第45話:リベンジ討伐
その日はモンスターを発見する事が出来なかったが…逆にモンスターに襲来された。
夜中、いち早くアリスが魔力を察知し皆を起こす。
「魔力の感じだと、この前のレオファングが8」
「進化種が2ね」
アリスの報告に目を見開くコリー
「なに!? 進化種が2匹も居るのか!」
「こっちの方向から接近してくるわ」
「…ん?? …あれ? …え?」
「どうしたアリス」
言葉にならない疑問符を連発するアイリスの様子に自然とコリーの眉間にも皴が寄り警戒心を高める。
「感じた事がない大きな魔力がその後ろから接近してくる」
「どういう事だ?」
「分からないけど、すぐやって来るわ」
「よし、迎撃しよう! ヒーラーは後方で待機」
「ミーシャ、ジョン、シロン、シュン、アロンにグランドプロテクションをかけてくれ」
「え? コリーはグランドプロテクションかけないの?」
「俺は自分で自分に展開する」
「え?! それで魔法剣も使えるのか?」
「おう! 特訓したからな!」
「コリー先輩、特訓じゃなくって猛特訓です」
「お…おう、そうだったなアリス」
「来るわ!!」
「グランドプロテクション!」
ヒーラー隊がグランドプロテクションを展開。
前衛は魔法剣を展開し迎撃準備を整える。
先陣を切ったのはミーシャだった。
一瞬でレオファング3匹を仕留める。
しかし…俺たちは獣人じゃない普通の人間なのだ。
月も出ていない漆黒の闇は暗すぎて良く分からない。
気配は感じるが視覚でとらえる事が適わない。
「先輩たちー! ちょっといいですか~暗くて見えないので明るくしますよ! 目が眩まないように気を付けてくださいネ~」
俺は手をブンブンと振って注意を呼びかける。
「お?! おお!!」
レベル2魔法サンライトを展開すると、頭上に光り輝く球体が現れ、太陽の様に明るく照らす。
分かりやすく言えば、日中の日陰程度に明るい。
この光に目が眩んだレオファングは残り5匹もミーシャが倒した。
その直後、レオファング進化種の1匹がミーシャに爪攻撃をしてきた。
ミーシャは防御の構えをとる。
ガキン! と高質な物質同士が衝突し響き合う様な音を発すると、ミーシャが数m吹き飛ばされる。
「あっぶな! グランドプロテクションがかかってなかったらまた死んでたわ」
「あともう一匹いる。油断するなよ!」
「分かってるわよ!」
俺とアリスは皆の戦闘を見て問題ないと思い、後方からくる魔力に対抗する為、みんなに進化種を任せて大きな魔力の方へ走る。
死んでも手を出すなって事だからな。
現れたのは体長が15mはありそうな………
―――――リオレイア希少種??
思わず大声で突っ込んでしまった。
「アイリス! リオレイア希少種ってあのモンスターを知ってるの?」
その姿は空飛ぶ金色オオトカゲ。
いや、良く見るとレオファングの様な牙がある。
まさか…レオファングの進化種の進化種?? もう意味が分からない。
とりあえず、見た目リオレイア希少種…? ベリオロス亜種じゃないよな?
どちらにしろ、架空の生物だろうが!
何だ。温泉でも入れってか!?
もしかして、一直線にこちらに来た事を考えるとレオファングを追ってた?
アリスがジーっと見つめている。
そうそう、このモンスターの事を質問してたな。
「いや、ゲームのモンスターの名前」
「は? あ! アイリス!! 別のレオファングの群れがこちらき向かってきてるわ。こっちはレオファング6、進化種1」
「やっぱり、こいつはレオファングの進化種の進化種。」
もしくは進化種の希少種?
