第80話:決死のお買い物
今回は前回79話の前日譚になります。
それでは続きをどうぞ
子供服が置いてあるだろう民家に侵入するが何と言うか、ものの見事に散乱していたり。
血で汚れていたりと…この辺は自衛隊の避難より前にゾンビが発生したのか?
まあ住民が居ない時点で自衛隊が仕事をしたのだろうけど、それにしても発生時は大分パニックになっていたのだろうと各家屋の内情を見ると理解できる。
んで残念な事に噛まれた人が多数居たんだろうと予想できる…でなければ、民家にこんな血が滴ってる事なんてありえない。
肉の付いた骨を見れば言わずもがな分かって頂けるだろう。
それを見れば大人も子供も男も女も関係なく。
そんなのが家の中に散乱してるのだから。
塀を乗り越えると大通りに面した民家に辿り着く。
庭から大通りを眺め道路の対面に見えるは…大型子供服専門店!
もう、ここしかないだろ?
って言わんばかりに鎮座するその店舗。
新生児の靴、洋服、離乳食、哺乳瓶から、乳幼児用玩具から雑貨から子供服までありとあらゆる子供向け用品が揃うお子様の居る家族の強い味方の石松屋。
大型店舗やスーパーであれば生存者が居る可能性も高いのだろうが、石松屋に…居ないとも限らないが、そこは生存者探知機能搭載のゾンビに聞けば分かる。
チェーン店らしく数十台が止められる駐車場を完備している。
生存者が居ればゾンビが屯してるであろうが、そこにゾンビは存在していない。
シャッターも閉まっておらず、ガラス張りの店舗に張り付いているゾンビも居ない。
即ち、ここに生存者も居ないと言う事。
壁から目まで頭を出し辺りを確認する。
遠くの方で野良ゾンビらしき数体が居るようだが他には確認できない。
こんなパニック終末状態でも街路灯や信号が動いてる辺り、自衛隊の皆さんが発電所を守ってくれているのは感謝である。
はたまた無人運転しているのか。
原子力発電で無人だったら怖いな…と思いつつも今は電気が通っている事だけに感謝する。
音も無く塀から飛ぶ…どこかの殺し屋の様な事は出来ない俺はなるべく音を立てず、塀の上に腹を置き、右足から地に足を付けるとそのまま左足を地面に降ろす。
すぐさま通りの街路樹の下で膝を屈ませると、塀を乗り越える前と同じように辺りを窺う。
当然生存者も居ないし、ゾンビも走ってくるわけではないから数秒の間に何が変ると言う訳でもない。
気を付けなければならないのは、2つ先の信号のさらに先で揺らいでいる人影に悟られないようにすることだ。
俺は息を殺しながら体を屈めたまま片側2車線の幹線道路を渡る。
中央分離帯に植樹されている茂みに身を隠し、再び辺りを探る。
何の変化も無い事を確認し残りの2車線も渡る。
こんな時、ドラマや映画であれば扱けたり空き缶を蹴ったりして物音を立ててピンチに陥るのだろうが、そんなバカはしない。
そんな映画のお約束をするようなバカで間抜けな人間なら、早々にリタイヤしてくれた方が周りに迷惑を掛ける前に死ねばいいのだ。
とりあえず、石松屋の前に辿り着く。
営業時間中にパニックが発生したのか、強制避難命令が発動されたのか。
店内には電気が煌々と点き、恰もパニックなど存在しない普通の日常を思い起こさせる営業中の店内。
唯一平常時と違うのは店員が一人も居ないことだ。
その事がもう日常ではないことを嫌でも現実に戻す。
その店内をガラス越しに外から見回すと、やはり生存者は確認できないしゾンビの姿も確認できない。
"よし"と心の中でガッツポーズをして平時と同じように正面入り口の前に立つ。
すると自動ドアが勝手に開き店内の音楽が外に漏れる。
俺は慌てて店内に滑り込み物陰から自動ドアの方を窺う。
まずい…非常にまずい!
