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ホワイトシチューを相棒と

 『やすらぎの森の小鹿亭』に戻ったわたしたちは、宿の裏手にある野外炊事場に向かった。

 使用料がかかるが、すこしでも節約したい身としては、こういった設備の貸し出しはとても助かる。

 すでに何人か使用しており、野外炉の明るい炎が暗闇をオレンジ色に照らしていた。

 炊事場は共用なので周りの人に簡単に挨拶をしてから、空きスペースを使う。石造りの調理台はひやりと冷たい。備えつきの桶を借りて、スズキさんと一緒に井戸水で野菜をきれいに洗う。

「ふう、きれいになったかな。それじゃあ、人参の皮むきをしましょう」

「皮むきですか…」

 わたしがカバンから簡易ナイフを取りだすのを見て、スズキさんはちょっと不安そうな顔になる。

「ナイフで皮むきなんて初めてです」

「包丁はさすがに持ち歩けませんからね。スズキさんは野外料理は初めてですか?」

「記憶はありませんが、おそらく、あまり経験はなさそうです」

「そうしたら、井戸から水を汲んできてもらえますか? あ、シチューに使うのでお皿に入れてください。野菜を切るのはわたしが担当します」

「わかりました。お皿を借りますね」

 わたしは深めのお皿を渡した。桶だと泥がつく可能性があるからだ。

 わたしは人参の皮むきを開始する。旅をはじめたころは自炊も大変だったが、今は慣れたものだ。すぐに皮むきを終えて、簡易まな板の上で少し小さめに乱切りにする。本当は大きめに切りたいのだが、野外炉にくべる薪にも限りがあるので、長時間も煮れないのだ。

「お待たせしました。今度はたき火の用意をしますね」

 スズキさんは井戸水のはいった皿を調理台に置き、野外炉に薪を投げ込む。薪と小枝は使用料を払ったときにサービスでもらえるのだ。

「あ、スズキさん、これを使ってください」

 わたしはスズキさんに小さな袋を渡した。スズキさんは袋のなかに入っている赤い砂をふしぎそうに見つめた。

「キラキラしてきれいでしょう? それは火のフェアリードロップの欠片なんです」

 わたしは、彼の無言の問いかけを見て、笑って答える。

「水を少しかけて、薪と一緒にいれてください。すぐに発火するので、火傷しないように気をつけて」

「わかりました。へえ、これもフェアリードロップなんですか。便利ですね」

「砂粒だから売り物にはならないけど、火のフェアリードロップ(砂)って便利だよな」

 シオンくんの言葉を聞いて、ウサギ肉を細かく切りつつ、わたしは頷く。

「保管がちょっと大変だけどね。フェアリードロップ用の保管箱がないとすぐに発火しちゃうから。でも、とっても便利だよね。マッチより安いし、すぐに火がつけられるもの」

 言っている間に野外炉に火がともる。その様子を見守っていたスズキさんは、頬を紅潮させて、興奮気味に声をあげた。

「うわ~。本当にすぐに火が起こせるんですね! これって、アルミニウム粉末の発火現象に似てますね。だけど、強い光を放ったり、爆発するわけでもない……。専用の容器があるなら、使いやすいかもしれませんね」

「あるみにうむふんまつ?」

 聞きなれない言葉にわたしが首をかしげる。スズキさんはとまどうように目を泳がせた。

「ええ。そうです」

「もしかして、記憶が戻ったんですか?」

 そう問いながら、わたしは鍋にバターをしいて、ウサギ肉を焼き始める。

「いや、そういうわけではないんです。説明が難しいのですが、そういう知識はちゃんと憶えているだけです」

 スズキさんはたれ目をさらに下げて息をついた。

「本当にふしぎです。あちらの世界で何をしていたのかだけが、すっぽり抜けているんです」

「そういうものなんだよ」

 シオンくんがぶっきらぼうに言った。

「記憶があったら混乱するだろう。だから、召喚されるさいに忘れるんだ」

「そうなの?」

 びっくりして声をあげると、シオンくんはそっぽを向いて答える。

「たぶんな」

「何それ」

 ひとが真剣に聞いたというのに、シオンくんは意地悪そうに笑った。

「ほらほら、モモ、人参を入れなくていいのか? 肉がこげちまうぞ」

「えっ、あ、うん!」

 あわてて人参を投入する。かるく炒めてから、小麦粉をふりかける。香ばしい良いにおいが立ち込めた。

「スズキさん、井戸水を入れてもらっていいですか?」

「はい。先に煮沸消毒をしなくて大丈夫です?」

「うーん、いったん、沸騰させますから、大丈夫です」

 鍋に半分くらい井戸水を入れ、煮立たせる。本当は全部ミルクを使いたいんだけど、ちょっと予算が足りない。煮立ったら、固形調味料とミルクを半分入れて、じっくりと煮込む。最後に塩コショウすれば出来上がりだ。

