第73話:マヨヒガ
マヨヒガ(迷い家)とは、東北、関東地方に伝わる、訪れた者に富をもたらすとされる山中の幻の家、あるいはその家を訪れた者についての伝承の名である。By Wiki
それでは続きをどうぞ
心地よい温もりに包まれて目が覚める。
左右に美少女が寝ている。
一人は綺麗な黒髪で華奢な肩に長髪を纏うワガママボディな美少女。
一人は薄く茶色い髪を活発的な短髪にした絶賛発展途上の美少女。
当然、いつもと変わらぬ朝の仕様であった。
しかしいつもと違うのはこの二人の寝顔を見るだけで心に温かいものが充満し自然と笑顔になる俺の心。
いやほんと、マジエンジェーだ。
いつものベットではなく布団なのだが、畳に布団と言う状況も旅館に宿泊しているような旅行気分で偶には良いなと思う。
実際、気楽な一人旅気分だったし。
途中までは。
でも、二人と合流したからには今後の行動を考えなければいけない。
まずは二人が起きたら確認する事がある。
二人の無事を宏樹達に知らせる為のメールなりオンライントークをする必要があるからだ。
と言っても、逃げ出してきた俺はスマホを置いて来ている。
元々通話は出来ないのだけれどネットワークが生きていればネットはできる。
この屋敷にもパソコンは置いてあることは知っているからそれを使わせてもらう。
ネットワーク環境が生きて居ればの話だが。
その前に漫画に夢中になっていた為に動かしていないから状況が分からない。
何やってるんだ俺は。
で、今回最大の謎。
二人はどうやってこの場所に来たのか。
いや、正確に言えばどうしてこの屋敷に俺が居ると分かったのかだ。
二人を起こさない様に静かに体を起こすと、そのまま別室へ向かう。
そこには大層な、ご家庭のパソコンとはかけ離れているPCがある。
ラックに収まり一際大きな音を立てるそのパソコンは、所謂、サーバと言う代物だ。
中身はきっと、表には出ない怪しい情報が入っていたりするのだろうが、俺には全く関係ないし、知ったところでどうこうするつもりも無ければ、取り締まる機関が既に存在しない。
俺の一番の関心事はログインIDとパスワードである。
ログインしなければ当然使えない訳で、パスワードなんてそう簡単に分かるはずもない。
周りの机などを調べてみたがこれと言った物も発見できなかった。
仕方がない…ダメ元で自分の知りうるパスワードだけでも入力してみるか…
ユーザー名:Administrator
パスワード:P@$$W0RD
『ようこそ』
………一発かよ!
普通、こんな初期状態的なパスワードで運用しないだろうに…
でも、ある意味間抜けな人が運用していた事に感謝します。
ログインが出来れば話は早い。
まずはネットワークが生きているか…
「おっし!」
思わず声が出た。
これでとりあえず宏樹のパソコンへメールを送る。
『天使に捕まった。引き続き任務を続行する。こっちは適当に過ごすから、そっちも適当にやっててくれ。追伸、無理して死ぬなよ』
送信と…これで残った面々も溜飲が下がるってものだな。
俺の中に、帰ったら怒られると言う単語は浮かばなかった。
ただ単に、二人に発見されて驚きと嬉しさが勝っただけで、少しでも早くその事を伝えたかっただけなのだった。
メール送信して一安心したからなのかお腹が空いてきた。
廊下に出て何かを漁ろうとレストランの様なキッチンに向かった所でいい匂いが漂ってくる。
ふむ、やっぱり朝は焼き魚だな。
出汁の香る味噌汁。
御飯を引き立てる味付け海苔と至れり尽くせりだ。
やっぱり俺は日本人なのだな~とシミジミ思うと同時に、それを用意するまゆゆにも感謝を述べる。
俺が宏樹にメールを送付している間に朝食を作るとは、中々に嫁力が高い。
手を合わせて一斉に『いただきます』と口にすると味噌汁を啜る。
うむ、何度飲んでも同じ事が頭に浮かぶ。
まゆゆは良いお嫁さんになるだろう。
スッカリ俺の胃袋はまゆゆに握られてしまっている。
それなのに俺ったら逃亡しちゃって…『メッ!』だぞ!
と思っていたのだが、脳内お花畑から帰ってくると現実を見つめ直す。
「そうそう、真っ先に聞きたい事だったんだけど、何で目的地も知らないで俺が何気なく寄っただけのこの家に来たの?」
「それはですね…」と言いながらまゆゆはユウコりんに視線を送る。
「ふん、そんなの簡単よ」
とユウコりんは吐き捨てるとドヤ顔で言葉を紡ぐ。
「まず第一に、目的地ははっきりしてました」
「え?」
俺が驚いた表情を出すと、ユウコりんが「パソコンの画面に行き先が残ってましたよ」と言いながらプリントアウトした紙を差し出す。
それを見て俺は『あちゃ~』って顔をする。
「ふふふ、武志さんも作戦を考える時は抜け目がないのに、普通の時は間抜けですね」
とまゆゆまで追随してくる。
「でも! でもでも! これだけじゃ絶対分からないでしょ? そもそもさ、モニターの画面に残っていただけでそこに行くとは限らないでしょ?」
と言い切ると、ユウコりんは「フフン」と発展途上の胸を突出しドヤ顔をしながら答えてくる。
「武志さん、前に近所にゾンビが居ないとか不思議がってましたよね? ゾンビは人間の所に行くとも言ってましたよね?」
確かに言っていたが、それとどう結びつくんだ?
