第7話:大いなる力
その日の夜。
祭り騒ぎの騒がしい外にいつまでも赤子を置いておくことはできないので、家に戻り早々と眠りにつく事にする。
と言っても自分で帰ってきたわけでもなくママに抱えられての帰宅となるのだが、抱きかかえられた状態ですでに眠っていた訳だ。
不思議なもので、赤子の体は眠気に勝てなくなっているようだ。
しかも、母親に抱かれているとどうにも眠気が倍増するようなのだ。
眠りについて暫くすると懐かしい声が聞こえた。
「………ス!」
「アイ…ス!」
「アイリス! ねぇアイリス!! 聞こえてるの?! …もう……アーティリスってば!!」
「―――ぬお!」
頭に直接語りかける…いや、大音量のイヤホンを耳に押し当てられた感覚で目が覚める。
「うぉ!! びっくりした!! ああ、久しぶりだな、アスラ!!」
「久しぶりだな、じゃないわよ。あなた、寝ぼけてる? それとも赤ちゃんになって心も赤ちゃんになったの?」
何か、鋭く小さな棘が胸を締め上げる。
アスラは真綿で首を絞める様なメンドイ事は俺達にしてこない。
その言葉はいつも直球だ。
忘れていた悪友の久しい声と毒に懐かしい匂いを感じる。
俺達4人の元締めで悪友の1人、アスラだった。
「あ~すまんすまん、暗黒の女神アスラ様!」
声だけしか聞こえないが、鋭い睨みを感じる。
「何か含みのある言い方ね…まぁ良いわ、今日あなた浄化儀礼だったでしょ?」
「うん」
「神界であなたの気配を一瞬感じられたから、気配を追ってあなたを見つけたのよ。オーリオンたちがその気配を感じる前に遮断させたから良かったけど、もし見つかってたら、あなたはこの世界で苦行三昧よ」
再び耳にするあのボケ野郎!
あんの畜生まだ生きてたのか! いつかぜって~やってやる!
ケツの穴を撮影して世界中に振りまいてやる!!
「あいつらネチネチと…だからあいつら嫌いなんだ」
俺の言った言葉に本当に心から納得しているのか、どす黒いオーラの様なモノを感じるとアスラも文句を言い出す。
「それは私も一緒! 本当にあいつらのねちっこさと言ったら…」
ぬお! これはやばい!!
これを言い出したら話が長くなる…! と言うのを俺たちは何度も経験している。
「そ! そうだ! そんな事より!! 他の4人はどうした?」
俺は無理やりにでも話の方向を変えた。
「……あなたがオーリオンの術を受けた直後の油断でカインとカノンも同じ術を受けてしまって多分どこかしらに転生したみたいなのよ」
アスラから話を聞いて軽くショック! あの2人も転生させられた?
「俺と同じで死んだではなく転生なんだよな?」
「そうだけど、転生したって事は普通だったら"死んだ"と同義なのよ?」
何てこった…俺の油断を皮切りに2人も転生させられていたとは…
本当に申し訳ない! しかし、2人と聞いて疑問に思う。
残った最愛の弟である『アル』の事だ。
俺は小さな声で恐る恐るアスラに聞いてみる…
「………アルは?」
「アルは今私の所にいるわ」
兄がこうだと弟も大変ね? と上から目線で言ってるように感じる。
実際、遥か上空の上から目線は間違いない。
俺は超上からの刺し貫かんとする視線で発せられるアスラの声に反骨心を纏う反面、面目次第も御座いませんと卑屈にも土下座する心もあった。
そこで癒される声が掛かる。
「よっ兄ちゃん!!」
「おおぉ?! アル!! 久しぶりだな!」
俺は最愛の弟との再会(声だけだが)に目元が潤む。
「兄ちゃんもまた楽しそうな事になってるね~僕もその世界に転生してたら面白そうだったのに」
バカな事を!
転生なんて碌な事にならないんだぞ!
しかも、仕掛けたのがあのオーリオンだ。
でも、また2人で転生して遊びほうけるのも一興だね。と心の中で思った。
「そうだ、アルは何で無事だったんだ?」
アルは俺たちが転生させられた後の事を語ってくれた。
「あの直後、すぐにアスラ様が帰ってきてケンカを止めてくれたんだよ。でも、3人は転生した後だったから間に合わなくって…」
「そうよ? 感謝しなさいよね? そうでなくってもオーリオンにグチグチ言われて私だっていい加減…」
ヤバい! 話がエンドレスになる! 慌ててふと疑問に思った事をアスラに問う。
「か…カインとカノンはこの世界に転生したんじゃないのか?」
軽く話を逸らされて不機嫌気味なアスラ
「それが、まだ気配を探れなくって……虫とかに転生してなければ良いんだけど。あ、でも虫だったら寿命も短いし、すぐに会えるから良いけどね」
軽く毒を吐くアスラ…
「いやいや、お前サラッと怖いこと言ったな」
「そんな事はどうでもいいのです」
「え!? あの二人の事はどうでもいいの?」
「そうではありません! 実はあなたにはもうチョットそこにいて欲しいのです」
「え~すぐに戻してくれるんじゃないの~?」
「ちょっと嫌な予感がするのです」
アスラが真剣な眼差しで『嫌な予感』と口にする。
実際は眼差しなんて見えていないのだが、感じる事は確かだと思う。
「え…!! アスラの嫌な予感…? 本当に嫌な予感しかしない…アスラの勘は大体的中するから…」
殆んど確信にも近い予想があってか事前に準備を進めていたそうで
「オーリオン達にも気が付かれない様に私の加護をあなたに付けました」
「あ~そんな気はしたよ。」
「あと、ヒーリングマスターExとしての属性も付けました」
「ああ、ヒーリングマスターは分かるんだけどExって?」
「今までの魔法と電脳タブレットを使用できるようにしました」
サラリととんでもチートなスキルを生後すぐ(と言っても儀式の時)付与されていたことに若干ではあるが驚きです。
まぁ、時間が経つにつれ、本来の呪術は使用できると思ってたし切羽詰まった感じでは無かったが。
これも、転生に付ものの恒例と割り切っていたしな。
「ん? こっちの魔法はまた違うのか?」
「魔力の循環方法が違うので今までの詠唱型魔法とは少し違うのです。そもそも魔法と言うのは…」
ああぁっ!! この話も長くなるパターンだ!!
