第115話:破滅の魔王(後)
死ぬに死ねない特訓が終わって真の地獄が始まった。
アイリスの仲間と弟に指示され来たのは魔人が人間や獣人を迫害する世界。
その世界は魔王と名乗る暴君が人間や獣人たちとの闘いに勝利した世界。
俺たち魔人と呼ばれる種族は獣人や人間より魔力があり、物理元素である精霊の力を借りることも出来る。
物作りや腕力が無いが、自然を操る術に関してはどの種族よりも長けている。
そこに支配欲が湧けば当然こうなる訳で…
この世界にも勇者は存在した。
しかし勇者は魔王に勝てなかった。
アル曰く"人間に絶望を与え、神に対する信仰心を掻き立てる効率良い方法"だそうだが、それにしても酷いね。
「個々の絶望と神への信仰か、気薄ではあるが多による信仰か実験してるんだ」
アイリスの旧友であるカインが言っていた。
信仰によって力が増すのだから神が信仰を集めるのは分かる。
でもコレジャナイ感たっぷりだ。
正直胸糞悪い。
俺の言葉にノルンも否定しない。
いや、寧ろノルンの方が進んで魔王を買って出た。
同族を倒さなければいけない胸の痛みと、同族が犯した罪滅ぼし。
倒さないと救われないなんてな。
確かに心まで魔王にしなければ成し遂げられない。
魔王とはよく言ったものだ。
自分たちが魔王となってアリスやアイリスの気持ちが分かるなんてな。
アリスが魔王を名乗ったあの時も、俺たちのしようとしていた事にも覚悟はしていた。
しかし、自分たちが魔王となってこの苦しみと辛さが身に染みて分かった。
あいつら、俺たちより年下の癖に、随分と覚悟して割り切ったもんだよ。
いや、アイリスに比べたら俺たちの方がまだまだ赤子同然か。
「さあイーサ。最後の仕事よ!」
物憂げな笑みを浮かべるノルンに同じような顔を返し返事をする。
「ああ、もうすぐ終わるな」
俺の言葉に返事をせずともその目を見れば分かる。
俺たちにも覚悟が宿った事を。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぁ~…暇ね~」
神々しい。
この建物を見て誰もが思うだろう。
柱1本1本が神聖な波動でも発しているかのように煌めく。
この建物の座主や女神と言われる女性は座っている椅子で大きく欠伸をした。
その欠伸でさえも高貴で、口から出る吐息には悪でさえ屈服するかのような錯覚を覚える。
既にアスラはここ、仮想天国での差別排除を完了している。
それは同族至上主義の宗教団体や国家、星や宇宙を跨いだ全てをだ。
今では神殿内で暇を持て余している。
実際は裏でアイリスやアリスのバックアップ(アイリスやアリスは知らない)や
既に終わっている世界に行ったハッシュ達のバックアップをしている訳だが。
この世界は人類が描いている理想郷そのままだ。
野菜を育て子供を育て普通の生活をしている。
争いが無く、飢える事も無い、暑くも無く、寒くも無い世界。
そして実に退屈な世界。
ここで生活している全員はそんな事を微塵も思わないのだが
アイリス達にしてみたら地獄の様な世界。
どちらがいい世界なのだろうか?
無い物ねだりと言う言葉があるが、それは両方の良い所を知っている人間が言える言葉だ。
ここに住んでいる人たちはもう片方の世界を忘れてしまっている。
娯楽があり、刺激があり、差別があり、虐めがあり、階級があり、生があり死がある世界。
果たしてどちらが人間にとって幸せなのだろうか?
まぁ、どちらも天国でどちらも地獄と言うだけだ。
「いつかはアリスと交代して冒険者にでも戻ろうかしら…」
「…」
「あ~良いかもしれないわね~。どこかの星で魔王をやったり勇者やったり…勇者はいいや」
「…」
「…」
「でも、その前にやらなきゃいけない事もあるし~あ、そうだ、ベルセネちゃんから暗黒の女神を返してもらわないといけないのよね~」
「…」
「…」
「…」
「でも、ベルセネちゃんも頑張ってくれてるのよね~。オーリオンに従ってる振りも楽じゃ無いものね~」
「…」
「…」
「…」
「…」
「このままベルセネちゃんに本格的に暗黒の女神を引継いでもらうのも悪くはないわよね~」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「は~…裏方も楽じゃないわね~。ん~~~~~~っと」
アスラが再び伸びをしたところで5人と目が合う
「あ…ら?」
「あ…ら? じゃね~よ!」
ハリセンで思いっきりアスラをしばく。
あ? どこからハリセンを出したかって?
決まってるだろ、電脳だよ!
