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【アニメ放送中】マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-  作者: 鏑木カヅキ
少年期 妖精編

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129/198

ドミニク・イェルク

「――シオン様、マリー様、見えてきましたよ!」


 ウィノナの声に、僕と姉さんはすぐに窓から顔を出した。

 遠くに見える森のような街がそこにはあった。

 中心に大樹がそびえたっている独特の様相の都市は、メディフの首都アジョラム。

 自然を重要視しているメディフでは、植物と共生しており、街中には木々が生い茂っているという。

 その話通り、アジョラムの景観はまさに緑であった。

 出発から二十日と数日。

 馬車での生活を過ごしていた僕たちは、ようやく目的地に到着したのだ。


「やっと着いたんだぁ」

「さすがに疲れたわね……鍛えていても関係ないものね」

「魔法もほとんど役に立たなかったよ。乗り物酔いする体質じゃなかったのが救いだったけど」


 幸いにも車酔いする人はいなかった。

 もしも一人でも酔っていたら大惨事になっていただろうし、到着はもっと遅れていただろう。

 アジョラムへと続く道はかなり広く、馬車が数十台横並びになっても十分な幅がある。

 しかしその道を囲うは自然の威容だ。

 メディフは必要以上に自然を奪わない。

 ゆえに伐採も最低限で、火を使う機会もほかの国に比べて少ないらしい。

 鉱物に関しては比較的緩いが、それでも他国よりは制限がある。

 少し汚い話だが、糞も燃料になるため、それをくべるのかとも思ったが、それもしないらしい。個人的には助かったけど、かなり自然保護には気を遣う必要があるわけだ。

 商人や観光客、旅人たちがそこかしこにいる中、僕たちも混じってアジョラムへと向かう。

 一時間ほどで正門へと辿り着いた。正確には、正門前に並ぶ列に、だけど。


「人がかなり多いわね。何かあるのかしら?」

「うーん、伯爵からは聞いてないけど。伯爵なら言い忘れそうなんだよね。

 あの人、興味ある事以外は後回しにするきらいがあるから」

「へぇ、シオンに似てるわね」

「……否定はしないよ」


 ただ伯爵は人を慮る面もある人だ。

 問題児組の中だと、フォローする立ち位置でもあったし。

 基本は魔力のことにかかりっきりだったけど。

 ふと窓から正門を見ていると、先頭付近が騒がしいことに気づく。

 なんだ、何かあったのか?

 喧嘩か諍いだろうかと思ったけど、列はたいして乱れてはいない。

 何かを避けるように人垣が割れていく様子が目に入った。


「何かしら?」

「わからないけど、なんか嫌な予感がする」


 何かがこちらへ近づいてくる。

 その正体が徐々に視界に入ってきた。

 金色の髪と精悍な顔つき。

 顔には幼さがわずかに残っているが、体は引き締まっており、明らかに普段から鍛えていることは間違いなかった。

 整いすぎている容姿は人目を惹き、特に女性陣を魅了していた。

 衣服は騎士然としており、腰には剣を帯びている。

 鎧はまだ新しく、使い古されてはいない様子だった。

 おそらく十七、八歳くらいだろう。

 彼と数人の騎士は豪奢な馬車を見つけると声をかけては、また別の馬車へ、という風に繰り返していた。

 どうやら誰かを探しているようだけど。

 僕じゃないよな。

 僕じゃないよね!?

 ウィノナに話しかけた。


「失礼。こちらの馬車にシオン・オーンスタイン様はいらっしゃいますか」


 僕だあああああああああ!?

 予想通りだった。

 けれど勘違いだと思いたかった。

 だって、目立っている。

 めちゃくちゃ目立っているのだ。

 周囲の人たちが何事かと、僕たちの馬車を見ているのだ。

 確かに僕は人に注目される立場になったこともあるし、経験もある。

 でも、それは仕事であったり、やるべきことがある時にしかたなく受け入れているだけだ。

 今回は突発的であり、しかも赤の他人ばかりの中で、いきなり注目の的となっているのだ。

 はっきり言って勘弁してもらいたい。

 僕は部分的なコミュ障なのだ。

 騎士の少年が扉をコンコンと叩いた。

 あー、開けたくない。開けないといけないことはわかっているけど。

 僕が逡巡していると姉さんが、仕方ないわねとばかりに扉を開いてくれた。

 さすが我が姉。僕の心情を読んでくれている。


「失礼いたします。こちらにあなた様がシオン・オーンスタイン様でしょうか?」

「は、はい、僕がシオンですが」

「おお! あなたが、ゴルトバ伯爵のおっしゃっていた、リスティアの英雄であり、怠惰病治療の先駆者である、シオン先生なのですね!?

 私はドミニク・イェルク。アジョラム近衛騎士所属の騎士です。

 以後、お見知りおきを」


 わざとかと思うくらい、懇切丁寧に説明するだけでは飽き足らず、彼は大声で回りの人間に知らしめるように言った。

 当然、周りの人たちはその言葉を耳にしてしまう。


「怠惰病治療? そういえば、隣国のリスティアで治療の研修会が開かれたんだよな?」

「ああ。ってことは、あの子供がその治療方法を見つけたってことか? まさか……」

「いや、だが実際に怠惰病はここ数週間で治療が進んでいるぞ?

