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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
狂想曲
81/111

覚悟

 公邸の庭に、一般の民が立ち入る事など、まずない。

 政治に関わる高官や貴族らも、屋敷の外に出ることはあまりない。


 この庭にあるこの場所は、公爵に近しい血を持つ“姫”と、“花嫁”のための場所。

 二人の公孫子に姉か妹でも居れば、年の近しい令嬢を呼んでのお茶会に使われただろう。


 実際、先代の時代にはそうして使われていたらしいが――

 今代の侯爵に娘はなく、だからこうしてこの庭に、管理の者以外が足を踏み入れるのは初めてのこと。

 ミリアだけではなく、ヴァネッサも、他の候補者や、そのエスコート役の男性陣も。

 こんな時でなければ、見事な庭に誰もが目を奪われただろうが――今は。


 最後の入場となったミリアに、その視線が集中していた。


 「……うわぁ。俺も裏方とはいえお貴族様にご縁のある仕事をしてますから、こういうの、慣れてるつもりだったんですけど。これはまた……。せっかく、いいお茶と菓子を楽しめる機会だというのに、食欲無くしそうですよ」


 ミリアの腕を取り、エスコート役をしてくれている針子の少年は、人畜無害そうな笑みを貼り付けながら、それでも口の端が引きつらせながら、軽く冗談めいた声で言った。 

 「俺も、一応吸血鬼のはしくれなんですけど。……なんか、獲って食われそうな気がします」

 口の端のみならず、声も引きつらせながら。


 「ごめんね、巻き込んじゃって」

 「ま、ジルベルト閣下のご命令ですから」


 ――昨日。今日のために、彼から改めて紹介された彼は、今のようなぎこちないものではない微笑みを浮かべて言った。

 「私は、ジルベルト閣下の針子。――ジルベルト伯爵閣下の専属針子ですから」


 伯爵と共に島へ渡るのは、実は花嫁だけではない。

 貴族の常識的な感覚から言えば圧倒的に少ないものの、最低限の衣食住を確保し、生活を回すための使用人は存在する。


 屋敷を統括する家令は執事と兼務。

 洗濯から掃除などの世話をするメイドは、食事の支度をする料理長コックも兼務。

 主や使用人たちの腹を満たす食材を育む畑の世話と、厩番も兼務。


 繕いものは、本来メイドがするものだが。

 「何しろ、ファッションなんてものに興味がないどころか、着る物にこだわる人じゃありませんからね、閣下は。大勢の使用人に何でも命令できる今ですら、軍服以外着ようとしないんですから」

 

 自分は、吸血鬼である以上の戦闘能力はないし、頭脳プレーも得意ではないと、彼はミリアにそう言っていた。

 人間のチンピラ程度ならどうとでもできる。

 だが、本職の同族には手も足も出ないのだと、初めにそう言って、彼はミリアの仮の護衛役を引き受けた。


 使用人の方は、花嫁と違って半永久的に島へ留まる事を強制はされない。

 とは言え、出ていきたいと言って、すぐ出してもらえる環境でもない。


 伯爵には、花嫁同様彼らを守る義務がある――が、危険な職場であることには違いなく。

 本来、必要とされない役職に、わざわざ志願するなら、相当の覚悟があっての事。


 「私は、歴代の伯爵様のように、ジルベルト様に早死にして欲しくないんです」

 そしてそれは、ジルベルト本人を慕うからこその理由からだと言う。


 「そのために、どうやら貴女は不可欠のようですから。その為の協力というのなら、断れません」


 そう言って、今回のエスコート役を、彼――ラウルは引き受けてくれた。

 「心強い同士が居てくれて、嬉しいわ。……まだまだ、こんなのきっと序の口よ。何しろ、これからが本番なんだから」


 他の参加者同様、ミリアが席に着けば、ラウルは別席へと案内されていく。


 全員の参加者が席についたところで、それを告げる鐘が鳴らされ、本日の主役がようやく、姿を現す。


 「陛下、殿下方がお見えです」


 厳かに、それが告げられた瞬間、パチッと、円形のテーブル上に、見えない火花が散った。

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