すれ違う想い
「贄の花嫁となる者にとって、伯爵となる者だけが頼りとなる。主の信頼も得られない者では、伯爵になる資格はない」
ふわりと、竜が露台に降り立ち、そっとその体を屈める。
「――殿下!」
まず真っ先に出てきたのは、今回の件を伝えに来たジルベルト専属の針子、ラウルだった。
「殿下、ミリアさんは……」
こちらを見上げ、言いかけた言葉を、ジルベルトの腕の中に収まる彼女の様子を目にして、言葉尻を濁した。
「……部屋の支度と、医者を頼んできます」
代わりのようにそう言い残し、すぐさま駆け出していく。
ラウルはあくまで針子であって、従者でも部下でもないのだが――
先程とばっちりを受けさせてしまった事を思い出し、ジルベルトは後で何かフォローしておくべきだろうと考えながら、己の使い魔を見上げる。
彼にもまた、後で褒美のひとつくらいはやるべきだろう。
「ディーノ、――後で、いい肉を差し入れてやるから、先に竜舎へ戻っていろ」
ねぎらいの言葉と共に、それを約束し、ジルベルトはミリアを抱えて屋内へ入る。
「――隊長! 部屋の支度、整いました! 医師は部屋にて待機しております。それと、公邸からの使いが参っておりますか、いかがなさいますか?」
有能な者しか居ない隊で、指揮系統も整ったここでは、全てがスピーディーに整えられる。
公邸からの使者というのも、ジルベルトに用があるというのなら、おそらく例の件に関して公爵閣下に問合わせた返答だろう。
「分かった。俺の部屋へ通しておいてくよう伝えてくれ。それと、部屋はどこだ?」
新たな指示を与えつつ、今一番必要とする情報を尋ねる。
「はい、極秘扱いとの事で、隊長の部屋の続き部屋をご用意致しました。――事後承諾となり申し訳ございません」
「いや、構わん。いい判断だ」
ジルベルトはすぐさまいつもと同じ道順を辿り始める。
「隊長!」
その後ろから追ってくる声――おそらくカーラだろう。
首だけ回して背後を振り返れば、案の定、彼女が早足にこちらへ向かってくる。
「一体何が――、!」
さすがは察しが良いと、ジルベルトは表情を緩めた。
まだ直接の報告は上がっていないだろうが、何かあったと見て真っ先にやって来たのだろう彼女は、ジルベルトの腕に抱えられたミリアを見るなり、僅かに表情を険しくしたのを、所詮男のジルベルトは気づけないまま、口を開いた。
「……ちょうどいいところに来てくれた。少しの間、彼女についていてくれるか。治療師は呼んである。本当は俺がついているべきなんだが、今、公邸からの使者が来ていてな。――俺の都合で呼びつけたようなものを、捨て置くわけにもいかない」
たとえ命令の体はしていなくとも、上官の“お願い”というのはそれに準ずるものだ。
「――かしこまりました。このまま、私がお運びしましょうか?」
「いや、さすがにそれくらいは俺にやらせてくれ」
「では、私は先に部屋の支度を確認して参りましょう」
カーラは、綺麗な笑みを浮かべ、颯爽とその場を立ち去っていった。
ジルベルトに安心をもたらした彼女のその笑みで、ミリアに不安を残して――。
彼がミリアに、戦闘能力という意味での強さを求めないと言ったのと同じ様に、ミリアも彼に、例えば夜会でのダリオのような甘い言葉や態度など期待してはいなかった――はずなのに。
ミリアは、もどかしい思いが湧き上がるのを、止めることが出来なかった。




