第23話:意識の違い
非常事態宣言とは何だったのだろうか。
非常事態が常習化してますが、皆さんの健康をお祈りしまして
今回も調子に乗って連投してみます。
それでは続きをどうぞ
ハルちゃんは宏樹に進められたビールをグビグビと一気に飲み干す。
と、炭酸の所為なのか苦みの所為なのか、ハルちゃんは咳き込む。
「ちょ…晴美ちゃん…」
心配してまゆゆが声をかける。
いや、まゆゆの心配は未成年の飲酒だろう。
「…大丈夫。私も…武志さんと宏樹さんに言いたい事があります!」
まゆゆの心配をよそに、ハルちゃんはキッとこちらに鋭い視線を向ける。
その表情に一瞬たじろぐ。
「…な…何かな?」
俺はビールを飲んで気が晴れたのか迷いが晴れたのか、ハルちゃんの強い物言いに少し引き気味だ。
よもや14歳でビールを一気飲みするとは、末恐ろしい…
横で宏樹が次のビールのプルタブを開けている。
この蟒蛇め!
「言いたい事は分かります。でも、大人の二人が私たち子供を助けるのは当たり前じゃないんですか?」
確かに、子供の言い分からしたら至極当然。
では俺も言わせてもらおう。
俺は偉そうに胸の前で腕を組みハルちゃんの質問に対して質問する。
「じゃぁハルちゃんに訊くけど子供って何?」
そう言われて、ハルちゃんは18歳未満の未成年で自分では何もできない、力弱き者、そして女と言う事をつけ足してきた。
「なるほど、だから俺達が助けるべきだと?」
だんだん顔が赤くなってくるハルちゃんに対し、大人の対応で言葉を返す。
「違うんですか? それが大人の義務じゃないですか?」
大人の義務ときた…。
俺は少し口の端を上げ、組んだ両手を上に上げる。
「では大人の義務を放棄します」
と返した。
その様子にハルちゃんの表情は一層険しくなる。
「そんなの卑怯じゃないですか!」
俺からしたら何が卑怯なのか意味が分からない。
「では聞くが、俺の子供でもない赤の他人を何で俺は守らなきゃいけないの?」
ハルちゃんは歯を食いしばりながらも
「それが大人の義務じゃないですか!」
と言ってのける。
普段は見知らぬ大人に声をかけられたら一目散に逃げるか不審者扱いする癖に。
その事が頭をよぎりフッと軽く吹いてしまった。
「ハルちゃんの言う大人の義務って誰が決めたの?」
「…それは…国じゃないですか?」
「確かに俺たちは国が定めるところの大人だ。だから少なくとも日本国が定める所の大人の義務を全うしてるよ。いや、していたが正しいかな。すなわち『勤労・納税・教育』だね。そこに君たち子供を保護しなくてはいけない義務はないよ。君の言う未成年と言う事に関しては確かに未成年は自己責任は発生しない。でも、考えてもみてよ、こんなご時世、親も居ない子供の責任をだれが取るの?」
「それは…」
「こんな状態だ。国が存続しているのか疑わしい。そんな所で法律を語って何になるの? 今の状態を何ていうか知ってる? "無法状態"なんだよ」
「…」
「だから、こんな拳銃を持ってても誰も咎めないし、ハルちゃんがビールを飲んでも誰も咎めない。」
「…」
「そこに私は子供だから守れ。大人は子供を守る義務があるとか言われたら、俺はその義務を放棄します。そもそも、その義務とか法律を定めた国が機能していないからね」
「で、でも!」
「子供は大人に守って貰える。国が存続しているのなら、国には国民を守る義務がある。でも、国は君たちを守ってくれた?」
「…」
「そもそもゾンビに法律が通用するのかい?」
ハルちゃんはハッとして俺の顔を見る。
「分かった? 自分の身は自分で守る意味を、家族を探すんでしょ? それならば自分たちの力で家族を見つけなくてはならない。たとえ俺たちが君の家族を探して逢えたとして、そこにハルちゃんが居なかったら俺達に何の意味があるの? ハルちゃんはハルちゃんの両親に会うんでしょ? ハルちゃんが生きていなかったら意味ないでしょ。だったら、自分の力で生き残らなければならない」
「…はい」
ハルちゃんは納得したようなしないような、そんな顔を浮かべて俯く。
「13歳、14歳の力の弱い女の子が生きるには辛い世界だと思う。でもね、俺達30歳の大人でも同じなんだよ。いつも死が隣り合わせだ」
「…はい」
「今の世界、13歳、14歳と30歳は同じなんだ。ゾンビにしたら同じ食料。俺たちは平等なんだよ、いい意味でも悪い意味でも」
「…」
「だから、君たちには生きる為の術を、義務教育の替わりに教えてあげる。それが俺たち大人が未成年の君たちに教えてあげられる義務だと思う」
「…分かりました…色々、ごめんなさい」
「あははは、解れば良いんだよ~」と言いながら酔っぱらいはハルちゃんの頭をよしよし、じゃないな、クシャクシャしている。
口八丁の俺にしたら14歳の戯言なんてすぐに論破できる。
それにこの想いは嘘偽りない本当の気持ちだからすんなりと言葉として出てくる。
しかし空気が悪くなったのも事実だから場の空気を変える。
「そうだ、風呂…入りたいか?」
「「「えっ!」」」
風呂と聞いて思春期真っ盛りの女の子三人組の目が輝く。
さっきまでの空気が一転する。
あ、あれ? さっきまで泣いてたよね?
