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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
狂想曲
85/111

場外戦

 公爵のその発言は、もちろんその場にいる当事者と、それに近しい人々に多大なる衝撃を与えるものだった。


 しかし、彼らに比べれば直に感じる衝撃は小さくとも、将来的に響いてくる可能性を予見し、震え上がった者たちが居た。


 “お忍び”を装い、かの茶会をこっそりのぞき見たり、隠れて耳をそばだてていた者たち。

 彼らはそも、あの中の誰が有力候補か見極め、今後政治的な繋がりや、社交界での振る舞いをどうすべきか考える判断材料になりうる情報を求めて、この場に居る。


 あの発言が事実なら、彼らにとってもこれまでの勢力図が大きく書き換えられる事はもう、可能性の域を超えている。

 ただ、その結果がどうなるか。

 彼らの頭の中、凄まじい勢いで予測合戦が繰り広げられる。


 その予測を、より正確なものとするために、彼らは無駄なお喋りに興ずる余裕もなく、表面上はまるでおままごとのような茶会の様子を眺め、聞き入る。


 あの噂が本当なら、既に伯爵の花嫁――すなわち“贄”は既に決まっている。

 あの娘は、ローズ家の庶子であるらしい事は、既に調べがつき、この場の誰もが知っている。

 そして血縁上、異母姉に当たるヴァネッサや、彼女の母、そして実父である当主からも疎まれ、使用人のような扱いを受けていた事も、実際に見知っている者たちの噂で既に皆に知れ渡っている。


 そして、あの噂が本当なら、そのローズ家はジルベルトの怒りを買った。

 ならば、本来贄の花嫁を出した家が受け取るはずの名誉と財産は、一体誰のものとなるのか。


 一方で、人気の高いダリオの唯一の難点が無くなった今、格段に跳ね上がった競争を勝ち抜く令嬢が何人いるか、それが誰になるのか。

 ローズ家の、起死回生があるのか否か。


 ここで選択を大きく誤れば、他家に大きく水をあけられるばかりでなく、衰退や没落もありうる。


 だからこそ、彼らはそれに気づく。


 周囲に気づかれないよう、ささやかに。

 ヴァネッサが、憎々しげにミリアを睨みつけるのを。

 その様を見て、ジルベルトが不快げに眉をひそめるのを。


 ただそれだけで、彼らは考える。

 あのミリアとかいう娘、彼女を不快に指せる態度をとれば、それはジルベルトの怒りを買い、自分たちにとって不利に働く。

 今のローズ家の状態を見れば、ミリアをいたずらに攻撃するのは得策ではないと、馬鹿でも分かる。

 しかも彼女が“贄”となってくれるとなれば、自分たちはむしろ彼女を全力で守らなければ、全てを敵に回す結果になる。


 さらに頭の回る者は、彼女に気に入られた場合、本来彼女の実家に与えられるはずのものを自分たちが手に入れられる可能性にすら思い至り、さっそく従者に彼女の好みなど探ってくるよう命じる。


 しかし、こういう場に慣れていないジルベルトの表情は割合容易に読めても、ダリオの表情はひどく読みにくい。

 ただでさえ予測の難しい、侯爵の花嫁。

 殆どギャンブルに近しい結果に賭けるリスクを犯せない者たちも、早々にそちらを諦め、確実な候補の支持へと傾いていく。


 逆にそれを見て、更に無謀にも伯爵の花嫁を目指せと娘に支持するエスコート役の様と比べ、候補が絞れたとほくそ笑む者もいた。

 

 そこには、単なる場外戦、と馬鹿にできない緊張感が確かに存在し。

 水面下で、静かな火花がそこここで散る。


 それ自体は、正直代替わりの際の恒例行事なのだが。

 その火花は、常より遥かに頻繁で、大きい。


 ともすると、本戦より張り詰めた緊張感が、その場を支配し、それは彼らと直接関わることのない、通いの下級使用人にすら伝わるほどで。


 街に、その噂が伝わるのに、そう時間はかからなかった。

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