落水 那帆 3
那帆はしばらく我輩を撫でくりまわして落ち着いたのか、
お腹がくぅ~、とかわいらしい音を立てて 恥ずかしそうだった。
少々顔が赤くにゃっており、もじもじしている。
「ねぇねこさん、今日って学食ってやってる?」
ていうか本当に聞きやがった!取り繕うことも忘れてそう叫びそうになった。
ねこが故に表情に表れなくて良かった。
春休み、人が少にゃいということもあってキャンパス内に二つあるうちの一つは休みであるが、もう片方はやっているのだ。
そちらに案内しようとするが、
「やっぱりやってないよね~」
と勝手に思い込んでしまう。なんとか思い止まらせようとしてあたふたするも
「遊んでほしいの?ごめんね。スーパーに行ってお惣菜でも買ってこないと。今日のお礼に今度つまカン買ってくるからね」
そう言って背を向けてしまった。
我輩は前足で頭を覆ってしまう。
ああもう、人間は人(?)の言うことを聞かにゃいんだから!
なんとなく不安になって那帆の後をつける。
「あ、今度はあの娘なんだ」
「あ~確かに見るからに危なっかしいというか」
「教授、お勤めお疲れ様でーす」
通りすがりの学生が我輩に敬礼しながらそう言ってくるので前足をあげて軽く挨拶をする。
那帆はスーパーまではなんなく着けた(我輩は外の塀の上で待っていた。道上にいると子供に絡まれたりいろいろ巻き込まれるので)。
お茶と弁当を買ったらしい那帆は幾分機嫌よさ気になって出てきたのに着いていく。
しばらくして、那帆が立ち止まる回数が増え出す。次第にキョロキョロと周囲を見回し始める。
まぁこのあたり入り組んでいて迷いやすいからにゃあ。
我輩、ここで登場。
那帆の足元まで歩いて行ってズボン…今じゃパンツっていうのか?の裾に足をかける。
「あ、ねこさん…えっと教授さん?ついて来ちゃったの?私のアパートねこ飼えないのごめんね。あ、このお弁当食べる?」
いやいや、我輩そんな厚かましくないですし!もう一度足元をクイクイっと引っ張った後、前へと歩きだし曲がり角の前で止まって振り向く。
那帆は何事かと思っていたようだが、我輩の後についてきた。
「教授さん、ごめん、そこは流石に通れない」
何度か那帆のことを忘れて我輩の散歩道を通ろうとしてしまったが、なんとか那帆の家まで辿りついた。
「着いた~!」
那帆の声も一際歓喜に満ちていたように思う。
「あれ?でもなんで教授が私のアパート知ってるの?」
塀の上から那帆が持っていたメモを覗き見たからだな。
あまりよろしくにゃいが今回は許せ。
「ん~まぁいっか。教授さん、今日はありがとう~。あ、これ良かったら食べる?」
悪いがそれ(カツ丼)は玉ねぎ入りだ。我輩はともかく、他のねこに奨めたらだめだぞ。
というかがっつりいくねぇ。
ああ、もうすっかり暗くなってきたし、那帆はお昼も食べてないんだったっけ。
自分で食べなよ。
あ、そうだ!
これも縁だ。渡しておこう。
どこからともなく一枚の紙を取り出しくわえて那帆に上目遣いをする。
「ん~何これ?」
それは一枚のチラシだ。
食堂「鼎」
体が資本ということで学生達にもお手軽な値段で提供している夫婦経営の食堂だ。
我輩にまで時々食事を出してくれるので、せめてものお返しということでビラ配りをしている。
どこから出したかは内緒にゃ!
後日、食堂「鼎」にアルバイトが入った。
どこかホワホワした彼女は店の看板娘として人気がでることになる。
ってそっちかにゃ!
用語 食堂「鼎」
学生向けだったはずが、卒業後の社会人まで通う。
貧乏学生にも大助かりの大盛鶏から揚げ定食は女性には小盛りでも多めなくらいであるが、社会に出てお金を稼げるようになってからも食べたくなる味。