「どちらにしろ、群れ同士のケンカの最中だったんだな。」
アリスが電撃魔法剣を展開し、異様進化種に切りかかるが麻痺するどころか、攻撃が弾かれた。
アイリスの攻撃が弾かれた事を確認し、アリスはディカプルを唱え筋力を10倍にする。
異様進化種は低空でアリスに激突する。
アリスは数m吹き飛ばされるが、異様進化種の右翼に生えている爪を砕いた。
部位破壊!! と思わず心の中で叫んでしまった。
異様進化種と対峙しながら、後方のコリー先輩達を探ってみる。
全員生きているようだ。
そこで、コリー先輩にトランスファーを送ってみる。
『なんだ! アイリス!!』
ちょっとイライラした感じで返信が来た。
被害は出ていないが結構イッパイイッパイって感じだろうか。
『その2匹倒せそうですか?』
『ああ、時間はかかるが行けそうだ!』
『そうですか、残念ながら悲報です。』
『ん?』
『もう一つの群れがこちらに向かってきてます』
『ああぁ!?! どういう事だ!?』
頭の中にコリー先輩の絶叫が響く。
魔力で直接会話をしているから耳にではなく、頭に響く。
これは思った以上に苦痛だぞ。
それでも、急いで知らせる必要があったので、クワンクワンしている頭を振り払い説明する。
『恐らく、レオファングの群れ同士のケンカの最中だったようです。しかも、後方から来た大きな魔力は進化種の進化種の様で、大分強そうです』
『マジかよ』
『今こちらに向かってるレオファングは6匹、進化種は1匹です』
『もう滅茶苦茶だな。お前たちその進化種の進化種って倒せそうか??』
『多分倒せると思いますが、群れが到着したら厄介ですね。スフィアで異様進化種を閉じ込めて戦いますので、残りの群れも任せて良いですか?』
『スフィア…? まぁ、仕方がねえな』
コリー先輩は俺の言った対処法がイマイチイメージできていなかった様で、サラリと話を流す。
『では、お願いします。危なくなったら教えてください』
『おう! お前らも頑張れよ!』
『はい』
リオレイア希少種とアリスが激闘を演じている方に目をやり半径100m程のスフィアを展開する。
これで、この異様進化種も高空に飛ぶことも取り逃がすことも防げる。
グランドプロテクションとディカプルを唱え。
肉体防御と肉体強化をする。
「アリス! この前みたくエクスプロージョンとダイアモンドダストで攻撃しよう!」
「分かった! エクスプロージョン!」
「ダイアモンドダスト!」
この攻撃を5回ほど繰り返したが一向に変化がない。
こいつは本当に強い!
「アイリス、どう攻める?」
「そうだな…地道に攻撃していくしかないか……ん?」
モンスターが大きく息を吸い込む。
何か嫌な予感がする。
俺とアイリスはレベル4魔法マジックバリアを唱え左右に分かれる。
リオレイア希少種、いや異様進化種は息を吐き出すと俺たちのいた場所に風の渦が現れた。
渦の中には三角錐の氷塊が猛スピードで回転して飛んでいる。
姿形はリオレイア希少種なのに攻撃方法はベリオロスとか、どんだけゲーム脳なんだよ。
やっぱり温泉に入ってくれば良かった………どこの温泉だよ!?
セルフボケツッコミが完了。
「危なかった…あれ、普通の人なら即死よ。こいつ、氷系だとすると炎系の攻撃に弱そうね」
「だな!」
炎の魔法剣を展開し、レベル4魔法ファイヤミサイルを多弾頭で展開、と同時に異様進化種に切りかかる。
後方から複数の炎の槍が俺の動きに追随するように飛翔する。
その姿はファンネルミサイルを纏った三ガン〇ム的な。
この攻撃を数回喰らわせたところでアリスは炎の魔法剣を青白く高圧縮し初撃で砕いた右翼に再び斬撃を浴びせると右翼が切断された。
俺も負けじと炎の魔法剣を高圧縮し、左翼を切断する。
異様進化種が怯んだ隙に首や腹部に斬撃を加えるがさすがに強い。
簡単には討伐できない。
それでも、レベル4魔法ファイヤミサイルと斬撃を繰り返していたが異様進化種が再び息を吸い込んだ。
俺はまともに攻撃を受けてしまい、体が上空に舞い上げられてしまった。
三角錐の氷塊はマジックバリアでふさがれていて直撃はしなかったが体がスフィアに当たると同時にスフィアが壊れてしまった。