この中には魔法だけでなく、古今東西ありとあらゆる武器防具が収められているのだ。
「…アスラ様…暗黒の女神辞めちゃうの?」
アリスが後頭部を撫でるアスラに向かって悲しそうに問いかける。
アル、カノン、カインは苦笑い。
「あ…わ、私はアスラ様が作った仮想の―――」
「いや、もういいって」
「アスラ様…」
アスラが後ろの3人にヘルプの顔を向けるが3人とも首を横に振る。
カインに至っては両掌を上にあげ「ふぅ」と溜息交じりだ。
「で? 仮想アスラ様よ? 話があるって事で来たんだがよ?」
殆んど投げやりでアスラ(仮)に話しかけた。
「え?…ええ! 遂にオーリオンと対峙する時が来たのですね?」
「お前、今忘れてなかったか?」
「そんな事はありませんよ。しかし、しかしですね…オーリオンは天界には居ません」
アル「!」
アイリス「え?」
カイン「な?!」
カノン「なんと!」
アリス「?」
「―――と、アスラ様が言っておりました。」
アスラ様よ~その設定まだ続けるのかよ?
正直、面倒いぞ。
でも精神体である神が天界と呼ばれる次元の狭間に居ないと言う事は…?
そんな事ありえないだろ。
癪だがオーリオン程の自称神が普通の世界に行ったら星どころか宇宙が壊れるぞ
「で、オーリオンはどこに…ん? まさか?」
「アイリスは気が付きましたか?」
「あ! もしかして!?」
「アルも分かったようですね」
「もしかして、オーリオンは転生したんじゃ?」
アスラ(仮)が小さく首を縦に振る。
「信じられませんが概ねその通りです。しかし、転生したのはオーリオンだけではありません」
「配下の連中もこぞって転生したのか?」
「そう言う事です」
俺とアルの目が合う。
そこにカインがアスラ(仮)に疑問を投げる。
「しっかしよ、精神体として転生したんじゃないよな? 肉体を持って転生したと言う事だろ?」
「だろうな。精神体で星に転生するなんて無理だ」
カノンが腕を組みながら力強く肯定する。
「そうだな。弾き飛ばされるか星が潰れるかだ」
「しかし、神が進んで転生するとは」
そう。
人の頂ともいえる状態を捨てて転生するとは思えない。
しかもオーリオンが輪廻の輪に戻るなど。
「何だ、神の世界でも異世界転生が流行っているのか?」
お? 何だ? 皆が俺を見てるぞ?
なんだ? お前が言うなって目で俺を見るな。
「まぁ、そんな事は良いのですが、オーリオンがこんな大胆な動きをしたと言う事は、オーリオンの第一目標が達成したからでしょうね」
「第一目標って何だ?」
「分かりません」
ここは新喜劇みたいにズッコケるのがお約束かと思ったがそんな空気では無いのでやめておく。
「何だよ。 アスラも分からない事があるのかよ」
「当たり前です! 私だって万能じゃないんですから。」
「そうか? 俺は何でも知ってると思ってたけど」
「何でもは知らないわよ…知ってる事だけ。って何言わすのよ!!」
おっ?
やっぱりズッコケても良かったのか?
それとも忍野風に決めた方が良かったのか?
「でも、何かしらの準備が整った、もしくは達成できたと見て間違いないでしょうね」
「って事は、俺たちに都合悪く、あいつ等にとって都合の良い条件って事だよな」
「どちらに転ぼうとオーリオンを倒すのみ!」
脳筋のカノンが剣を振りだす。
そんな脳筋は放置して。
「で、アスラ、俺たちはどうすればいい」
「生憎とオーリオンの転生先が掴めません。ですからアイリスとアリスはハッシュ達の所に助っ人に行ってください」
「え? 僕たちは?」
「アルはいつものように私の手伝い。カノンとカインはアケミさんを助けてあげてください」
「そう言えば、アケミはどうしたんだ? 気が付いたら居なかったな」
「彼女は一旦地球に返したんですよ」
さらりととんでもない回答を返してきた。
そしてカノンとカインとでアケミを助けろと?
「あっ、そう言えばアケミはアルに『ホの字』だっただろ? 助けはアルの方が良いんじゃないか?」
「あら、そうだったの?」
そう言ってアスラがアルをチラリと見る。
アルは顔を赤くして首を横に振ってる。
邪悪な笑みでアルを見た後に、「アケミさんを宜しくね」とアルの肩を叩く。
アル諦めろ。
アスラは1度言った事は正当で説得力のある理由がある場合以外は撤回しないぞ。
「カノン、カイン私の手伝い宜しくね」
「あ、ああ、お手柔らかに頼むぜ」
「わかった」
カノンなんか年貢の納め時の様な絶望な顔を伏せている。
「じゃ、ここで一旦解散! みんな頼むわよ!」
俺とアリスは赤い顔したアルと蒼い顔したカインとカノンに別れを告げハッシュ達の元に馳せ参じるように次元の狭間を走っている。
アリスが「もう、アスラ様ったら」とほっぺたの口紅を拭う仕草に満更じゃない顔をしながら。
非常事態宣言が解除されても生活は好転しない。
寧ろ皺寄せが押し寄せてきて業績が下がる一方。
皆さんも大変な時期でしょうが頑張りましょう。