第86話:ノンたんという少女
今回はお留守番のノンたんにスポットを当ててみた。
そんなわけで続きをどうぞ
―――作戦当日。
皆はゾンビを相手に大丈夫なんだろうか。
聞けば基地を埋め尽くすほどのゾンビをいったん外に出して、基地に閉じ込められている人を救出した後で、追い出したゾンビをまた基地の中に戻すって事だけど…。
普通に考えてそんな大量のゾンビを基地から追い出すのも誘導するのも非常に困難だと思うんだけどな…。
武志さんだったら基地内に居るゾンビ纏めてミサイルで撃っちゃえばいいとか言いそう!
と思ていたら、無線の向こうで実際に言っていて思わず苦笑いになる。
でも、自衛隊の人が咎めても武志さんと宏樹さんだったら『わはははは』と笑いながら嬉々としてやりそう。
麻由さんと晴美さん、そんな二人のフォローとか大変そうだ~。
裕子ちゃんに至っては昨日から異様なテンションだったもんな~。
『ヘリの操縦なんて久しぶりだな~大丈夫かな?』って言ってたけど…
私と同い年の子がヘリコプターの操縦が久しぶりって…意味わかんないよね。
「希おねえちゃん、何で笑ってるの?」
私と麻由ちゃん(武志さん達は小さいまゆゆって言ってる)とお留守番して、今は国道沿いのビルの屋上で皆の作戦を無線で聞いてます。
ここからだったらみんなの無線も入るし、家も視界に入るから留守番には丁度いいの。
「ん? 武志さんとか『わははは』って笑いながらピストル撃ってそうだな~とか、裕子ちゃんが『うりゃ! そりゃ!』とか言いながらミサイル撃ってるのかなと想像したら何か笑えて来ちゃった。」
「あ~…あははは! あり得るね! でも、おばけがイッパイで裕子姉ちゃんとか大丈夫かな」
麻由ちゃんは心配そうな顔になり俯く。
この子も裕子ちゃんに保護される前は6歳で生き残るには想像を絶した体験をしたのだろうと裕子ちゃんは言っていたし、私も本当にそう思う。
13歳の私でさえパニックになっていつ死んでもいいようなそんな劣悪な環境だったのに…それだけでも麻由ちゃんの凄さが伝わってくる。
掌に収まりそうなほど小さい頭に手を置き、絹のような柔らかい髪を掬う様に撫でる。
撫でられて気持ちがいいのか、されるがままに目を細くする麻由ちゃん。
撫でてる私も麻由ちゃんの髪質が気持ちいいのでそのまま撫でまわす。
本当は私もみんなが心配で胸がはち切れそうになっている。
それでも私の鼓動を押えてくれるこの小さな用心棒の為に暗い妄想は抱かない様にしている。
「大丈夫だよ。だって武志さんや宏樹さんには麻由先輩や晴美先輩が居るし、ヘリコプターには裕子ちゃんが居るんだよ? それに武志さんと裕子先輩が率先してるんだから大丈夫だよ」
「ホント?」
「うん。武志さんと裕子ちゃんが言ってたよ?」
麻由ちゃんは『何て』って言いたそうにしながら小首を傾げる。
その仕草に私はまた笑顔になる。
そして武志さんの言葉を思い出し、麻由ちゃんに教える。
「武志さんは『危なかったらこんな事しないよ』ってね」
「あ~言いそう!」
笑顔で相槌を返してくる麻由ちゃん。
「ね、ね、裕子お姉ちゃんは何て言ったの?」
「んふふふ…『こんな作戦で死んでしまうなヘタレには鍛えてない!』だって」
「ぷふっ!! あははは、武志さんと宏樹さんにしたら鬼軍曹だっけ?」
「そうそう! あの二人でも裕子教官には頭が上がらないんだから」
「へ~裕子お姉ちゃんって本当に凄いんだね」
ウンウンと首を縦に振りながら同意する。
本当に私と同じ年とは思えない程に知識と経験が有り余っている。
「ノンたんは射撃が得意だから今回はマンションの屋上から駐屯地へ向かいそうなゾンビの掃除をお願い。あと小さいまゆゆの面倒を見ながらね。ついでに狙撃も教えてあげてね」
武志さんにはそう言われたが、本当は足手まといだからなのではないかと思っていた。
裕子ちゃんからも「麻由ちゃんにはSR-25はまだ早いからM-4で射撃教えてあげてね」って言われていた。
こんな小さな子に射撃を教えてって言うのは、方便で本当は私に対して『足手まとい』を暗に口にしなかったけど、そう思っているのだと思っていた。
でなければ、こんな小さな女の子に射撃なんて…普通教えないでしょ。
「あ、希おねえちゃん! あそこ!」
麻由ちゃんの指さす方向には、基地方面への道では無く、駐屯地に歩みを進めるゾンビが3体ほど見えた。