俺は地面に体を叩きつけられ一瞬呼吸が止まる。
「アイリス! レベル4魔法ヒーリング!」
俺はアリスのヒーリングで回復したが、アリスのレベル4魔法は打ち止めとなった。
レベル1~3までのファイヤミサイルは牽制と弾幕の意味合いとしては有効だが、決定的なダメージを与える事は出来ない。
数百m先では、追いついてきたレオファングの群れとコリー達が戦っていた。
そこで異様進化種が息を吸い込みだした。
「まずい!」
とっさに、レベル5魔法ダークネスを異様進化種に放ち、大竜巻の狙いをずらす。
こいつは、一筋縄では倒せないぞ…
向こうの戦いも辛そうだ。
幸い、俺とアリスは魔力だけは異様にある。
これをぶつけよう。
再びスフィアを展開しコリー達に被害が及ばないようにすると、極限まで魔力を圧縮しエクスプロージョンを放つ。
アリスは最高に圧縮した魔法剣を大量に生成し異様進化種に投げつける。
全てにレベル5魔法エクスカリバーを付与し、全弾命中させる。
必殺の大竜巻を吐こうとしたが不発に終わる。
さすがに異様進化種もずいぶんと弱ってきたが、長い尻尾を振り回したり前足の鋭い爪で攻撃を繰り返す。
アリスと目が合い、お互いに「フゥ…」とため息を漏らす。
大竜巻が吐けないと分かると、コリー先輩達に被害が及ばないと確信し、スフィアを解く。
俺は右手を挙げ武器召喚を行う。
「召喚! 霊槍グングニル!」
アリスも右手を挙げ武器召喚を行う。
「召喚! クニミツ!」
俺は上空にグングニルを投擲する。
放物線を描き飛翔するグングニルは放物線の頂点に達した時、槍の穂先が対象物へ向くと音速を超える速度で異様進化種に向かう。グングニルは音速の壁を切り裂くように飛翔し、背から刺さり腹に突き抜け異様進化種をその場に縫い付ける。
アリスは息を吸い込む異様進化種の正面に立ちクニミツを振る。
短剣のクニミツからは想像できない程の、剣筋が異様進化種を一刀両断にした。
少し前にレオファング進化種を討伐し終えたコリー達は俺たちの後方で応援に駆け付ける最中だったが、俺とアリスの攻撃を見て唖然としている。
「お…お前ら…今の攻撃」
「何か、埒が明かなくってイラッとしちゃったから」
「私も」
「………最初からそれやってればすぐに終わったんじゃないのか?」
「え~せっかくの異様進化種なんだから、どこまで強いか確かめたいし」
「…俺たちは死に物狂いで進化種を3匹も倒したと言うのに…」
異様進化種が魔素に変換されるが、現れたのは結晶ではなく魔素が圧縮されたような丸い球だった。
「とりあえず、コリー先輩たちもレベルアップできたし、学園に帰りますか!」
「そ…そうだな…」
「なんか元気がないですね?」
「ああ、上には上がいるって思い知らされた…」
「コリー先輩! 猛特訓をすれば追いつけますよ!」*:.。☆..。.(´∀`人)
「そ、そうだな…アリス、その時が来たらまた頼むわ」
白んでいた空から、朝日が昇って討伐隊を照らし出す。
今俺たちの前には、レオファングの進化種2頭が迫りつつある。
約2か月前、俺達はレオファング進化種と戦い、成す術べなくレオファング進化種の翼の攻撃で左腕を失った。
その時の恐怖が寒気となって背中を走る。
あの日、レオファングを討伐し、魔素を回収している最中、突如として上空から襲い掛かってきたのがレオファング進化種だった。
レオファング進化種の初撃は上空から降下する勢いをその爪に乗せ、ジョンの左半身を失わせた。
続いて地面に着地するとその勢いを翼に乗せてミーシャの首を刎ねた。
俺の左腕諸共に。
アロンは大声を上げ、レオファング進化種の首に対して渾身の魔法剣を切り付けたが、レオファング進化種に傷どころか、皮膚で弾かれてダメージさえ与えられなかった。
その直後、アロンはレオファング進化種に下腹部が食いちぎられた。
俺は、薄れゆく意識の中で自分の命の炎がここで消える事を悟った。
せめて、命の炎が燃え尽きる前に、アイリスに長距離トランスファーで呼びかける。
