリアまで徒歩で三時間程度らしい。
かなり近いし、それなら馬車がなくてもいいと思うかもしれないが、買い出しともなれば荷物が大量になる。
どうしても運搬する道具が必要だし、荷車や牛車では移動速度が遅すぎる。
途中で夜が更けると野宿しないといけないが、これは非常に危険だ。
魔物は夜になると凶暴になり、この世界では、野宿する際には危険が伴うということが常識なのだ。
傭兵や、軍隊、多人数の移動であれば見張りを立てたりすれば対処は可能だ。
それでも基本的には夜の移動や野営は非推奨とされている。
当然、僕達のような一般人は、野宿するのは命取り。
だから必ず夜になる前に村や街へ到着しなければならない。
魔物か。どんな生物なんだろう。
魔法に執心していたため、関連しそうな情報や、歴史とかばかりに目を向けていた。
そのため魔物や妖精のことはよく知らない。
それに、なんか、あんまり詳しく教えてもらえないんだよね。
子供には恐ろしい物を教えない、ということなのだろうか。
ただ魔物は危険だから近づくな、とかは散々言われている。
外に出るにも、必ず父さんか母さんの許可が必要だし。
思っている以上に、この世界は危険が溢れているのかも。
まあ、出会うようなことをしなければ大丈夫だろう。
父さんもいるし。
そう思いながら、僕は鞄を背負って、部屋を出た。






