第96話:魔人の魔王
―――どうしてこうなった?
事の始まりは俺とノルンがこの街にやって来た時の事だ。
俺達はこの辺に魔人の集落があると聞いて来た。
魔人の中には精霊やエルフも含まれる。
そして、エルフはその容姿の良さから金持ち貴族の愛玩奴隷として扱われる事が多かった。
今まさに、この村からエルフが連れ去られる寸前だった訳だが
人間の軍勢は200名の騎士と100名の傭兵。
そして後方に一際目立つ鎧を纏っている騎士4名に守られるように馬車が1台止まり、中から太った男がニヤニヤしながら様子見ていた。
その様子だけでも万死に値する。
その様子は正に侵略。
規模の小さい侵略戦争そのもの。
この村にはエルフ20名程の名もなき集落。
人間達の目から逃れるように森の奥深くに逃げ住んでいたのだが、魔王によるモンスター襲来の機に、先行偵察部隊により発見され、人間により襲撃されていたのだった。
エルフの戦闘力は魔人の中では飛びぬけて高いわけでは無く、寧ろ人間に近い。
但し、人間と比べると明らかに勝っているモノがある。
それは魔力を扱う事に長けている事である。
エルフたちは侵略者に対して数多の魔法を繰り出している。
爆破魔法に氷結魔法、前衛を守る為の肉体強化魔法や回復魔法等々。
この様に聞けばエルフが有利なのだが、エルフより人間が勝っている点がある。
それは防御力。
人間の作る鎧や盾などは魔法に対抗するように強靭な装備を作り出す。
モノ作りで秀でているドワーフ族を除けば、人間は道具を扱わせたら全種族で一番だ。
しかも今回は数で人間側が圧倒的に勝っている。
その防具のおかげで人間側には致命的なダメージを受けた負傷者は居ない。
簡単に言えばエルフに勝ち目がないのだ。
村には既に人々の感情が渦を巻き吹き荒れていた。
襲い来る人間への恐怖、怒り、諦め、嫌悪、憎悪、無念、怨み、苦しみ、悲しみ、絶望
そして人間側の蹂躙する喜び。
戦闘の気配を感じ村に到着早々エルフと人間の発するその感情に触れたイーサとノルンは、我を忘れて簡単に暴走モードに陥り意識を手放した。
いや、暴走では無いな。
召喚術を展開して呼び出す精霊から一気に魔力を奪われた。
そんな感覚だ。
イーサとノルンが得意とする精霊を具現化する能力。
そして、色々な感情に触れた事により二人の意識に反して異種異様な精霊を呼び出してしまった。
気が付くと人間の軍勢と騎士合わせて約300名(守護兵4名+デブ侯爵)の無残な姿態が広がっていた。
厳密には人の形をしたものは一人として居らず、人のモノだった部品が散乱している。
そして、エルフたちの姿も無い。
イーサもノルンもここには居ない。
生き物の気配が一切感じられない。
この村に立ち尽くすのはただ一人。
いや一匹。
そこに立ち尽くす姿を見た者がいたなら叫ぶだろう。
「悪魔」と。
―――俺はいったいどうした?
イーサは少しでも自身に置かれた境遇を確認する。
時間にしてわずかな時間しか経過していないだろう現状を確認する為に周りを確認する。
殺戮後の凄惨な景色に目を覆いたくなるが、確かに感じる気配。
…ノルンの意識を感じる。
それどころか、エルフたちの意識も感じる。
そして自分の気配も感じる。
自分の意識を自分が感じるのはオカシナ話であるが、現実に自分の意識を感じる。
では、自分の意識を感じている『これ』は誰なのだ?
自分『達』の体が前へ歩を進める。
歩き出したソレは村の中心に到達したとき歩を止める。
そして上を見上げ、両腕を天に翳す。
その腕は自分の知る腕では無かった。
自分でもノルンでもなく、誰のものでもない腕が天を仰ぐ。
漆黒に覆われるかと思わんばかりのオーラを上空へ翳される腕より燻らせる。
伸ばされた腕の延長線上に1m程の底が見えない程の黒い穴が出現し小さな光の粒子が出てくる。
俺『達』はその光を口腔より吸い込む。
それは得も言われぬ甘露。
凡そこの世界では味わえないような練飴の如く口に吸いこまれてゆく。
自分には理解しがたい現象だが、何をしているのかは理解できる。
人の感情が練り込まれた魂を喰らっているのだ。
人の魂を取り込んだ『俺達』は魂の味を堪能しながら再び深い眩暈に襲われ意識を刈り取られてしまう。
まるで自身の魂も飲み込まれるように。
気が付くと荒れ果てた村の中心にただ一人で佇んでいた。
意識の無い間も呆然と立ち尽くしているその光景をノルンにでも見られたら恥ずかしいなと思いつつ辺りを窺う。
誰の気配もしない。
いや、厳密にはエルフをはじめ、ノルンの気配もするのだが、その気配は自身の体の中から感じる。
イーサは自身の意識を自身の奥底を探っていく。
心の深淵、自身の意識の周りにノルンや他のエルフたちの意識を感じ取れる。
しかし、ノルンやエルフたちには意識がないのか?
