第108話:BOYS BE…異世界Season
その日の特訓は死闘…とだけ報告させてもらう。
いやね。
文字通り死闘だったのよ。
実際ハッシュとコリーが死んじゃうし。
「女性を苦しめることはしないさ」
って清々しい笑みを浮かべたカインだったが女子連中ドン引きだから。
お前、ハッシュの首を持ちながら言う事じゃないからな?
スージーなんか不倶戴天の敵に会敵したような殺気をと落ち越して殺意を発してるから。
カインもそんな空気を読んでか
「おいアイリス、早く生き返らせてやれよ」
じゃね~よ!
全く、ここまで戦力差があったとは。
俺とアリスを含む全員。
文字通り全員の全力で挑んだのにカインには赤子の手をひねるようなものだった。
実際首捻ってるし。
捻りすぎて千切れてるし!
グロイんだよ!
しかも仲間の死なんて簡単に演出しやがって。
俺とアリスがスフィアで多重に結界を張った事で被害は出てない。
人的被害は惨状だったが。
そんなみんなにカインは
「訓練なんだから幾ら死んでも大丈夫だろ? 逆に本番でも同じように音を上げるのか? そんな優しい世界じゃないと思うがな?」
まあ、確かにそうだ。
俺もそう思う。
寧ろカインは優しい部類だ。
特訓のラスボスはそこに控えているカノンだからな。
こいつは本当に戦いに関しては妥協しない。
一切妥協しない。
大切だから2回言ったゾ。
老若男女分け隔てなく全力全開で向かって来る。
文字通り脳筋な奴なんだよ。
逆に抵抗できる奴にはサブイボ出して喜ぶドSっぷり。
俺は元後衛だったから何とか生きてる状態だけど、カノンが出てきたら死を覚悟するしかないな…
「ささ、みなさん。寝てる暇はないですよ」
まだ睡眠が確保できるアリスの特訓の方が大分マシだ。
外では地獄のすら生ぬるい特訓を尻目にアルとアケミが大広間で寛いでいる。
「さて、アケミさん…だよね。僕、騙し合いとかそう言うの苦手だから単刀直入に聞くけど、この世界に飛ばされた時、ベルセネに力を貰ったようだけど、最初に現れた自称神は誰だか分かる?」
アルは対面に座るアケミにロイヤルミルクティーを注ぎ、尋問と言うよりは雑談に近い感じで話を切り出す。
「ありがとうございます」とミルクティを少し口につけ、アケミはその時の状況を思い浮かべる。
「神って言うくらいだから結構なお年寄りをイメージしていたのに、私のパパ位の歳のおじさんだったから信じられなくってですね。でも、すぐに消えてしまってあまり覚えてる事は無いんですけどね」
アルは右手のコブシを顎に当てて考えている。
「その時に、神と何か会話をしたのは覚えてる?」
先程のアイリスとの和やかな雰囲気から一転、真剣な表情を向けるアルにアケミはたじろぐ。
「私、明晰夢って思ってたから好きなこと思ってたんだと思うの、例えば異世界で勇者になって魔王を倒すとかチートになるとか。そしたら『お前に既に転生する意気込みがあり助かった。では頼むぞアケミ』って言われただけかな」
明晰夢とは夢を夢と認識できる状態である。
この状態であれば夢の状況を思い通りに操ることが出来るらしい。
現にアケミは度々、夢の中で明晰夢を自覚しており、自身のオタク具合と相まって異世界冒険譚を繰り広げていたりする。
今回もそれだと思っても不思議では無かった。
その事をアルに告げると
「ふむ…」
と言い残し右のコブシをおでこに当てて考えている。
アケミは気まずそうにミルクティーを口に運ぶと「ほぉ」と息を吐く。
アルは相変わらず虚空を眺めて長考している。
その間、外の方では「死ぬ~」とか「いっそ殺せ!」とか物騒な声が聞こえる。
時折、この世の終わりが訪れたのか? と思うほどの轟音や振動もあったけど、深く考えるのはよそう。
どんな特訓をしているのか見てみたい気もするけど、私の目では追い付く事も出来ないから結局何が起きてるのか分からないんだよね。
攻撃されば相手に返すことは出来ても、攻撃されてる事に気が付かなきゃ意味ないし。
と思っていたら、頭に"コツン"と何かが当たった。
足元に落ちたそれを見ると角砂糖だった。
あれ? と思ってアルさんの方を見るとおでこに当てていた右手から崩れた角砂糖がサラサラと落ちている。
何が起きたのか分からなかったが、角砂糖を私に投げたのははアルさんだと分かる。
足元の角砂糖を拾いながらアルさんに「なんですか?」と問いかけると、納得したように再び質問された。
「アケミさんの能力、空間操作はアケミさんの意識とは関係なく自動で発動するんだね。しかも命の危機に係わる場合だけ発動するタイプ」
え?
そうなの?
てっきり自分で認識できないと発動しないと思ってたよ。
ま、今まで命に係わる危険な状況になった事も無いから分からなかった。
そっか、だから角砂糖を私の頭に投げたのね…
って、アルさんが掴んでる角砂糖、もしかして私の致命傷になりうる威力で投げたの?!
もしかして簡単なテストで私死ぬかもしれなかったの!?
何なのこの人!!
可愛い顔とは裏腹に超怖いんですけど!!
