『満月の夜に走る僕』
初作品です。よろしくおねがいします。
「おめでとう、かめ君。きみの勝ちだね。
油断して眠っちゃったボクは、ばかだね。
でもね、
そのおかげでとってもきれいなお花畑を見つけることができたんだ!」
――\"The Hare and the Tortoise 『うさぎさんの日記』"より
(1)
桜舞う夜の空に浮かぶ綺麗な月。
1人ぼんやりと桜越しに見上げた月は、ついに今夜まんまるになった。
完璧なまんまる。マル。まる。。
一体どのくらいここに居ただろう?
あとどれくらいここに居るんだろう?
たいして考えもしない疑問をぶつけてみる。
風が吹いて、桜の花びらが舞った。そして何も考えていないことに気づいた。
桜の並木道はどこまでも続いているように見える。
そんなはずはないのだけれど、立ち止まり続ける僕にはこの並木道を抜けられはしない。
僕はいま、のろのろカメさん以下なのだ。
後ろを振り返り、並木道の中央の花壇のレンガに腰掛けた。
街灯と月の光を背中に浴びて、目の前に僕の影ができる。
真っ黒な影は僕自身より僕らしい気がする。1人座る影はため息をついた。。
・・・あれ? ・・・1人? ・・・そうか。。1人なのか。
僕は1人で座っている。
前は1人じゃなかった。
僕は思い出してみる。
街灯と月明かりの下、揺れる影が2つだったときのこと。
(2)
「なに?また職場の先輩に怒られたって?進歩ないわね〜。まあ気にしないことよ!」
君は半分笑いながら言う。後ろの桜も風に揺られて笑っているように見える。
「笑い事じゃないよー。。怒られたんじゃなくて怒られまくったんだから!」
ふて腐れながら答える僕に「ごめんごめん。」と笑いながら君は言う。桜も笑っている。
「なんなんだろうなぁ。なにやってもだめなんだ。自分で情けないよ。」
そう。なにをやってもだめなのだ。だめなやつの典型なのだ。自分で言えるくらいに。
それに比べて年上の君は、何でも出来て、僕とは違う人間のようだ。
「あれ?ねえ、見てみて今日は満月よ!夜桜に満月。。うん!綺麗!絶景とはこういうことと見つけたり。かな!」
僕は、満月を見上げる。こういうことだってそうだ。
満月だ。とか、流れ星だ。とか、虹が出てる。とか、そういうものに気づくのもいつだって君が先だ。
「なに渋い顔してるのよ。せっかくこんなに綺麗なのに。
そういえば、月にはうさぎがいるのよね。私にはそんな風に見えたことないけど。」
「うん、僕にも見えない。僕には月の影は菩提樹の木の根元に杖を持ったおじいさんが座っているように見える。」
「えー。。それもわかんないなぁ。」
僕の考えはカンボジアの人々しか分かってくれない。
カンボジアなら僕もやっていけるのだろうか。
でも僕は、カンボジアがASEANだかなんかに加盟していること以外は知らない。位置すらも。
「・・・ねえ!ちょっと何下向いてぼーっとしてるのよ。
ぼーっとするなら綺麗な桜か満月か、隣に歩いてる可愛い彼女を見ながらにしなさい!」
はっとして君を見る。綺麗な顔立ちは桜にも満月にも負けてはいない。
カンボジアのことは忘れて君に笑顔を向ける。僕にも笑顔くらいは作れる。3級品の。
「よし!いい笑顔だ!」
君も笑顔をくれる。第1級品の。超キラキラの。
「ウサギとカメってお話あるじゃない?知ってる?童話の。」
ウサギとカメ。のろのろカメさんがねぼすけウサギにレースで勝つお話。
「うん。知ってるよ。誰でも知ってるでしょ。」
「そうだよね。今思ったんだけど、私がウサギだとするとあなたはきっとカメさんなのね。
もしもしカメよカメさんよ 世界のうちでお前ほど 歩みののろいものはない♪ってね。」
「あ、馬鹿にしたな!でも最後に勝つのはカメさんじゃないか!」
「そうよ。のろのろカメさんは最後には勝つの。一歩づつしっかり歩いてね。
やったね!カメさん♪」
「・・・・。でも僕らはレースしてるわけじゃないよ。」
「そう。だからこうやって一緒に歩いてるのよ。」
「うん。そうだね。」
そこで僕らは手を繋いで軽くキスをする。ウサギとカメのキス。
そうして歩く僕らの前には、桜並木道のゴールが見える。
ウサギとカメはゴール寸前。同着で。
でも、僕はゴール寸前で足を止める。繋いでいた手も離してしまう。
「なに?どうしたの?」
「いや、不安になったんだ。ウサギとカメは本当に一緒に歩けるのかなって。
だってさ、元から歩くスピードは全然違う訳だし、歩幅だって違う。」
そんな僕の馬鹿発言に、君はしばらく黙り込み、そして笑顔で言う。
「そうね。ウサギとカメが一緒に歩くのは難しいかもしれない。
ときにははぐれてしまうかもしれないね。
じゃあ、もしはぐれたときの為に待ち合わせ場所を決めておこう♪
いい?よく覚えておきなさい?
あの満月の下よ。いいわね?
さあ、これで大丈夫でしょ?もう行くよ。」
そして君は僕の手を再びとり、僕に合わせて歩きだす。
2人の笑い声と一緒に桜も笑う。
2つの街灯が2人の影をくっつける。
かわいい話だろ?実際すごく楽しかったんだ。すごく。すごく。
(3)
目を開けたぼくはやっぱり1人で影も1つ。
君はいなくなった。
キミハイナクナッタ。
そういうことなんです。僕が1人でここにいる理由はね。
さあ、今日はもう帰ろう。
立ち上がって、もう1度最後に満月を見ようと思って振り返った。
「あれ?」
そのとき、僕には見えたんだ。月の影がウサギに。
今回は菩提樹の木の根元に杖を持ったおじいさんが座っているようになんか見えなかった。
今度は、月に君の影が見えたんだ!