「美味しそうですね」

 スズキさんが幸せそうな顔で鍋のなかを見る。彼はふと調理台に置いてある固形調味料を手にとった。

「これはコンソメですよね?」

「ええ。スズキさんの世界にもあるんですか? 本当はわたしが買えるものじゃないんですけど、先日、王都に行く商人さんにくずフェアリードロップと交換してもらったんです」

「商品名まで同じだなんて、ふしぎですね。それとも、シオンくんが頭のなかにいるから、ぼくの知っている名まえに変換されて聞こえてくるんでしょうか…」

「わたしはスズキさんのほうがふしぎだけどな」

 ぶつぶつ呟きながら考え込んでしまったスズキさんを見て、ぽそっとつぶやいてしまう。

 彼は別の世界から召喚されてきた人間だ。妖精の力は人間の想像を上回るが、それでもやっぱり規格外だろう。シオンくんとスズキさんこそが、ふしぎのかたまりなのだ。

「さて、食べましょうか」

 考えていても仕方ない。わたしは、木の皿にホワイトシチューをよそって、木のベンチに置く。

「おお! いただきます!」

 シオンくんが嬉しそうにホワイトシチューを食べ始める。スズキさんもちゃんと味わってるのか気になりつつも、わたしもスプーンを手にとる。ウサギ肉はあまり油がないので旨みがでるか心配だったけど、ちゃんと美味しくできている。

 わたしは、昨日買ったパンをシオンくんに手渡してから、提案した。

「シオンくん、明日は妖精を探しにいこうよ」

「ん~? おかわり」

「はいはい」

 シオンくんがパンをほうばりながら空になった皿を渡してきたので、シチューをよそってあげる。スズキさんの顔でシオンくんの動作なのだから、ものすごい違和感だ。わたしは笑いたいのをそっと堪える。

「それって、肉屋のおっさんが言っていた妖精の群れか?」

「うん。もしかしたら、フェアリーサークルがあるかもしれないよ!」

 フェアリーサークルというのは妖精世界にいける扉のことだ。妖精世界とは妖精が住処とする特殊な地形を意味する。広大な地底湖だったり、大樹のなかだったり、さまざまだ。だが、どこも神秘的な雰囲気を漂わせた空間であり、それゆえに「妖精世界」という呼び名をもつ。

 妖精研究家なら誰もが憧れる地だ。

「フェアリーサークルはね、そうそう簡単に見つけられるものじゃないんだよ! それを見つけられるかもしれないなんて…わくわくして、しかたないよ!」

 わたしが興奮して顔を赤らめると、シオンくんはちょっとあきれたような目をした。

「まだそうって決まったわけじゃないだろ。まあ、モモは妖精研究家だから仕方ないか」

「そうだよ! 妖精世界は妖精研究家の憧れだもの。それにね、まだ謎な部分が多い場所なの。妖精辞典の著作者である妖精研究家ポーの自伝では、すごく神秘的な場所で、住んでいる妖精もすこし違うんだって」

「違うって、どう違うの?」

 シオンくんに問われて、わたしはことばに詰まる。

「えっと、それは詳しく書かれていないんだ。ポーはそこにいる妖精と詳しく話さないことを約束したらしいの」

「ふーん? でも、妖精世界ねえ。すこし興味があるな」

「そっか、シオンくんも初めてなんだ。ずっと眠っていたものね」

 わたしは彼と出会った時のことを思いだす。

 たまたま入った洞窟の奥に彼は眠っていたのだ。あまりにも目を覚まさないから、最初は死んでいるのかと思ったんだっけ。

「モモと会って1年か。何だか遠い昔みたいだ」

 彼も思いだしたのだろう。シチューをすする手を止めてつぶやいた。一瞬、感情の見えない顔つきになるが、それはすぐに消える。

「それじゃあ、明日は妖精さがしだな」

「うん、がんばろう!」

 わたしは、シオンくんにパンのおかわりをわたして、満面の笑顔でうなづいた。

 

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