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授業開始

 怠惰病治療研修、初日。

 仮怠惰病治療施設、通称学校内、鍛錬場。

 兵士や一部の高等騎士の訓練のために使われている部屋らしい。

 しかし頻繁には使用されていないらしく、室内はがらんとしている。

 道具の類は一つもない。

 どうやら訓練がある場合は、持ち込みをしているらしい。

 ちょっと小さい体育館みたいな感じだ。

 壁際で見守るウィノナやメイド達。

 すでに生徒達は集まっている。

 昨日は畏まった服装だった人が多かったけど、今日はややラフだ。

 魔力放出の練習をするので、動きやすい恰好で来るように伝えておいたためである。


「では今日から研修を始めます。よろしくお願いします」


 返事はなかった。

 そりゃそうだ。返事をするなんて躾をされてないんだから。

 でも彼等は僕に対して、明らかに昨日とは違う印象を抱いていることはわかった。

 彼等の半分は目が爛々と輝き、僕を見ている。

 昨日の少年、確かイザーク・メッサーシュミットという名前だったか、彼も好奇心を隠しもせずに、僕を見ていた。

 しかし僕と目が合うと、気まずそうに顔をそむけて、口笛を吹く。

 何とも子供っぽいというか、感情が顔に出るタイプというか。

 僕は思わず笑いそうになる自分を抑える。

 さて、問題は後の半分か。

 彼等は後方からこちらを眺めているだけ。

 興味がなさそうな人間が半分、残りは興味があるけど興味があると思われたくない人、本当にどうでもいい人、まだ僕を疑っている人、よくわからない人って感じだ。

 目立っていた老人は後方からこちらを見ている。やっぱり監視なんだろうか。

 平民の男の子は好奇心組にいるけど、貴族達から少し離れた場所で立っている。

 正直、まだ始まって間もないし、全員の状況を把握するのは無理だ。

 これから知っていけばいいだろうし、まずは始めてから問題点を洗い出すべきだろう。

 事前準備は僕なりにやり尽くしている。

 昨日のあのやり取りも事前に考えていたものだし。

 あそこまでの反応があるとは思わなかったけど。

 さて、まずは子供のように目を輝かせている生徒達から仲間にしていくかな。


「昨日も言いましたが、魔力とは体内にある力のこと。

 ここにいるみなさんはすでに体内に魔力を持っています。

 この魔力を扱えるようになれば、怠惰病患者を治すことができます。

 怠惰病は魔力が枯渇し、肉体的、精神的に怠惰な状態になってしまう病なので、魔力のある人間が、患者に魔力を与えることで治療することができるからです。

 ですからまず魔力を――」

「あの、質問してもいいかしら?」


 次の話に映ろうとした時、甲高い声が聞こえた。

 好奇心組の中にいる女の子だ。

 凛々しい顔つき、というよりは厳めしい顔つきをしている彼女は僕を睨みつける。

 いや、あれはただ見ているだけ、なのかな?

 仏頂面という言葉をそのまま体現したような顔だ。

 綺麗な顔立ちなのに、剣呑な空気と表情で台無しにしてしまっている。

 ちなみに彼女はかなり小柄の上、童顔なので僕には可愛らしく見えるけど。


「はい、えーと、エリス・エシャロスさんですね」

「え? え、ええ、そうよ。

 こほんっ、それで質問なのだけれど、あなたは魔力を持つ人間が魔力を与えると怠惰病を治療できると言っていたけれど、そうすれば魔力を与えた人物は怠惰病になるのではないの?」


 今の説明だけですぐに飲み込んだのか。

 頭の回転が早い子みたいだ。

 その疑問は当然だろう。

 僕も何度も考えたことだったし、不安だった部分だ。

 僕が怠惰病になったら誰も治療できないという意味で。

 その理由もあってかなり慎重に事を進めなければならなかった面もあった。


「なるかもしれませんね」


 僕はあっけらかんと即答した。

 一瞬にして、生徒達の間に動揺が走る。

 それはそうだろう。

 治療する側、医師が病気になる可能性がある治療方法だと言っているのだから。


「そ、そんな方法をわたし達がしなくてはならないの? 危険じゃない!」

「ええ、まあ危険ですね。ですがどこの医師も多少の危険がありながらも治療をしていますし。

 怠惰病は伝染病ではありませんが、疫病の治療に従事する医師はもっと危険ですよ。

 そう考えればリスクは低いですし、やり方を間違えなければ怠惰病になる可能性は非常に低いはずです。

 それに、あなた達は自国の病に苦しむ人たちを助けるためにここにいるのでしょう?