『そうね。ウサギとカメが一緒に歩くのは難しいかもしれない。
ときにははぐれてしまうかもしれないね。
じゃあ、もしはぐれたときの為に待ち合わせ場所を決めておこう♪
いい?よく覚えておきなさい?
あの満月の下よ。いいわね?
さあ、これで大丈夫でしょ?』
君は待っているんだ!あの満月の下で!
そのとき、僕はもう走り出していた。満月に向かって。
飲みさしのミルクティーだとか、財布の入ったカバンだとか、そんなのどうだってよかった。
とにかく走る。走る。走るんだ。
僕はやっぱりのろのろカメさんだ。君はもう、満月の下で待っているのに、僕はあんな所にずっと居て。。
のろいうえにウサギ以上に寝てしまったダメダメカメさんだ!
満月の夜に走る僕。
桜舞う並木道は超えた。ネオンの光る大通りも越えた。
どこまでも止まりたくはない。満月の下につくまでは。
春の夜風はまだ少し僕に冷たくて、脇とかの汗で滲んだぼくのシャツを冷やす。
でも、そんなことは気にもせず、満月の下へ。
(4)
ずいぶん走った。
さっきまで満月は東の果てのほうのあった。
でも今はずいぶん僕の頭に近づいている。
よし!満月の下まであと少しだ。
走る。走る。ひた走る。
さっきまでいた並木道の中で止まっていた時間が動きだしたかのように僕の中で心臓が早くうつ。
ある通りに入った。路地裏にある店があった。
そういえばここには君と来た事がある。
君と一緒に行った中で一番遠い所だ。
僕は終着駅を想像する。
でも、まだ走る。終点を越えても。
僕は1人で走る。
満月の夜に走る僕。
上着のシャツは脱いで、手にかかえている。
次の季節に移るかのように。体は熱いし、桜も見えない。
でも、手のシャツからは夜桜の香りがする様な気がする。
よっぽど、長くいすぎたんだろう。でも桜並木道は遥か後ろだ。
疲れた。
それでも走るが、疲れで冷静になったりする。
僕はもう気づいてるし、知ってるんだ。
それでも走る。走るけれど知っている。
知っている。シッテイル。
同じ空の下に君はいない。満月の下には誰もいないだろう。
でもそんなことは気にもせず、僕は走る。
君が死んでしまったことを知っていても。
(5)
君はわき見運転のトラックにはねられて死んだ。
去年のことだ。
即死だったらしい。
ぼくはそのとき、君を待ってコーヒーショップでフレッシュジュースを飲んでいた。
コーヒは飲めないからね。
6時間くらい待ったよ。
そして、君がいなくなったのを知ったんだ。
ちゃんとお葬式にも出たし、お墓だって参ったし、それに、とにかくいっぱい泣いたんだ。
だから知ってるよ。
君がどこにもいないことも。
この先1人で進んでいかなきゃいけないことも。
だから、走りだしたし、こんなに遠いところまで来た。
君との終点は越えたんだ。
僕は作っていかなくてはいけない。
この早くうつ心臓と共にまた始まっていく日々を。
君を笑顔でいつでも思い出せるようにするために。
だから、まだもう少し遠くまで走る!
(6)
満月の夜に走る僕。月はもうほぼ真上まで来ている。
疲れてもうあんまり頭が回らない。
風は吹く。
シャツからは桜の香りがする。
僕は走る。
ただそれだけだ。
いつからか涙が溢れてくる。視界はぐにゃぐにゃで世界が溶けて一緒になる。
でも涙はぬぐわない。
シャツは脱ぐけど、涙はぬぐわない。
シャツからは桜の香りがする。
風が吹く。
僕は走る。
桜は笑う。
夜風が桜の香りを運ぶ。どこまでも。
そして月がちょうど真上にくる。
(7)
僕は止まって、走るのを止めて、辺りを見渡す。
見たこともない所。どこから来たかも分からない。
でも、その場所は桜が綺麗に咲いている。
僕はその中央の花壇のレンガに座る。
ここが満月の下。僕はたどり着いたのだ。
やっぱり、周りには誰もいない。
僕は満月を見る。その月の影は菩提樹の木の根元に杖を持ったおじいさんが座っているように見える。
僕はそこで涙をこぼした。満月の下に来た証拠になるように。
僕はカメ。のろのろカメさん。しかも途中で寝てしまったダメダメカメさんだ。
でも眠りからさめたカメはそれでもゴールへ走っていく。一歩ずつね。
君はウサギ。足の速いウサギさん。しかも途中で寝なかったスーパーウサギさんだ。
君は僕にとってずいぶん先のゴールへもう着いてしまったんだろう。
僕もゆっくり走って行くよ。ゆっくりだけど一生懸命に。
先にたどり着いてる君はどんな顔して待ってるだろうか?
きっと笑顔だ。第1級品の。超キラキラの。
僕も笑顔がこぼれる。この笑顔は2級品だ!とてもいい夢を見れたからね。
飲みさしのミルクティーを飲み干して、僕は立ち上がる。
僕はまた走りだす。
明日に向かって。
満月の夜に『明日に向かって』走る僕。
―――――――FIN―――――――
ありがとうございました。
至らない点などありましたらアドバイスしてください。