「ああ、ごめんね。俺も兄ちゃんと同じで死んだ人を生き返らせること出来るからさ」
「あ…いえ…」
って軽く謝られたから軽く答えちゃったけど、事は重大よ!
重いのよ!!
「で、アケミさんの―――」
「あ! あの!」
アルさんの言葉に横槍を入れちゃった。
怒ってないかな?
「ん? 何でしょうか?」
表情を見ただけだとよく分からない。
アイリスがお兄ちゃんらしいんだけど、とても兄弟には見えない。
肉体年齢はアイリスの方が年下ってことだし、アルさんはアイリスと違って表情が読みづらい。
「まず、アケミでいいです。それと…」
私はチラリとアルさんの持ってる角砂糖に眼を向ける。
「ああ、角砂糖のテストの話?」
「はい、もしアルさんのテストで私が死んでたら…」
「僕の事もアルで良いよ。それと、致命傷になる角砂糖を投げた所はピンポイントでバリアを張ったからアケミが死ぬことはないよ。と言っても薄い皮膚の内側に張ったから皮一枚の切り傷は出来たかもしれないけど」
「え?」
どうやら検証で私を殺すつもりはないらしい。
そりゃそうよね。
か弱い乙女を問答無用で殺そうとするなんて―――
「安心して。爪で擦った様な痕は出来るかもしれないけどすぐに回復させるし、さっきも言ったけど仮に死んでも生き返らせるし」
マジか。
色々防衛線を張っても失敗して私が死ぬ可能性も…え?
「え? …え? 生き返らせる?」
死んだ人を生き返らせるって、どんなザオリク?!
「うん、回復系や蘇生系って言うか補助系の術は兄ちゃんが得意だけど、僕でも出来るからね」
この人たち…何でもアリなんだ。
逆に自分たちの過ちは自分たちで何とかできる。
何とかする人たちなんだ。
凄い責任感の強さとそれを実現する実力があるのね…"素敵"と密かに思っちゃったよ。
やっぱり大人よね?
って見当違いな事を思ってる自覚はあるから絶対顔に出さないけどね。
ってか、もうこの人が神で良いんじゃないのかしら?
顔も言っちゃ悪いけどアイリスより好みだし…好きになっちゃいそう(もうなってる)
そう思いながらアルさんの顔を見ると。
あれ? アルさん心なしか顔が赤いわね。
大丈夫かしら、こんなに凄い人たちでも風邪とか引くのかな?
でも安心して、私がちゃんと看病しますから!
そう思いながらアルさんを見つめる。
「コホン…ン。で、では質問はまた今度にしましょう」
アルさんと目が合うとアルさんは"サッ"と目を反らす。
「はい! アルさ…アルは風邪ですか?」
きゃっ!
私は"名前で呼んで"って言ったから、私もアルさんを"アル"って言っちゃった。
ん?
確信犯ですが何か?
「い、いや、そう言う事では…」
「風邪だったら私が看病しますから、無理しないで下さいね!」
「あ…は、はい。ありがとうございます」
アルさん、フラフラした足取りだけど大丈夫かしら?
仕方がないわ、ここは私の出番よ。
"アルさんを支えるのは私しかいないからね"
精一杯の笑顔でアケミはアルの腕に自分の腕を回す。
アルは、アケミに接続している魔力ケーブルを切断した。
これはオーリオンの罠なのか?
それともアケミの素の考えなのか?
オーリオンと接触した可能性のあるアケミの狙い。
あまり人の心の声を聴くのは好きではないアルだったが事が事だけにアケミを調査した。
話した内容に嘘はない。
しかし空間操作を人間に伝えたとなると、オーリオンの目指す宇宙統一が考えられるが…
アケミにはそこまで自由に空間操作を操れている訳ではなさそうだ。
だとすると…
「アル、本当に大丈夫?」
少し考え事をして反応が止まってしまったアル。
そして、そのアルを心配そうに覗き込むアケミ。
「本当に大丈夫? 少しベットで休む?」
「だ、大丈夫ですから、みんなの所に戻りましょうか」
「私が支えますね」
アケミはそう言ってアルの腕に抱きつく。
「あ、だ、大丈夫、本当に大丈夫だから…」
大丈夫と言えば言う程、腕に力が込められてくる。
必然的に腕がアケミの胸に…
「嘘! さっきより顔も赤くなってるし、体も熱いよ! 休んだ方が良いわ!」
なし崩し的に寮の方へ連れ去られるアルと付き添いのアケミ。
そして、その姿を出歯亀しているアイリスとアリスであった。
「おいおい、アルにも春がやって来たか?」
兄ちゃんは、弟を取られる嫉妬よりも弟の幸せを願うデキた兄なんだぞ。
よかったな、アル。
兄ちゃんは応援してるぞ。
「アケミ、スイッチが入ったらグイグイ行くのね」
俺とアリスはお互いの目が合うと互いにニヤリと笑いあう。
その笑みには何か秘められた黒い感情があるようだが、二人が祝福する気持ちも嘘ではない。
二人の脳内に浮かんだのは"二人を決定的にくっつける大作戦"だったが、実行に移されたのかは後の世にも語られることが無かった。
何故なら。
アイリスとアリスの首根っこを掴んだカノンが
「カインの特訓がヌルイようだから俺とするか」
と問答無用で連れ去られてしまったからである。
その後、亜空間の次元を突き破ってアイリスとアリスの絶叫が木霊した。
世間には"連日続く謎の怪音"として新聞を賑わせた。