私はレーザーで目標との相対距離を計測できる双眼鏡を覗く。
距離は…331m
早速、SR-25と呼ばれるライフルのスコープを適正距離に合わせ覗く。
覗きながらもスコープの標準を微調整する。
銃口に消音気の付いたSR-25は"パスッ…パスッ…パスッ"とフン詰まりのような射撃音を3つ奏でると、遠くに見えた3体の人影がその場で崩れ落ちる様に倒れた。
その様子をスコープ越しに眺めると、安心したためかフウと小さく口から息が零れた。
と、横からも「ハ~ァ…」と息を吐いたのか言葉にしたのか分からない声が聞こえたので、そちらに顔を向けると麻由ちゃんが小指の先ほども無い程にしか見えない遠くのゾンビが倒れたのを見て再び「ファ~」と声を出す。
「希おねえちゃん凄いね!」
麻由ちゃんは目を大きく見開き、文字通り目をキラキラさせながら笑顔で射撃体勢のまま寝そべる私の横に同じように体を預けるように寝そべってきた。
私には何が凄いのか良く分からず、苦笑いで横に寝そべってきた麻由ちゃんの頭を撫でる。
いや、その前にあんな遠いゾンビを見つけ出した麻由ちゃんが凄いと思うのだけれど…そう思っていると
「裕子お姉ちゃんが言ってたんだよ。希おねえちゃんって射撃? 鉄砲撃つの凄く上手だって」
「え?」
麻由ちゃんに言われてもイマイチ理解が出来ない。
いや、実感がわかない。
と言うのも、以前から武志さんや裕子先輩に言われていたそのままだからだ。
「私より上手かもしれないから、鉄砲は希ちゃんに教えて貰ってねって言われたんだよ。だから私にも教えて!」
麻由ちゃんにそう言われて、前から武志さんや裕子ちゃんが言っていた事が、私を慰めるだけの言葉では無く本心と言う事に初めて実感を覚えた。
『麻由ちゃんを作戦に参加かせる訳にはいかないから、射撃を教えておいてね』と言った裕子ちゃんの言葉は、慰めでは無く、こんな小さな女の子を確実に生きながらえさせるために必要な事。
その必要な事を、自分より優れた私に託した。と初めて理解する。
そうでなければ、麻由ちゃんを駐屯地に置いて私も作戦に参加させることは容易なはずなのだ。
そこで、私の周りに居る仲間たちの思考に考えを巡らせる。
武志さんと宏樹さんは、自分たちがどのようにすれば確実に生き残れるかを最優先に考える人たちだ。
そうでなければ、自分の身を自分で守る必要が無いのであれば、自衛隊の人たちが守ってくれる駐屯地に避難している。
人が多くいる場所は確かに安全かもしれないが、破滅の危機に瀕した時、案外脆いと言っていたし、自分の命を人任せにしたくないとも言っていた。
そして締め括りに、人が多い所苦手なんだよねと苦笑いを浮かべていたし『危険と自由を天秤にかけたら自由でしょ!』って即答で言ってたし。
どれも本当の事でどれも事実。
そして麻由先輩と晴美先輩。
晴美先輩は武志さんと宏樹さんに助けられた時、"大人が守るのは当たり前"と思っていたらしい。
その考えはフォレストタウンで避難生活をしていた私たちを同じ。
『誰かが助けてくれる』だった。
私達の場合は略奪者が来たけど、晴美先輩の場合は救助を受け入れてくれた人たちが略奪者だった。
そこからも助けてくれたのが宏樹さんとの事だが、その時何か…晴美先輩が180°考えを変えた出来事が在ったのだと思う。
この辺の事はあまり誰も教えてくれない。
麻由先輩は武志さんの考えに賛同している。
自分を守るのは他人では無く自分なのだと。
その副産物として周りも守っている事になると。
だから、武志さんと同じように自分を生かす為にはどのように行動しどうすればいいのか常に考えているし、私には無い女性らしい女性で、女の私から見ても母性を感じてしまう。
裕子ちゃんとは別の意味で私は麻由先輩に憧れを抱いている。
裕子ちゃんに関しては良く分からないと言うのが正直な気持ち。
同い年と言う事もあり、気兼ねなく話せる同級生って気分もある。
でも、ヘリコプターの操縦や武器の取り扱いにも長けているし、その辺だけを見れば同級生とはとても思えない。
これをオタクと言う範疇では括る事が出来ないと武志さんも言っていたし、駐屯地に居る自衛隊の偉い人とも顔見知りらしい。
裕子ちゃんのお父さんとお母さんが自衛隊の先生をしているからだって言っていたけど、その言葉で武志さんや宏樹さんが納得してない様に私も正直、納得できなかった。
