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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
序章
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仕込み

 イナダの頭を落とし、三枚に卸して切り身にする。

 血合いを落とし、小骨を丁寧に取り除いて洗い、粗塩を振って水気を拭き取る。

 パン粉に乾燥させたバジルの葉を刻んだものを混ぜ、魚にまぶして衣にする。

 にんにくで香り付けしたオリーブオイルで魚を焼き、一方で湯むきしたトマトを潰す。

 魚が狐色になった頃合を見計らってフライパンから魚を皿へ移し、そのフライパンでトマトを軽く熱を通してスープを少々加える。

 葉物野菜をちぎったサラダと、今朝、屋敷の厨房から失敬してきたパンと、ミルクと豆のスープと合わせれば、質素ながらそれなりに見られる献立になる。


 「おお、旨そうじゃん。暖かい飯にありつくの、そういやいつ以来だっけな」

 「――いただきます」

 少し硬くなったパンをちぎってスープに浸して食べる。

 「あれ、美味い」

 その向かいで真っ先に魚に手をつけていたジルドが目を瞬かせた。

 「……何よ、その言いようは。当たり前でしょう、仮にも惣菜屋を開こうっていうのに」

 「いやいや、そういう意味じゃなくてな。あの素材とここの設備でこれだけの物を作れるなら、何も惣菜屋なんかやらなくても、貴族の屋敷の厨房で十分働けるんじゃないのか?」

 「それは、当然。だって、私の腕はローズ家の……伯爵家の料理長仕込みだもの。でも、貴族の屋敷で働くなら、料理の腕以外にも必要なものが色々あるのよ」


 さっさと食事を済ませ、ミリアは再び厨房に立つ。


 豚肉の塊肉を包丁で切り分け、特大のボウルではちみつを揉み込む。

 鶏肉は、骨ごと寸胴鍋に放り込み、野菜くずと一緒にコトコト煮込む。

 牛肉は、塩、ハーブとスパイスを刷り込み、糸で縛り、表面をフライパンでざっと焼き付けた後、オーブンへと投入する。

 かぼちゃは蒸し器にかけ、じっくり火を通す。

 はちみつを揉み込んだ豚肉を、合わせた調味料をたっぷり入れた鍋に放り込み、じっくりと煮込む。

 魚介はそれぞれ捌き、ハーブ入りのオリーブオイルに浸け、もしくは鶏肉入りの鍋ともう一つ、寸胴鍋に野菜くずと共に煮込む。


 ジルドと街を回り仕入れてきた食材の下ごしらえと、仕込みを手際よくこなしていく。


 「姉が居る、――さっきそう言っていたな」

 「……ええ、まあ。一応生物学的には半分血の繋がった、でも現実的には他人以下の異母姉が一人、ね。――それが、何か?」

 「やはり、聞いていないのか? 近々公邸で、“花嫁”探しが始まるって噂を」

 「……それは――。ああ、だからあんなにそわそわしていたのね、彼女。でも、どうかしらね」

 ミリアは大して興味も無さそうに、肩を竦めた。


 「見目麗しく、優しくて、朗らかで。確かにダリオ様は彼女――ヴァネッサ様の好きそうなタイプだわ。――でも、彼は次期ブリアーニ伯。人を虐めるのは平気でも、自分が一番可愛いあの人が、彼の花嫁となる事を望むはずはないわ」

 きっぱりと、確信を持ってミリアは言った。

 「彼女が望むなら、ブリアーニ伯爵の“花嫁”ではなく、ルカーノ侯爵の“花嫁”。……でも、次期ルカーノ侯爵となられるジルベルト殿下は、ダリオ様とは対照的な性格で、とっつきにくいらしいから、ヴァネッサ様の好みからは大分外れる上、人間の彼女はあくまで“側室”の立場。次代を残すのが絶対の義務である彼の正妻には決してなれない。……正直、彼女がどこまで妥協できるのか、そういう意味ではちょっと見ものかもしれないわね」


 「妥協、ねぇ。……正直妾といえど、そんな心づもりの女、俺だったらご免だがな」

 その答えに、ジルドがボソリと呟いた。

 「ん、何か言った?」

 「ああ、いや。んじゃ、お前は? 興味ないのか?」

 「……言ったでしょう、生まれは伯爵令嬢でも、私は使用人以下の扱いだって。……夜会に出られる身でもないのに、殿下たちと知り合う機会なんか無いわ。――もしも、その機会があっても、少なくともルカーノ侯爵には興味ないわ」

 「――ふぅん? それはあれか? やっぱ彼の噂が原因? それとも側室扱いが嫌、とか?」

 「そうじゃなくて。……ルカーノ公爵じゃなくて、ブリアーニ伯爵の花嫁に、憧れていたのよ。まだ幼くて、世の道理の半分も理解できていなかった子どもの頃に、ね」


 「……それはまた。随分と珍しい――っつうか、変わった趣味だな」


 シチューと、カレーと、ポトフと。いくつもの鍋を一度に面倒を見るミリアの目を盗んでつまみ食いをしようとしたジルドは、彼女に手を叩かれ、少々拗ねた様に言った。


 「ルカーノ侯爵の“花嫁”は、彼に新鮮で健康な乙女の血を提供するための“妾”だが、ブリアーニ伯爵の“花嫁”が、世間で何と言われているかまで、知らなかった訳じゃないだろう」

 「――ええ、贄の花嫁……でしょ。でも私、その呼び方、嫌いなの」

 「だが、実際そうだろう?」

 「何故? 生贄っていうのは、誰が被るか分からない被害を避けるためにあえて差し出す供物の事。……ブリアーニ伯爵の“花嫁”がどうして“贄”なんて呼ばれるのか、皆もう少し国語をしっかり勉強するべきだと思うわ」

 「いやいやいや、まさに供物そのものだろう?」

 「どうして? ……この国に、オーク大陸の魔物が降り立つような事が無いように、最前線で戦っている伯爵を支えるのが、ブリアーニ伯爵の“花嫁”の務め。それのどこが“供物”よ。もしも、魔物の餌としてオーク大陸に差し出されるというなら、それは確かに“生贄”だけど、そうじゃないでしょう?」

 「だが、一度島へ渡れば死ぬまで島から出られない。……島に居るのは自分たちと、最低限の使用人だけ。特に贅沢な暮らしが出来るわけでもなく、戦いで消耗した伯爵の“糧”となるのが主な役目だ」

 「何を今更。この国の大人なら、血税を払うのは当たり前でしょ。大体、使用人なんて、一般家庭には存在しないの。使用人が居るような生活が出来れば充分贅沢だし、そもそも遊びに行くんじゃないんだから」


 キャベツでひき肉を巻いて、その上からベーコンを巻く。

 鶏と野菜で出汁を取ったスープに投入し、これもまたコトコト煮込む。

 スープの味見をしながら、ミリアは言った。

 

 「遊んで暮らす毎日なんてきっと、ロクなものじゃないわ。生きて、食べていくにはどうしたって働かないといけないんだもの。――あんたも。雇ったからには明日からきっちり働いてもらうから」

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