「ああぁっ!!! と、ところでアスラ!!!」
「ん? 何ですか? さっきから私の話を中断させて……私の話が終わってませんよ?」
「そりゃすまなかった!! でも今まで使えていた魔法はどうやって使うんだ? 今の状態だったら魔力9500って言われても良く分からんし、今までもタブレットが表示されないぞ? まさか、敵を倒して経験値を上げないとダメなのか?」
「それは、あなたがまだ魔法を使える年齢ではないからです。タブレットは今日から使えるはずです。と言っても、いきなり全開放すると、オーリオン達に気づかれる可能性があるから今日から1年毎に今までの魔法が解放されるようにしてあります。しかし、高位の魔法開放は少し時間が必要なので約2年毎になってくると思います。それでも、オーリオンに感づかれないレベルで…」
本来の転生では魔法召喚を可能とするタブレットが使用できるのだが…と疑問に思ってると、アスラから納得の答えが来た。
何でも、オーリオンの企みで、俺達の転生に足枷を付けるように魔法の使用を禁じたのだそうだ。
簡単に言えば普通の人間レベルになったと言う事。
普通の人間レベルの魔法などたかが知れている。
そこで、アスラは裏技を使用して、魔法の使用をオーリオンに感づかれない様、魔法展開用タブレットも儀式まで展開不可としたようだ。
魔力9500に関しては、さすがのオーリオンも干渉できる範囲があるらしく、低く留めたにしても9500と言う、人外の魔力が残ったとの事だった。
まぁ、元々呪術は専門分野だし、ここまで到達した域を、たかが自称最高神にどうこうできるレベルではないわ!
「そういう事か。で、俺はもうチョットここに居る事は分かったが、アルはどうするんだ?」
「僕はアスラ様の補佐の為にこっちで仕事があるんだよ」
「そっか、じゃああの二人の行方が分かったら教えてくれ」
「あ、その事なんだけど、兄ちゃんからこっちに連絡をしたりアスラ様や僕から連絡するのが中々できる状況じゃないんだよ」
俺はアルの言葉に若干戸惑いを隠せない。
「どういう事だ?」
「どうやらオーリオンたちが僕たちを監視しているようで、今回兄ちゃんに会いに来れたのも、兄ちゃんの気配を感じて、兄ちゃんの気配を消したその隙に乗じて会いに来れただけなんだ」
「そうなのか。そっちも大変そうだな」
「それに…」
「それに…どうした?」
「それは私から説明するわ」
何やら真剣な口調でアスラが話に割って入る。
「オーリオンの使った術、あれあんたたちを消滅させる術だったみたいなの」
「え?」
「あなた達みたいな魂の円環から外れた魂さえ消滅させるような、そんな術だったのよ」
「魂を…消滅? 一介の神モドキがそんなこと出来るのか?」
「そこよ。今回は術が不完全で魂の消滅までは出来なかったようね」
「おいおい、それが可能になるって事は精神生命体どころか宇宙そのものを消す事も可能って事だぞ?」
「そうなの。だから私が裏で動けない代わりにアルに頑張ってもらうしかないわけ」
「兄ちゃんたち、マジで危なかったんだよ」
「とにかく、自由気ままにと言う訳には行かないでしょうが今まで通り頼みますね」
俺はアスラの『今まで通り』の言葉で方向性を確かなものにした。
俺達の方向性。今までやっていた事とこれからもやっていくであろう事。
それは、人間から獣人や魔獣を守り、あわよくば人間と対等の位置にする事。
そして、それは人間神の降格を意味する。
俺は口角が少し上がりながらアスラに答える。
「……分かったよアスラ。今まで通り頑張るよ」
「じゃあ僕たちはこの辺で戻るね」
「おう! アスラを頼むぞ! アル」
「まかしといて!! 兄ちゃん」
「それでは、アイリスも」
「おう! アスラあの二人の事も頼んだぜ!」
「そうそう、言い忘れていました…アリスを頼みますよ………」
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唐突に目が覚める。
時刻は分からんが、外のお祭り騒ぎが聞こえる辺り、さほど時間は経っていないのだろう。
「アブッ、ブー(ああっ、やっぱ夢かー)」
しかし、これで当面の目標が決まった。
俺は当面今まで通りやるだけだ!
そう言えば、アスラがアリスの事を言っていたな…
あれはどういう意味だったんだ?
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