第110話:大航海(後悔)時代
「ふう…久々に海水浴に没頭しちゃったよ」
気のせいかな、心持お腹がタポンタポンしているし頭もクラクラしている。
時折、指先から放電される様子を見て電撃を喰らったのは理解した。
精神体にこの世界の物理法則は意味をなさないので溺れ死ぬことはおろか、呼吸も必要ない。
電撃にも当然耐性はある。
まあ、電撃に関して言えば常日頃から浴びせ続けられたので元々あったのかもしれない。
同じ様に毎回電撃を喰らっている諸星あたるの気持ちが理解できる。
いろんな意味で。
しかし彼と決定的に違うのは"俺には妻も居なきゃ婚約者すら存在しない"という事だ。
居たら一途なのさ。
だから浮気性な訳でもない。
ってか何で電撃を受けたのか身に覚えも無いのだが、海を漂っていた記憶さえないので仕方がない。
と言っても、15年程肉体を持つ体だったため、痺れもするし苦しいのには違いが無い。
死にはしないというレベルなので少し慣れるのに時間がかかる。
しかし、何千年、何万年、何億年もの悠久の時を精神体として生きている(?)アイリスにとっては懐かしい感じでしかなかった。
精神体にダメージを与えるには、精神で対抗するしかない。
気合の入っていない攻撃は感応する事はあっても、ダメージを与える事はない。
例え名刀でも、扱う者の心に何もなければ、精神体にはダメージを与える事は出来ないのだ。
この世界には精神体が存在しない為、精神体に抗う為の方法も手段もないのだが。
しかし、精神体が主の天界では、精神体に対抗する手段も方法も多岐にわたり存在する訳だが。
大海原から遠路遥々帰り着けば、どういう訳かみんな撃沈してる。
ハッシュに至っては頭が砂浜に埋まってるし。
思わず"コントか!"って心でツッコむ。
そんな惨状もカノンが相手なら仕方がない、と納得し皆に手を合わせ南無南無しておく。
そのまま城に戻ると案の定、特訓相手が呑気に談笑している。
アイリスはそのまま大広間に入り、何事も無いように御誕生席に座る。
4人+1匹を眺め、「さて」と一言前置きしてアルに今までの経緯と現状の報告を促す。
俺に起きた惨劇?
そんなのを口にしたら再戦とばかりに意気揚々いきりと立つ連中だ。
態々災いを招くようなことはしないのが正解だ。
まず、オーリオンの動き。
裏でオーリオンの使徒たちを堕天させ各宇宙の星々に勇者として降臨させオーリオンを崇める人間以外を討伐する。
そうして信仰を独占させ力を蓄える。
天界では星々の異変に気が付いた神たちによるオーリオンの断罪が始まったが、時すでに遅く、膨大な力を蓄えたオーリオンに敵わず散って行った。
そして、辛うじて生きながらえた神たちは仮想天国にて養生しているとの事。
いつからあそこは寄合場になったんだ?
ってかアスラはここまで見越してたのか?
オーリオンは蓄えた力を使い宇宙を統合させようとしている。
泡が弾けるようにいずれ消える宇宙を全て統合させ、自身の力をより強力にし天界を含めた全ての世界を自分の手中に収める計画だ。
その為には、如何なる障害も強制的に排除する。
オーリオンにしたら、自身を崇めず、他の神を崇める種族(獣人や魔人等)は排除対象でしかない。
カノンとカインは今まで、強力な使徒が勇者として降臨した星に赴き魔王として勇者を倒していたそうだ。
まぁ、人間側視点で見たら完全な敵対者で強大な力を持っていたら魔王と呼ばれるよね。
そして、今後の俺たちの行動は、勇者が集結しつつある星に行って魔王として暴れまわるらしい。
もう、そこでは獣人や妖精、魔人や魔人が全て滅ぼされた人間しか居ない世界らしい。
そして、その人間達も偏った歪な考えが支配していて、端から見たら破滅に向かってるらしい。
簡単に言えば人間同士で血みどろの戦争をしているとの事だ。
崇める神は同一なのに、各々が祀る神が最高神と言ってるらしい。
毎回思うが、人間の醜い部分が強くなりそれが根源となると、本当に滅んだ方が良いと思う。
ってか何で俺たちが魔王扱いなんだろうね?
オーリオンがどう見たって絶対悪じゃん!