次の瞬間には目が輝くんですか?!
ま、その為の甘言だけどね。
「…風呂入れるよ?」
「ほ…本当ですか?」
「水は貴重なんじゃないんですか?」
「貴重かもしれなけど、今はまだ水道から出てるし」
「「「えええ!」」」
そう、ここは太刀川市に隣接する秋志摩市では、水道水は地下水から汲み上げている天然の井戸水だ。
水道局が栓を閉めない限り、無限ではないが何十年も生活するには事足りる。
それに昔は各家庭に井戸水を汲み上げるポンプが設置されている事もあった。
当然、我が家にも自家用ポンプが設置されている。
だから市が給水を止めたとしても自家用ポンプに切り替えれば水が出る。
どうやら太刀川では水の供給が止まってるらしく、水は大層貴重なようだ。
恐らく、学校でも水道を捻れば水が出たはずなのだが、それをしていないと言う事は、秋志摩の常識を知らなかったようだね。
学校でペットボトルが散乱していたのは、避難民が各々持って来たのが散乱していたのか、コップ代りに使用していたのか。
「んじゃ、宏樹は風呂の準備してくれ。俺は屋上に行ってるわ」
場の空気も変わったから俺は自宅警備員となる。
「おっけ~!」
軽く返事をする宏樹だったがフラフラしながら下に降りて行った。
大丈夫か? あの酔っぱらいは。
「あの、何で屋上に?」
そうだよな。
風呂入れるのに何で屋上に行く必要があるのかって話だよな。
「ん? お湯入れるにはガスを使うでしょ? 給湯機がお湯を出す時に少し音が出るんだよ。その音にゾンビか生存者が来たら…面倒でしょ? だから監視」
まゆゆは納得したのか「なるほど…どうもすいません」と謙虚に頭を下げる。
謝る事でも無いけどね。
「ゆっくり疲れを落としてきなね」
俺はそう言うとそのまま屋上で監視をする。
肩にはM4TAKESHIカスタム。
額には暗視スコープ。
これで略奪者やゾンビが来ても先制攻撃が可能だ。
辺りは闇に覆われている。
と言っても、周りの家やマンションとかは電気が点いてるんだけどね。無人の部屋なのか、生存者が居るのか、元生存者が居るのか。態々確認しには行かないが。
したくない事、面倒事には極力避けて生きるのがサバイバル生活の鉄則だ。
下では給湯器の着火音が聞こえるが、特に来客はない。
暗視ゴーグルを額にずらしタバコを咥える。
風呂に三人いっぺんには入れないよな…
監視が少し長くなる予感をしながら、監視用テントで煙草を吸う。
まだまだ、この家で生活する為の決まりを三人には話していない。
しかし生きる覚悟は持った。
あとはその覚悟が実践できるかどうかだ。
溜飲が下がりビールも美味しく頂ける。
こんな世界になっても冷えたビールの旨さは変わらなかった。
その事だけは救いだな。
【注意】
未成年の飲酒は日本国憲法が有効な場合は禁止されております。
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