本音と建前と
立場と背負う責任が、それを許さない。
本当なら、こんな連中は軍の懲罰牢にでも放り込んで……いや、その前に心のまま沈めてやりたいと思うのに。
ミリアをこんな風に傷つけられても、例えば下町の男たちのように、思いのままに怒りをぶつけることができない苛立ちが、吸血鬼という魔性の本能を刺激する。
――喉が、渇いて……
彼女から漂う血の香りに、理性が揺さぶられる。
こちらとしては、精一杯の自制をしているというのに。
彼らは、なお恨めしげな表情を向けてくる。
そんな主の感情を受け、窓の外ではディーノが苛々と忙しなく右往左往し、その度に地響きが屋敷を揺るがし、使用人たちの悲鳴が大きくなる。
主に唯々諾々と従う、主同様愚かな上級使用人たちはともかく。
罪なき下働きの町娘たちをこれ以上騒がせては、事が大きくなりすぎる。
「あんた、まずは彼女に応急処置を。それと、誰か馬車を用意しろ。彼女の身柄は我が騎士団で保護する」
ミリアの身体を抱き上げ、ジルベルトは窓の外を見上げた。
「――ディーノ。お前は先に竜舎へ戻っていろ」
ぎろりと、窓越しに少し不満そうな目でこちらを睨むディーノに命じる。
獣の性の強い竜に、タテマエだなどと通じるはずもない。
主の本心を見抜いている相棒の素直な感情に、ジルベルトは少し表情を緩め、もう一度己の使い魔に命じた。
「戻れ、ディーノ」
強く命じられれば、使い魔は主に逆らえない。
不承不承の体で、ディーノは翼を広げ、こちらに背を向ける。
――が、一向に飛び立つ様子を見せない。
顔だけこちらに向け、足を折り曲げ膝を地につけ姿勢を低くする。
乗れ、ということなのだろうが……
ディーノがこんな事をするなど、ジルベルトは見たことがなかった。
「だめだ、ディーノ。今の可ジョジョをお前に乗せるわけにはいかない。このケガでは負担が大きすぎる。本当なら、動かさず休ませてやりたいところなんだ」
しかし、こんな場所では良くなるものも悪くなりそうで、だから無理を承知で、彼女を自分の目の届く場所に置こうとしている。
竜は、そもそも訓練を積んだ騎士だから乗りこなせるもので。
速さと攻撃力が重視され、乗り心地というのは誰も気にしないもので。
……正直なところ、良いとは言えない――というか、ぶっちゃけ悪い。
だかこそ、訓練が必要なもので。
この間のように相乗りをするだけなら、操り手の腕次第では、素人でも素養があれば乗せることはできるが。
ディーノに乗れば、馬車で行くより早く着けるのは確かなのだけれど。
上空を飛べば冷えるし、怪我で体力が落ちているはずの彼女に無理はさせられない。
だからこそ、馬車の用意を命じたのだ。
そうでなければ、こんな場所、今すぐにも出て行って――
「……だからか」
あまりに明確で強いジルベルトの本心に、ディーノは従っているのだ。
言葉だけの虚ろな命令ではなく、ジルベルトの強い願いに応えている。
「――ジルベルト」
血の香りを纏ったままの彼女は、それでも下ろして欲しそうな素振りを見せながら、ジルベルトの名を呼んだ。
「私なら、大丈夫だから……」
無理は、させたくないけれど。
「……俺のほうが、限界かもしれないな」
ため息をひとつ吐いて。
ジルベルトは、窓枠に足をかけ――
「行儀は悪いが――、頼んだぞ、ディーノ」
跳んだ。