アイリスから託されたボタンを右手に握り、転移用の魔力を展開すると、俺の意識はすでに朧気となり意識が暗転する。
せめて、今の状況を伝えきれているように強く願う。
意識が戻った時には、アイリスが移動魔法で応援に駆け付け、俺に回復魔法をかけてくれた後だった。
「ん…あ、アイリス! 来てくれたのか! くそ、あのモンスターがみんなを殺しやがった…」
俺の状況判断のミスで取り返しのつかない状況になっている事に思い出すと、両腕を血が滲むほど強く握る。
ふと、左腕に視線を向けると、失ったはずの左腕が強く握られている事に気が付く。
隣を見ると、頭部を失ったはずのミーシャと目が合う。
俺には全く状況が飲み込めず、色々思案しているとアイリスから声をかけられる。
「そんな事より、俺はアリスの応援に行ってきます」
目の前で笑顔を向けるアイリスに何とか思いとどまるよう声にならない声を出す。
俺はあんな化け物の戦闘にアイリスとアリスを巻き込んでしまったことを…応援を頼んだことを悔やんだ。
「いや、あれは尋常じゃない強さだ! お前も危険だ! 逃げよう!!」
しかし、アイリスは大丈夫だと言う。
「先輩たちはここに居てください。念のため、グランドプロテクションと再度フルキュア―をかけておきます。ただ、あいつに捕食された人を蘇生できるかどうかは…試してみないと何とも」
みんな生きてる? 蘇生? 何を言われているのか、アイリスが何を言ってるのか理解できないでいた。
頭の回転が追い付かない。
「は? 蘇生? じゃぁミーシャも生き返ったのか?」
「え? 私、死んだの?」
死んだはずのミーシャが生きていて声を発していた事に、やはり俺は死んだんだ。
あの世も現世と変わらないんだな。と思ったが。
天国でもミーシャに逢えて良かったとミーシャに抱きつき、思わず泣いてしまった。
俺は本来、人前で泣かないようにしていたが死んだ後もそんな信念を貫くのはどうかと思い無性に泣いた。
見れば他の連中も目に入ると、再び抱き合い死後の世界ではあるが再会に涙する。
そんな感動の再会を味わっていると、アイリスの声で現世に引き戻される。
「では、行きますね!」
アイリスは笑顔で手を振ると、風のように去って行く。
そのアイリスの疾風を思わせる速さに、言葉も出ずアイリスの後姿だけを眺めていた。
俺は我に返ると、今までの事が夢現なのか、現実なのか分からず自分の頬を抓ってみる。
…痛みがある。
その痛みに、安心に再び自然と涙が流れる。
「本当に生きている。」
俺は現実に出来事を可能な限り思い返す。
アイリスは死者までをも蘇生する事が可能なのか?!
周りを見るとジョンもアロンも攻撃される前の体に再生されていた。
まるで先程の惨劇が無かったかのように。
しかし、人数が足りない…
そうか、あいつに捕食されたってアイリスが言ってたな。
その捕食された奴らも蘇生できるかもしれない、とも言っていた。
そうであれば、アイリスとアリスの加勢に行かなくては…
その事を思ってみんなに目配せすると、以心伝心か、何も言わずともみんなが首を縦に振る。
体を起こし立ち上がろうとしたのだが、足に力が入らない。
これが、腰が抜けていると言う事か。
気持ちはすぐにでもアイリス達に加勢したい。
しかし、心が恐怖を拒絶している。
それでも、何とかして震える足をお互いに支えるように一歩ずつ足を踏みしめると、アイリスとアリスが戦っているのが見える。
そこで見たのは、先程の優しい笑顔のアイリスではなかった。
鬼神の様な表情のアリス。
俺たちを圧倒的な力、スピードで蹂躙していたモンスターが、まるで通常のモンスターよりも弱いのではと思われる程に簡単に倒されていた。
後で聞いたら、アリスのあの鬼の形相は俺たちがやられたのを見てしまったからだと言うが…
捕食された仲間がモンスターに消化される前に胃から出さなければ、助け出すことが困難になる可能性があったとかで、アリスも冷静さは失ってなかったようだ。
そしてアイリスとアリスに強くしてもらえるよう懇願した。
今の俺たちは2か月前の俺たちではない。
今こそ、あの時の弱い自分を超えて行くんだ!!