静まりかえったこの世界で、今の自動ドアの開閉音と店内の音楽は外に響いたはず…
あそこにいたゾンビは3~5体ほど、下手したらもっと増えるかもしれない。
銃で撃退して退散すれば問題は無いが、明日の出発時に確実にゾンビが増えている。
そうなればまた色々と面倒な事になる。
1体2体だったら大した事は無いが、複数体がいっぺんに来たら命の危機だ。
まずゾンビが来ることを想定して動かなければならない。
瞬時に優先順位を決めそのための行動を起こす。
まず生き残る事。
であれば数体来たゾンビを撃退し塀を乗り越え元来た民家へ戻るだけ。
しかし今回のミッションは生き残る事を前提に子供服を持って帰らなければならない。
でないとまゆゆとユウコりんの冷たい眼差しを浴びる事となる。
生き残る事も大切だが、俺の心も大切なのだ。
あんな天使二人に冷たい眼差しを向けられたら…心も凍てついてしまう。
それだけは断固阻止しなければ!
まずはバックヤードに向かい店内に流れる音楽を止める。
映画だったら残された店員さんが血だらけで物陰から出てくるのだろうけど、そんなお約束にはならず難なく音楽を止める。
業務用の机の上に鍵があり、ご丁寧にタグには『自動ドア』の文字。
これで自動ドアに鍵を掛けられる! と思い鍵を持って自動ドアに向かうと、残念な事にお客様のご来店。
フッと自動ドアの下に目を向けると内部から鍵が設鍵出来るタイプだったことに膝を着きそうになる。
俺の持っているこの鍵は外部からキーを開ける為の物だった…
俺の姿を確認したゾンビは一直線に向かってくる。
陳列されている商品もワゴンも関係なく愚直なまでに一直線に。
そうすると困ってしまうのが、棚やワゴンや商品が散乱する時に生じる騒音。
それを阻止するために通路に立ち、ゾンビがこちらに来ても障害物が無いようにする。
俺は通路奥まで走ると、周りを確認する。
バット…残念ながら子供用のバットなんて本気で殴っても怪我をするほど強力でも無ければ強くない。
積み木で何をしろと?
ぱ、パトカー…の玩具に消防車の玩具…でどうしろと?!
おお! スポンジガンじゃないですか! しかも連射が出来るとは最近の玩具は進んでいるな…って今はこんなので遊んでいる暇ではない!
こ…この銃は! 光と音だけが出る銃をどうしろと?
寧ろ音を消して欲しいんですけど!?
ん?
音を消す?
そうだ!
俺は4体居るゾンビを倒す為、敢えて通路に誘導している。
今変に進路を変えると間違いなくゾンビは一直線に来ようとして什器を押しのけ倒し来ようとするからだ。
俺はゾンビから視線を外すことなく、ある商品を手に取る。
動き回っても大丈夫! 漏れないから安心!
そう、おむつを手に取る。
それを銃口に被せ即席の使い捨てサイレンサーとした。
前に宏樹と遊んでいて新聞紙サイレンサーを作った要領で銃口の前に丸めたおむつを被せる。
近くに来たゾンビに発射。
「ボフ!」とくぐもった音を立てて銃弾が発射される。
そのまま頭部に命中し、力なく倒れ込む。
"よし成功!"と心の中でガッツポーズをしながら後は同じことの繰り返し。
難無く残りの3体も始末完了。
そのままダッシュで自動ドアの鍵をかけると周りを見回し他にゾンビが来てないか確認する。
さっき俺は言ったはずだ、人に迷惑をかける間抜けは早く死ぬべきだと。
有能な敵より無能な味方ほど怖いものは無いって俺の知ってるナポレおじちゃんが言ってた。
あ? 俺? 死ぬわけねーべ?
