シオンくんとスズキさん
書き方をちょっと変えました。
リーフ村についたころには、空はうっすらと茜色に染っていた。
わたしの手には数種類の野草が握られている。
どくだみ草はちょっと臭いがあるけど、傷を治す効果のある薬草だし、カラカラ草は肉料理に使うとぴりっとした辛さを追加できる。
ほくほく顔のわたしを見て、シオンくんはちょっと肩をすくめた。
「うれしそうだなあ。モモが寄り道するから、すっかり夕方じゃないか。肉屋もドロップ屋も閉店しちゃったんじゃないか?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。まだ明るいじゃない」
気楽な調子で答える。
薬草や料理につかう香草もばかにならない。なかなか良いものを手に入れて、大満足だ。
それにお店はまだ空いているはずだ。リーフ村に限ったことじゃないが、夜になると村は真っ暗闇になる。王都などは夜でも街灯が道を照らしているそうだが、多くの村や町は太陽と共に起床し、日が沈んだら就寝する。そのため、お店も日が暮れたら閉店する。この時間なら、ちょうど夕飯の買い物客がおさまってきたころあいだろう。人ごみが苦手な私にとって、一番買い物がしやすい時間だ。
「ポポタさんの肉屋に行こう。ウサギ肉が売っていればいいんだけど。息子さんが狩りでしとめていればいいね」
「そうだなあ。『ポポタの肉汁じゅうじゅう屋』で買える揚げ物は美味いよなあ」
シオンくんのつぶやきを聞いて、わたしは人差し指をあごにあてて首をかしげた。
「へんな店名だよね。焼肉屋みたい」
「たしかにな。でも、ほかの店だって似たようなものじゃないか」
「たしかに。八百屋さんは『リオーネの青々野菜屋』だし、ドロップ屋さんは『キラキラ宝石のメロランテ屋』だもの。わかりやすいけど、言いにくいね」
「べつに話すときは八百屋やドロップ屋でいいよ。どれも村にひとつしかないんだしさ」
リーフ村は小さな村だ。王都につづくレンガ道の両脇に家が立ち並び、その裏手には畑や農場が広がっている。王都へ向かう商人や旅人が通るので、多少にぎわっているが、それでもやっぱりのどかな村だ。
わたしは右手に広がる牧場を眺める。草を食んでいた茶色のジャージ牛が顔をあげて、モ~という間のびした鳴き声をあげた。
「シオンくん、そろそろ変装したほうがいいんじゃないの? 村人に会いそうだよ」
「ん、そうだな」
シオンくんはすごく面倒臭そうな顔になる。
「やっぱりあの姿にならないと村に入れない?」
「シオンくんは妖精なんだもの。妖精ハンターに見つかると大変だよ」
「夕飯さえなければ、夜になるまで隠れてもいいんだけどな…」
シオンくんは観念して周囲を見渡し、目的を見つけると、わたしに声をかけた。
「あそこに牛小屋があるから、ちょっと行ってくる。ここで待っててくれよ」
「はーい、服は自分でもてる?」
わたしがカバンから服を出すと、シオンくんはその端っこを握る。
「……それじゃ、行ってくる」
よろよろと不安定に飛びながら、シオンくんが牛小屋に飛んでいく。ジャージ牛が灰色の布が動いていくさまをふしぎそうに見つめた。
シオンくんを待つ間、わたしは道のわきに生えている野草を摘むことにした。食べられる野草もよく探せば案外近くにあるものだ。牧場の柵の下をのぞき込んでいると、うしろから声をかけられた。
「すみません、お待たせしました」
ふりかえると、茶色の髪をしたひょろながい体躯の青年が所在なさげに立っている。いかにも気弱そうな顔つきだが、すこしたれぎみの目にはやさしげな光がある。
わたしはあわてて立ち上がり、服についた砂を払いつつ、笑顔をみせる。
「いえいえ。えーっと、たしか、スズキさんですよね」
「はい、スズキです。その…、おひさしぶりです」
スズキさんはひょろながい体躯を折り曲げて、弱弱しい笑顔を返す。
「あなたは確かモモさんですよね。ええと、今日はどんな用事ですか?」
「はい、夕ご飯を一緒に食べませんか? シオンくんは妖精ですから、人間じゃないと満足に食べられないんです」
「ああ、そういうことなんですね。よかった。モンスターと戦うことになったら、どうしようかと…」
危ない目に合わないとわかり緊張がとけたのだろう。彼は嬉しそうに笑った。
「しかし、いつもながら突然ですね。ようやく事情が飲み込めてきましたけど。ああ、しかし、眼鏡がないのはつらいですね。前がよく見えません」
「持ち物もいっしょに持ってこれたらいいのにな」
スズキさんがシオンくんの声で不満そうに言った。いきなり表情や声が変わるのだから、まるで腹話術でもしているように見える。
スズキさんはシオンくんが変身した姿だ。正確には召喚した人間に彼が乗り移っているのだ。召喚される人間は男性だという共通点はあるが、年齢はさまざまだった。かといって、ある程度、召喚される人間は固定されている。スズキさんもその一人だ。
「シオンくんと旅をして慣れてきたとはいえ、やっぱりふしぎな力だね」
二人並んで街道を歩き出しながら、わたしは感心する。スズキさんはだいぶ背が高いので、話すときはどうしても見上げてしまう。
「いろいろな妖精を知ってるけど、シオンくんのもつ力って、そのなかでも特殊じゃないのかな。ねえ、シオンくんっていったい何の妖精なのかな?」
「さあね。『~の妖精』なんて、結局、人がつけた呼び名だろう?」
本人は興味なさそうだ。そのかわり、スズキさんがニコニコとうなづいた。