レオファング進化種2匹は真っ直ぐこちらに飛来してくる。
あの時は一瞬の出来事だったが、今は見える。
俺は自分にグランドプロテクションをかけ、炎の魔法剣を展開する。
魔法剣を最高に圧縮し精度を高めてゆく。
レオファング5匹を倒したミーシャに、レオファング進化種の爪攻撃が炸裂する。
あの時の不安が頭を過ぎる。
あの時の悪夢が蘇る。 ただの一撃でミーシャの頭部が飛び光景を…
ガキン! と高質な物質同士が衝突し響き合う様な音を発すると、ミーシャが数m吹き飛ばされる。
「あっぶな!グランドプロテクションがかかってなかったらまた死んでたわ」
あの爪攻撃を受けたミーシャが軽口を叩く。
俺たちは確信した。
俺たちは確実に強くなってる。
俺たちはこのモンスターに勝てる!
「あともう一匹いる。油断するなよ!」
「分かってるわよ!」
軽口に軽口で答た。
あの時と違い、余裕がある。
その余裕は俺たちをリラックスさせ、恐怖を吹き飛ばしてゆく。
ジョン、シロン、シュン、アロンと後衛のヒーラー達がファイヤースリングを放ち、レオファング進化種の背中に当てる。
上空からのファイヤースリングで上空に飛び立てなくなっているレオファング進化種に、俺は真正面から切り付ける。
攻撃は横に避けられてしまうが、レオファング進化種の翼に攻撃を当てる事ができた。
硬い皮膚に遮られるが、魔法剣の刃をさらに圧縮する事で切れ味が増し、レオファング進化種の翼を切断する事に成功した。
あの時は傷さえ付けられなかった硬質の皮膚を切り裂く。
この状況を見たアイリスは問題が無いと判断したのだろう。
もう一つ大きな魔力を感じた方向へ走って行った。
頭上の太陽の様な明るさと共に。
1匹は地上に、もう1匹は上空でこちらの様子を窺っている。
上空のレオファング進化種をミーシャ達に任せ、俺は片方の翼を失ったレオファング進化種と対峙する。
さすがに体の方は翼のように簡単には切れなかった。
それでも、少しずつ魔法剣の刃がレオファング進化種にダメージを与えている。
ミーシャ達の方も、先程と同じようにジョン、シロン、シュン、アロンと後衛のヒーラー達がファイヤースリングを放ち、レオファング進化種の背中に集中的に攻撃を当てている。
その攻撃で、高度が保てなくなったレオファング進化種は、地上から十数mの高さまで下がってきた。
ミーシャは高圧縮した魔法爪をレオファング進化種に届く長さまで伸ばし、翼めがけ穿つ。
翼膜に穴があけられ、バランスを崩しレオファング進化種は地上に落下する。
ミーシャに口笛を吹いて余裕を見せた。
「ピュー、やるね~」
「コリーの方こそ、一人で大丈夫なの?」
「こっちはもうすぐ終わりだから助太刀してあげようか?」
ミーシャに憎まれ口を返された。
ミーシャは前回の屈辱が嘘のように、まるで狩りを楽しんでいるようだった。
レオファング進化種の攻撃はこちらに当たるが決定的な攻撃力が無い。
俺が攻撃されれば後衛のヒーラー達がすぐにハイキュアをかけて傷を癒してくれる。
ヒーラーも特訓の成果でグランドプロテクションと別の魔法を併用して展開が可能となっている。
対してレオファング進化種にはヒーラーは居ない。
このまま攻撃をしていればこちらの勝利は確実なのだが、早急に勝負を決めたい俺の想いとは裏腹にこちらの攻撃もなかなか致命傷を与える事が出来ず、焦りだけが募ってきた。
アイリスから念話が飛んできたのはそんな時だった。
『なんだ! アイリス!!』
中々決着がつかない状況にちょっとイライラ口調で応答してしまった。
アイリスには悪い事をしてしまったな。
『その2匹倒せそうですか?』
『ああ、時間はかかるが行けそうだ!』
『そうですか、残念ながら悲報です。』
『ん?』
『もう一つの群れがこちらに向かってきてます』
『ああぁ!?! どういう事だ!?』
俺は感情を抑えないでアイリスに怒鳴ってしまった。
決着がつけられない自分への苛立ちをアイリスにぶつけてしまった。
アイリスには本当に申し訳ない。
俺の方が大人なのに、まだ幼さが残るアイリスに感情をぶつけてしまうなんて。
その事に何も触れずアイリスは状況を説明してくれる。
『恐らく、レオファングの群れ同士のケンカの最中だったようです。しかも、後方から来た大きな魔力は進化種の進化種の様で、大分強そうです』
『マジかよ』
話の内容を聞いて、再びあの時の悪夢が呼び起される。
それでも、アイリスとアリスが撤退しない所を見るに、問題は無いのだろう。
言われたわけでは無いが、なぜかそう思ってしまう。
そして、絶望感や恐怖心より安心感が勝ってくる。
『今こちらに向かってるレオファングは6匹、進化種は1匹です』
『もう滅茶苦茶だな。お前たちその進化種の進化種って倒せそうか??』
『多分倒せると思いますが、群れが到着したら厄介ですね。スフィアで異様進化種を閉じ込めて戦いますので、残りの群れも任せて良いですか?』
やっぱり無理とは言わないんだな。
俺は俺の事をやればいいと、再び消沈していた気合を掘り起こす。
『スフィア…? まぁ、仕方がねえな』
『では、お願いします』
『危なくなったら教えてください』
『おう! お前らも頑張れよ!』
『はい』
スフィア…はて、何か聞いたことがあるが…何だったろうか?