それだけに裕子ちゃんの考えや行動が13歳の中学生と同じとは思えなかった。
武志さんが言うには、初めて会った時、裕子ちゃんは普通の中学1年生に見えたけど、あの時は、恐怖で壊れそうな晴美先輩が居たからだと言ってた。
晴美先輩が、『年下で後輩の裕子ちゃんを守る!』って心を強くしていたから精神が保たれたのだと。
『そう考えると、あの時のユウコりんは猫を被ってたんだな。ハルちゃんの為に』って武志さんが言っていたのを自分と照らし合わせる。
とてもではないが1年とは言え先輩の心理状況を理解して行動するなんて、私には出来ない。
そもそも、ここの皆は自分が生きる為には、ゾンビだろうが生者だろうが、躊躇いなく引き金を引けると言う事。
そして、自分の身は自分で守る事。
その考えはどうやら6歳の小学生でも14歳の中学生でも例外ではないらしい。
そこで何時かの夕飯時の会話を思い出す。
「なあ、ユウコりん。アメリカとかって何歳から銃とか扱うの?」
「そうですね~州によって法律が違うから一概に言えませんけど、場所によっては12歳前後から親にライフルとかの扱いを教えて貰ったりしますね」
「へ~12歳から撃てるんだ?」
「撃てるのは何歳でも撃てますよ。そうですね~この辺は家庭でも違いますけど、代々受け継がれてきたライフルって感じで親から子へ託す…昔の日本で言うと刀って感じでしょうか?」
「じゃあ、ユウコりんだったら何歳から銃を撃てると思う?」
「え? 6歳とか余裕で撃てるんじゃない? 私が覚えているのは…6歳頃には撃ってた気がするし」
「|―――(一同唖然)」
「あ…エアーガンのことだからね!」
(嘘だな)
(嘘だね)
(嘘だわ)
(嘘だ)
(嘘ね)
って会話があった。
と言う事は、本気で麻由ちゃんに射撃を教えろと?!
武志さんや裕子ちゃんの話はマジだったのか!?
『自分は必要とされていない』『足手まとい』と思われていないことがジワジワと胸の中で暖かく熱を持ってくる。
私は体を起こし、武志さんから受け取った『|M4スペシャルカスタム(TAKESHI Special)』を手に取る。
武志さんから「これだったら色んなオプション付いてるから射撃練習にいいんじゃない?」と託されたアサルトライフル。
これを「はい」と言って麻由ちゃんに差し出す。
両手でオッカナビックリ受け取る麻由ちゃんに早速、裕子ちゃん直伝射撃術を伝授する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うっひゃ~ここは戦場かよ!?」
俺は徐々に遠ざかる砲撃の着弾点であろう、轟音を響かせ黒煙が立ち上がる景色を眺め思ったままの感想を口にするとインカムで応答が来る。
「これは人間対ゾンビの戦争じゃけん!」
と、菅原の文さんがある映画で言っていたセリフなのかアニメで文さんを模した海軍大将なのか良く分からんがとりあえず誰かのマネで返答してきた。
正面とは反対側のここからはよく分からないが1キロほど離れた場所から同じ景色を見てる宏樹。
「ところでオッチャンは何処に居るんよ?」
「俺? 反対のゲートって高いマンションとか無くってさ…基地内の電波塔みたいな…鉄塔?」
「ちょっと待て! 基地内って言ったか?」
「うん、基地内」
予想外の事を言い出す宏樹に思わず素で思った事を口に出した。
「いや~やっぱり基地って広いね~この辺もさ、フェンスの中だから基地の中なんだけど、この辺にはゾンビとか居なくてね。いや~侵入が楽でしたよ」
何というか、反対側のゲートは未調査だったからなのか驚愕の事実。
通り沿いのフェンスにはゾンビが溢れかえっていたと言うのに反対側は被害なしとは…
「そうみたいだね。宏樹さんの言う通り。上から見ても反対側は何でかゾンビがあまり居なかった」
ユウコりんまでそんな感想を述べる。
沖田さんに至っては、駐屯地に居る他の隊員も宏樹の居る反対側のゲートから侵入して正面ゲートに来てフェンスを修繕、強化するようだ。
その時に、宏樹は自衛隊員の皆さんのトラックに便乗してゾンビから警護するつもりだそうで…
「思いっきり作戦行動外じゃね~か」
と、自衛隊とは違う自分達用のインカムに送信する。
「平気平気! 途中から別行動するから」
いや、別行動するって、武器とかどうやって調達するんだよ!
