第39話:宿泊をキャンセルで
「我が家よ!私(晴美)は帰ってきた!」と「朝から命の危機」の二本立て!
って事で続きをどうぞ
ハルちゃんが住んでいたマンションの駐車場ははっきり言って危険だらけ。
まず車の出入り口にゲートも無く、低い柵がマンションの周りを囲っているだけ。
駐車場も昇降式の立体駐車場になっている。
ハルちゃんの家族が使ってる駐車場に止めようにも、車高制限があり、ワンボックス+ルーフキャリアの荷物の高さでは駐車できない。
もっともリフトを操作するキーをハルちゃんは持ってない。
マンションの出入り口は建屋の端に非常階段が設置され簡単に侵入が可能となっている。
マンション中央のエントランス正面はガラス張りになっており、12階建ての74世帯が入居可能な結構大きいマンションだ。
俺はエントランスの正面入り口に車をバックで止める。
エントランスの両開きドアを全開にすればエントランス内に車ごと進入が可能。
しかも車の脇をゾンビが通り抜けられない位の寸法と言う事が分かり車をゲート代りにした。
と言っても、どうしてもルーフに積んである荷物の為、エントランスには車のリアハッチが開く所までしか入れられなかった。
それに車がゲートになってると言っても車の左右はガラスが壁代りになっているだけ。
強化ガラスと言っても絶対強度がある訳ではない。
ましてや、自分の腕がどうなろうと痛みも後悔も無いゾンビ相手だったら多少強いガラスと言うだけで普通の大差ない。
寧ろ強化ガラスの方が割れたら粉々になる分、ゾンビの侵入も容易くなってしまう。
強固なバリケード換わりになる訳でも無いが大挙した圧力や局所への刺突が無ければ問題は無いと思う。
全員降車して非常用階段を上がって行く。
電気が通っているのでエレベータを使用しても良いのだが、扉が開いた時にゾンビが待っているお約束を警戒して階段を利用する。
と言うのもハルちゃん曰く、1階の廊下に元管理人さんがフラフラしており他にゾンビが居ないとも限らない。いや、間違いなく居るだろう。
そもそもこんな世の中になって用心しない人間は真っ先に死んでいてもおかしくない。
日が沈み、辺りはすっかり薄暗くなっているのだが、マンションの部屋に明かりが点いている部屋が所々ある。
恐らく電気を点けたまま避難したか、部屋の中に籠ったままゾンビなったか。
現在進行形で自宅警備をしているかのどれか。
とりあえずハルちゃんの部屋に行くために階段を上がる。
ハルちゃんの部屋は601号室。6階の角だ。
背中に重量のリュックを背負い、肩にはM4A1と30歳のおっさんには些か辛いものがある。
ハルちゃんは久しぶりの我が家とあってか警戒しながらも階段を上がって行く。
ハルちゃんがドアノブを捻るが鍵が掛かっておりドアが開かないので、ハルちゃんは自宅の鍵を鍵穴に差込み回そうとしたとき、内側から叩かれ一瞬ハルちゃんの体が硬直する。
ハルちゃんは両親が帰ってきているのかと思い鍵を開錠しようとしたとき宏樹に制止される。
殿で最後尾に付いていた俺は銃を構えている宏樹とハルちゃんの青冷めた顔と、今もなお内側から叩く音が響いている事で理解する。
部屋にはゾンビが居る事。
しかもゾンビはハルちゃんの両親の可能性もある。
と言うか十中八九両親だろう。
俺には聞こえない声で宏樹はハルちゃんに何かを言うと、まゆゆもハルちゃんの肩を抱き慰めている。
ハルちゃんは力なく首を縦に振ると宏樹とハルちゃんはドアから少し距離を開け俺がドアを開ける。
ドアを開けた方はゾンビから最も近いが解放したドアのおかげでゾンビの死角となる。
だからある意味俺が一番安全。
出てきたのは女性で、正面に居たハルちゃんと宏樹の方に掴み掛ろうと歩き出す。
俺の位置から撃つとハルちゃんにも当たる可能性が高く撃つことが出来ない。
それでも念のため、右手にベレッタを構え銃口はゾンビの頭に合わせる。
宏樹は様子を窺いながら、銃を構えたままその場に立ち尽くす。
