犬も食わない押し問答
「3だ」
渥美功太郎26歳。
現在、我が法律相談事務所にて、3本指を突き出す相手に黙想中。
「だから、何に対する数字だ、それは」
「3、前借りで」
「3千円?」
「ばか。0が一個少ないわ」
「馬鹿はお前だろ」
のち、一蹴。
「頼むよ。就活すんのにスーツが必要なんだ、一式集めるのにも3なら安いもんだろ」
「ふざけんな」
就活すんのにスーツ一式渡して今まで何度その金が違う方向に渡ったか。
証拠に、今まで一度として、「スーツ」という形として返って来た記憶はない。
「これっきりだから」
「お前のそのセリフは聞き飽きた」
「渥美ー頼むよー親友がこんな頼んでんだからさー」
「お前都合いい時ばっか親友とか言うなや!言っとくが棒読みだぞ」
しかもこっちはただいま現在進行形で仕事中だってのに。
あと10分もすれば次のアポの相談者が来るから、その前にも書類にしかと目を通して置きたいところだ。
「それをお前、俺の仕事までダメにする気か」
「名目までは潰してないって」
埒が明かない。思い立った渥美は仕方なし、鞄から取り出したものを伊野に投げ渡した。
「お?」
「家の鍵だ。知ってんだろ都内のマンションの最上階から三番目。
セキュリティ番号2468、クローゼットに腐るほどお望みのスーツ入ってる。好きなん持ってけ」
「さすが…リッチは違うわ
どうしたらそんな金持ちなれんの」
「働いてんだよ!!」
「出てけ」と一喝し、同級生でフリーター・伊野雄介26歳を蹴っ飛ばし追い返してから間もなく、アポの客が曲がり角から入れ違いで姿を現し
その時ばかりはにこりと微笑む。
「すいません先生?先程事務所の前まで出向きましたら酷い怒鳴り声が聞こえたんですが…
まさか先生じゃありませんわよね?」
「まさか。先程アポ無しで来られた男性がどうしても今から相談に乗ってくれとしつこいので、また時間を改めて相談に乗りましょうと言ったまでですよ」
「まぁ、先生ったらお忙しい中若いのに仕事もしっかりこなして…更に器も大きい方なんですね、尊敬しましたわ!」
「ははは…」
心中で、あいつまさかスーツ全部持っていかねえよな。いや。まず置場所がないよなと考えていたのは秘密にしておこう。
アグレッシブルーキー/終&おまけ
仕事終了後・渥美と伊野のメールやりとり
伊野
今日は本当助かった
お陰で明日も食い繋いで行ける
渥美
それは良かったな。
ところでどこに就職の面接行ったんだ?
伊野
面接なんて行ってないよ
渥美
ちょっと待て
どういうことだ、じゃあスーツは
伊野
質屋に行って売った
それ以降、メールの返信はしていない
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