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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
狂想曲
97/111

珍客

 この大陸で、魔物は恐るべきものである事は、幼い赤子でもなければ当然に知っている常識というもの。

 しかしこの国で、吸血鬼は特別恐るべきものでない事もまた、幼い赤子でもなければ当然に知っている常識だ。


 けれど、吸血鬼だ人間だのの別以外の理由で恐るべき者は、残念ながら一定数存在する。

 どんなに平和で治安の良い国の、綺麗な街にも、チンピラの類は存在し、それが人間以上に力を持つ吸血鬼であれば、当然その危険度は増してくる。


 でも、この目の前を歩く男は、そういう輩には到底見えない。

 テオには一生縁のなさそうな見るからに上質のシャツとスーツを当然のように着こなし、趣味の良い山高帽をかぶり、ツヤツヤの飴色に輝く木製ステッキを手に歩く姿は実に優雅だ。

 どう見ても、大店の主かご隠居か……一瞬、貴族という可能性も頭をよぎったが、今彼が歩いているのは、テオも普段使いにしている酒場が並ぶ庶民の街の路地だ。

 お貴族様達が好んで通う洒落たバーなどがある区画とは全く逆方向にあるこの場所で、彼はようやくこちらを振り返った。


 「さて、坊主。この辺りで一番賑やかで、カウンター席ではなく二人で座れるテーブル席のある店がどれか知っているかの?」


 こちらをからかうように目を細める彼の言葉に、テオは眉をひそめた。


 「ふん、別にお主なんぞ取って食いやせんし、“食物”にする気もありゃぁせんよ。ただ、お主らが吹聴する噂の真偽を知りたいのでな。――例え賭けに負けて飲み代全部払ったとして、この程度の店の会計程度、痛くも痒くもないが、下手な輩に情報を持っていかれるのは、わしの馴染みの店の一日分の会計を全部払う事になるよりも痛い」


 下手に人の居ない静かな場所で話すより、うるさいぐらいにごった返した中で話すほうが、盗み聞きのリスクを減らせるのは確かで。


 別に分かりやすく脅されているわけでもなく。

 なのに――ただ穏やかに提案されているだけのはずが、逆らう事を許されない雰囲気にテオは手近な店へ彼を案内する。


 「とりあえず麦酒と、何かつまめるモン、肉系のつまみちょうだい」

 慣れたはずの店で、普段通りの注文をしているはずが、妙に声がこわばる。

 「……あー、何飲みます?」

 「では、ワインをグラスで。つまみは要らん」


 目まぐるしく動き回る店員が、注文した酒とつまみを持ってくるまでの僅かな間。

 彼はじっと沈黙を守る。

 この手の店で、その間はごく短いものだが、座りなれたはずの椅子の座り心地に違和感を覚えるテオは、いつになくそわそわしながらそれを待ち。


 “ようやく”届いた酒に口を付け、その違和感を振り払うように、彼に問いかけた。


 「……で。俺の話を聞きたいと言っていたが、つまり何を聞きたいんだ? まあ、あいつの話を聞きたいのは分かるが、あいつの何を知りたいんだ?」


 「全てを、と言いたいところだが。まあ、確かに漠然としすぎておるな。そうさの、ではとりあえずまずは、お主が吹聴しておる話の“根拠”を聞かせてもらおうか。――贄の花嫁は貧乏くじという世間の常識に沿わぬという、その理由を」


 グラスワインを一口、舐めるように口にした彼は、渋い顔をしながらテオを促した。


 「その話が信用に足る話ならば、いいだろう、今日の飲み代全てわしが払おう。好きなだけ飲み食いするといい。だから、さあ、話せ」


 「ああ、そういう事なら、確かに俺はあいつの親兄弟よりよほど詳しく話せるが……」

 その誘いに、テオは骨付き鶏の唐揚げに手を伸ばしながら言った。


 「だが、そういう事なら俺よりレオ爺さんに聞くほうが良いかもしれないぜ? あいつとの付き合いは長いが、あいつが子どもだった頃は俺も子どもだったんだ。昔の話はどうしても、子ども目線の話になる。そういう話なら俺は誰より詳しい」

 香辛料の効いた肉を頬張り、麦酒でそれを流し込む。


 「けど、昔の客観的な話が聞きたいなら、当時、ローズ家前当主の家令だったレオ爺さんの方が適役だと思うが?」 


 「ならば、坊主の話を聞いた後で、坊主に明日の約束の伝言を頼むとしよう。しかし今はまず、坊主の話が聞きたいのだよ」


 そうまで言われたテオは、普段は話さない、幼い頃の思い出話を引っ張り出して聴かせる。


 その話が宮廷に届いたのは、その二日後のことだった。

 

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