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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
狂想曲
87/111

“一石”

 ――そんな、外野の争いを気にする余裕は、どこにもなかった。


 ミリアにとっても、ジルベルトにとっても、今日が正念場といってもいい。

 ジルベルトは、自分が軍属以外の女性に不人気である事など、とうに承知している。


 ミリアも当然、街の噂は知っていた。

 ミリアにとっては問題でなくとも、彼が、年頃の娘――とくに貴族のご令嬢たちにのお気に召さない理由も、分からなくはない。


 だから、その事実が確定しさえすれば、娘たちの本音として、誰もがダリオの花嫁を望むだろうと既に昨日話していた。

 だがジルベルトは、だからこそあえて娘に“贄の花嫁”を狙わせる者も現れるだろうとも言っていた。


 何よりまだ、あくまでその可能性を示唆しただけの事。

 確定には程遠く、いつひっくり返るとも分からない。

 それくらいの事は、常に腹芸を嗜む彼らが思い至らないはずはなく、だからこそ色々と余計な深読みをして、読みきれない動きをする者が現れないとも限らない。


 その、不確かな足元を固め、無事目的地にたどり着くための、正念場。


 まずはこの場に居る者たちにその事実を認めさせられなければ、到底他の貴族や民たちを納得させるなど無理な話である。


 既に臨戦態勢でピリピリしているお嬢様方の中、ミリアは彼女たちのみならず、彼女たちに“密かに”指令を送る連れの動向をもじっと観察する。


 ミリアも腹芸の類を仕掛ける事については不得手な方だが、それを長年傍で眺めていた分、それを見抜き、かわす術ならば身につけている。

 

 得手ではないにもかかわらず、目の前の娘たちと、その連れにまで気を配り、“接待”しなければならないジルベルトに比べれば、ミリアには余裕が有る。

 ――たとえ、ヴァネッサから殺意さえこもっていそうな目で睨まれても、彼女たちがジルベルトやダリオと話している間、周りの状況を眺める暇くらいはある。


 その間に、欲しい情報を相手の様子から読み取る。

 相手も、下手にライバルたちに自分の手を読まれまいと必死だから、それは簡単なことではない。


 外野の動向まで、気にする程の余裕はミリアにも無かった。


 だから、自分に必定以上に向けられている気のする敵視の視線に、ミリアは内心首を傾げるしかなかった。

 ……ヴァネッサのものだけは、別として。


 少々ならぬイレギュラーな状況にあるから、探るような視線を集めるのは分かる。

 けれど、それが攻撃的なものになる理由……


 「では、次はミリア殿か。どうだね、何か尋ねたい事などあるかな?」


 ヴァネッサを皮切りに、娘たちは次々と彼らに話しかけたがり、それを仕切る形で一回り、順繰りに一人一つ、彼らに質問をぶつける。

 そんな流れになり、その順番がやがてミリアに巡ってきた。


 趣味、最近気になっているもの、贔屓にしているもの……


 皆、先のヴァネッサの質問に答えたダリオの“他”について、少しでもヒントを得たいと思いつつ、だが具体的に何を聞けば良いか分からず、まるで夜会の雑談と変わらぬ問いを彼らに投げかけていた。


 「――では」


 ……そんな質問に答えるたび、兄弟二人の違いが浮き彫りになる。

 趣味は、と聞かれて「馬で遠乗り」と答える者と、「軍の訓練」と答える者。

 最近気になっているものは、と聞かれて「今流行りの歌劇」と答える者と、「前線での魔物達の動向」と答える者。

 贔屓にしているものは、と聞かれて「最近話題の女優」と答える者と、「最近入った有能な新人」と答える者。

 その答えを聞くたび、娘たちの表情は見事に二分されていく。

 ダリオを狙う者たちは、ますます闘争心を燃やし、ジルベルトを狙わざるを得ない者たちは、彼から目をそらす。


 「公爵様のおっしゃる通りに爵位を継がれたとして、まず何をされたいですか?」


 その中で、ミリアは一石を投じた。

 すぐ目の前にあるものにしか見ていない、彼女たちの前で、その先の質問を投げかけた。


 「ダリオ殿下は、侯爵として。ジルベルト殿下は伯爵として。何をしたいと思われますか?」

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