「武志さんは自衛隊の駐屯地に行けないって知ってたんじゃないんですか? 知ってた上で皆を納得させる為に念のため上空から偵察するとか言ってたんでしょ?」
『何だって~~!』と声を大にして言いたいが、それをする前にユウコりんが話を続けた。
「と言う事は、武志さんの事だから次の手段を考えていたと言う事でしょ? 現に宏樹さんもその考えに思い至ってる節があるし」
再び『何だって~~!』と叫びそうになった。
「そう考えると、ゾンビが闊歩する地上より次の安全な新天地を探すのが最優先事項と判断したんじゃないですか?」
俺は言葉に詰まる。
俺の頭にあったのは、一人旅で気楽に生活するなら船上かな? と軽い考えだったのだが。
とても違うとは言えず、かと言って肯定するのも不正解。
とすれば、沈黙するしかないですな。
「む、むぅ」
俺は俯きながら食後のお茶を啜る。
ふと見るとまゆゆが菩薩の様な笑顔を俺に向けているので、余計に居心地が悪くなった。
「そう言う事で、画面に残ってたマリーナに向かうのは確定と思ったんですよ」
聞いてると、そうだ。
確かにそう思っていたかもしれない。
いや、そう思ってたんだ!
と言う気分になってしまう。
「でも…ここは目的地から随分と離れた場所だよ? 何でこんな所でピンポイントで分かったの?」
俺は冷や汗が止まらずユウコりんに問い詰めたのだが「そんなの簡単ですよ」と再び言い切られてしまった。
「まずマリーナに最短で向かうには大きな都市を縦断する必要があります。何か所もですよ? 武志さんがそんな行動に出るとは考えずらいです」
うん…確かに。
「しかも大きな橋も壊されている可能性があると自ずと上流に足が向くだろうと。で、パソコンで地図を見ていた時に思ったんです。この新しく開通した高速道路周辺の道路。開発は始まっていますが明らかに発展途上ですよね?」
またもやプリントアウトした地図を差し出す。
そ…そうね。
その地図は俺が確認した地図と同じものだった事に再び戦慄を覚える。
「と言う事は、川幅も少なく人も少ないからゾンビも少ない。遠回りだが安全な道を選ぶと思ってました」
全くぐうの音も出ない。
「で…でも、この家に居るなんて普通は考えないでしょ?」
まゆゆもプリントアウトした地図とユウコりんを交互に見て小刻みに首を縦に振っている。
「いや、真っ先に考えました。遠回りの道程で進路上にあるこの家に居るかもしれないと」
どういう事だ?
ユウコりんの言い方だと、俺が真っ先にここへ来る。そんな確信めいた言葉だった。
「え? どういうこと?」
「武志さんなら分かると思ったんですよ。この家の存在」
ユウコりんはここの家主の事を知ってるのか?
確かに、大きな屋敷に異様で異常とも思える防犯設備。
射撃場かと思うばかりの銃器の数々。
明らかに、お日様を正面に受けて歩くような人ではない事は窺えるが…
「ああ、闇の世界で成功を修めた人の家かな~って」
「そうです。と言う事は、武器も置いてあると思ったんじゃないですか?」
「あ、いや…うん、どうかな?」
完全な偶然です。
隠し部屋にあんないっぱい武器が在るなんて思いも依りませんでした。
「そう言う事を把握している武志さんだったら、進路上にあるこの家に居るかもしれないと思ったまでです」
「そ…そうだったんだ…いや、ホント、遠路はるばるありがとうございました。」
そう言うと、俺はズズズとお茶を啜る。
まゆゆも非常に納得いったと言わんばかりにお茶を啜る。
ユウコりんはドヤ顔でポテトチップをポリポリと食べている。
うん、この子には何をどうやっても敵いません。
俺の殆んど行き当たりばったりな行動なうえに偶々立ち寄った大きな家で惰眠を貪っていただけなのに、その行動さえも読みつくすユウコりん。
しかも本人が考えていない事にも納得させられてしまう説得力。
俺は逃げる事も出来ないのかと諦めた。
もう逃げようと思わないけど。
しかし、ユウコりんの中の俺はどういう立ち位置なのだろう?
ユウコりんの中では、俺の幻影が俺の想っている斜め上のに居るのだろうか?
まゆゆ曰く、寄り道せず真っ直ぐにここに向かっていた様だったと聞くと、何か発信機でもあるのではないかと疑ってみた。
その後、色々と雑談していたり漫画を回し読みしたりしたのだが、ハッと思い出す。
何でユウコりんはここに暗黒街のドンみたいな人の家がここにある事を知っているのか!?
言っては何だがここは大層な田舎なんですけど?
暗黒街のボスだったら都内の一等地に住居を構えそうなんだけどな。
当然ながら一般人の俺に知る由も無かったと言うのに。
当のユウコりんは、結構有名な話じゃないですか! と、あっけらかんと答えた。
ゴメン、何が有名なのか全然理解できない。
俺はその回答に、これ以上踏み込んではいけないのだと理解した。
当然、中学生が何でここまで迷いもせず来れたのかとか、中学生が何でバイクや車を運転できたのか等、聞く事も出来なかった。
俺もまゆゆも『ユウコりん』だからだな! と自己完結し、お互い数秒見つめ合った後、笑うしかなかった。
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あと、こう言う風にしたら良いとかこんな展開も希望等ご意見ご感想もお待ちしております。
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