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贄の花嫁  作者: 彩世 幻夜
序章
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ミリアの使い魔

 リヤカーに乗せてきた食材を、まずは店の厨房へ運び込む。


 「……おい、本気かよミリア!」

 仕入れに出ている間、一人――もとい、一匹で留守番をさせられていたウィスカーが、元々先の尖った口をぱくぱくさせながら抗議の声を上げた。

 「確かに、血税は払わなきゃいけない。それはこの国に住む者の義務だからな。だけど、だからって専属契約する必要までは無いだろう? それも、あんな野郎と!」

 「ああもう、うるさいわね。それにこれ、誰が掃除すると思ってるの。お願いだから暴れないで」

 胸鰭でばしゃばしゃ水面を叩き、飛沫を撒き散らす彼に、ミリアはぐいっとその頭を水の中へ押し込んだ。

 しかし、ウィスカーも負けじと抵抗し、尚も文句を口にする。

 「あのなぁ、ミリア。お前は一応年頃の娘なんだぞ。それを、吸血鬼とはいえいきなり野郎と同居とか、ありえないだろ!?」

 「そうかしら? 私は女の一人暮らしをするよりは、男手があった方が色々と安心だと思うけど?」

 「そりゃぁ、例えばレオ爺さんとか、そういう類の男なら俺は何も言わないさ。でも、あんなに若い、それも風来坊なんか、信用出来るかよ」

 

 「――本当に、随分と口の悪い鯉もどきだな。ミリア、お前なんでこんなのを使い魔に選んだんだ? さっき聞いたあんたの身上から、あまり贅沢を言えなかった事情は察するが、それでももう少し選び様があったんじゃないのか?」


 この国では、成人を迎え、職に就こうとした時、己の従える使い魔次第で選べる職業が決まってくる。

 お国柄から、戦闘能力に特化した使い魔を従えていれば、騎士団等戦闘職に就ける。

 この公国では戦闘職はエリート職とされ、稼ぎも良い。

 また、土地柄海に囲まれ漁業が盛んで、それに役立つ能力を備えた――例えばウィスカーのような使い魔もまた、本来であれば重宝がられたはずなのだ。

 ……ミリアが、女でなければ。もしくはもう一体、騎士団に入れる程ではなくとも、ある程度戦闘能力を備えた使い魔を従えていれば。


 だが、女で、戦闘能力を持たない使い魔を持つミリアのような娘だって当然たくさんいる。

 例えば、実家の伯爵家の使用人の中にも、家事妖精ブラウニーや美しい生糸を生み出す使い魔を従えた洗濯女やお針子みたいに。

 娘たちに限らず、普通の馬より丈夫な魔物の馬を従えた厩番、炎を操れる魔物を従えた料理長等、それぞれ自分の使い魔の能力に合った職業に就くのが、この国での通例なのだ。


 一人につき、一つ。

 使い魔を得るために必要なアイテムは、本来ならば目の玉が飛び出るような値段がついていて、それは一般庶民の稼ぎ数年分にも値する。

 それなりの金持ちでなければ、まず入手することが困難な代物であるが、この国では一人につき一つだけ、それがどんな貧乏な家庭に生まれた者でも、出生時に教会から無償で与えられる。

 だから、この国の人間は誰でも一人一匹は、何がしかの使い魔を従えている。

 そして、二つ目以降もそれを買えるだけの資産を持つ者であれば、二匹、三匹と従える者も、多くはないが、存在する。

 それでも、希少な物だ。使い魔選びには誰しもが慎重になる。

 何しろ、大概の人間にとって、一生を左右する選択になるからだ。


 ――それなのに。

 海に出る事の出来ない、ミリアのような小娘が、ウィスカーを、ただ一匹従えているだけで、しかもどう見ても二匹目を得る余裕が無いのが明らかで。

 それを、彼が怪訝に思うのは当然だろう。


 「……昔、ね。まだ物心ついて間もない幼い頃、姉に――正妻の娘の異母姉に無理やりボートに乗せられて、沖へ流された事があったの」

 それは、海岸沿いを軽い荷物を乗せて運ぶための粗末な木船で、港を離れて航行出来るような丈夫な作りではなかったのに。

 港に繋がれていたそれに、半ば突き落とされるような形で乗せられ、もやい綱を解かれた。

 ちょうど引き潮の時間帯で、船は漕がずとも見る見る間に沖へ流された。

 「女の、それも幼児の腕じゃ、櫂はびくともしなくって」

 まだ、夜の明けきらない早朝の時間帯、港に人は他に居らず、助けを求めることも出来ないまま、どんどん陸地が離れていく中で。ミリアはウィスカーと出会った。

 「もし、あの時ウィスカーに会えていなかったら私、きっとオーク大陸まで流されて、今頃魔物の餌にされるか、波に揉まれたボートが破損して溺れるか――どちらにせよ、この世に居なかったはずよ」


 「……ふぅん」

 この話をすると、大抵は気まずそうな顔をするか、憐れむか、もしくは侮るか。大抵はそのどれかの反応をするのだが、ジルドは特に興味もなさそうな適当な返事を返した。

 「なあ、もしも――。例えばこの店が、奇跡みたく大繁盛して、もう一匹、使い魔を得られる可能性が生まれたら……お前は、どうする?」

 新しい、今度こそ役に立つ使い魔を得て、本当に望む職に就く、とか――

 「さあ、ね。それは、その時になってみないと分からないわ。さすがの私も、そこまで荒唐無稽な未来図は想像つかないもの」

 店を繁盛させ、この家を、この店を修理するとか、もっと綺麗な店舗を手に入れるとか、その位までなら“野望”として掲げられても、ミリアはそこまで夢見がちな事は考えられなかった。


 「まずは、毎日の日々を堅実に生きる、何事もそこからよ。さあ、まずは夕飯を済ませて、明日の準備に取り掛かるわよ」

 

 ミリアは腕まくりをして、厨房の釜に火を入れる。

 「あなた、何か食べられない物とかある? ああ、好き嫌いは聞かないわよ。健康に良くないもの。そうじゃなくて、例えばアレルギーとか、そういう意味で食べられない物は?」

 「――無い。好き嫌いも、基本的には無いな。あんまり甘すぎる味付けは得意じゃないが」


 「そう、なら、せっかくルドルフがくれた良いお魚、新鮮なうちにいただきましょうか」

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