宣戦布告
公邸の迎賓館。
夜会の会場として指定されたそこは、伯爵邸で開く夜会でいつも会場として使っている広間が2,3入った上でなおスペースの余りが出そうなほどに広かった。
ほぼ円形に近い多角形の、それぞれの頂点を支える円柱とその全ての柱と柱の間に設けられたアーチの扉は、どれもが今は全開にされ、この広間をぐるりと囲うバルコニーと、その先の美しい庭がそこここに設けられた灯火に照らし出され、ただでさえ広いこの場所をさらに開放感溢れる演出がなされていた。
――しかし、それでも尚窮屈に感じる程に溢れる招待客は、皆色とりどりに着飾り、ありとあらゆる色が入り乱れ、煌びやかであるが、その分、その中で特に目立つというのは中々に至難の業だろう。
一応、よくよく眺めてみれば、主役の娘たちの付き添いである者たちの衣装は、彼女たちに比べれば若干控えめであるのは分かる。
しかし、その娘達の誰もが、我も我もと強烈な主張を散りばめたドレスを身に着けているのだ。
そのせいで、プラマイゼロとなるどころか、明らかに派手な方向に天秤の皿が傾き切っている。
特に今、彼らはこの広い会場の中、一部に固まっているから、余計そう見える。
多角形の、一つの辺の前、とりわけ高く作られた段の上に設けられた席が、公爵と、この宴のもう一方の主役である公孫子様方――つまりジルベルトたちの着く上座である。
その前に他より一段高く、広く円形の場が設けてあるのが、この宴の一番重要な催しである彼らと、選ばれた娘たちのダンスの舞台。
上座を前に見た、その舞台の左右には、白いテーブルクロスをかけたいくつもの丸テーブルが転々と設置され、その脇に、立食用の食事と飲み物、それをサービスする給仕が並ぶ長テーブルがそれぞれ設置されている。
招待客全てが受付を済ませ、宴の開会を宣言する主催者が席に着かれるまで、招待客たちは下座に留まるのが、この国の貴族の夜会共通のしきたり。――当然、それはこの宴でも。
会場全体は広くとも、その一部である下座のみに限ってこの人数がひしめけば、それは狭く窮屈で、その中で特別目立つというのは中々に困難なこと。
そう、余程何か話題を集める時の人か、顰蹙を買う方面に奇抜な格好でもしていない限りは、社交界での知名度などゼロに等しいミリアが目立つはずはないのだが。
ミリアは、この混雑の中、一人、暑苦しい思いをする事なく立っていた。
ちょうど、ミリアの周囲がぐるりと人一人か二人分の間があき、人混みで押しつぶされることもなく立っていられた。
遠巻きに――実際は大した距離ではないが、この混雑ぶりを思えば充分すぎる間合いで避けられ、良くない意味での注目を浴びていた。
その理由について、ミリアも心当たりがあるから、これは気のせいなどではないはずだ。
ミリアは、伯爵邸の宴に、一人で来る貴婦人を、殆ど見た事がない。
そうした客は、ほぼ“訳あり”の客だ。――例えば若くして夫を亡くした未亡人とか。
それだって、大抵は実家の兄弟や親戚を頼って、誰かしらエスコート役を見繕うものだ。
女性が一人で夜会に出る、というのはとても非常識な事で、こうして冷たい視線を浴びせられても仕方のない事。
だから、ミリアはあえてそれに気づかないフリをして、平然と見えるように堂々と立っていた。
――何しろ、ラウル君が用意してくれたこのドレス、ジルベルトの隣でしゃんと立てば、これ以上なく見栄えがするだろうが、その分、少しでも背を丸めれば、途端にみっともないことになるのだ。
けれど、これだけ異様な注目を浴びていて、彼女がそれに気付かないはずはなかった。
ただでさえ重要な場で、訳あり物件にあえて声をかけて、変な意味で目立ちたくない貴族たちは、誰一人ミリアに声をかけようとはしなかったが、果たしてそれはミリアが会場入りしてどれ程経った頃だっただろうか。
「何で、居るのよ!」
さわさわと、決して頭一つ飛び抜けることのない一定の音量を保った喧騒を突き破る、耳に痛い甲高い叫び声が会場に響き渡ったのは――
「……ヴァネッサ様」
未だ、会場の入口からは次から次へと招待客が続き、当然公爵様はまだ姿を見せていない。
本戦開始の合図の前に、ミリアとヴァネッサにのみ、前哨戦の開始を告げるラッパの音が響く。
彼女の後ろには、ヴァネッサ同様、不快を慌てて扇の裏に押し隠す伯爵夫人と、事態が上手く飲み込めていない様子の伯爵家当主が並んでこちらを見ている。
「――ご無沙汰しております、ローズ伯爵閣下」
ミリアは、ジルベルトに合格を貰った淑女の礼を完璧に再現しながら、まずは実の父親にごく丁寧に頭を下げた。
「奥方様もお嬢様も、お変りなさそうで――」
にこりと、営業スマイルを貼り付け、お約束の挨拶口上を口にする。
「戯言は結構。うちに、お前宛ての招待状は届いていないのだもの、お前にここに居る資格はないのよ。早く、ここから出て行きなさい」
が、それを言い切らないうちにヴァネッサが割り込む。
「――申し訳ありませんが、私はある方から招待状をいただいて参りました。その方に無断で、勝手に帰ることはできません」