「確かにそうですよね~。呼び出されたぼくもそう思います」
「あれ? スズキさんって、召喚される前のことって覚えていないんでしょ?」
理由はわからないが、召喚される人間は『自分のこと』を記憶していない。
「う~ん。そういうことはわかります。自分が誰なのかがわからないだけで、あちらでの知識はちゃんとありますからね」
「スズキのいうとおりだぞ」
シオンくんが真面目な顔で言った。急に顔つきが切り替わるから、見ていてちょっと面白い。
「スズキは記憶喪失だ。頭のなかにいる、おれがいうんだから、間違いない」
「うわ~…」
「ちょっと想像したくないです」
頭のなかにいる、という表現を聞いて、わたしとスズキさんが苦虫を噛んだような顔つきになる。
シオンくんはその態度に不満そうだ。
「なんだよ、その顔は。それより、スズキを呼び出せるのは2時間くらいなんだから、はやくホワイトシチューをつくろうぜ」
「シチューですか、いいですね~」
スズキさんが嬉しそうに顔を緩ませる。
リーフ村に入ったわたしたちは、まっすぐにポポタさんの肉屋に向かう。まだ夕日は沈んでいないが、人通りはだいぶ少なくなっている。すこし早歩きで目的地に向かうと、ちょうどポポタさんが店じまいを始めるところだった。
「わ! すみませーん! ウサギ肉をください!」
あわてて駆け込むと、筋肉むきむきのポポタさんがふりかえって、快活に笑った。
「おう! まだ営業しているぞ。たしか、妖精研究家のおじょうちゃんだったか」
「覚えていてくれたんですね」
「ははは、ウサギ肉ばっかり買っていくから、おぼえちまったよ」
「そ、そうですか。ははは」
ウサギ肉は肉屋で一番安い。まさか覚えられているとは思わなかった。うう、すべて貧乏が悪いんだ。
ポポタさんはわたしが恥ずかしそうにしているを見て、すまなそうな顔で頭をかいた。
「悪い悪い。きっと、うちのウサギ肉の味が良いから気に入ってくれたんだろ。…ん? こっちの兄さんは連れかい?」
「ええっと…」
わたしはふり返ってちょっと言葉につまる。彼は20代前半くらいに見える。本当なら冒険者というのが妥当なのだが、のほほんとした顔でわたしを見る彼は、どうみても腕っぷしのよい人間に見えない。
「し、知り合いの妖精研究家なんです。フェアリースポットを探していたら、たまたま森で会いまして」
仕方なく同業にする。しかし、ポポタさんはすぐに納得した。
「ああ、学者さんか。たしかにあの森には妖精がいるらしいからなあ」
「ポポタさんは妖精を見たことがないんですか? あ、ウサギ肉を1羽ください」
「はいよ。俺は見たことがないな。子どもらはたまに見るらしいけどな」
「妖精は子どもが好きですからね」
妖精は無邪気な性格のものが多いので、人間の子どもと相性がよいのだ。
ウサギ肉の包みを受けとり、ポポタさんに100エンを手渡す。エンは指先ほどの丸い硬貨だ。見た目は古代遺跡から出土した古銭を参考にしているそうで、数十年前から広く流通している。
「まいど。そういやあ、最近、一番下の息子が森で妖精の群れを見たっていってたなあ」
「えっ! 本当ですか? どのあたりだったか覚えてます!?」
「お、おお。森にある滝の近くだって言ってたな」
鼻息あらく身をのりだしたわたしを見て、ポポタさんは若干引き気味にのけぞった。
「さすがに学者さんだな。地図をもってるようなら、だいたいの位置を教えようか?」
「いいんですか! ありがとうございます!」
ポポタさんの大きな手を握りしめる。彼は照れくさそうに笑った。
「ははは! いいってことよ」
「そ、それじゃあ、これにマーカーをしてください!」
わたしはカバンから地図を取りだしてポポタさんに渡す。彼は耳のうえにさしていた鉛筆を手にとり、地図に✖マークをつける。正直、地形や川の位置くらいしかわからない地図なので、目的地もだいたいしかわからないが、無いよりずっとマシだ。
「ここにいくなら、川にそって北上すれば近いぞ。強いモンスターがでるから気をつけろよ」
「モンスターですか…」
スズキさんが嫌そうにつぶやいた。以前、スライムに追いかけられた記憶がよみがえったのだろう。理屈は不明だが、こちらで経験した記憶はもちこせるらしい。
「なんだあ、二人で行くつもりか? それはさすがに危険だぞ?」
ポポタさんが心配そうな顔になって、スズキさんとわたしを交互に見た。
「うーん…。そうですよね」
自慢じゃないが戦闘能力は皆無だ。さらに冒険者を雇うお金もない。しかし、わたしにはちょっとした奥の手があった。
「モンスターと戦うことはできないけど、逃げることならできるので、行ってみます。ダメだったら、すぐに帰ります」
「大丈夫なのか?」
ポポタさんがスズキさんを見るが、彼も奥の手を知らないので、同じように不安な顔をするだけだ。
「ええと…、モモさん、本当に大丈夫なんですか?」
「うん、これでもいろんなところを旅してるんだ。信用してくれて大丈夫だよ」
わたしが笑うとスズキさんは「わかりました」と答えた。まあ、それでもすこし不安そうだったけど。
「ポポタさんもありがとうございます!」
「いやいや、いいよ。それより気をつけていってこいよ」
「はい!」
ポポタさんにもう一度お礼を言って、わたしたちは肉屋を後にした。
ちなみに次に行こうとしていたドロップ屋は閉店。さすがに寄り道をしすぎたみたいで、シオンくんからお小言をもらったわたしだった。