って思っていたら、案外考えているらしく。
「この鉄塔からも見えるんだけど、軍用トラックが結構あるんだよね~あのトラックを頂きに参上!」
「いや、誰のマネだよ」と、思わずツッコみそうになるほどに誰のマネをしたか分からない宏樹が言葉を続ける。
「あの中に武器が入っていたら一石二鳥だし」
その言葉を聞いてツッコミより「確かに」と普通の会話をしてしまう自分にツッコミたくなったがここはグッと我慢。
「あとさ…ユウコりん聞いてる?」
「な~んですか?」
何でここでユウコりんに通信を送る必要があるのだ?
「ユウコりんも上から見て知ってると思うけど、あのヘリ、アパッチっていう戦闘ヘリじゃない?」
「おっ! 宏樹さんも気が付きましたか? そうですよ。アパッチですよ! 宏樹さんが私を呼んだって事は、そう言う事ですね!?」
そう言う事ですね?! ってどういうことだよ!
いや、そう言う事なんだろ?
『あれを頂きに参上!』って事だろ?
「そう思って、私もフェンス修繕チームに混じって今、トラックに乗る事を検討していたんですけど…」
あれ? あのユウコりんが躊躇してるって、何か危険な香りでもするのか?
「武志さん、あのヘリを頂きに参上してもいいですかね?」
「何で俺に聞く!」
今回の作戦立案は俺でも指令は事実上ユウコりんなんだけどね。
「いや~勝手に家の近くにアパッチ停めても平気かな? って、一応、家主様に許可を取らなきゃダメかな? って思っただけだけどね」
「武器が増えるのは拒否しないけど、自衛隊の人たちも納得済みなの? 俺達が軍用品を持って良い訳?」
「あ、沖田のおじちゃんには許可取ってあります!」
もう俺から何も言う事ないじゃん…
「お好きにどうぞ」
「だから武志さん大好き!」
インカムの向こうで、既に頂きに参上する前提で行動していたユウコりん。
俺の許可なくとも関係ない気がするけどね。
…と思いながら、黒煙が上がる方角を眺めていたら、まゆゆが俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
「私も武志さんの事好きですから」
「お、おお…」
何というか、照れくさいと言うか、怖いと言うか。
そんな雰囲気をまゆゆから感じた。
「麻由先輩! 抜け駆けは…良いですけど。その次は私の番ですからね」
その後、まゆゆとユウコりんがインカムで何かを言っていたのだが俺の耳には入って来なかった。
いや、敢えて聞こえない様に心の扉を閉めておいた。
ただ俺の呟きだけが小さくみんなのインカムから聞こえただろう。
「…この会話、皆聞こえてるんだけど…」
宏樹は大笑い。
ノンたんは笑いをかみ殺すような…そんな吐息がインカムから聞こえる。
美智子さんは「若いって良いわね~」
キヨシは「羨ましいっすね」
「なに? やっぱり私の事、年増とかおばさんって思ってる訳?」
「い、いや、そんな事ないよ。自分には美智子さんしか居ないから!」
「美智子さんじゃないでしょ? 二人の時は美智子」
「ごめん…美智子」
「………」
だから、みんなに聞こえるんだって!!
何なんだこいつらは!!
甘くて甘々で喉が渇きそうだわ!!
誤字脱字や矛盾等がありましたらご報告お願いします。
あと、こう言う風にしたら良いとかこんな展開も希望等ご意見ご感想もお待ちしております。
評価など頂けたら嬉しい限りです。