 国王様から、治療に関しては対処可能だから問題ないとの通達もあっただろう」

「わたしも聞いたよ。それじゃ、あの方が?」


 周囲の人たちがそこかしこでひそひそ話をしている。

 彼らはこちらを見ると、突然姿勢を低くして視線を落とした。

 やめてくれえええっ!

 僕はそんなに偉い人じゃないんだよっ!?

 そうこうしていると一人のおばあさんが馬車へ近づいてきた。

 ドミニクと数人に騎士は警戒態勢をとるが、おばあさんが空手で無害だとわかると、警戒レベルを下げた様子だった。


「あ、あなた様が、た、怠惰病治療を可能にしてくださったのですか?」

「え? あ、ああ。まあ、はい。そうですが」


 僕が答えるとおばあさんは、突如として涙を流した。

 そしてその場に跪くと地面に触れる勢いで頭を下げる。


「あ、ありがとうございます、ありがとうございます。

 わ、儂の孫は怠惰病にかかり数年寝たきりでしたが、先日、目を覚ましました。

 あ、あなた様の、おかげです……本当に、ありがとうございます……」


 おばあさんが泣きじゃくりながら言う。

 僕は狼狽えてしまい、おろおろとするばかりだった。

 するとほかの人たちも人ごみの中から躍り出て、おばあさんの隣で頭を垂れた。


「わ、私もです。あなたのおかげで息子が助かりました。ありがとうございます」

「俺も……妹が、げ、元気になって。話すようになってくれた。

 もう駄目だと言われて、家族もあきらめかけていたのに……。

 ありがとう……ありがとう!」


 次から次へと馬車の横に並び、みんながお礼を言っていく。

 呆気にとられてしまい、僕は言葉をなくす。

 でもみんなが泣きながらお礼を言う姿を見て、心が温かくなるのを感じた。

 打算があった。下心もあったんだ。

 純粋な善意でやったことじゃない。でもそれでも誰かの救いになったのなら、やってよかったと思えた。

 そんな中、よく通る声が上がる。


「それくらいにしてください。シオン様にご迷惑になるので」


 ドミニクが毅然とした態度で人々を制していた。

 威圧的ではなく、理解を示しながら対応に、患者の関係者たちは立ち去っていく。

 去り際にもみんなが頭を下げ、お礼を言い、泣きながら、時には笑顔を浮かべていた。

 サノストリアでもイストリアでもこういうことには遭遇した。

 僕は善人ではないけれど、でも誰かに感謝されたり、誰かが幸せになることは純粋に嬉しい。

 生徒たちはきちんと治療に励んでいるらしいこともわかり、僕は幸福を感じた。

 突然、姉さんが僕の肩をポンと叩く。

 振り返ると姉さんは小さく、


「あたしからもありがと」


 そう言った。

 僕は思わず笑ってしまい、


「どういたしまして」


 と答えた。


「シオン様。我々の要件を話させていただいてもよろしいでしょうか?」


 すっかり存在を忘れていたドミニクは苦笑していた。

 僕は慌てて、コクコクと頷く。


「あ、すみません。どうぞ」

「我々はゴルトバ伯爵の使いです。近く妖精祭が催されるため、観光客や商人が多く、街に入るまで時間がかかるため、お迎えにきた次第です」


 妖精祭。

 なるほど、そのせいで人が多かったのか。

 ゴルトバ伯爵はそんなこと言ってなかったけど、まあ、あの人は自分の興味があるもの以外には結構無頓着っぽいしなぁ。

 それにしてもゴルトバ伯爵の割には気が利く、なんて言ったら失礼か。

 だってあの人、侍女も仕えさせないし、地位にも興味ないような人だし、こんな風に誰かをよこすとは思わなかったんだ。

 まあ、伯爵も貴族だったってことか。

 別に悪いことじゃない。むしろありがたい。腰も体力も結構限界に近いし。


「そうだったんですね。じゃあ、すみません。おねがいします」

「もちろんです。では……頼むよ」

「はっ!」


 ドミニクがほかの騎士に頷いて見せると、彼らは手際よく馬車の先頭に立ち、進路を確保しようと、周囲の人々に呼び掛けていた。

 馬車が進む中、先ほどのおばあちゃんのように頭を下げたり、お礼を言う人たちもいた。

 何事かと野次馬になっている人もいたし、迷惑そうに顔をしかめる人もいた。

 つまり目立っている。さっき以上に。

 僕は冷や汗をかきつつ、窓から見える情景を視界に入れないようにした。

 けれどもどうしても声は聞こえるし、完全に視界が遮断されているわけではないので、人の姿は見えてしまう。

 いろいろと失敗した、そんな風に胸中でつぶやいていると、隣で姉さんがくすくすと笑っていた。

 僕がジト目を向けると、あからさまに知らんぷりをする。

 姉さんの横顔を見て、僕は仕方ないとばかりに嘆息する。

 その時間がなんだか少し嬉しく感じ、そして人々の声で現実に引き戻される。

 そんなことを繰り返している中、馬車はアジョラムへと進んでいった。


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― 新着の感想 ―
「失礼いたします。『こちらに』あなた様がシオン・オーンスタイン様でしょうか?」 馬車の扉を開けてシオンと対面してシオンかどうかを尋ねているのですよね? 『こちらに』は不要だと思います
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