ゾンビが一歩一歩前に足を踏み出すとハルちゃんが後ずさりするが確実に距離を詰められている。
ハルちゃんは銃を構えるが中々引き金を引く事が出来ずにいた。
が、後1m程の距離の時、宏樹がハルちゃんを庇うようにハルちゃんの前に出たとき、ハルちゃんは躊躇われていた引き金を引き絞った。
その直後ハルちゃんの撃った弾丸はゾンビの頭蓋を貫通し、俺が開けていたドアに当たり『カキュン』と音を立てて何処へ飛んで行った。
俺は弾の当たった箇所を見たら丁度その真後ろは隠れていた俺の頭の位置だったこともあり冷や汗をかくことになる。
今後は銃の扱い方等をユウコりんにレクチャしてもらう必要があるな。
「上手く避けましたけど偶然ですか? それとも予期してドアを盾代りにしました?」
と小さな声で俺の耳元でユウコりんが言ってきたので「予定通りです」と言っておいた。
その答えを聞いてユウコりんは薄く笑った後、ハルちゃんの方に視線を向ける。
まゆゆは既にハルちゃんを抱き締めて泣いている。
ハルちゃんも放心状態だが、目から涙を流している。
俺はマンションの廊下から外を眺めると事態が悪化している事に気が付く。
それは宏樹とユウコりんも同じようで、今の現状を即座にまゆゆとハルちゃんに教え、まゆゆとユウコりんがハルちゃんと一緒に部屋に入り荷物を纏めて直に車に向かう様に指示を出す。
俺と宏樹はエレベータで1階に下り、マンションの端の非常階段入口に注意を向ける。
何でここにきてエレベーターを使ったかって?
エレベーターがこの階で止まってたからですよ。
幸いにもエレベータの中はガラスで中が見える仕様だったのさ。
宏樹も車の隙間からゾンビが入って来ない様に物陰から注意している。
ゾンビは当初、マンションの敷地に入って来ないで隣接する道路でフラフラとしていた。
途中までは走る車を追いかけてきたのだがその車も逃してしまい、サイレンが聞こえる方と取り逃がした車の狭間でどうしようか迷っていたのだろう。
ゾンビが迷うと言うのもおかしな話だが、そう言う事だ。
その矢先、マンションの上の階から発砲音が聞こえた。
最初の一歩を踏み出したゾンビに合せノロノロと後続ゾンビもマンションの敷地内に入ってくる。
未だ敷地内に侵入してきただけで音の方向に真っ直ぐ進み植木に突っ込んで行ったり非常階段やエントランスに集まって来ないゾンビをみて『相変わらずバカだな』と思う。
ゾンビの真の怖さは突進力だ。
痛みも無く、死をも考えられない知能故か獲物を見つけると何を犠牲にしてでもしつこく愚直に追いかけてくる。
それ故にゾンビから逃げるのは決断力と判断力と行動力が必要になる。
誰かに指示されないと行動できない団体行動は無意味、いや寧ろ足枷と俺は思っている。
ゾンビ映画は映画であって、観客をドキドキさせたりする必要があるため色々な演出が入っているが、現実はそんなものない。
集まってくるゾンビを見て今でも三人を残し逃げ去りたいくらいだ。
綺麗事や倫理はこんな状態ではもはや過去の遺物。
三人を置いて逃げたら、変なフラグが立って映画では真っ先に死ぬのだろうが、ここは現実。
どんな事をしようと、どんな卑怯な人物だろうが生き残る可能性の高い方を望めば死ぬことは無い。
しかしあの三人と居れば生き残れる可能性が高いと思うのも俺の持論だし、中学生を見殺しにするのだったら俺が死ぬべき人間と認識している。
宏樹もそう思っている筈だし俺も、どうせみんな死ぬんだったら俺も死んでも良いかなと思ってもいる。
そもそも今まで好き勝手に生きてきたんだ、助けた人間を見殺しにするはずがない。
見殺しにしているのなら、避難所で保護しないだろうし。
俺にも多少の倫理が残っている事に、まだ俺も人間だと再認識した。
しかしこれ以上保護する人間が増える事は望んでもいないがね。
すでに周りには30体程のゾンビがマンションの駐車場内を歩き回っている。
そのうちの1体が非常階段に入って来た。