いや、自我が無いと表現すればいいのか。
イーサは自身から発せられる膨大な力を確認する為、自分の掌を見た。
その掌は自分の知っている掌でなく、指でなく、腕でなくなっている。
慌てて全身を確認するが、見慣れた自分の体とはかけ離れている容姿に驚愕する。
アイリスだったなら「変身!!」とか言ってテンションが上がるのだろうがとてもそんな気分にならない。
なぜならば、姿形が変わったのもそうだが、ノルンやエルフたちの気配も内から感じる。
「俺は皆を喰ってしまったのか?」
突如頭の中でノイズが走り、意識が揺らめくのを感じた直後
『あ、あれ…? なに? これ』
『―――ノルンなのか?』
『い、イーサ? って言うか私の中にイーサを感じる? いや、その前にエルフたちの気配も?』
『良かった…俺がノルン達を喰ったかと思ったよ』
『―――え? どういう意味?』
そう思いながらノルンは自身の体の異変を感じた。
『な!!?? 何この手! え? 腕が!!』
相当混乱しているようだ。
そう思っている俺でさえかなり混乱している。
『どうしてこうなったのか覚えてるか?』
俺はそうノルンに話しかけた。
いや、実際は心の中で念じているだけだ。
直通回線の念話みたいなものか?
『いや、全然分からない』
『だよな…』
その時だった。
『我を呼び…た…と融合し――けだ』
『え? ノルンなんか言った?』
『いや、私じゃないわ!?』
『我を呼び出した主の願いを叶えたまでだ』
『『だ、誰!!』』
『俺たちの願いだと?』
『確かに、村人を助けないと…とは思ったけど…』
『お前たちの願では無い。お前たちの膨大な魔力を媒体として、主の望みを叶えただけだ』
『主? エルフが呼び出したのか?』
再び頭の中でノイズが走り、意識が揺らめくのを感じた。
『…うぅ……う…』
何かが自分たちの中で目を覚ます。
起きているのに目を覚ますようなそんな感覚だ。
『―――うっ』
『―――くっ』
『どうやら主が目を覚ましたようだな。』
『『あ、主?』』
『我の主はお前たちではない、しかし、お前達からは膨大な魔力を感じる。どうか我が主を頼むぞ―――…』
そう言うと、意識が再び揺らめき眩い光に包まれた。
伏せていた目を開けると、俺とノルンは呆然と立ち尽くしていた。
そしてその足元にエルフたちが横たわっている。
イーサとノルンは横たわり意識朦朧としたエルフたちを介抱する。
朦朧としたエルフたちの中に10歳ほどの子供のエルフと目が合う。
イーサとノルンはお互いの目が合うと小さく頷く。
その子が今回の『主』と言う事が直感で分かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
村人たちへ簡単に自己紹介をし、移動の準備を手伝う。
人間達は全滅したのだが今はその凄惨な景色は広がっていない。
恐らく、アスラ様が居る仮想空間に肉体ごと転移したのだろう。
原理は詳しく知らないが、死んだ人は全員そこに行くことになっているらしい。
前にアイリスに聞いたことがある。
死んだ人が向かう場所、それは天国や死後の世界ではないか? と。
しかしアイリスが言ってたのは"別世界"だそうだ。
死んで別の世界に飛ばされるのだからある意味"異世界転生だな"とアリスと笑っていたっけ。
エルフの里から別の里へ移動の最中、今までの経緯を簡単に説明しそして感謝されている。
まるで勇者の扱いだが、俺とノルンは確信している。
俺とノルンが手を繋いで歩いてる小さなエルフ。
この子が勇者だと言う事を。
いや、勇者と呼ぶにはあまりに大きな力。
魔人の中に生まれたのだから、真正の魔王なのかもしれない。




