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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
狂想曲
71/111

本音と建前と

 立場と背負う責任が、それを許さない。


 本当なら、こんな連中は軍の懲罰牢にでも放り込んで……いや、その前に心のまま沈めてやりたいと思うのに。


 ミリアをこんな風に傷つけられても、例えば下町の男たちのように、思いのままに怒りをぶつけることができない苛立ちが、吸血鬼という魔性の本能を刺激する。

 ――喉が、渇いて……


 彼女から漂う血の香りに、理性が揺さぶられる。

 こちらとしては、精一杯の自制をしているというのに。


 彼らは、なお恨めしげな表情を向けてくる。


 そんな主の感情を受け、窓の外ではディーノが苛々と忙しなく右往左往し、その度に地響きが屋敷を揺るがし、使用人たちの悲鳴が大きくなる。

 主に唯々諾々と従う、主同様愚かな上級使用人たちはともかく。

 罪なき下働きの町娘たちをこれ以上騒がせては、事が大きくなりすぎる。


 「あんた、まずは彼女に応急処置を。それと、誰か馬車を用意しろ。彼女の身柄は我が騎士団で保護する」

 ミリアの身体を抱き上げ、ジルベルトは窓の外を見上げた。

 「――ディーノ。お前は先に竜舎へ戻っていろ」


 ぎろりと、窓越しに少し不満そうな目でこちらを睨むディーノに命じる。

 獣の性の強い竜に、タテマエだなどと通じるはずもない。

 主の本心を見抜いている相棒の素直な感情に、ジルベルトは少し表情を緩め、もう一度己の使い魔に命じた。

 「戻れ、ディーノ」


 強く命じられれば、使い魔は主に逆らえない。

 不承不承の体で、ディーノは翼を広げ、こちらに背を向ける。

 ――が、一向に飛び立つ様子を見せない。


 顔だけこちらに向け、足を折り曲げ膝を地につけ姿勢を低くする。

 乗れ、ということなのだろうが……

 ディーノがこんな事をするなど、ジルベルトは見たことがなかった。


 「だめだ、ディーノ。今の可ジョジョをお前に乗せるわけにはいかない。このケガでは負担が大きすぎる。本当なら、動かさず休ませてやりたいところなんだ」

 しかし、こんな場所では良くなるものも悪くなりそうで、だから無理を承知で、彼女を自分の目の届く場所に置こうとしている。


 竜は、そもそも訓練を積んだ騎士だから乗りこなせるもので。

 速さと攻撃力が重視され、乗り心地というのは誰も気にしないもので。

 ……正直なところ、良いとは言えない――というか、ぶっちゃけ悪い。

 だかこそ、訓練が必要なもので。


 この間のように相乗りをするだけなら、操り手の腕次第では、素人でも素養があれば乗せることはできるが。


 ディーノに乗れば、馬車で行くより早く着けるのは確かなのだけれど。

 上空を飛べば冷えるし、怪我で体力が落ちているはずの彼女に無理はさせられない。


 だからこそ、馬車の用意を命じたのだ。

 そうでなければ、こんな場所、今すぐにも出て行って――


 「……だからか」


 あまりに明確で強いジルベルトの本心に、ディーノは従っているのだ。

 言葉だけの虚ろな命令ではなく、ジルベルトの強い願いに応えている。


 「――ジルベルト」

 血の香りを纏ったままの彼女は、それでも下ろして欲しそうな素振りを見せながら、ジルベルトの名を呼んだ。

 「私なら、大丈夫だから……」


 無理は、させたくないけれど。

 「……俺のほうが、限界かもしれないな」


 ため息をひとつ吐いて。


 ジルベルトは、窓枠に足をかけ――

 「行儀は悪いが――、頼んだぞ、ディーノ」


 跳んだ。

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