非常階段から1階の廊下に入ってくるゾンビをパチンコで狙い撃つが時すでに遅し。
最初の1体に導かれるように他のゾンビが非常階段から廊下に侵入してくる。
俺はすかさず1体2体と撃つ。
もうそろそろ銃を使わないと抑えられないと思ったところで三人がエレベータでエントランスにやって来た。
宏樹は3人に車に乗るよう指示を出す。
俺と宏樹は運転席と助手席に行こうにも車の周りをゾンビが囲いだし、エントランスの外から乗るに乗り込めない状態となっていた。
後部ハッチから乗ったとしてもゾンビを薙ぎ倒さなければ発進出来ない程に集まり出している。
そうこうしている内に、非常階段からゾンビがゾロゾロ歩いて来ているのも確認できた。
俺はまず非常階段側にゾンビを集めようと廊下の端に走りゾンビを食い止めるべく銃を使う。
銃声がしたこちらの方へゾンビが歩み出す。
その数は40体なのか50体なのか、ゾンビが犇めき合い非常階段に殺到する。
結構な数を倒しただろうか、俺は思わず笑ってしまう。
ゾンビが非常階段に入れなくなって押し競饅頭を始めたからだ。
非常階段入口は人が二人並んで歩けるほどの幅しかない。
そこに10体以上のゾンビが倒れていたら意図せずゾンビ自体がバリケードのようになっていた。
宏樹たちは車内で待機している。
車を囲っていたゾンビも数体は宏樹達に執着していたようだが宏樹は難なく残ったゾンビを駆逐していた。
他のゾンビはこちらに押し寄せており、車を発車するのになんの障害も無くなった。
俺は走ってエントランスに戻るとドアの脇のガラス面に銃を撃ち穴をあけそこにリュックを投げる。
リュックは穴だらけのガラスに当たると大きな音を立てて粉々に崩れる。
そのまま砕けたガラスの穴を通り、リュックを拾うと車に乗り込みその場を走り去る。
その早業にゾンビは付いてこれずただのんびりと俺たちの逃走劇を見ているだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺はステアリングの上に顔を伏せ、荒くなった呼吸を整える。
車を止めるは川沿いの側道。
この辺まで来るとゾンビは見る影もない。
「はぁ…ダメかと思った…」
「お疲れっ!」
宏樹は気軽に右手を敬礼のように上げる。
「武志さんありがとうございました」
「お疲れ様でした」
後部座席から俺を労う声をかけられる。
まゆゆは自分のリュックからお茶のペットボトルを差し出してくれる。
気の利く子は好きです。
「ところでさ…脱出の功労者がなんで運転してるの?」
俺は助手席に座る宏樹に視線を向ける。
「ああ…ん~、俺が運転したら置いて逃げるかもしれないだろ? だから助手席で待機してたんだよ」
宏樹は俺からの視線を流し目で逸らす。
「ああ、なるほど。ってそんな訳あるか!?」
基本、俺と宏樹が車に乗ると俺が運転手となる。
現場に行くときは宏樹が運転なのだが、なぜかプライベートの時は有無を言わさず俺が運転手だ。
車で北海道旅行に行くのも、八つ橋を買いに車で京都に行った際も。
たこ焼きを食いに」大阪へ行ったときも。
目的地だけが決定している旅行だから、特に急いでもいないし適当に疲れたらPAで休憩する。
俺の疲労より宏樹のトイレ休憩の方が多いが。
それでも疲れないわけでは無い。
一度『疲れたから交代しよう』と言った事があったが『じゃあ次のPAで寝るか』と返答された時、それ以上言うのを俺は諦めた。
そんな話をしていると、後部座席に狭そうに座ってる三人が『私たちにも運転を教えてください』と言ってきたのでオートマ限定で教えてあげる事にしようと思う。
練習場所は河川敷。
ここだったらゾンビが来ても分かるし囲まれる事も無いだろう。
ハルちゃんは少し元気がない。
そんなハルちゃんを慰め元気づけるまゆゆだったが、まゆゆだって同じ心境だろうに。
何て健気なんだろうと心の底から思った。
ハルちゃんが撃ったあのゾンビはやっぱり母親だったのではないだろうか?
