第80話:特級建築士
空中遊泳を堪能したアイリスは塔に寄りかかりながらしばし考える。
この塔は高台に悠々とそびえ立つ。
眼前には砂浜が見える。
この塔のある場所は孤島で、世間にはブルーアイランドと呼ばれているらしい。
海辺ではアリスがスフィアを展開してその中で全員が猛特訓中の様だ。
アリス、いや、魔王様が異様に張り切っていたから相当きつい特訓だろうと想像に容易い。
俺は皆の無事を願いながら「さて」と一呼吸置き、考えを戻す。
「魔王城か…」
どんなお城がいいのかな?
色々考えた。
普通の城。
天空に浮かぶ城。
漆黒の妖気を放つ城。
訪問者を迷わす城。
異空間に浮遊するように立つ城。
コウモリが舞う無限回廊のある城。
人類がたどり着けそうにない絶壁に立つ城。
色々考えたが、やっぱりこの城だろ?
と言う事で、魔法を唱える。
「レベル5魔法インダストリアライゼーション」
アイリスの目の前に光が溢れだす。
その光から現れたのは、巨大なショベルカー。
そしてユンボと呼ばれるパワーショベルの大型発展系。
広大な森林は根を含む地面からアイリスのスフィアに閉じ込められて隔離中。
樹木の無くなった場所をこのショベルカーで大まかに地面を均してゆく。
盛り土や切土を繰り返し水平を取ると排水を考慮し集水桝を設置する。
この世界には似つかわしくないグレーチングにマンホールまで設置し、この場所だけ上下水道完備。
土木工事に夢中になり、気が付いたら暗くなり始めていた。
海岸を見るとアリスのスフィアがまだ展開されているからまだまだ特訓中だろう。
「ご愁傷様です。」
アイリスは静かに呟き両手を合わせる。
「さて!」
静かに気合を入れ、塔の周辺数百メートル規模のスフィアを展開する。
そのスフィアの中ではレベル6魔法グラビティを展開し、地面を押し固める。
ある程度、高重力に押しつぶされた地面に再びレベル6魔法インダストリアライゼーションを唱える。
広範囲に圧縮された地面に免震構造の土台が現れる。
何度もインダストリアライゼーションを唱え免震構造の城の基礎が出来上がる。
レベル7魔法ビルドリアライゼーションを唱え、免震基礎の上に城が生成されてゆく。
城の周りに、スフィアで隔離していた木々を定着させる。
「これで自然も守られた」
自然保護の自己満足な達成感にニコニコしながらレベル1魔法リアライゼーションウォーターで生成したコーヒーに舌鼓を打つ。
その向かいでキャノンが盛大な溜息と共に、猫舌でも飲めるコーヒーを味わっている。
気が付けばレベル5魔法は残0となっていた。
これだけの構造物を生成するのだから残0にもなるな。
さて城へ行くかとキャノンにも同行するか尋ねたら「いや、大丈夫」と言われてしまった。
うむ、何が大丈夫なのか分からないが俺は「まあいいか」と城へ入る。
キャノンはアリスが猛特訓を行っているスフィアの方へ目を向けていた。
さてさてと迷いなく城の中を進むとある一室に入る。
そこにはフカフカなベットが設置されてはいたが極めて質素な部屋だった。
「魔法の残が0になったら何もできないし寝るしかないよね。うん、寝れば残量も回復するし」
と言い訳じみた言葉を吐きながら眠りにつく。
片やキャノンは1日足らずで完成された城内を口を開けながら探索する。
いやはや、即席とはいえこのような城を1日で作り上げてしまうとは…と驚き半分呆れ半分。
「おい! アイリス! 起きろ!!」
「お~い! 一人だけサボるなよ~!」
「起きろ~」
ワイワイガヤガヤうるさいのでアイリスが目を覚ます。
「ふわぁ~~~…」
体がだるい。
室内に照明を設置しなかったので暗いはずだが誰かがライトの魔法を使ったようでギンギンに明るく照らされている。
「お! 起きたか!!」
目の前にはみんなが疲れ果てているような表情をしていたが、気と言うか魔力だけは漲るように充満している。
「あれ、特訓終わったの?」
確かに猛特訓の成果かレベル自体が向上しているようだ。
「まだ終わってないんだけどな、この城が目に入ったから途中で来たんだよ」
「あ~…そうだったんだ~~」
俺は眠気半分な為、伸びをするように両手を頭の上まで伸ばす。
「アイリス、この城ってあれだよな。」
ハッシュが闇夜で暗くなった窓から周りを眺めている。
「ん??」
寝ぼけ眼には外の外観は見えないが俺も窓の方を見る。
「学園だよな??」
色々な城を頭に浮かべたのだが、一番しっくりくる城型構造物と言えばやっぱり学園だった。
「ああ、どんな魔王城にしようか色々考えたんだけど、やっぱりこれかな? ってね」
「おれはどんな禍々しい城が出来るかと思ってたんだけどな」
