第3話:初めての挫折
更に短いです。
冒険の第一歩
試練その1
立ちふさがる不動の扉を己の知恵と技を持って突破せよ。
溢れ出る力、万能感染み渡る能力、そして少しの気怠さ。
習得スキル"ハイハイ"を駆使し、扉の前に到達した。
ドアノブまでの距離1メートル弱。
俺はドアノブを見上げながら途方に暮れる。
なんてこった…先ほどまでの万能感はどこへ行ってしまったんだ!
先程の湧き上がるパワーは何処へ…
渾身の力を足に込め手を伸ばし立とうとするが中々立ち上がれない。
ふらつく足、まるで長時間正座した後のように、足が関節で曲がってしまう。
懸命に足に意識を集中するが、その意識とは裏腹に膝の関節は主の指令を拒絶する。
それでも、人間の限界を超え、更なる高みへ!
しかしと言うか、当然と言うか、人間…と言うより赤ん坊の限界は簡単に訪れる。
「クッ…アブー!(我が肉体は完全ではないのか!)」
へたり込む足を両方の拳で叩く。
その姿は、駄々をこねて腕をブンブンしている赤ちゃんの図。
きっと大人が見たらホッコリするような光景だろう。
しかし、何千年も生を繰り返し仮にも魔法を極めた男だ!
俺は魔王だったんだぞ! 勇者だったこともあるんだ!!
こんな扉を開けられない筈はない!!
「コアァンー、ムムアアトビアブー!(こうなったら、無理やりにでも扉を開けてやる!)」
使ってやるぞ!
物理法則に則った純然たる古の英知を!
俺は勇者の時代に身に付けた呪術を展開する。
その昔、盗賊たちの秘密基地である洞窟の扉を開けたり、結界で固められた魔界の扉を開いたとか、天空へ通じる門を開いたとか、伊邪那岐が塞いだ黄泉比良坂を開いたとかとされる禁呪。
ありとあらゆる複雑で難解に組み込まれた術式を根底より消滅させる解呪術。
俺はその禁呪の魔力を練り上げ叫ぶ。
「|オーブンアアアアブァ!(オープンセサミ)(破術式開門呪)」
しかし、何も起こらなかった。
クッ…この扉には未知の呪いがかかっているのか。
この世界の呪術は俺の知る世界と構成が異なっているのか!?
くっ…呪法は極めたと思っていた慢心か。
俺の術を以てしても解呪すらできない扉…さすが、領主が赤子を保護する扉だな。
悔しさを胸に、足取り重くアリスの横に戻った。
俺がヒステリーチックに奇声を上げていたもんだからアリスが目を覚ましてしまった。
アリスが目を覚ますと必ずと言っていい程に泣き始める。
それはある種、習慣のようにでもなっているのかと疑われる程に力一杯泣き出す。
俺は開けられぬ扉を人睨みし落胆する。
これから大いなる冒険が始まると思っていた矢先の出来事。
せめて慰みにとアリスの頭をなでなでしていると、アリスは泣き止み寝息を立てはじめた。
アイリスは早くも人生の挫折を味わう。
そうか、これが裏試練か! と訳の分からない事を想いながらアリスと夢の世界へ………。
先程の開かずの扉の覗き窓から、母と父とビッチが覗き込んでほっこりしていた事など知る由もない。
永き時を生きるアイリスの呪法がなぜ弾かれたのか。
呪い? 呪法? そんなの掛かっているわけでは無く、鍵のかかったただの扉。
ただ単にアイリスの術が完成していないだけである。
赤子で術を展開出来るとかそんなチートな訳がない。
と言うより知識と実践は違う、机上の理論など何の役にも立たない典型である。
魔力操作を行うわけでもなく、言霊たる術を展開した訳でもなく
想ったことが具現するには心が熟成されていても、それは想っただけで、具現されるべき餌がない。
本当にただ単に想っただけなのだ。
そんな事で術が発動する訳も無い。
そもそも言霊と言っても"アイリスは言葉を発していない"のである。
完全にその行為は中二病と何ら変わらない行為であった。