ま、魔王って響きがカッコいいから良しとしよう。
方向性は分かった。
要するに、今までの様に好きなように気の向くまま暴れろって事だ。
俺を含めたカノンとカインには、政治家のようなドロドロの駆け引きは好みでない。
唯一それが出来るのはアルだけだろうが、結局俺たちの大暴れに便乗して暴れまくっている内にコソコソ駆け引きするのがバカらしく感じたのだろう。
アルも最初の頃は人と人との間を取り持ち、こちらに追い風が来るように立ち振る舞っていたのだが…
そう言うとアルは視線を鋭くし
「誰のせいだと思ってるの?」
と怒気を含めてアルが言うので、宥めるためにカインが仲裁するが
「大体ね、君たちが好きなように暴れて収集付かなくなるから纏めるのがバカらしくなったんだぞ」
と仲裁に入ったカインに飛び火した。
カノンはこういう時、目を瞑って腕を組んで我関せずを貫く。
寡黙ってこういう時便利だよな。
俺も
「まあまあ、アルその辺にしておいてやれ」
何て言おうものなら、当然のように烈火の如く俺に飛び火するのでレベル1魔法リアライゼーションフードを発動させ甘栗を黙々と食べる。
こういう時は食べるのに手間暇がかかる食材を選ぶに限る。
カニでも良かったんだけど甘栗って気分だったんだよね。
俺が何個の甘栗を食べた頃だろうか。
アルの怒髪天が収まってきたようだ。
ふとカインを見ると口から煙のように魂が抜け出てるようだが、敢えて見ぬふりをする。
障らぬ神に祟りなしだ。
せっかく収まった炎に薪を加えてどうする。
俺は落ち着いたアルにアスラの事を促す。
アルは手元にロイヤルミルクティーを顕著させ口に含むと"ホウ…"と一呼吸し話を始める。
アスラ。
結局は全ての憂いを一身に受けて暗黒の女神として世界を正しい方向に向かわせようとしている。
悪の総本山として台頭してきたオーリオンを排除しようと動いているだけ。
オーリオンも人間側に立ってみたら絶対悪じゃないけど、共栄共存を信条としている俺たちから見たら悪ってだけ。
ま、そもそもそんな考えより俺はオーリオンが嫌いって言った方が簡単に伝わるでしょ。
そもそもアスラは本来、原初の勇者だ。
紆余曲折あって宇宙の真理に辿り着いた時、暗黒の女神として自分の存在意義を見出した。とはアスラ談。
俺たちは何がどうなってもアスラの後援会であるのは変わらない。
ってか、面倒事よりも大暴れが好きな3人が集まってるんだし、まとめ役はアスラでバックアップはアル。
俺たちは脳筋武闘担当って流れが正しいかな。
アスラが暗黒女神を名乗ったのだって、俺たちがそんなの出来る訳ないじゃん! って言葉に心底呆れ、納得したからなんだけどね。
アスラは誰より慈悲深くそして誰より怖い。
(菩薩+明王)×100の99乗=アスラって式が成り立つほどだ。
憤怒で穢れを焼き払い、心穏やかに創造させる。
勇者と魔王を内に秘めた存在、それが暗黒の女神。
アスラは全ての生物の希望を自身に受けて生きる事を選んだ。
そして、俺たちはそんなアスラを永遠に支える事を選んだ。
ただそれだけの事だ。
何て言えば格好は良いが、先にも述べたが俺たちじゃ務まらないからアスラがなっただけである。
何てことは無い。
俺たちが不甲斐ないだけであるが、仕方が無いでしょ。
人には分相応と言うものがあってね。
何の考えもなく暴れるのが好きな奴がまとめ役なんて出来る訳ないでしょ。
そんな話をしていると槁木死灰の体でみんなが大広間に入ってくる。
正にゾンビのようであるが、無表情で各々席につくと各々がレベル1魔法リアライゼーションフードで自分好みの食事を出す。
ハッシュとコリーは生肉? と思ってるとレベル5魔法インダストリアライゼーションで七輪を作ると炭に魔法で着火させる。
ここまでやってるのに無表情が逆に怖い。
ここでカインから余計な一言がでるのだが、みんなの反骨精神が発動し目に光が戻ってくる。
と言うより好きなものを食って生気が戻ったと言った方が良いのだろうか?
まあどちらも正解なのかもしれない。
精神体になった事もあり眠るという事も無くなったわけだが、如何せん生身の名残がまだ抜けない。
だから動けば眠くなる。
しかも生身なら死んでてもおかしくない程の特訓だったのだ。
今日はみんな泥のように眠った。
俺?
俺も寝ようとしたんだけどアリスに後ろ髪を引かれて眠ることを否定された。
文字通り、物理的に後ろ髪を引かれたのだ。
何で夜中も特訓なのさ?
夜中は特訓禁止のはずだぞ! と言ったら、精神体だから寝なくても問題ない。の一言と仄暗い笑顔を返された。
精神体に睡眠は必要無いって誰が言った!?
現に俺は眠いんだぞ!
ちくしょ~~~~…
誰も居ない浜辺でアイリスの悲鳴だけが木霊のように響いたのであった。
そして今日もアルによる死ぬに死ねない地獄の特訓が始まる。
ただ唯一の救いはカノンではなく、アルが相手と言う事だけだった。
慈悲も無く、楽しむカノンと違い、アルは指導にも優れている。
本当にアルは可愛い弟だよ~!
そして今日も俺はいつものようにいつものセリフを吐く。
「ふっ…兄より優れた弟など存在しねぇ!!」
「兄ちゃん、それフラグ?」
・・・・・・
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・・・
・・
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チーン
ふっ…海ってやつは広いな。
今日も大海原を彷徨うアイリスであった。
投稿の間隔が開いてしまって申し訳ない。
誤字脱字報告や評価もありがとうございます。