「はあ…」と溜息をつき、自分のバカさ加減に落胆し、自分の機転に一優する。
さて買い物…と、買い物かごを片手に子供服を物色し帰路につく。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「さ、お風呂入ろ?」
幼い手を取って風呂場に向かうのは同じ幼い手の持ち主であるユウコりん。
と言ってもその手はどんな修羅場をくぐった曹長であれ軍曹であれ准尉であれ大尉であれ抵抗できるのか? と思わせるほどに卓越した手腕の持ち主。
年齢は13歳と幼いが小学校にも入学していない幼女にしてみたら、姉よりも大人を感じずにはいられない。
そんな安心できる笑顔を浮かべる大人に手を引いてもらいながら脱衣所で血と汗と泥にまみれたワンピースを脱ぐと、生地を通して染み込んだ血液が小さな幼く未熟な体にまでシミを作っている。
ユウコりんも人に自慢するようなボディの持ち主ではないが、中学生然とした体を隠す事もせず、自身の洋服を無造作に脱ぎ捨ててゆく。
「湯船に入る前に体を洗おうね」
優しく撫でられる頭に目を細めてコクリと頷く幼女は、ここにきて未だに口を開いてない。
シャワーを頭からかけられギュッと目を瞑るとその隙に見える範囲で怪我が無いか、噛み痕はないかを確認する。
一先ず見える範囲ではそれらしい傷も見当たらない事に安堵する。
暫く頭からシャワーをかけていると、髪の毛にこびり付き整髪料以上に固まった血液が溶けて落ちてゆく。
そこでシャワーをシャワー置きにセットしシャンプーのボトルを数回押す。
手に万遍無くシャンプーが伸ばされると、そのまま彼女の小さな頭を撫でるように泡立てる。
頭皮まで染み込んだ血液を洗い流すように、髪の毛が軋んで引っ張られない様に優しく。
1回の洗髪ではシャンプーも泡立たない事に今までの彼女の苦労が窺える。
「もう1回シャンプーするよ~」
極力、明るい声を掛けるユウコりん。
その言葉にコクリと首を縦に1回振る。
2回目でようやくシャンプーの泡が立ち始めると、肩まで伸びた髪の毛まで綺麗に梳いてゆく。
それでもワシワシと洗える状態でも無かったので、シャンプーを軽く流すと再びシャンプーボトルを5回プッシュして掌で伸ばす。
ここまで来ると、シャンプーも十分に泡立って行き、髪全体から汚れが落ちたと実感できる。
泡立つシャンプーを頭皮まで染み渡らせると、マッサージの要領で指の腹で優しく刺激する。
それが気持ちよいのか、それとも今まで一緒に風呂に入っていた姉妹か母親を思い出すのか、文句ひとつ言わず椅子に座り目を瞑っている。
「よし、流すね~」
そう言われて少女も息を吸い込んだ後に止める。
十分に泡が洗い流されると、細くしなやかな髪が姿を現す。
そこにリンスを付けて髪に浸透させるように軽く揉みこむと、髪の芯まで届いたのか先程とは想像できない程のしっとりとした艶やかな髪が姿を現す。
「わ~綺麗な髪だね~」
そう言いながら髪を撫でるユウコりんに少し心を開いたのか、幼い女の子らしいはにかんだ笑顔を返してきた。
「あ、そう言えば名前聞いてなかったね。私は裕子。あなたは?」
「まゆ」
「まゆちゃんって言うの? 偶然だね! さっき居たお姐さんも"まゆ"って名前なんだよ?」
それを聞いて、自分と同じ名前のお姐さんに親近感が湧いたのか、目を大きく開いて言葉を発する。
「え! そうなの?」
まるで先程まで生き人形の様だった少女からは想像できない位の笑顔にユウコりんも自然と深い笑みが溢れる。
「私もそのお姐さんの事好きだから、まゆちゃんも好きになると思うよ」
「ほんと? 優しい?」
「うん。凄く優しいよ! そして凄く強いの!」
「へ~!」
「さ、次は体を洗っちゃおうね」
「うん!」
少ない会話であったが、少女の心を開かせ笑顔まで溢れさせるユウコりんには脱衣所へ着替えを持って来たまゆゆも脱帽であった。
しかし自分の顔に驚きの表情よりも笑顔が張り付いている事にまゆゆも気が付かなかった。
只々、久しぶりに会った歳の離れた従姉妹との会話を楽しんでいるようなユウコりんと自身と同名のまゆちゃんに心が温かくなった。
