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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
狂想曲
76/111

知らぬは本人ばかりなり

 かくして、翌日にはその旨を記した触書きが、前の宴を知らせたそれが貼られていた場所へと掲示された。


 以前の代替わりを知らない世代は、単純に、つい先日のお祭り騒ぎを思い、再びの宴の知らせに単純に浮かれたった。

 しかし、今まさに伯爵として島で戦っている彼の花嫁を知る世代の者たちは、少しの違和感を感じ、それに次世代を担うはずの双子公孫子達の噂を思い返し、不安を覚え。

 既に何度か代替わりを見てきた老人や吸血鬼達は、この性急な知らせに、いよいよの猶予の限界を悟り、改めて、先日選ばれたばかりの花嫁候補たちの顔ぶれを思い返し、彼女たちを擁する家へと関心を寄せる。


 その日、普段から毎日のように挨拶代わりに交わされる世間話の内容は、もっぱらその件に終始し、各家の評判や、当主の資質や縁者の話まで、密やかに語られた内容は、瞬く間に国中の貴族の大半が知る所となった。


 人の口に戸は立てられぬ、とはよく言ったもの。

 これまではほんの一部の身近な者にしか知られていなかったことも、こうなればあっという間に発掘され、拡散されていく。

 大半は、行儀よく聞いた話を面白おかしく人に話して回る役に徹するものだが、根掘り葉掘り人の秘密をほじくり返すのが好きな下衆な性分の者というのも必ず居るものだ。


 主に忠誠を誓う上級使用人の口は堅いが、安く雇われた下働きの人間が街に出れば、当然のように噂話に興じる。

 上級使用人のように、事情を詳しく把握はしていなくとも、面白おかしくお喋りはできる。


 突然、とある貴族の家に、竜が舞い降り大騒ぎになった話も、たちまちのうちに皆が知る話となり、やがてその竜の主について、ある人物の名が囁かれ始めるのにそう時間は必要なかった。

 その、とある貴族というのがどこの家なのかなどは当然のように早々に暴かれていた。


 そして、前回の宴に主席していた貴族たちから、その家の娘の話が広まり。

 街の噂を拾い集めた者たちから、もう一人の娘の話も広まる。


 ――伯爵家当主が使用人を召し上げ手を付け産ませた娘。

 かの家の夜会で給仕係としての彼女の姿を見た事のある者も少なくなく、たちまちのうちにミリアと実家のローズ家との不和まで、翌朝には知らぬ者のない話となっていた。


 ……ただ。

 謹慎を命じられたローズ家当主と。

 騎士団の官舎のベッドで休んでいたミリアと。

 準備に追われるジルベルトと。

 その話の当事者たちだけは、誰もがその事実を知らぬまま。



 ミリアは、窓の向こうの水平線に日が落ちる様を眺め。

 その部屋の扉を静かに叩かれる音を聞いた。


 「……起きているか?」

 その声に、ミリアは返そうとした許可を告げる言葉を喉に詰まらせた。


 彼の声音は、先程に比べれば幾分か落ち着いていたが、普段のそれと比べれば違和感は拭いきれない。

 緊張やストレスを押し殺した声。


 ミリアは、一度、大きく息だけを吐き出し、続いていっぱいに空気を吸い込み――そして、喉につかえた声を押し出すように、もう一度、同じ言葉を声に乗せる。


 「……どうぞ、入って」


 本来、ここは彼の私室だ。

 それを、ミリアがこうして彼に入室の許可を告げるというのは少々居心地も悪い。


 それに。

 許しを得て入ってきた彼の表情を見て、ミリアは尚いたたまれなさを感じた。


 明らかに疲れの滲んだ、彼の沈んだ表情に、ミリアはつい口にしそうになる謝罪の言葉を、今度は慌てて飲み込む。

 謝ろうとして、けれどその言葉を封じられたのは、ついさっきの事だ。


 ミリアは、痛む体をおして、せめて上半身だけでも起こそうとしたが、それもジルベルトに首を横に振られ、断念する。

 その間に彼は、部屋の隅から椅子を運び、ミリアの枕元に置いて、それに腰を下ろすと、おもむろに深々と頭を下げ、そのつむじをミリアの目の前に晒した。


 「――済まない」


 そうして彼は、ミリアに禁じた謝罪の言葉を口にして。


 「今回の件だけでない。他にも、謝るべきことがある。説明しなければならないことも。……疲れているだろうが、頼む、まずは、話をさせてくれ」


 そう、切り出した。

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