戦闘をしながら考え事をしていると、アイリスとアリスが戦っている方向から異様な魔力が膨れ上がるのが感じられた。
数百m先で巨大なドーム型のスフィアが展開されたのだ。
…絶対防御魔法のスフィア。
その事を思い出したら、思わず笑いがこみあげてくる。
グランドプロテクションに頼らなくても、アイリスとアリスはスフィアを展開できるのであれば負ける事は無い。
その気になれば、戦闘など簡単に終結するだろうに…。
心底戦いを楽しんでいるようだった。
その内容に、笑いと共に薄らと肌寒いものを感じる。
「あいつらのスフィア…桁違いだな」
「あれスフィアでしょ!? アイリスたちに何かあったの?」
「ああ、アイリスが言うには、アイリス達が相手をしている異様進化種をリーダーとする群と、俺たちが相手をしている進化種の群れがケンカの最中だったらしくてな、それで異様進化種がリーダーの群れがこっちに到着したみたいでな、合流させない為にアイリスがスフィアを展開したんだよ。でな? その群れの討伐も任せるってよ。」
「スフィアを展開って…」
ミーシャもアイリスとアリスの展開した魔法を聞いて何かを感じたのか、気持ちを切り替えてこちらに視線を送る。
「それってどの位の群れなの?」
「レオファングは6匹、進化種は1匹だってさ」
「進化種がまだ増えるの?」
「お? ミーシャ達には荷が重いか? 俺が2匹倒してやろうか?」
「何言ってるのよ! 私がこいつを倒して、あんたが相手してるやつも倒して、残りの奴も倒してやるわよ!」
「おお! 大きく出たな! じゃぁさっさとこいつを倒すか!」
「ふん! 負けないから!」
お互いに焦ってはいるのだが、焦りや焦燥感より、戦っている事に、生きている事に喜びを噛みしめる。
しかし、何度刺せばこいつはくたばるんだ!
そんな攻防を繰り返していた時、残った翼を横に薙ぎ払ってきた。
鍔迫り合いをするために、魔法剣の魔力を最高に圧縮し、翼に合わせる。
翼と剣が交差する瞬間にレオファング進化種の顔にファイヤスリングが命中する。
一瞬ではあったが、レオファング進化種の意識が逸れた。
俺はそのまま、剣を翼に当て奴の翼を切断する事に成功した。
ファイヤスリングの飛んできた方向を見ると、シュンが右親指を立ててウインクしていた。
俺もお返しに、右親指を立て笑顔を返した。
両方の翼を失い悶絶しているレオファング進化種の首に渾身の魔法剣を叩きつけ、首を切断する事に成功した。
猛烈な魔素を吹き出したかと思うと、レオファング進化種の姿は無くなり、結晶が落ちていた。
それを拾い上げてミーシャ達の方を見ると、丁度ミーシャがレオファング進化種の背に乗り、長くした魔法爪を背中に差し入れる所だった。
こうして、2匹を討伐できたのだったが、アイリスのトランスファーで言っていた群れが中々やって来ない。
アイリスたちの様子を見にスフィアに近づくと、レオファング6匹、進化種1匹がスフィアの外郭に攻撃しているのが見える。
そして、スフィアの中でアイリスとアリスが見た事も無いような大きな龍と戦っているのが見えた。
「な! 何だあれ!!」
「あれがアイリスとアリスの言っていた異様進化種?」
「あんな化け物の相手は俺たちには無理だ」
「一先ずレオファングとレオファング進化種を討伐しよう!」
「そうね!」
「じゃあやりますか!」
ミーシャがファイヤスリングをレオファング進化種に当て、こちらに意識を向けさせる。
その隙にジョン、シロン、シュン、アロンがレオファングを討伐する。