脱衣所には、武志が調達してきた新品の子供用パジャマと新品のスウェットが畳まれ仲良く並んで置かれていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お疲れ様でした」
脱衣所でユウコりんともう一人のまゆの着替えを置き、子供用の洋服やパジャマを獲得してきた武志に労いの言葉をかける。
「ああ、もう死にそうだった…」
そんな不穏な言葉を口にする武志に再び笑顔を濃くしてコーヒーを薦める。
まゆゆには死にそうだった武志の武勇伝より今ここに無傷で帰ってきてくれた方が大事だった。
しかし聞き上手なまゆゆは武志が語りたそうにしている事を察し、
「何があったんですか?」
と、口調変らず質問する。
意気揚々と話す石松屋での出来事に「ゾンビが入って来た」と聞いた時は流石に目を見開いたが、なぜ入って来たのか。
どうやってゾンビと対峙したのか、どうやって撃退したのかを笑顔で話す武志に
「もう、バカですね。今度は気を付けてくださいよ?」
と、笑顔のままで答える。
「ああ、まだまだ自分は大馬鹿者だな! あんな小さな生存者に動揺してたのかな?」
小さな少女に責任転嫁をした武志に、
「小さな子の所為にするんじゃありません!」とピシャリと咎める。
それを聞き、武志も同意したのか「すんません」と後頭部を掻きながら謝罪すると二人で笑いあう。
程なくして、ユウコりんと先程の大層汚れ塗れだった少女が見違えるような美少女となって登場する。
「薄汚れたガキだと思ったら…天使だったのか!?」
ユウコりんに手を引かれた少女は人見知りをするようユウコりんの背後に隠れる。
しかし、俺の最後の言葉に頭の位置はそのままで、大きな瞳だけを向けてくる。
その上目使いの姿に素で「うん可愛い」と知らないうちに口に出していた。
「武志さん? 武志さんは…ろ―――」
「いや違うから!」
間髪入れずにまゆゆの言葉を否定する。
答え合わせなど要らない程に明確な答えが頭に浮かぶ。
正に"超イントロドン"ってな感じだ。
「あ、あたしのこの幼い体が目的なのね!?」
とユウコりんも風呂上りで火照った体の胸の部分を腕をクロスさせた状態で隠し悪乗りしてくる。
ついでに言うと腰をクネクネとさせひ弱を演出しているのだが、ユウコりんの本性を知っている俺には、ただ単に小躍りにしか見えないのは内緒だ。
先程まで風呂場で取り留めも無い、しかし幼女の心を開いた大人の女性が笑顔を見せている事に、そんなどうしようもなく単純すぎる程にどうでも良い話で小さいほうのまゆゆにも自然と笑顔が浮かんでいた。
この子は本来、人見知りを余りしない活発的な子だったのだろう。
しかもこんな世界を一人で生き残ってきたとあれば、年齢以上に頭も良いのが窺える。
普通に考えれば小学校にも上がっていない子供は泣き叫びゾンビを呼び寄せて喰われるだけだから。
その事を教えたのは親なのか兄妹なのか…
目の前で両親を喰われたのかもしれない。
目の前で姉妹を喰われたのかもしれない。
それに該当しなくとも、それ相当の悲劇がこの幼い少女の目の前で起こったはずだ。
だから今日はその事については俺の口から聞くのは止そう。
それを聞くのは悪魔のような人間である俺の仕事じゃない。
ここに天使が二人も居るんだ。
何の問題も無い。
今日は俺が朝まで見張りをしてやる。
その代り、まゆゆとユウコりんは天使の奇跡を発揮してくれ。
俺は俺のしなきゃいけない事を一晩寝ずに考えなくてはいけない。
そう、帰った後の言い訳だ。
ああ見えて宏樹は優しい。
強面なのに優しい。
いや、強面の人は内面は優しいのかもしれない。
そんな強面で優しい宏樹が本気で怒ると『マジで怖い』のだ。
トオル? ヒロシ? 天羽? 武丸?
はん! そんなフィクションの何が怖い?
コッチはリアルなんだぞ?
想像してみてくれ。
菅原文太が、高倉健が本気で怒ったら怖いと思わんかね?
いや本気で怒ったところは見た事など当然ないのだが、想像はできるだろ?
そんなん怖い、怖すぎる。
俺はよ~~~~~~~く考えなくてはいけないのだ。
宏樹対策を!
誤字脱字や矛盾等がありましたらご報告お願いします。
あと、こう言う風にしたら良いとかこんな展開も希望等ご意見ご感想もお待ちしております。
評価など頂けたら嬉しい限りです。