俺達が下に居たときに聞こえた銃声で父親も…?
俺と宏樹は敢えてその事には触れないように家に帰った。
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―――ああ、俺が朝に遭遇した命の危機だが…
あの後、まゆゆが俺を庇ってくれた。
庇うと言うか実際『俺は何にもしてない』訳だけどね。
完全に冤罪です。
「何で麻由先輩は武志さんの布団に居たんですか? 武志さんに脅されたんですか? 無理やりですか! 無理矢理襲ったんだな!? 殺す!」
怒りの3段活用でしょうか? 再び俺に銃が向けられる。
ユウコりんは"殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!"とまるで呪いでも込められて要るかのような目を俺に向けている。
「ゆ、裕子ちゃん…ちょっと落ち着こう。怖いよ? 本当に武志さんは何もしてない。と言うか、武志さんが寝てる時に…私が…その…忍び込んで…」
宏樹とハルちゃんは『ほ~』と言う顔をしている。
「麻由先輩、どうして…どうして武志さんのベットに?」
ユウコりんは有得ない! って顔をまゆゆに向ける。
「あの…昨日、あの後、その…武志さんにお父さんの事やお母さんの事で慰めて貰ったりして…それで一人で寝るのが寂しくなったと言うか…人恋しくなったと言うか…」
まゆゆは顔を真っ赤にして俯いている。
昨日の夜の出来事をユウコりんは目撃している。
まゆゆが俺に抱き付いている光景を目にしてたが、その時はまるで『麻由先輩をお願いします』と言うかのように…静かに階段を昇って行ったのだった。
「むぅ…麻由先輩は武志さんが好きなんですか?」
ユウコりんの質問に一瞬何を言われたのか理解が追い付かず一瞬フリーズする。
「…え? あ…あの…」
まゆゆは答えにくい質問で更に顔を真っ赤にして俯き黙ってしまう。
宏樹が気を使ったのか、宏樹らしからぬ事を言い出す。
「ユウコりん、そう言う愛の告白は本人が言おうと思った時に言うもんだよ」
ユウコりんもそう言われて
「あ…そうですね…すいませんでした」
とまゆゆに一礼する。
「では、武志さんは知らない内に麻由先輩が横で寝ていたから、何もしなかったと?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「…なんでこんな美少女が横で寝てて気が付かないんですか!? 鈍感ですか?! 死んでるんですか?!」
あ、あれ? 今度は何もしなかった事に怒られ出したぞ?
…余りにも理不尽…
でもその光景を見て、宏樹、ハルちゃん、まゆゆが笑っているから、まぁ良いか!
とりあえずユウコりんの怖さが際立った朝だったとだけ言っておこう。
誤字脱字や矛盾等がありましたらご報告お願いします。
あと、こう言う風にしたら良いとかこんな展開も希望等ご意見ご感想もお待ちしております。
評価など頂けたら嬉しい限りです。