「まぁ、湖は無いけどみんなもこの城の方が落ち着くかなって思ってね」
「さすがアイリスだぜ!」
ハッシュがこちらへ振り向きサムスアップしてくる。
「いや、ツッコむところがそこなの?」
ハッシュに盛大にツッコむスージー。
「ん?」
「1日で城まで作っちゃう方にまずはびっくりするでしょ」
「ああ、まぁ、アイリスが魔法で作るって言ってた時にある程度は予想してた」
「まぁ、アイリスとアリスの規格外は今に始まった事じゃないし」
二人で言いたい放題言ってくれちゃってる。
俺の方も睡眠で魔法使用量は回復したがまだまだ使う予定がある。
そこでみんなにもちょっと協力してもらおう。
「ところで、ちょっといいかな?」
「なに?」
「まだ城しか出来て無いんだけど、みんなのレベル5魔法を使えば備品とか色々揃うんだよね」
「ああ~」
「だから「だめ! みんなは特訓中なの!」 え~」
横からアリスが拒否の声を上げてくる。
「そこを何とか! アリスだめ?」
両手を組みアリスに懇願する。
結果は見えてるとはいえ懸命なれの頼みだ。
仕方が無いわね…と
「だめ。 みんなを強くする方のが最優先事項です! 魔王命令です!!」
完全に敗北しました。
側近の頼みをかぶせ気味で断るとは。
「魔王様はいつも厳しいね」
「本当に、さっきの特訓だって死ぬかと思ったわ」
「あたしがスージーを殺すわけないでしょ」
「でも、俺は本当に死にかけてたぞ」
「ハッシュは別」
「げっ…」
「あれ?」
「どうした?」
「他のみんなは??」
ハッシュとスージー、アリスしかここに居ない。
まさかアリスに殺されたとか!?
って考えていたらアリスが睨んでくるのでサッと視線を逸らす。
「みんなそれぞれ城の中と自分の部屋を見に行ってるよ」
そんな会話をしていると丁度みんなが大広間に入って来る。
「すげ~な! 城の内部まで完全再現だぜ!」
「それぞれの学園も同じ作りだし、やっぱりここが一番落ち着くよな」
「僕が一番びっくりしてるけどね」
「おっ、帰って来たぜ」
そう言うと足音を立てずに二足歩行をする猫。
キャット・ザ・キャノンが一緒に歩いてくると、キャノンが飲んでいたコーヒーカップの前に着席しアイリスにコーヒーを催促する。
「こんなのが1日で作れるとか、アイリスマジすげ~な!」
「本当だよな!」
おいおい、アスラの加護が付いたのだったらみんなだって出来るんですけどね。
「ね? ハッシュ。これが普通の驚き方よ」
「分かったって。 で、みんな集まったんだから特訓再開か?」
「そうね。あと何日か特訓したら何日か休んで、その後に本格的に全人類に宣戦布告するわよ」
おっと、アリスが遂に動くのか。
「「「おおぉ!」」」」
みんなも盛り上がって声を上げている。
分かってると思うけど、宣戦布告するんですよ?
まるでどこかの独裁者に賛同するヤバい人達みたいだ。
「でも、宣戦布告ってどうやるの?」
アリスの疑問にみんながそれぞれ意見を述べる。
「そりゃおめ~…当然…な? あれだよ…」
「地獄の軍団で人間を殲滅して獣人や魔人を救いだすんだろ?」
「そして、人間の王族を殲滅させて、人間に変わり魔人が世界を支配するのだ!」
「だろ? 魔王様!」
「あたりまえだ! 全人類を我々にひれ伏させ奴隷に! ってバカ! コリーもイーサもバカ。相変わらずバカ。ハッシュもバカ」
アリスのノリツッコミにみんなも笑顔になっている。
「バカバカ言うなよ。アリスだってノリノリだったじゃん。」
確かにとアリスも首を振って返答する。
しかし現にどうするのか、みんなはアリスの指針を真剣に聞いている。
「そうね。500年前と同じように宣戦布告は全ての人に直接語りかける」
「それ、キャノンと話してた時も言ってたけど、具体的にどうやるの?」
「私たちの魔力を精神波に変換させて、直接頭の中に流すのよ」
「へ~? そんな事が可能なの?」
「普通だったら無理だろうな。でも…」
「アリスとアイリスよ? 簡単でしょ」
「だろうね~」
その場にいる全員が納得する。
確かに出来るよ。
過去にもやった事のあることだし、不可能ではないよ。
でも、化け物を見るような、その眼差し。
少しさびしいです。
そして、お前たちもその化け物の一人なんだよ!
と心の中で叫んでみた。
俺とアリスはお互いを見つめて苦笑いをする。
「ってことで、さ! 特訓再開よ!!」
皆は渋々部屋を出てゆくと、その背中に両手を合わせて「ご愁傷さま」と呟く。
ストックするので少しペースが落ちるかも。
在宅ワークでやる気が出ない訳じゃないからね!
でも元気をくれれば超特急でストック作るから。
オラに元気を分けてくれ!(評価ポチ)