 こう言ってはなんですが、何のリスクもなく、問題を解決するのは難しいものだと思います」


 好奇心で目を輝かせていた生徒達も狼狽えている。

 彼等はこの魔力に興味を抱いたが、それは子供が感動した時と同じようなものだと思う。

 ただ何となくすごいものを見た、だから興味を持ち、もっと知りたいと思った。

 それは大事なことだ。

 けれどそれだけの感情で治療方法を学ぶのは危険だ。

 魔力は夢の力だが、使い方を間違えば誰かを殺すかもしれないし、自分も死ぬかもしれない。

 その危険性を隠し、聞こえのいい部分だけを教えることは、教える立場としてすべきではない。

 昨日の感動が薄れたとしても、授業前に言わなくてはいけないことだった。


「それは、そうかもしれないけど、で、でも」

「魔力は人に恩恵を与えてくれる面もあります。しかし使い方を誤れば危険なものでもある。

 事前に魔力や治療に関しては説明しているはずですよ。教科書にも書いてますし」


 恐らく、彼等はそれほど真剣に考えて教科書を見てなかったのだろう。

 イザークの言っていた通り『魔力は存在しない』と考えていたに違いない。

 もしかしたら大半は選別が済んだ後、魔力とは別の本当の治療方法を教えてもらえる、と考えていたのかもしれない。

 例え、教科書を読んでいたとしても、それが事実だと思っていた生徒は少なかったようだ。

 しかし彼等は魔力の存在を、その目で見た。

 だから信じるしかない。僕の言葉を。

 ごくりと喉を鳴らす生徒達。

 昨日とは違い、真剣な表情だ。 

 一度興味を持ったもの、感動したものに関して知り、現実に直面する。

 そうした時、人は、ああなんだそんなものか、と興味を失うこともあるだろう。

 しかし憧れだけで人は生きてはいけない。

 現実的な部分と憧れとを両立し、自分で折り合いをつけ、そして理想を目指す。

 それが人の生き方というものなのだから。

 彼等はどうだろうか。

 僕の言葉を受けて、諦めるのか、興味を失うか、それとも。


「メリットしかない夢のようなものは存在しません。

 包丁だって上手く使えば素材をさばけるけれど、自分や他人を傷つけてしまうこともある。

 けれど使い方を知っていれば、使えるように練習していればそれを避けられる。

 魔力も同じです。

 こう言えば不安しか残らないでしょう。ですが大丈夫。

 もしもの時、誰かが怠惰病になった時のためにも、これだけの人を集めたんですよ。

 周りにいる他の人の顔を見てください」


 僕が言うと素直に辺りの人達を見回す生徒達。

 全員ではないが、ほとんどの人間がどういうことかと首を動かしていた。


「隣の誰か、友人、他人、家族、恋人、誰でも。

 あなた達、全員が治療をできれば、誰かが怠惰病になっても治すことができる。

 それはつまり助け合えるということです。

 そしてこれだけは覚えておいてください。

 例え、ここにいる全員が怠惰病になってしまったとしても、僕が必ずみなさんを治します。

 どれほど遠くにいても、危険な場所にいても僕が必ず、皆さんの下に行き、治療します。

 誓いましょう。必ず見捨てず、治療すると。

 危険はあります。けれど安心してください。覚えておいてください。

 ここにいる人間があなた達の助けになるということ。

 そして僕がいるということを」


 不安そうにしていた生徒達の瞳に少しずつ決意が灯る。

 完全にとはいかないが、不安は多少なりとも解消できたようだ。


「エシャロスさん、質問は以上ですか?」

「あ、え、ええ、以上よ」


 彼女も一応は納得してくれたのかな。

 しかし不安はずっと付きまとう。

 むしろそうでなければならない。

 人間は平坦な日々が続くと堕落する。

 それは病とは違う怠惰だ。

 だから、常に僕がいることを覚えておいてほしいと思った。

 ここにいる生徒達は、僕の教え子になる。

 まだ彼等のことは知らないし、彼等も僕のことを知らない。

 軋轢はあるし、信頼関係はない。

 けれど。

 縁がありこうやって時間を共にすることになったのだ。

 だったら、有益な時間を過ごさなければ、友好関係を築けなければもったいないじゃないか。

 僕は色んな人に出会い、ここにいる。

 色んな人に助けられてここにいるのだ。

 だからこの出会いも、きっと大事なものなのだと思う。


「では、授業を始めましょう」


 さっきの挨拶の時とは違い、少しだけ緊張した面持ちの生徒達が真剣な視線を僕に向けた。

 その素直さに愛らしさを感じつつ、僕は思った。

 これが教師の心境なのかなと。

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― 新着の感想 ―
そうなんだ。「人は平坦な日々を過ごすと堕落する」。 僕は既に一生食べていける収入を得て社会人生活からドロップアウトして 平坦な日々を過ごしてるけど 現実でこの物語の主人公の様な魔法みたいな技術を開発し…
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