レオファングの討伐は一瞬で片が付いた。
この進化種も全員でかかれば問題は無いだろう。
今までのセオリー通り、ジョン、シロン、シュン、アロンと後衛のヒーラー達がレオファング進化種の背にファイヤスリングを放ち、空に飛び立てないようにしている。
その隙に俺とミーシャは魔法剣(爪)の魔力を圧縮し、精度を上げてゆく。
気合と主に2人で両方の翼を切断する事に成功した。
その時、スフィアが壊れ、アイリスが地面に叩きつけられた。
「アイリス! レベル4魔法ヒーリング!」
アリスがアイリスを回復させている。
キュアでもないハイキュアでもないフルキュア―でもない未知の魔法で瞬時に傷が癒える。
その時だった、異様進化種が大きく息を吸い込みだした。
その動作に、得も言えぬ恐怖を感じ、一瞬体が硬直した。
あの時の恐怖が蘇る。
圧倒的な力の差、己の無力さ、そして犠牲。
無我夢中で魔力を練り圧縮していく。
その魔力は今まで感じた事がないくらいにまで練られていた。
異様進化種の吸い込みが止まると同時に
アイリスが何かを叫ぶと、異様進化種の周りが黒く染まってゆく。
次の瞬間、数十m彼方に竜巻が発生していた。
俺を含む全員がその竜巻に唖然となっていたが、レオファング進化種の体当たりで、俺は我に返り、最高に練られた魔法剣をレオファング進化種の首に当てると難無くレオファングの首を切断する事に成功した。
この時展開していた魔法剣は炎の剣だったはずだが…
その剣は焔が揺らめく事は無く、青白い刃が形成されていた。
俺はその剣を眺めていると、程なく焔が立ち上がりいつもの剣になった。
俺たちは、進化種3匹を倒した安堵と、未だ健在な異様進化種への緊張で、只々アイリスとアリスの戦いを邪魔しない様に見ていた。
アイリスとアリスはお互い見つめ合い、「フゥ…」とため息を漏らすとスフィアを解除する。
さすがのアイリスとアリスも疲れが出てきたのか?
しかし、俺たちが応援に入っても二人の邪魔になるだけだろうし、足手まといになる事は容易に想像つく。
俺は、何もできない自分の手を強く握りしめ、歯を食いしばるしかなかった。
どうする事も出来ない自分自身への苛立ちは他のメンバーも同様で、悔しそうに二人へ視線を送る。
それでも…とアイリスとアリスの援護に向かおうとしたその時。
二人は空に右手を掲げ何かを呟いた。
すると、アイリスの右手には神々しい光り輝く槍が握られている。
アリスの右手には映るもの全てを吸い込むような直刀の短剣が握られている。
アイリスが顕著させた槍は知らないがアリスのあの剣に見覚えがある。
あれはアイリスとの決闘で出現させた剣だ。
アイリスは上空にその槍を投擲すると、槍は超高速で落下しながら巨大化し、異様進化種を背中から貫く。
アリスは異様進化種の前に立ち塞り、剣を超高速で振りぬくと短剣の斬撃とは思えない剣筋が異様進化種を縦に両断してしまった。
「お…お前ら…今の攻撃」
俺は震える声で異様進化種を指でさすと
「何か、埒が明かなくってイラッとしちゃったから」
「私も」
「………最初からそれやってればすぐに終わったんじゃないのか?」
俺は尚も震える声で精いっぱい心の叫びを口にする。
「え~せっかくの異様進化種なんだから、どこまで強いか確かめたいし」
「…俺たちは死に物狂いで進化種を3匹も倒したと言うのに…」
俺はこの2人の底知れぬ強さを見た。
そして、いつか、その双肩に並べるくらい強くなろうと心に誓った。
異様進化種の姿が消えるとそこには魔素が圧縮された様な丸い球が転がっていた。